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第1章-4

 壊れた壁が半分くらい修復できた頃には、外はすっかり暖かい空気に包まれていた。


 ダーラムの街を散策する日々。と言っても、ヒールガーデンと召喚士の集う大きな家とを行き来するのが基本なのだが、たまに違う道を歩いては違う景色を楽しむこともあった。今日はそんな日である。


 ヒールガーデンもさまざまな施設があってヒトビトが集まっているのだが、ダーラムの中心に聳え立つ王城の周りを囲むように作られた公園もまた、多くのヒトで賑わっていた。


 芝生に寝転がって寛いだり、こどもたちが走り回っていたり。噴水前では何やらヒトが集まっている。わあ!と歓声をあげている。彼らの視線の先には、芸を披露するヒトがいた。


 あてもなくふらふらと歩いていると、立派な柵に囲まれた一角に着いた。門は固く閉ざされている。その先をなんとなく覗いてみた。手入れされた花壇が見える。


「中が気になりますか?」


 声をかけられて、ヘイレンは飛び上がった。慌てて振り返ると、紺のローブを(まと)い、長い金髪を三つ編みに結った小柄な女性召喚士が立っていた。


「あ……あなたは確か……」


 少しだけ会ったことのあるヒトだったが、きちんと話を交わしたことはまだなかった。初めて会った時は、シェラが聞きたいことがあって彼女と話をして、それで終わってしまった。


「ちゃんとした自己紹介、まだでしたね。カシェリアと申します。シェラのように『カシェ』と呼んでくださいね」


 ふふ、と微笑むカシェリアに、ヘイレンはつい見惚れてしまった。……こらこら、自己紹介返さないと。


「あ……ぼ、ボクはヘイレン……です。よ、よろしくおねがいします」


 緊張し過ぎて、お辞儀がぎこちない。その様子にカシェが笑った。


「楽にしてくださいな。そんなに緊張されちゃうと私も困っちゃいます……」

「で、で、デスヨネ……」


 気を落ち着かせるために、ヘイレンは両手でほっぺをぱちんと挟むように叩いた。……なぜそうしたのかわからない。


「この門の向こうには、美しい庭園がございます。かなり広いですよ」

「庭園……広いって、は、入ったことあるんですか?」

「はい。建国記念日の前後と精霊祭の前後だけ開放されるのです。たくさんのヒトがこの庭園を見に来られます」

「ケンコクキネンビ?」

「地の国が誕生し、このダーラムを首都と定めた日ですね。暑期の初旬ですので、今の季節が過ぎれば門は開くかと」


 へぇー……とヘイレンは感嘆した。特別な日にのみ見られる庭園。どれほどに美しいのだろうか。この柵越しでも綺麗に手入れされているのがわかるのだが、俄然興味が湧く。


「因みにこの庭園、普段王妃様が手入れなさっているそうですよ」

「オウヒ……」

「国王様のお妃様……奥様ですね」

「奥様……。あの、すみません、その……」


 知らない単語をひとつひとつ教えてくれるのはありがたい反面、申し訳なくなってしまった。ヘイレンはそう言って謝ったが、カシェは笑顔のままだった。


「実はシェラから、少しだけあなたのことをお聞きしていました。その……時空の旅ビトであると」

「あ……そう……です……ね……」


 過去の時代ですか……とカシェは思い耽る。


「大昔の地界って、どんな風だったのでしょうね……。今のダーラムのような大きな街はもう存在していたのでしょうか」


 ヘイレンに聞いてきたのではなく、彼女が想像を膨らませてポツリと自問した感じだった。こうだったよ、と簡単に言えないのがちょっともどかしい。


 ……記憶が無いからなぁ。


「ところで、ヘイレンはこの辺りを散策なさっていた様子ですが?」

「あ、はい。……暇してます」

「……シェラのご様子はいかがですか?」


 あれから数日経ったが、シェラは心ここに在らずといった様子に陥っていた。起きていてもぼんやりと一点を見つめっぱなし。声をかけても反応が鈍い。そして……。


「話ができなくなっちゃって。声が出ないというか言葉が出てこないというか……。言葉は浮かんでいるけどうまく口が動かせない感じです」


「それって……」と、カシェの表情が曇った。精神的ダメージが大きかったせいで失声症状が出ているのでは、と彼女は言った。


 突然利き腕を失ってしまった。相棒のディアンも失ってしまった。これが初めてではない。()()2つとも失ってしまったのだ。大切なものを失うショックは計り知れない。


「シェラ……治るのかな。ボクの力も役に立たないかもしれないって、ちょっと不安になってます」


 ヘイレンは正直、今のシェラに対して疲れてしまっていた。一緒にいても気まずい空気に呑まれるし、話しかけてもああだし、夜になると熱が出てぐったりしてるし。けれども()ったらかしにはできないので、ある程度看病はしてきたのだが、四六時中あの部屋にいるのがつらくなってしまった。


