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 侯爵は妻にレドバドの再教育を申し渡す。

 命じたのだからそれで終わり、とばかりに仕事に思考を切り替え、それと共に友人だったマリーゴールドの両親の死の真相について、誰に調べさせればいいのか、と考え始めた。

 再教育が終わるまでは、伯爵家に行かせない、とレドバドに申し渡した侯爵。


 その判断が良かったのか悪かったのか、それは誰にも分からない。


 ただ言えるのは、レドバドに一年ごとに再教育の成果として、直々に試験を行い、その試験に合格するまでは婚約者同士の交流という名目で伯爵家へ行かせることは無い、ということだった。

 それならマリーゴールドに侯爵家へ来てもらえば良いのだが、当然マリーゴールドの伯父はそれを許さなかった。


 一方で侯爵夫人。

 兄である嫡男が跡取りのために厳しい教育は仕方ないと思うものの、弟であるレドバドは婿入りなのだからそこまで厳しくする必要は無い、という考えの持ち主だった。

 然も、レドバドの婚約者は伯爵家。爵位が一つ下。

 レドバドの方が婿入りすると言っても偉いのだから余計だ、と甘やかすような思考をしていた。

 当然七歳のレドバドに再教育なんて必要無い、と考えていて。


 何故、再教育が必要か、という初歩的なことに思い至らない時点で、侯爵家という高位貴族の夫人失格である。

 侯爵は、仕事が忙しいし、マリーゴールドの両親の死の真相を誰に調査させればいいか、ということも考えなくてはならないし、公爵・侯爵家になると当主は国政にも関わる立場も与えられるので、そちらの役職も忙しいし……と、夫人の甘い考えに全く気づかなかった。


 レドバドの再教育を妻に命じてから三年。

 レドバド十歳の時に、再教育を妻に命じたはずなのに全く教育されていないことに気づいた侯爵が、家庭教師に話を聞き、再教育など頼まれていないと答えたことを踏まえて妻に確認し、ようやく妻の甘い性格に気づいた。


 侯爵はこんな甘い考え且つ、やや身分主義な女は侯爵夫人など務まらん。と告げて離婚するか領地幽閉のどちらかを妻に選択させた。

 身分主義な思考の持ち主である妻は、プライドも高い方なので、離婚されて嘲笑されるくらいなら、と領地幽閉を選んだ。


 もちろん侯爵は甘くない。


 領地の侯爵邸での幽閉だろう、とたかを括っていた夫人が押し込められた先は、平民ならば何の問題も無い、というよりやや大きめの家だった。


 使用人は通いの年を召した女性。家事全般を妻に教えるための、女性だった。当然、一応は侯爵夫人である女性は、その環境に叫び声を上げて泣き喚いた。


 だが、家事を教える年を召した女性から渡された夫である侯爵からの手紙を読んで、自分が夫に言われたことを行わなかった結果がコレだと思い知る。


 離婚か幽閉か、と選択肢を与えられ、決めたのは侯爵夫人だ、と手紙には書いてあり、更には領地幽閉だから領地から出ないのであれば、ということで、領地内は比較的自由なことに文句は言わせない、とも書かれていた。そして、それが不満だとか、領地内で問題を起こしたとか、そんなことになったら、平民として罰するとまで。


 侯爵夫人は、生きるために渋々家事を教えてもらうか、緩やかな自死(家事を教わらないということは食事も出来ないため)を選び取るか、またそこでも選択を迫られ、家事を教えてもらうことを選択した。


 さて。

 夫人を領地に送った侯爵は、自らレドバドに再教育を施そうと、先ず、レドバドの立場を分からせようと話を始めた。

 この頃のレドバドは、まだ父親の話を聞く耳は持っていた。


 聞く耳を持っていても理解能力が悪いのか、記憶力が悪いのか。それとも都合良く自分の思うように記憶が改竄されてしまうのか。


 伯爵家は、マリーゴールドの亡くなった両親の家であり、跡取りはマリーゴールドで、一緒に暮らしている伯父一家は、領地無しの子爵であって、その娘であるオダマキは伯爵令嬢では無く、子爵令嬢だ、と懇切丁寧に説明している侯爵の話を結果から言えば、聞き流していた。


