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第1章-2

 気配がして目を開くと、そこにはディアンがいた。


 青い眼をほんのり光らせた顔と、右前脚と右の翼。それだけが映っていた。


 これは夢か?シェラは身体を起こそうとしたが、指すら動かせなかった。それに、右手の感覚がない。見ようと首を右に……向けられない。目だけで右腕のあった場所を見てみると、黒い(もや)がかかっていた。


『シェラ……』


 ディアンの声が響いた。視線を元相棒に戻す。ややあって、シェラは不安に襲われた。


「核は!?右肩に、魔物の攻撃を受けて……え……どうなったんだっけ……」

『核は、欠けた』

「えっ!」

『だが、形は保っている。しかし……次、我の力を解放してしまうと、シェラという概念を失わせる』

「……どういう……こと?」


 シェラは困惑しながらも、ディアンの言いたいことを理解しようとした。


「えっと……僕がこの後、ディアンの力を解放したとしよう。意識はディアンのものになり、僕の意識は消える。ここは今まで通りだったけど、概念を失うということは……僕は『シェラ』ではなく『ディアン』になる、ということなの?」

『……黒曜石(オブシディアン)を核に持つコア族として、シェラの身体を得て生き始める……。魂も、意識も、シェラは『無かったこと』になる……』

「なっ……かった……ことに……」


 事を終えても、その身体は『ディアン』として存在していくということか。僕は死ぬわけではない。最初から生まれていなかった、ということになる……?


 今まで歩んできたジンセイが無いものとなる。死という形ではないため、霊界へ逝くことも、死別したヒトと会うことも、全て『無い』のだ。シェラード、というジンブツは、過去にも未来にも『存在しない』。


 ディアンに『取り込まれる』とも違う。本当に、『無』なのだ。


 シェラは言葉にしてディアンに確かめた。相棒はゆっくり瞬きを1つして『そういうことだ』と言った。


 そうか、僕は、僕というジンブツは、最初からいないものになるんだ……。ん?では、今の『僕』は?また混乱してくる。


『今はまだ、魂も身体もシェラだ。レントがシェラを運んで、どこかに入って、ベッドの中にいる』


 おそらくダーラムのヒールガーデンだろう。火の国ファイストの首都モントレアの長がなぜ僕を運んだのか?たまたま通りかかったのだろうか?まあ、目覚めたらわかるか。


 ……目覚める、か。シェラはどういうわけか、目覚めたくないと思ってしまった。


 これまでたくさんの大切なものを失い、一時期生きる気力をも失っていたが、何のために生きているのか、正直わからなくなっている。


 ()()ヘイレンを守るために生きている?彼は過去の時代から『時空の裂け目』を経て現代にやってきた。いつか過去に戻ると言っている。それを見届けることが出来たとしても、その後僕はどうすればいいのだろうか?


 生きる目的が……無い。


 いっそのこと、概念ごと失い、ディアンに全てを譲ってもいいかも、と考えてしまった。その刹那。


『ダメだ!』


 鼓膜が破れてしまいそうなほど叫ばれ、心の臓が跳ね上がった。青い眼がギラリと光る。低く唸るディアンの圧は、竜騎士になるための最終試練の時より強かった。


『自我を、失うな!』


 ディアンの声が、血液と共に体内に行き渡り、脳を震わせた。右肩が痛む。抉られるような痛み。


「ぃ……!」


 顔全体が見えていたのに、うんと近づかれて額しか見えなくなった。その額が、コツンと優しくシェラの額に当たった。


『シェラは、シェラとして、生きなければならない。これからどんなことがあっても。この身体は、その命は、シェラのものだ。我は、我の核は、然るべき所へ帰る時が来たのだ。本来なら、身体を失い、核だけとなった時点で、帰るはずだったのだ……』


 それを、ラウルが核を回収して僕の肩に入れ込んだから、僕の腕となった。コア族ではないヒトの身体に核を入れ込むなど前代未聞のことだった。シェラは奇跡的にディアンと融合してしまったのだ。