「ボクまで気持ちが沈んじゃうのは良くないなと思って、散歩に出るようになりました」

「そうですね……正しい判断だと思います。気分転換はとても大事です。患者はお医者様が診ることですし、あなたは自由に過ごされたらいいと思いますよ」


 閉ざされた庭園を後にして、ヘイレンはカシェとシェラの話をしながら城下町まで戻ってきた。召喚士の集う大きな家に入り、ロビーで別れる前、カシェが何かを出してきた。


「これをシェラにお渡しいただけますか?」


 カシェの小さな手から受け取ったものは、黄色の小鳥を模ったものだった。ヘイレンの手のひらにちょこんと乗るそれは、ほのかに淡く光っていた。


「心と身体が良くなりますように、と祈りを込めたお守りです。シェラの視界に入りそうなところに置いてあげてください」


 眺めているだけで心を癒す効果がありそうだ。ヘイレンはわかりました、と言ってポーチに収めた。彼女を見送ってから、ヘイレンは家を出てヒールガーデンに向かった。








 シェラは左腕が採寸されていくのをぼんやり眺めていた。綿密に測り、メモを取っていく。次第に視線は、慣れた手つきで巻尺を操っていくルーシェに向かっていた。


 ずっとずっと思い悩んでいた。義手とわかっていても、改めてメカニズムを聞くとそれはもう『腕を再生する』範疇じゃないかと思った。


 細胞、骨、筋肉、神経が、ルーシェの作った義手と繋がろうとする時が一番地獄だ、とウィージャは言っていた。死にそうな思いは何度もしてきているし、痛みに耐えることは多分……できる。それなのに、今日まで踏ん切りがつかなかったのは、やはり『失った』という現実が受け入れられなかったから……だと思う。


 身近にあったものが突然消える。生きているうちに、どれだけのものをこれから失っていくのだろうか。大切なものが目の前で奪われていく。その傷は深く、癒えることはない。


 しかし、いつまでも悲壮感に浸っていると朽ち果てる。腐っていく。……それでもいい、と思ってしまうが、ディアンの言葉がそれを否とする。


 自ら死を望まないでくれ……。


 シェラの大きなため息に、ルーシェがこちらを一瞥した。


「……不安、よね」


 採寸を終えて、巻尺を片付けながらルーシェがポツリと言った。不安は無いわけではないが、それももうどうでもよくなっていて、感情が薄れていた。


 話したいことが浮かばない。なんなら、声が出ない。『持っていたもの』がどんどん失われていく。この負の状況から脱するにはどうしたらいいのか。それをも考えるのが面倒くさくなっていた。


「……シェラ」


 ルーシェが左手をそっと握ってきた。ゆっくり彼女に顔を向ける。気の強い性格が一時(いっとき)シェラは苦手で怯えていたが……ライアもそうだったなと思いだした日から、ルーシェへの苦手意識は無くなった。ライアは黄玉(トパーズ)を核に持つコア族で、シェラが今も愛している、生涯共に歩むヒトのはずだった。


「一応今夜から作り始めるけど、取り付けるかどうかはあなたの返事を聞いてからになるわ。……急ぐことはないけれど、いつまでも痛みが残るのは嫌でしょうし、片手で過ごすのも大変でしょう?それに……精神的にもずっと沈んでたら……私も嫌」


 確かに右肩の痛みは全身に響き、それがずっと続いているが、もう普通になってきつつある。夜発熱するのも慣れてきてしまったが、これもまた、脳に良くないとウィージャが警鐘を鳴らしていた。


 ……先生。僕はどうしたらいいんだろう?僕はどうしたいのかわからない。生きていきたいのかと聞かれると、わからない。生きていろと言われたからそうしている感じ。それってやっぱり……良くないよね……?