 ただ表面上は、理解したように神妙な顔をして聞いていたため、侯爵は大丈夫だろう、と安直に判断してしまった。


 我が子がそこまで愚かではない、と思っていたことと、元凶(だと思っている)の夫人が居ないから思考が歪むことは無いだろう、と思っていたことが原因。


 この点は、侯爵自身が反省し、甘かったことを悔やむことになる。それは後々のことだが。


 そんなわけで、久しぶりにレドバドは伯爵家へ、婚約者として赴くことになった。

 三年ぶりに会った婚約者であるマリーゴールドは、パサパサの髪にガサガサの肌をして、ガリガリの身体に古びたドレスを着て現れたことで、益々レドバドは拒否した。

 会った瞬間から、速攻で「顔も見たくない」と告げてマリーゴールドを疎み、やってきたオダマキの艶々した髪と潤いのある肌にふっくらとして少女らしい身体つきに良い生地を使ったドレスを見て、顔を弛ませた。


 レドバドの従者も護衛もレドバドを諌めたが、レドバドが聞き入れない。

 それどころか従者も護衛も遠ざけようとしたので、従者も護衛も即刻帰還の判断をし、伯爵家に着いて早々、レドバドを強制的に連れ帰った。


 彼らがここまで強引な手段を取ったのは、侯爵が使用人にかなり厳しくなったからだった。

 仕事が出来る者にはきちんと給金を多めに渡すが、出来ない者は直ぐに給金ゼロという過酷な労働条件に変更したからである。


 背景には当然、侯爵家からマリーゴールドに付けた護衛が二人も酒に睡眠薬を入れられ、寝こけたというあの忌まわしい過去があったからだ。


 当時の護衛たちは、今、どこで何をしているのか知らないが、あの後から侯爵は使用人に対して厳しくなったので、レドバドが喚こうとも、侯爵家へ帰還させることになった。


 そして侯爵に報告し、侯爵はレドバドの愚かさを目の当たりにして、ようやくレドバド自身に問題があることを知った。


 そこで侯爵は、レドバドの再教育ではなく、レドバドに見切りをつけて、侯爵家から出さず飼い殺しにすることにしようと考えた。


 だが、一つ問題があった。


 言わずと知れたマリーゴールドとの婚約である。

 マリーゴールドとレドバドとの婚約は国王陛下が認めた婚約。

 レドバドに問題があることが分かって、レドバドを廃したとしても、その代わりとなる婚約相手が居なければ、マリーゴールドの立場が危うい。


 マリーゴールドの伯父である子爵は、未だに自分が伯爵位をどうにか出来ると思っているようだが、表向きはマリーゴールドの養育者という立場だから、一応最低限にはマリーゴールドを生かしている。


 そして、マリーゴールドが伯爵家の跡取り令嬢であるという届出も出て、王家から承認されていることもようやく理解した。

 相変わらず領地の方は、伯父に手も足も出させられず、マリーゴールドが死んでも今の状況では、伯父になんの旨みも無いのではないか、ということにようやく気づいた。

 だから、マリーゴールドが成人して爵位を子爵に渡す、と公の場で発言させないと意味が無いらしいことも何となく気づきかけていた。


 忌々しい、とは思うものの、何度か王城へマリーゴールドの跡取りという立場の変更について伺いを立てて、その度に却下されたことで、ようやく法律を少しだけ学んで、そうらしいことを理解したのである。


 だが、それはレドバドという婚約者、延いては侯爵家という後ろ盾が居るからこそ、伯父である子爵は大人しくしていられる。

 侯爵家との縁談が無くなれば、マリーゴールドが死んでも構わない、と今でも伯父である子爵は考えている。


 侯爵は、そこまで伯父である子爵の思考を知っているわけではないが、レドバドとマリーゴールドとの婚約が無くなり、マリーゴールドの後ろ盾が無くなったら、子爵が何かしら企むのではないか、とは危惧していた。