「ちょっと待って……これ、目覚めたらもう、ディアンは……」

『シェラの身体から抜けている。レントが、核を取り出そうとしている』

「ちょっと待って!僕はそんなの望んでいない!」


 心の臓がどくん、と大きくなった。息が詰まり、上半身が少し反り返った。涙が目元に溜まり、溢れ、頬を伝っていく。


「やめ……て……僕は……」


 あの時突然ディアンを失ったことがどんなに辛かったか。絶望したか。だが、自分自身が突然()()()()()()()となるのも怖くなっていた。相反する感情が混ざり合い、混沌とする。


「ディアン……」


 相棒の名を呟くことしか出来なくなっていた。身体が反り返ったことで相手の額は離れていたが、そのおかげかディアンの顔がしっかりと見えていた。竜の表情は喜怒哀楽がはっきりとしないため、感情を読み取ることは難しいのだが、今はどことなく優しい雰囲気を感じた。


『我の核は、欠けはしたが壊れていない。故に、我はまた身体を得て蘇る。そうしてまた、シェラの元へ戻る』

「……え?」

『竜と竜騎士になるものは、血を飲み合うことで契約する。どちらかの命が尽きるまで、それは一生のものである。例え竜騎士が槍を置いたとしても。……忘れていたか?』

「……ああ……そっか……ごめん」


 召喚士の掟などで上書きされてしまっていたことにしておきたいくらいに本気で失念していたなと、シェラは苦笑いした。ここでディアンと別れても、自分の寿命が来るまでにまた戻ってくる……かもしれない。


「しばらくディアンに怯えてた不甲斐ない元竜騎士だけど、僕にとってディアンは大事な相棒だから。核があるなら、契約が生きているなら……また……」

『それまで生きていろ。いや、我がシェラの元へ戻っても生きていろ。その命を、しっかりと全うしろ。……自ら死を望まないでくれ』


 最後の一言は特にシェラの心に刺さった。少し眼を閉じてディアンの言葉をしっかり胸に刻み込む。よくやく心の整理がついて、瞼を開いた。


「……ありがとう、ディアン。僕……待ってるね」

 シェラが微笑むと、ディアンはグルル、と甘えた声を返した。一息ついた瞬間、意識が消えた。








 ヘイレンはひとり、治療室の前の長椅子に座り、じっと扉を見つめていた。静寂が心の不安を増幅させてくる中、ひたすらに無事を祈っていた。


「ヘイレン」


 低めの声で呼ばれて振り向いたら、白い服を(まと)った大柄のジンブツが近づいてきた。


「ヴァルゴス様!お身体は大丈夫なんですか?」


 慌てて立ち上がり長椅子に座ってもらうよう促す。ヴァルゴスは気遣いありがとう、と言いながらゆっくり腰掛けた。ヘイレンも隣に座り直す。


「魔力がだいぶ戻ってきて、そろそろ筋力を戻すトレーニングを始めてもいいと、ウィージャ先生に言われたところだ。今年の精霊祭には間に合わせないといけないし、忙しくなりそうだ」

「そうなんですね……。順調そうで何よりですが、ご無理ならさらないようにしてくださいね」

「……そうだな。ありがとう、そうするよ」


 ヴァルゴスは微笑した。彼は最近まで、重傷を負って昏睡状態だったが、懸命な治療の甲斐あって意識が戻り、歩けるまでに回復してきた。


 上位召喚士の微笑に、ヘイレンも自然と口角が上がる。しかし、互いに長くは続かない。


「……で、シェラの事を、ヘイレンが答えられる範囲で教えてくれないか?」


 はい、とヘイレンは頷いて、これまでの事を伝えた。シェラの右腕がディアンの姿となり、おまけに翼まで生えていた……。ディアンの自我となって動くシェラをじっと見つめていたが、ヘイレンは彼の様子が少しずつ変わっていっているように思えていた。


「本当に少しずつなんですが、翼のあたりからどんどん背中が盛り上がっていって……。ディアンに変わってしまうんじゃないかと思うほどに……」


 ふるっ、と身震いする。ヴァルゴスはふむと手を顎に当てた。


「なるほどな……。やはり……そうなるか」

「……え?」

「コア族ではないヒトの身体にコア族の核を入れ込むとどうなるか。ジン体実験すら一度も無かったこの事例を、シェラは施されてしまった。やむを得ん状況だったにせよ、な」


 確かラウルが入れ込んだんだっけ。ヘイレンは記憶を掘り起こす。シェラの魔力と生命力、そして、ディアンとの強い絆が融合を成功させた。が……。


「コア族の力を使えば使うほど、その身体はコア族のものへと変化していく。侵食と言うのか取り込みと言うのか、正しい言葉がわからないが……。そして今、コア族の()()()()の生命体として生まれ変わろうとしているのだな……」

