第2章-2
薄暗い森の中は、小型の魔物があちらこちらで逃げ惑っていた。逃げてくる方向を見極め、アルスはシェイドと森を駆ける。
コウモリに似た魔物が、慌て過ぎて正面からシェイドに突っ込んできた。兄は平然と受け止めたが、魔物は気絶したのか彼の手の内で伸びていた。……この種の魔物は、樹海にもいたな。
「大丈夫か?」
「……うん。気絶してるだけみたい」
「いや、シェイドは?思いっきり当たってたぞ」
「ああ、私?大丈夫。ちょっと痛かったけどたいしたことないよ」
そう言いながら魔物を優しく撫でる。魔物に魔法をかけていたのだが、シェイドの治癒の魔法は、兄弟の中で最も回復が早い。
ややあって、魔物の羽がぴくりと反応した。次に目がぱちっと開き、シェイドと目が合った。2、3回瞬きをして、キィ、と小さく鳴いた。
「大丈夫そうだね。よかった。悪いけど、この先で何があったのか教えてくれない?」
シェイドの少し高めの声は、魔物を少し落ち着かせたようだった。のそっと身体を動かして、おすわりした状態になると、改めてシェイドを見上げる。
しばらく魔物と兄の意思疎通を見守ろうかと思ったが、アルスの方にも背中に何かが激突した。
「って!」
振り返ると、こちらも同じコウモリ型のやつだった。力無く落ちていくのを、空中でキャッチした。白目を剥いている。ややあって、闇の靄をまとって手のひらから消えてしまった。ぶつかった衝撃が、こいつの命を終わらせてしまったようだ。
しかし、靄が、アルスの腕を伝って、耳元までくると、こんな話をしてくれたのだった。
『なにもないところから、ヒトがでてきた』
アルスはしばし固まってしまったが、その意味にふとあいつのことかもしれないと思い至り、短剣を鉤爪に変えて装着した。
「シェイド、気をつけろ。相手はバルドかもしれん」
「え?そいつってアルティアの頭突きで屠ったのでは……?」
こうなる少し前、アルスは、様々な生きものの魔力や生命力を吸収し、己の力を高め続けてきた闇の種族の老魔導士バルドと、聖なる国ホーリアのすぐそばで戦った。シェイドが言ったように、最後はアルティアの頭突きで聖なる光のある場所へ追いやった、はずだった。
闇の種族は聖属性の力を受けると一瞬で消失する。アルスは耐性があって即死にはならないのだが、シェイドはおそらく消えるだろう。
バルドも確かにあの時消えたのだったが、聖なる力に触れる寸前に自ら姿を消した可能性もあった。何度もそうされてきたから。
……じわっ、と、強い魔力の波動を感じ取った。シェイドは手に留まっていたコウモリの魔物を逃すと、同じように短剣を鉤爪に変えて装備した。
「行こう」
シェイドの一言で、ふたりは早歩きで先を急いだ。
小高い丘で見た白い煙の正体と出会った。そいつの周辺には、原型を留めていない魔物が無数に落ちていた。黒や紫の靄が、ふたりに警鐘を鳴らす。
逃げろ。聖なる民だ。死ぬぞ。
「お前……」
アルスは見覚えがあるように思えた。地の国アーステラと火の国ファイストの国境にある、テラ・クレベスという渓谷で、アルスは目の前のジンブツに聖なる鞭で身体を打たれた。拘束されて身動きを封じられ、なす術が無かった。絶体絶命だったが、アルティアとシェキルが救ってくれた。
……俺もシェキル様に恩があるな……。
「おや……お……キサマが……生きていたのか」
妙な喋りに、アルスは小さく首を傾げた。俺が思い当たっているジンブツにそっくりだが、もしかして別ジンか?相手とは5、6馬身くらい離れていて、顔がはっきりしないのもあるが。
杖をかざそうとしたのを見て、シェイドが鉤爪をその場の地面に刺した。相手の足元からいばらの蔓が飛び出してきて、相手の腕を封じたのだった。
「くっ……!こんなもの……ひっ!」
蔓は腕から身体、足、首にも絡みついた。
「闇の……種なぞ……滅びて……ああ……!」
恨み節でも言いに来たのか。聖属性相手に分が悪いと思ったが、蔓はお構いなしに締め付けていった。
「ここはお前の来るところじゃない。この国を脅かすような行為を続けるなら、こちらも容赦しない!」
シェイドがそう叫んだ直後、相手の杖が手からこぼれ落ちた。ほのかに光っている……まずい!