 となると、レドバドの代わりにマリーゴールドの婚約者という立場になれそうな者を侯爵は養子として迎え入れなくてはならない。

 侯爵家にも旨みがある政略結婚を、他家に持って行かれるわけにはいかない。


 また、三年の間に、マリーゴールドの両親である伯爵夫妻が急死した背後に、伯父の子爵が何らかの関与をしていることも分かった。

 証拠も克明な状況も不明だが、このことからマリーゴールドの命を狙っていた相手も、伯父の子爵ではないかと疑っている。


 それを踏まえて先ずはレドバドを家から出さないことにして、表向きは急な病とした。

 同時に、侯爵家お抱え医者を頻繁に呼ぶように見せる。お抱えである以上、患者が居なくても支払われる金が多ければ、頻繁に呼び出されても文句は言わせない。


 もちろん、親戚筋で侯爵家に引き取っても問題無さそうな子息が居ないか調べ始め、レドバドの代わりに婿入りさせる者を探し始めた。これは密かに行う必要がある。

 レドバドが急な病に罹患したとはいえ、普通は治る見込みがある、と親なら考えるものだからだ。

 一年程して治る見込みが無い、と考えて国王陛下に上申し、侯爵家と伯爵家の婚約が両家にとってどれだけ有用であるかを説明し、国王陛下が納得することで親戚筋から子息を引き取って、婿入り教育を施す。

 最短で二年は掛かる。


 そう考えて侯爵が動き出した矢先、侯爵は国王陛下の懐刀として、王城での役職を授けられた。


 その祝いの夜会を行うことが決まり、侯爵家は俄かに慌ただしくなる。


 レドバドの兄で侯爵家嫡男の教育は、しっかりとしていたので父親である侯爵をきちんと補佐していた。

 母の侯爵夫人が領地幽閉になった理由もきちんと聞いたし、弟のレドバドのやらかしも説明を受けて、廃することまで聞いていた。


 そんな嫡男が、俄かに慌ただしくなった侯爵家の隙をついて弟が屋敷を抜け出したことに気づく。


 馬に乗れる嫡男は、直ぐに馬を準備させて侯爵家の馬車を追った。執事に話して父親に報告をするよう伝えてから。


 見えてきた侯爵家の馬車が、とある屋敷に入ったことで、嫡男も慌ててその屋敷へ。


 馬車から降りて騒いでいる弟を見て、早く馬車に押し込めなければ、と思うより早く、髪はパサパサとして肌もガサガサでガリガリに痩せた見窄らしい古びたドレスを着た少女が、息をするのも辛いような姿で、それでも何とか凛と立った姿勢に、目を奪われた。


 その間に、今度は派手に着飾って語尾が間延びした令嬢が現れて、父親から聞かされていた嫡男は、ここが弟の婚約者である伯爵家では、と気づいた。


 弟は兄の存在に気づかず。


「お前なんかが俺と結婚するなんて、有り得ない。お前とは婚約破棄で、オダマキと結婚する! オダマキと結婚して伯爵家を」


 そこまで聞いた瞬間、嫡男は弟の口を塞いだ。

 侯爵家の馬車を操っていた御者が弟を止めようと着いてきていたことが幸いで、そのまま二人がかりでレドバドを馬車に押し込める。


 レドバドがマリーゴールドと婚約破棄して、従姉妹の令嬢と結婚して伯爵家を継ぐ、なんて言ったらお家乗っ取りでしか無い。


 最後まで言わせる前に、レドバドを確保して良かった、と嫡男は思う。


 馬車は外から鍵を掛けるタイプだから、どれだけ中でレドバドが暴れようとも出て来られない。頑丈な造りだから壊れもしない。


 一安心して、二人の令嬢に弟が済まなかった、と謝れば、マリーゴールドだと思われる痩せた令嬢は、目を虚にしたまま、黙って頷く。

 対して、従姉妹だろう子爵令嬢は、嫡男を訝しむように見ていたのに、レドバドの兄だと知った途端に、ニタァとした笑みを一瞬浮かべて、直ぐにその笑みを消して、媚を売ってきた。


 レドバドと恋仲なのか、と思っていたのに、侯爵家嫡男と知って媚を売ってくる辺り、かなり打算的な性格のようだ。


 髪は艶々。肌は潤い、ふっくらとした身体つきに良い生地のドレスの少女と、正反対の姿で虚な目をした少女。


 父親から聞いていても、この落差に衝撃を受けたというのに、レドバドは何も考えていないのか、何も見えてないのか、と兄は愕然とした。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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