「んん?シェラが、コア族になっちゃうんですか?」

「いいや、そっちじゃない。ディアンがシェラの身体を自分の身体として意識を宿すんだ。なんて言えばいいか……『乗っ取り』ってやつか?」

「ノットリ……。ではシェラは……死ぬ?」

「……私の憶測だが、今のシェラの身体がディアンとして目覚めた時、我々はそれを『ディアンである』と自然に受け入れてしまっている。シェラードというジンブツは存在しない。治療されていたジンブツは、最初からディアンであった、と」

「それって……シェラがいた、という記憶が無くなっちゃう、ってこと……ですか?」

「ああ。記憶が無くなると言うか、概念が無くなるというか。……だから『死ぬ』もない。そもそも我々はディアンと共に過ごしてきたのだから。そういう次元に変わってしまうのだよ」

「それ……イヤダ……」


 今から記憶が書き換えられてしまう恐怖に慄き、ヘイレンは頭を抱えて俯いた。そっとヴァルゴスに肩を抱かれた。ゆっくりと、肩を摩られる。


「今はそういう感情があるが、いざ変わってしまったら、それも無くなる。……この世界は恐ろしいものだ」

「ボクは……シェラを……失いたくない……」

「そうなる前に、シェラから核を取り出さねばならない。そうすることで、シェラを救おうとしている。今、その瞬間だろう?」


 ハッとして顔を上げた。そういえばレントが運んで行ったまま、治療室から出てきていない。


「まさか……ディアンの核を、レントさんが取り出すの?!」

「コア族のことは、コア族でしか出来ない」


 鼓動が速くなった。身体が震えだす。ヴァルゴスに伝わると、上位召喚士は少し強く抱きしめた。


「……腕は失うが、シェラの命はきっと救われる。傷を素早く塞ぐことが出来れば、な。……役目はおそらく君だろう」

「ぼ、ボク!?」

「今のミスティア先生では間に合わないだろう?魔力が極端に弱っている」


 このヒト、扉越しに感じ取っている……。ますます震えが止まらなくなってしまう。


「……大丈夫か?余計な事を言ってしまったか?」

「いいいいえ、そ、そんなこ、こと、な、ないです!たぶん……」


 尻すぼみになっていったヘイレンに、ヴァルゴスは少し笑った。震えが治まると、そっと抱擁を解かれた。同時に、治療室の扉が開いた。


「ヘイレン……」


 憔悴したミスティアが先を言う前に、ヘイレンは長椅子から立って彼女と向かい合っていた。


「傷を、塞ぐんだよね」

「……お願い」


 なんとしてもシェラを救うんだ。ボクが、ボクの力で。ヘイレンはミスティアの後を追った。








 ゆっくり瞼を開けると、視界の左側に点滴の袋が映った。身体は暑く、とても重い。そして、あるはずのものが無くなっている感覚がじんわりと押し寄せてきた。


 呼吸器が『目覚めたぞ』と知らせる。すると、すぐにマスクが外された。青い眼を持つ銀髪の医師が、一瞬誰だかわからなかった。いつもお団子状にまとめている髪は、片側に流すように結っていて、腰あたりまであった。