「シェイド、逃げろ!」
アルスは駆け出した。杖が地に落ちる寸前に、炎を纏わせた鉤爪を振るった。炎の波動は杖を砕き、追って闇の靄が光を喰った。相殺し、消えた。
相手の人差し指が、アルスの胸を指していることに気がついたのは、アルスが相手に鉤爪を突き出そうとした時だった。指から放たれた光線は、左胸を貫いた。
「なっ……!」
視界が歪んだ。アルスがくず折れるのと、相手が蔓によって地面に埋められていくとのが同時だった。
「ああああああ!」
聖なる民は地面に飲み込まれていった。アルスも巻き添えをくらいかけだが、シェイドが飛んできて引き離した。ぐちゃり、ぐちゃりと、聞くに耐えない音が森を震わせた。
左胸から止めどなく温かいものが流れていく。シェイドに強く押さえられた時、無くなっていた『痛み』という感覚を思い出し、吐血した。シェイドの治癒魔法が、患部から全身へと流れていく。呼吸は苦しいが、痛みは少しずつ引いていった……ように感じた。
しばらくして、シェイドの手が離れた。ゆっくり起こしてもらう。胸元に手をやると、傷は塞がっていた。が、まだ息苦しいのは、肺が傷ついたままだからか?
とは言え、シェイドの治癒力はヘイレンのそれと変わらない。兄がそばにいて本当によかった。
「……ありがとう」
「耐性があったから助けられたけど、あの光線……私が受けていたら消失していたな」
はい、とわたされた小さな闇のオーブを受け取ると、そのまま口に放り込んだ。水飴のような甘みをじっくり味わいたいところだったが、直後にわたされた水袋の水で、あっさりと喉を流れていってしまった。
オーブは、患部に当てて入れ込むものと、薬のように飲むものとがある。薬型のオーブは内臓を内側から修復してくれる。外から入れ込むものよりも生成しやすく、持ち運びも便利だ。
「……それにしても、アルスが右胸心でよかった」
「早く気づいておけばこんなことにならなかったけどな……」
「それはそうだったかもしれないけど、そこはもう仕方ない……と言えるのは、命が助かったからだね」
シェイドが微笑んだ。ダメージはデカかったが、結果的に俺は生きてるし、ジェイドも無事だし、聖なる民も葬られた。……のか?
「あいつは?地面に引き込まれて死んだのか?」
「おそらく。ローゼルが食べてるんじゃないかな。あのコ、属性の影響受けないし」
ローゼルというのは、シェイドが手なづけた魔物。その姿はアルスも強靭ないばらの蔓しか見たことがなく、本体は地面に埋まっていてわからない。シェイドだけが知っている。兄曰く『目の無い、噛みつかれたら肉をちぎりそうな歯を持った、くすんだ紫色の実』と……。
「ところで、あいつはアルスのことを知っていたように思えたが、心当たりは?」
「いや、あいつは知らねぇ奴だった。確かに見覚えのある出立ちだったんだが、妙に言い方が変だったし、替え玉かもな」
「そっか。……しかしなぜ、こんなところへ?」
「さあ?偵察か何かじゃねえの?ヴィルヘルという国がどんなところか、みたいな?目的はどうあれ、その、見覚えのあるジンブツがいずれここに来るかもしれん」
「そのジンブツって……以前アルスを傷つけたハヌスってやつか?」
「ああ。……てか、そいつ、ハヌスって言うんだな」
「あれ、知らなかったんだ」
「……誰も教えてくれなかったからな。むしろ、なんでシェイドが知ってるんだ」
「それは……あの召喚士が、ポロッと」
何かの拍子で、シェラが話したんだなと理解した。
「ハヌスがなぜ、アルスを傷つけたのか、その理由も教えてくれてないの?」
「……ああ。ただ、なんだっけな……そいつが『交渉決裂だ』とか言ってたのはうっすらと覚えてる。なんの交渉だったんだろうな。もうどうでもいいけど」
「……また、アルスを襲ったりなんかしないよね?」
シェイドは不安気にアルスを見た。相手の動きなんぞ知ったこっちゃねぇ、とため息をつく。
「……それより、さっきのやつ、『なにもないところから出てきた』らしいんだが、この意味わかるか?」
アルスは自分にぶつかって昇天していった魔物の遺言をシェイドに話した。ややあって、兄は険しい顔を作りながら答えた。