 コア族のコアに向けて思念を送る。本来はコア族間でのみ送り合える(すべ)なのだが、シェラはライアを通じてそれを会得していた。


 ライアと同じく黄玉を核に持つルーシェは、シェラの思念を感じたらしく、少し驚いてから、伏目になった。ややあって、医師はそうねと呟いて視線を戻した。


「どうしたいとか、生きなきゃいけない理由とか、そんなの考えても無駄じゃない?」


 スパッと言い放つその黄玉の眼に、シェラはハッとした。私だってそんなこと考えたことなかったわ、と少し皮肉っぽく続けた。


「で、結局答えなんて出てないでしょ?そういうものよ、ジンセイって。答えなんか出さなくたって生きてきてるじゃない。なんでそんなに欲しがるの?」


 ああ、ヘイレンも似たようなことを言っていたな……。僕は……答えようのないことをずっとうじうじと考え込んでしまって……。


「沼から抜け出せないって感じね」


 シェラが思ったことをルーシェが代弁した。口角が少し上がっている。笑われても仕方がないよな……。


「生きている理由、か……」


 んー、としばらくルーシェは黙り込んでしまった。本気で答えを出そうとしていた。……気まずくなった。


「私は、そうね……無理やり感は否めないけど……この世界に与えられた命は後にも先にもこれ一つでしょ?その命を全うするために生きてる。楽しいこともつらいことも、たくさん経験しながら、最期は『良いジンセイだったな』って思って死ぬ。そのために生きてる……かな。どう?」


 雷に打たれたような衝撃が、シェラの身体を駆け巡った。答えを出したルーシェに頭が上がらない思いだった。


 「命は、親からのこれ以上ない贈り物。悪く言えば親が勝手に作ったもの。……シェラはどっちだと思う?」


 ますます言葉を失う。ルーシェの笑みが怖い。


「……生きていろと言われたから生きてる。それでもいいんじゃない?どうして?って思うでしょうけど、それは……寿命が尽きるその日まで、一緒にこの世界を楽しみたいから、生きていて欲しいのよ。ただそれだけよ」


 つらい、苦しい、そういった負の感情も(いだ)きながらも、それ以上に、楽しい、嬉しいといった感情でいっぱいの時を過ごす。目的や目標が無くったっていい。何気ない普段の生活から、それらは勝手に生まれてくるものだから。


「……少しは沼から抜け出せたかしら?そろそろ夕食の時間ね。しっかり食べて、しっかり休んで。何も考えないで寝ることよ。いいわね?」


 ぎゅっ、と一瞬少し強く握られたが、それがシェラの心のスイッチをばちんと切り替えたように感じた。ルーシェはそっと立ち上がり、自分の荷物をまとめて、じゃあまたねと出て行こうとした。


「あっ……うっ……」


 言いたいことが言えない。言葉は浮かんでいるのに!声が出ない。口が……動かない。ああもう!


 苛立ちで身体が震え、涙が頬を伝った。と、扉を開けようとしていたルーシェが戻ってきた。荷物を置いて、少し腰を落として、シェラをそっと抱擁した。


 ……焦らないで。大丈夫だから。


 シェラの頭の中が、ルーシェの声に包まれた。途端に、真っ白になった。医師の身体が離れる。顔を合わせる。その微笑みは、ライアにとてもよく似ていた。


「身体を動かしてもいい、と許可が降りたら……少し付き合ってくれる?案内したい場所があるの」


 シェラは小さく頷いた。ルーシェも小さく頷いた。


 ありがとう、ルーシェ先生。


 そう思念を送る。そっと立ち上がると、荷物を持って、じゃあ今度こそまたね、と言って、部屋を出て行った。






 ルーシェが去って四半刻(約15分)経たないくらいに、夕食を持ってウィージャが部屋に入ってきた。普段は助手や看護師が患者の様子を見ながら配給しているのだが、シェラのぶんは私が、と自ら言って持ってきてくれている。


「あれ、ヘイレンは?」


 昼食を摂ってから出かけたきり戻ってきていない。シェラは首を横に振った。ウィージャはそっか、と言いながら準備を始めた。


 ベッドに備え付けられている患者専用のテーブルを出して、夕食が乗った盆を置いた。一汁三菜の、栄養バランスの良さそうな見た目。汁物が醸し出す香りが、胃袋をぐぅ、と鳴らした。