「おはよう。……自分の名前、言える?」

「……シェラード」

「……よかった。まあ、核を取り出したからそんなことは無いんだけど、万が一『ディアン』とか言ったらどうしようかと思ってたわ」

「……だから、か」


 点滴の針が刺さったままの左腕を、ゆっくり右肩へ持って行った。一緒に横たわっているはずのものが、ない。なんだろう……すごく不思議な感じがする。


「痛む?」


 そう聞かれると痛む気がするし、そうでもない気もする。


「……よくわかんない」


 ディアンと対話をしている間も腕は無かったはずだが、今やっと『無い』感覚が芽生えたような……なんだかふわふわしている。


 左手をゆっくり戻して、一息ついた。何もかもを左手で扱わなければならなくなっちゃったな。とりあえず魔法はコントロールできると思うけど……。


 またため息をついた時、部屋にぞろぞろとなんにんか入ってきた。


「おう、起きてたか」

「レント……」


 核はレントが取り出した。ディアンもそのようなことを言っていた。思わず都長を凝視する。


「核はもう持ってねぇよ。おと……コア族の王に返還してきたからな」

「……そう」

「……すまない」

「え?」

「本来ならシェラの同意を得てから取り出したかったんだが……もうな、時間無くてな。身体がどんどん変化していってて……」


 ヒトのような竜のような、とにかくシェラの姿が無くなろうとしていたらしい。どうやって取り出したかも話してくれたが、まあ(むご)いのでやめておこう。


「……そういうわけで、ヘイレンに即刻傷を塞いでもらった。そりゃまあすげぇ早かったわ」


 レントの隣でヘイレンが少し照れていた。


「そっか……。ありがとう、レント、ヘイレン」

「お前が『無いもの』になっちまうのは、誰だって嫌だからな」


 レントの言葉に、ヘイレンは何度も頷いていた。ディアンの言葉も合わさり、湧き上がってきそうなものを抑えるべく、大きくため息をついた。


「……で、もうちょっとだけ話していいか?一回休むか?」


 高熱で発汗が(ひど)く、呼吸も荒い様子を心配しているみたいだが、シェラはかまわず「どうぞ」と返事をした。


「その状態じゃあ何も出来ねぇだろうから、ルーシェが義手を作るってよ。ウィージャ先生と同じようなやつをな」


 ウィージャはかつて騎士だったのだが、ある事件で両腕を失ってしまった。義手なのに体温や脈など正確に把握できている超ジンの医師である。


 僕もあんな風に、失う前の、いわゆる『自分の腕』として扱えるようになれるのかな……。


「それにはそれこそ、シェラの同意がいる。ただの義手じゃねえからな……」

「一般の義手と……何が違うの?」

「ウィージャ先生のやつ、神経と骨を繋いでて、さらに筋肉も細胞生成して入れ込んでるらしい。だからこれまで通りの動きが出来て、感触もあるんだってな」

「神経と骨を……繋いで……る?」


 高熱が邪魔をして、メカニズムが想像できない。文字通り、頭から煙がもくもくと出ている気分だった。


「……悪い、やっぱ後にするわ。休んでくれ」


 続きがありそうな雰囲気だったが、シェラも限界だった。ごめんね、と小さく呟いて、気絶した。






 シェラの病室を出て、ヘイレンはレントとガーデン内のカフェに入った。ショーケースに並ぶ美味しそうなケーキをさらりと見て、レントは端っこにあった黒っぽいケーキを頼んでいた。ヘイレンはホットティーを頼んだ。


 ヒトはまばらで、お店の端のほうの席を陣取る。レントが頼んだケーキを店員が置いていった。なぜかフォークが2つ、皿に乗せられていた。……ボクも食べると思われたのかな?


「チョコケーキ、見つけたら絶対食っちまうんだよな。一口頬張るだけで、一気に疲れが取れるっていうか」

「そうなんだ……」

「……初めてか、これ?」


 何度か見かけたことはあったが、まだ食べたことはなかった。茶色いスポンジの間に薄い茶色のチョコクリームが挟まっている。上にもチョコクリームが小さいホイップ状で乗っていて、それに支えられる形で小さな板状のチョコが乗っていた。


「食ってみな?美味いから」

「いいの?」

「遠慮すんなって。食ったことねぇなら尚更な」


 レントはホイップの乗った側にフォークを入れた。反対側の、先っぽの少ないところでよかったのにな、と思いつつ、ほいと渡されたフォークを受け取った。


 そっと口に持っていって、頬張る。チョコレートの甘みとほろ苦さが、確かに身体を、心を癒していった。自然と口角が上がる。


「……美味いって顔してんな」


 その様子にレントも表情が緩む。ホットティーとの相性も抜群だった。思わず席を立って同じものを買いに行ってしまった。


 ふたりでチョコケーキを味わいながら、話題は自然とシェラの話になる。


「レントさん、義手ってすぐに動かせるようになるものなの?」

「ヒトそれぞれだな……。ただ、ルーシェの作る義手は、さっきも言ったとおり神経と骨と筋肉も繋げるから、しっかり繋がるまで時間はまあかかるだろうな。……てか、この手はウィージャ先生に聞くのが一番だろ」