「亜空間移動……かな。時空を裂いて瞬間移動するやつ。強い魔力を宿すヒトで、かつ、高位の立場にいる魔導士が会得できる技……だったかな」
「じゃああいつは、位の高いヒトだった、ってことか」
「かもしれない。まあ……魔物の餌食になってしまったけど」
「ホーリアに報告したほうがよくねぇか?」
「そうだね……。いや、まずはヴェディル様に報告だよ。闇の国で起きた事件……事故……だし」
突然森に現れ、小型の魔物を一掃した、聖なる国ホーリアの民。それを、森の主に君臨する魔物が喰ってしまった……と報告しておこうか。
そいつは聖なる国の王の側近の可能性もあるが、確かあの国では内紛で『闇の種の殲滅派』が国外永久追放となったはずだ。あいつはそのひとりかもしれない、と考えるほうが余程可能性がありそうだ。
兄弟は話し合い、頷いた。キルスに思念でこの件と、首都ドゥケルハイに向かうと伝えて、ふたりは森を出た。
ドゥケルハイに着き、ふたりはまず宿を取った。シェイドが部屋で一筆したためると、伝書鳩ならぬ、伝書コウモリを呼び寄せて運ばせた。真っ直ぐに城へ飛んでいったのを見届けて、ようやく一息ついた。
シェイドの治癒魔法と薬型のオーブのおかげで、アルスの身体はすっかり元通りになっていたが、一戦の疲れがどっと押し寄せてきて、ベッドの上で伸びていた。
微睡みながら、ふつりと意識が途絶える。ややあって、遠くから風の音に混じって『声』が聞こえてきた。
* * *
……アル。
それは女性のような声だった。俺は『アル』と呼ばれたことは一度もない。だが、そう呼ばれているやつがいたな……ああ、アルティアだ。するとこの声は、ヴァルボラの中心街で出会った老父が話していた『お嬢ちゃん』か?
アルスはじっと耳を澄ました。単なる夢にすぎないが、どこか現実味のあるものだった。姿は見えないが、アルスのすぐそばに、幼いこどもがふたりいる。
……ダメ、そんなの。
じゃあほかにほーほーはあるの?
それは……。
女の子と男の子が話している。『アル』は誰と話をしているのだろうか。
おーさまに、おねがいするんだ。このしまをでたいって。オレたちは、ヤクサイのタネだから、オレがニエになるから、ねーちゃんをたすけてって。
なんでアルが、ニエになるのよ!?やだ!あたしひとりで、このしまをでるなんて、できないよ!ニエに、なんか……ならないで!
女の子が泣きながらアルを説得するも、彼は退かなかった。こどもながらに自分たちの立場を理解しており、彼は自分が犠牲になることで厄災を無くそうと考えていたようだった。
んーじゃあ……オレが、ヒトじゃなくなればいーんじゃねーの?そしたらさ、フタゴだってわかんなくなって、ヤクサイもなくなるんじゃね?
……は?なに、いってんの……?
オレを、なんでもいいからヒトからちがういきものにかえてくれって。あのおーさまならできそうじゃん?
お前なに言ってんだ。アルスはつい声に出してしまったが、ふたりとは見えない隔たりがあるようで、何の反応もなかった。
そんな……なんでもいいなんていったら、まものにされちゃうよ!
いや、そこ心配するのか?……まあ、確かに魔物にされたら島から出るどころか王の駒にされて、女の子の命を奪っていくだろうな。このツッコミにアルも、そうか……と考え直している様子だった。
じゃあ、トリか?でもそれだとねーちゃんのせられねぇよな……。ヒトをのせられる、そらとぶいきものにかえてくれっていえばいーな!
それで『ヒトの言葉が話せるグリフォリル』になったのか、とアルスは妙に納得してしまった。
そうだね……って、そうじゃない!よくないってば!
女の子もつい肯定していまっていた。だが他に方法はない。彼女も半ば彼の提案を受け入れようとしていたのだろう。
ふたりの会話がしばし途絶えた。その間、2呼吸程。
……きっとだいじょーぶだ。オレは……しんだりなんかしない。どうにかしてみせる。だから……オレをしんじてくれよ?
アル……。
ねーちゃんはいきなきゃダメだ。かーちゃんのもっていたマホーがつかえるんだもん。ねーちゃんのマホー、ほかにつかえるヒトいないんだよ?