「よく噛んでゆっくりお食べ」


 そう言われるとなんだかウィージャが親に見えてしまう。シェラは一つ頷きながら、いただきます、と心の中で感謝した。


 少し換気するね、とウィージャはカーテンを開いた。外はすっかり暗くなっていた。ウィージャの動きが止まる。刻んだ山菜が入った雑炊を少しずつ口に持っていきながら、彼の様子を窺っていた。


「……ヘイレン、大丈夫かな。いつも日が暮れるまでに戻ってきてたのに」


 そうだったっけ、と思ったが、だんだんと不安になってくる。出かけている先で何かあったのだろうか。ダーラムの外に出なければ、魔物に襲われることは無いはずだし……。きっとガーデン内の飲食店で夕食を摂っているだろう、と思いたかった。


「夜は出かけるならガーデン内だけだよ、とは言ってあるけど……。ちょっと探してくるね。その間に戻ってくれてるといいけど」


 ウィージャは窓を少しだけ開けてカーテンを閉じ、足早に部屋を後にした。


 シェラは黙々と雑炊やおかずを少しずつ胃袋に収めていった。しっかり食べないと動けない。……このテーブルを片付けないとベッドから出られない。ヘイレンはきっと大丈夫。そう信じて慣れない左手で一生懸命スプーンを動かした。


 思い返せば、ここのところずっとシェラはヘイレンの言葉に耳を傾けていなかった。何か話してくれていただろうけど、全く覚えていない。酷い態度をとってしまっていたなと後悔した。


 ひとりで街の外に出てはいけない。ヘイレンの命を狙う者がいるから。本当は街の中ですらも単独行動は控えて欲しいのだが、さすがにそこは緩和した。気分転換に散歩したいだろうし、それにもう、昔のように魔法が出ないわけではない。頼りになる立派な青年となったのだ。自分でなんとかできるから、とヘイレン自身も言っていた。


 しかし、いつもと違う状況となると不安が募る。ダーラムの治安は良い方だと思い込んでいるが、それが仇となっていないだろうか……なんて、恐ろしい思考に至ってしまう。


 スプーンを持つ手が震えだす。……ダメだ、落ち着こう。シェラは一旦スプーンを置いた。ベッドに身体を預けて、大きくため息をついた。


 時間だけが過ぎていく。静寂。鼓動が速い。じんわりと汗が首を伝った。いつもの発熱だろうけど、今日はちょっと違う。不安、心配、恐怖……。


 ヘイレン、どこにいるの?早く帰ってきて……。


 小半刻(約30分)程経った時、部屋の扉が開いた。反射的に身体を浮かせた。会いたかったヒトが、そこにいた。ウィージャも一緒に。


 涙腺が崩壊した。ヘイレンはゆっくり寄ってきて、そばに置いてあった椅子に座った。シェラは彼を抱きしめたかった。けれど、テーブルが邪魔で出来なかった。


 ウィージャが察して、盆とテーブルを取っ払ってくれた。ヘイレンの身体が近づくと、シェラはぐいっと左手を回して引き寄せた。おおぅ、と彼の声が漏れる。


「ちょっと、寄り道し過ぎちゃって。遅くなったし、ガーデンのカフェでご飯食べてから戻ろうかなって思ってたの」


 シェラはヘイレンの鎖骨あたりに顔を埋めた。すると、彼がそっと抱き返してくれた。


「……こ……ご……めん……」


 久しぶりに、言葉が出た。しかし、ヒソヒソ声だった。それでもヘイレンは聞き取ったようだ。


「大丈夫。ボクこそごめん、心配かけて」


 それからしばらく、涙が止まらなかった。






 どれくらい経ったかわからないが、随分と長いこと泣いてしまった。腫れぼったい目を擦りつつ、洗面所に向かい、顔を洗った。ひとりの時にたまに部屋の中をうろついていたので、歩くことには支障は無いと思っていたが、熱があるのか少しふらついた。ヘイレンに支えられてベッドに戻り、ふう、と一息ついたところで、ウィージャが言った。