「あ……確かに」


 あのヒトは両腕がそれだもんな……。ヘイレンは小さく頷いた。


「……あいつ、体力もだが気力も相当弱ってる。精神的にリハビリに向き合えるかどうか……。ディアンを無理やり引き離しちまったから、そのショックもあるしな……」


 シェラを救うためには致し方なかったのだが、処置を施したレント自身、罪悪感を抱いているようだった。


 チョコケーキを平らげ、冷めて(ぬる)くなった紅茶を飲み干した。カフェを出て、レントをガーデンの出入り口まで送った。


「しばらくシェラに付き添ってやってくれ。まあ、付きビトだからいつもと変わんねぇと思うけど」

「うん。シェラが元気になるまで、ボクもシェラを助けるよ。……ありがとう、来てくれて」


 ヘイレンは一礼した。レントは片手を軽く振って、それからガーデンを出て行った。






 シェラの病室に戻ると、彼はぼんやりと点滴袋を眺めていた。ヘイレンに気がつくと、おかえり、と弱々しい声で言った。


「レントは、帰った?」

「うん」


 そっか、とヘイレンに向いていた視線を点滴袋に戻した。


「……ウィージャ先生から、義手の話を聞いたんだ。装着手術から、リハビリまで」

「うん……」

「普通の義手の、何倍もリハビリがいるし、何よりも……死ぬほど痛いらしい」

「……うん」

「……今の僕に、耐えられる気が……しない」


 そう言うと思った。弱音は吐くけど、なんだかんだで乗り越えてきている。この目で見てきたもの。だから、義手もちゃんと使えるようになると思うんだけどな……。


「ボクがついていても?」

「……え?」

「気休めにしかならないかもだけど、痛みを和らげることはできるだろうし、リハビリも……手伝いたいし。ずっと守ってくれてきたシェラを、ボクが守るというか、助ける番かなって」

「ヘイレン……」

「片手だけで何かするって、とっても不便でしょ?毎回誰かの助けを必要とするのも、シェラは遠慮しそうだし、自分でなんとかしよう、としそう」

「……」


 シェラは黙ってヘイレンを見据えている。この時、シェラの言おうとしていることが、なんとなくわかってしまった。


 だから、こう聞いた。


「……つらい?」


 痛みに耐えることがつらい?リハビリがつらい?ううん、違う。シェラは今……生きていることがつらいんじゃない?


 シェラの目が大きく見開かれる。すごい勢いで目に涙が溜まり、あっという間に決壊していった。


 なんのために、生きるのか。


 どうして、生きていかなきゃいけないのか。


 シェラはずっとずっと、そんなことを思い悩みながら、今日(こんにち)まで生きてきた……ということを、彼は途切れ途切れに話した。


「……そんなの、答えなんか無いと思うよ」


 ヘイレンはポツリと言った。鼻を啜る音が小さく響いた。そっと身体に触れて、そっと抱擁した。


「ボクだってなんのために生きてるかわかんないよ。どうして生きているのかも。なんで生きていかなきゃいけないのかも。あ、ボクはテンバを蘇らせるために生きてなきゃいけないんだった。……でも、こう、答えが無くても、生きてきたんだよね?」


 うう、とシェラの嗚咽が漏れる。そんな深刻に考えてしまうほど、壮絶なジンセイを送ってきたのだろう。シェラの過去は、とてもざっくりとしかボクは知らない。でも……。


「生きる目的があれば、生きやすくなる?」


 そう問いかけた時、シェラの嗚咽が止まった。彼の左手がヘイレンの二の腕に触れた。抱擁を解いて見つめ合う。空色の眼は、少し充血していた。


「……い」


 言葉が出てこない。シェラは焦り出し、呼吸が少し荒くなる。瞬きをして、涙が頬を駆け下りる。口元が震え出す。……見ていてだんだん不安になってきた。


「……ウィージャ先生みたいに、また腕が使えるようになろう?でさ、ボク、いろんなところに連れてって欲しい。もちろん巡礼する召喚士の付きビトの役目はきちんとするよ。ボクは……危険がいっぱいあったとしても、シェラと一緒に、この時代を生きていきたいんだ」


 シェラは目を固く閉じて、泣きじゃくった。ヘイレンはもう一度、優しく抱きしめた。

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