そんなの……このまほうがせかいからなくなっても、ほかのゾクセイまほうでなんとかなるし。
オレは、なくしたくないんだ。そのマホーも、ねーちゃんも。
女の子は黙ってしまった。うう、と少しして声が漏れた。それから鼻を啜る音。静かに泣いているようだ。
服の擦れる音がして、アルは女の子を抱きしめたみたいだった。
オレは、ねーちゃんをたすける。いっしょににげよう。このしまをでて、とにかくとおくへ。……おーさまのこられないところへ。
……ん。
やっと、女の子は受け入れたらしい。ややあって、アルが「んじゃ、いくぞ!」と元気よく言ったところで、風の音が邪魔をした。
……ずっと聞いてきた女の子の声、どことなく聞き覚えのあるような……。
* * *
……目を開けると、部屋の灯りが煌々とアルスを照らしていた。眩しくて寝返りを打ってから、ゆっくり身体を起こした。
兄はソファに腰掛けて、ハーブティーを味わっていた。アルスに気がつくと、おはようと優しく言った。
「調子はどう?しっかり眠れてたみたいだけど」
「……ああ、まあ」
「夢でも見た?」
さすがはシェイド、俺の微妙な返事で言いたいことを当ててくる。黙ってひとつ頷いた。
「たぶん、子どもの頃のアルティアとその姉のやりとりをずっと聞いていた」
「姉ってあのお爺さんが仰っていた『お嬢ちゃん』か。どんな話を?」
アルスはシェイドにつらつらと話した。
「私が翡翠の王の元へ着いた頃には、アルティアはグリフォリルとなって、お姉さんを乗せて島を飛び立っていた、ということか……」
王はアルティアの願いを聞き入れたことになるが、なぜ、彼の前に現れたのだろうか。あの映像だけではやはり答えは見つからないが……。
「願いを聞き入れる代わりに、何か条件を出したのかな」
「条件?」
「うん。例えば……数年経ったら贄になれ、とか?」
「それでその『数年』経ったからアルティアを追いかけてきた、ってか?」
期間限定でグリフォリルにさせるって、どんな王なんだ……。もやもやしていると、シェイドが窓の外に何かいることに気がつき、ソファから離れた。
窓を開けると、伝書コウモリがバタバタと入り込み、天井を2、3周飛び回り、シェイドの上げた腕にちょこんと止まった。足にくくりつけられていた紙を、アルスが回収してそっと開いた。
「……明日の朝に謁見を承諾、だってよ。で……」
アルスは黙って王の手紙を読み込む。その様子を兄は固唾を呑んで見守っていた。
「地界で起きたグリフォリルの件と、その幻獣を襲ったとされる魔物について情報を共有したいそうだ。……俺が地界に住んでてアルティアと接触していることを知っているから、だろうな」
「王はあの映像の他にも、何か情報を得ていらっしゃるのか。それを私たちに共有いただける……と思っていい?」
ああ、とアルスは頷いた。
「……地界へ行けって言われそうな気がする」
「だろうな……。そこまで地界に詳しくねぇけど、住んでたから、って理由で調査でもさせられるかね」
別に王の命令なら何なりとやるけどな、とアルスは小さくため息をついた。
とにもかくにも、明日の謁見で地界の状況がわかるはずだ。しっかり休んで臨もう。アルスは手紙をシェイドにわたして、ベッドを抜け出て身支度をした。シェイドも手紙を受け取ると、コウモリにお礼を言って外へ返した。
ふたりは宿を出て、賑わう街中へと溶け込んだ。空っぽになっていた腹を満たして宿に戻ると、早々に眠りについた。
翌朝、アルスとシェイドは、ヴィルヘルの王に謁見した。漆黒のローブを纏った王ヴェディルは、シェイドの報告……森で起きた件……をじっくりと聞いていた。
「……犠牲となった魔物は残念だが、ホーリアの民と思しき者は不運だったな。この件は私からイルム王へ伝えておこう。ふたりとも無事でいて何よりだ。アルス殿の身体はもう大丈夫なのか?」
「はい、兄の治癒魔法で完治しました」
それはよかった、と王は安堵する。
「……さて、書に記した件に話を変えさせてもらうが、ふたりは偵察鳥の残した映像をご覧になったか?」
はい、と兄弟は頷く。
「あのグリフォリルは、以前アルス殿が乗っていた個体だと見えたのだが」
「はい……アルティアといいます。地界ではよく世話になったグリフォリルです」
「アルティア……か。偵察鳥の記憶で映像化出来なかった部分があってな。その記憶の靄をオーブに収めることは出来たのだが。……例のものを」
王は側近に目配せすると、手に持っていた木箱の蓋を開けた。紫色の球体が、ぼんやりと光を出して鎮座している。
「ふたりなら、この靄を取り込んで記憶を見れよう?」
つまり『黒の一族』の魔術で情報を得よ、ということだ。闇(靄)を取り込めば己の生命力を高めるのだが、糧となるまでの間は苦痛に見舞われるという、回復しながらダメージを受けるという矛盾した状態に陥るので、アルスはあまり使いたくなかった。
しかし最近、この魔術を頻繁に使ってしまっているが、苦痛で倒れ込むことが減ったような気がする。……慣れるもんなのか、これ?