「……ご飯、残り食べちゃう?無理しなくてもいいんだけど」


 シェラが黙って頷くと、ウィージャは意外そうに「あら、そう」と言ってからテーブルを出して盆を置いた。どれも半分くらい残っていたのを、ゆっくり味わって平らげた。


「なんか、急だね……食欲出てきたの。いっぱい泣いてスッキリしたのかな」


 ウィージャは安堵の表情で後片付けを始めた。ヘイレンはハーブティーを淹れ始める。ふたりの様子を、ぼんやり見つめていた。


 昨日まで同じような景色だったはずだ。それなのに、今日は「ふたりともテキパキとこなしてて凄いな」と思えている。どれだけ虚無でいたのだろうか。


 モノクロだったものが、鮮やかに色づいたような、そんな感覚だった。


 これはきっと、ルーシェに自分の思い悩んでいた事を話し、無理やり答えを出させ、納得して受け入れられたから、だろう……か。彼女には申し訳ない事をしたなと思ったが、同時に打ち明けられて良かったとも思った。


 何かが剥がれ落ちたのか、シェラの心は今、澄み切った青空のように清々しい気持ちに満たされていた。


「そうそう、今日ね、お城の周りを散歩したんだけど、たまたまカシェと会って少しお話したよ」


 カシェ……カシェリアはシェラと同じく紺のローブを纏える上位召喚士だ。


「でね、カシェからこれを受け取ったの。なんとなく入れ物あったほうがいいなぁと思って、これに見合う入れ物を探してたら日が暮れちゃった」


 そう言って、四角くなっていたポーチからそっと取り出した。ヘイレンの両手にすっぽりと収まった、角の丸い木箱をシェラに差し出した。


「開けてみて」


 蓋は片手でも簡単に開けられるものだった。パカッと蓋を取ると、淡い光をほのかに放つ黄色い小鳥が収まっていた。


 エルフ族でのみ生み出せる、祈りのお守りだ。


 シェラは小鳥の額を指で3回撫でた。すると、小鳥はぱちっと瞬きをして、「ぴ」と短く鳴いた。


「ん?」


 何の音かわかっていないヘイレンを見て、シェラは口角を少し上げる。もう一度3回額を撫でて、今度はその人差し指を小鳥の前に差し出した。同じように瞬きをして、鳴いて、ぴょんとジャンプしてシェラの指に留まった。


「ぅええ!?」


 ヘイレンは驚いて木箱を落っことしてしまった。かしゃーん!と派手な音に小鳥も驚いて指から離れ、バタバタと頭上を3回程旋回し、シェラの左肩に留まった。


「そ、そ、そそそれってい、生きてたの!?」


 慌てふためくヘイレンをよそに、左肩から首元へ、ぴたっと寄り添う小鳥の体温を、シェラは目を閉じて感じ取っていた。首全体がじんわりと温まっていく。小鳥が纏っていた光が強まり、シェラの首を覆った。


 シェラは、カシェの……エルフの祈りを、この時聞いていた。



 ……心と身体が良くなりますように。


 ……テンバは貴方を御守りましょう。


 光のご加護が在らんことを。



 シェラはゆっくり瞼を開けた。肩に乗っていたはずの小鳥はいなくなっていた。ふと目の前のヘイレンに視線をやると、彼はぽかんとしたまま石像のように固まっていた。


「こ、小鳥が……」


 光となってシェラの首を覆い、そして消えていったのを、ずっと見ていたようだった。


「これって……な、なんだったの?」


 置物だと思ってカシェから受け取ったものが、鳴くし飛び回るし光って消えるしで、ヘイレンはパンクしていた。ウィージャも初めて見たらしく、同じように固まっていた。


「……もしかしたら、今のでシェラは……声が出るようになったとか……ある?」


 ウィージャが恐るおそる近寄ってくる。何か喋ってみたかったが、言葉が浮かばなかった。せめて「あー」くらい言えばいいのに、なぜかその時はそれすら言えず、結局首を横に振ってしまった。


「そっか……。一晩寝て、翌朝様子見てみようか。散々寝てるだろうけど。あ、熱だけ測らせて」


 やや落胆気味に言いながら、ウィージャはシェラの額に手を当てた。ややあって、医師は手を離す。


「この時間帯上がってたのに、大丈夫そうだ。小鳥の効果かな」


 それしか思いつかないな、とシェラも黙って頷いた。


 じゃあまた明日ね、とウィージャは盆を持って部屋を出ていった。ヘイレンがようやく動き出し、落とした箱をそっと拾った。


「この箱……どうしようかな」


 入っていた小鳥はもういない。空っぽの箱を見つめながら、寂しそうに呟いた。

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