「では……拝見します。……アルス」
シェイドがオーブを箱ごと受け取り、アルスに見せた。黙ってオーブに手をかざす。集中力を上げ、右目を光らせた。
オーブから靄がアルスの手とシェイドの手に分かれて伸びていく。目を閉じて、記憶を見始める。
……逃げようとするグリフォリル……アルティアを、無数の鎖のようなヒト型の魔物が絡みついて取り押さた。苦しむ幻獣の先には、巨大な蛇のようなもの。シェイドが言っていた『翡翠の王』だ。
やめろ!オレはお前の後継者になんかならねぇぞ!
アルティアは口を塞がれている。彼の思念をとらえることが出来てしまった。……どうやら翡翠の王は、アルティアを時期翡翠の王にさせようとしていたようだ。しかしなぜ、彼なのだろうか?
そんなもんいらねぇー!
……アルスは思念がうるさすぎて、逃れようと目を開けた。軽く頭痛がする。身体がじんわりと温かい。
「アルティアは……翡翠の王の座を継がされようとしていて、それを拒んでた。……そんなもんいらねぇって、何を与えられようとしていたんだ?」
アルスの呟きに、ヴェディルはふむ、と腕組みをした。
「翡翠の王……アビエル島の湖の主だ。その島はシェイド殿が昔連れていかれた場所でもあるな」
「……そう……ですね」
シェイドも島の名前は知らなかった様子だった。
「翡翠の王がアルティアを追っている目的は、王位継承か。なぜアルティアなのか……その理由はアルティアと接触できれば全てが明らかになるだろうが、果たして可能なのだろうか?」
王はアルスに問うてきた。そんなもん知らねぇ、とはさすがに言えない。地界か天空界か、とにかく探し回るしかないでしょうね、とだけ返した。
「ヴェディル様、不躾な質問で恐縮ですが、この件を気にしておられるのはなぜです?」
シェイドが王に問う。実験的に放った偵察鳥が持って帰ってきた初めての映像だったから、というのもあるが、確かに理由はそれだけではないな、とやや俯く。
「……この幻獣を見た時、不思議な感覚だったのだよ。この国を訪れているところは何度か見かけたが、接触はまだない。しかし……どうにもあれは、幻獣ではないような、本来の姿というものがあったのではないかと」
シェイドもアルティアを初見で「ヒトの言葉が話せる」と言って彼を驚かせていたな。やはり魔力の強いヒトは敏感にとらえられるものなんだな、とアルスは感心した。
「アルティアは……元はヒトだった可能性があります。その……アルスが昨夜見た夢が、どうやらアルティアと双子の姉とのやりとりだったそうで……」
と、シェイドがアルスに代わって話す。あくまでもアルスが見た『夢』だ、信憑性は低い。が、シェイドの中では、自分が経験した事と映像、夢の内容が合わさり、ひと塊りになろうとしていた。
「……私が当時島で追っていた双子は、アルティアとその姉で、翡翠の王は何らかの条件をつけた上でアルティアをグリフォリルに変え、ふたりは島を脱した……。その条件はおそらく、王位継承することではないかと。そして時期がきたのでしょう、アルティアの前に現れてあのような事になったのではないかと、私は思いました」
シェイドはふう、と一息つく。ややあって、ヴェディルは小さく頷いた。
「王位継承を頑なに拒んでいる一方で、強制的に継承させようとする翡翠の王……。我々は手出しする資格はない。が、アルティアが王になればどうなるのか。実に興味深いところではあるが……」
一旦言葉を切った。アルスはこの先何を言ってくるのか、あまり考える気がしなかった。
「……アルティアと接触を試みてくれないか?もしも助けを乞うたならば、彼をヴィルヘルまで連れてきてくれ。おそらく翡翠の王もついてくるだろう。話が通じるのであれば、私が対応しよう」
やっぱり地界へ行くことになっちまったな……。助けを求めなくても、連れてきてやる。それで地界の混乱が治まればそれでいい。
アルスはギュッ、と握り拳を作った。




