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伯父はマリーゴールドの両親が死んだことで伯爵家を乗っ取れると思ったのだろう。跡取りがマリーゴールドとして国へ届け出られていてもまだ八歳。
病弱で病死ということもあり得る、と考えていたに違いない。
となれば、伯爵家を継ぐ者が居なくなるから身内の自分が当主に……とでも考えたのだろうが、所詮は浅知恵。
先ず、マリーゴールドの母が伯爵家の当主だから、マリーゴールドの両親とマリーゴールドが死んだとしても、伯父……つまり父親の兄に伯爵位が譲渡されることはない。
母方の親族へ話がいくか、王家に爵位返上するだけである。
仮にも子爵家の当主ならそんな法律を知っているべきだろうに、何故知らないのか、という話だ。
そして、マリーゴールドには侯爵家の次男・レドバドとの婚約が締結していた。貴族の婚約は国王陛下が承認して初めて締結する。つまり、シャスタデイジー国王が既に認めている婚約。
だからマリーゴールドが成人していなくても跡取りであることはこの婚約を以って認められているのと同義。跡取りの婚約者として申請し、認可されているのだから。
つまり、伯父が伯爵家当主になれる道筋は潰されている。
マリーゴールドが伯父に当主の座を譲る、と言えばあり得るだろうが、未成人のマリーゴールドがそのようなことを言っても、伯父に言わされている、と見做される可能性が高いので却下される。
何故なら伯父は伯爵家の血筋ではないから。
伯父が辛うじて出来るのは、成人してないマリーゴールドを養育する親戚という立場だけだ。
マリーゴールドを養育する者は必要で母親の血筋から養育するか、伯父が養育するか。それで揉めることは無かった。
マリーゴールドの母方の祖父母は他界しているし、母親は妹が二人の三人姉妹で、妹二人は当然ながら他家に嫁いでいたから。
妹二人の嫁ぎ先が伯父のように伯爵家にやって来ることは当然出来ない。領地の無い子爵位だけの伯父だから身軽に出来た。というのが体外的な言い訳。
実際には乗っ取る気満々だし、元々の屋敷は代々使用されている屋敷なのに、簡単に売り払ってしまっていたから身軽なだけ。
更には伯爵家で養育出来るのにわざわざ他家で引き取るのはおかしい、と尤もらしいことを並べ立てて伯父はマリーゴールドの叔母二人を退けた。
実際、叔母二人の嫁ぎ先もマリーゴールドを引き取って養育することに良い顔をしなかった、というのもある。
本当は、後ろ盾にもなりたかったのだが。
マリーゴールドが成人して伯爵家の当主になった際の後ろ盾は侯爵家が行うのだから、伯父が後ろ盾にはなれない。
伯爵家の当主代理という立ち位置は、マリーゴールドが未成人のため必要だが、代理人は国から遣わされるので、伯爵家当主代理として伯父が好き勝手に出来ない。
伯爵家当主ではなく、マリーゴールドの養育のために伯爵家で生活し、それに付随する家族内での費用ならば、伯父は使える。マリーゴールドの養育費ということで。
これ幸い、とマリーゴールドを養育する名目で伯爵家に乗り込んだ。
当然、伯父はその養育費を自分と妻子のために使いまくった。
代理人がいるため、伯爵家の領地などに使う金にまでは手は出せなかったが、私的な生活面での費用はマリーゴールドには使用しない癖に湯水の如く自分たちに使った。
代理人はあくまでも伯爵家の領地経営などに権限があって、私的な生活面に於いて口出しは出来ない。
故に湯水の如く費用が使われても、見ているだけ。
マリーゴールドが成人して伯爵家当主として立った時に後ろ盾になる侯爵家でも、婚約者の家という立場では口出し出来ない。
マリーゴールドが助けを求めるなら、可能だが、マリーゴールドは人付き合いを制限されていた。
八歳という年齢ならば子ども同士のお茶会なども開かれ招かれるはずなのに、命を狙われていることから両親が生前からそういった場にマリーゴールドを出すことを止めていた。
それを逆手に取って伯父はマリーゴールドをお茶会などに出さなかった。
自分の娘は命を狙われていないから、と参加させていたが。
当然マリーゴールドが手紙を書こうにも出せない。
使用人がこっそりと渡しに行くことすら。
何故なら伯父一家が伯爵家に入り込んだ途端、暴力で使用人たちを縛り付けたから。
伯爵家の執事と侍女長を最初に無言で殴り付けてから、自分に逆らえば皆がこうなる、と脅した。
ついでに逆らえば給金も出さない、と宣言。だからといって使用人への給金は最低限のもので、マリーゴールドの両親が生きていた頃にもらっていた給金が夢のようになった。
辞める者も居たが、当然紹介状などもらえないから貴族家で働くことは出来ない。
自分の生活で一杯の使用人たちが国に訴えるなんて思考にもならない。
マリーゴールドの生活は両親の死からそのように一変した。
唯一、マリーゴールドが外の世界と関われるのが、婚約者との交流だったが、伯父の娘が常に婚約者との交流の場に居るし、マリーゴールドが侯爵家に行くことは許されず、伯爵家でお茶会をするのみ。
まだ子どものレドバドにマリーゴールドの生活の大変さなど気付けるはずもなく。
サイズの合わない型遅れのドレスを着せられていることは分かっても、伯父の娘が流行のドレスを着たくないらしいの、と言えばそれを鵜呑みにする。
ドレスの袖から見える腕の細さには全く気づかず、笑うこともないマリーゴールドより、常に明るく笑い楽しい話題を出す伯父の娘の方に、レドバドはあっさり靡いた。
自分の親が亡くなったことのないレドバドは、マリーゴールドが両親を亡くして悲しんでいるから笑わないのだろう。
という想像すら出来ない。
こんな明るい女の子がいるのに、なんでそんなに暗くて笑わないのだろう、という子ども特有の傲慢さで物事を考えていた。
レドバドは、そんなマリーゴールドより伯父の娘に夢中になっていたから、父親である侯爵にマリーゴールドの状況を聞かれても、いつも「何も変わらない」の一言しか言わなかった。
侯爵は「何も変わらない」に安心した。……わけではなかった。伯爵家に自家の使用人を送り込もうとしても、マリーゴールドに付けていた護衛二人が、マリーゴールドの八歳の誕生日のとき。
揃って睡眠薬入りの酒を飲んでいることから、金でも掴まされたら簡単に裏切るかもしれない、と思い出来なかった。
本来なら侯爵家の使用人や護衛とあろう者が酒や金で懐柔されるなど、有り得ない。それは侯爵が雇い主として使用人や護衛の教育が出来ていない、或いは使用人や護衛が雇い主である侯爵を馬鹿にしているのと同じことなのだから。
それなのに、そのまさか、という出来事が実際に起こってしまった以上、侯爵は使用人や護衛を信じられなかった。
再教育を施したものの、侯爵家ならばともかく、伯爵家に事情があるから送り込むわけなのに、似たようなことをやらかしたら……と考えると、躊躇してしまった。尚やらかした護衛二人は紹介状どころかクビにした。
だからこそ、侯爵は息子の目が正しい判断を行うかどうか、という試練を込みで息子がどんな報告をするのか様子を見ていた。
結果として、レドバドは侯爵の期待に添えられず、愚かにも何も変わらない、と報告する無能さを露呈させていた。
まだ七歳という子どもだから……という理由では片付けられない問題だ。
婚約者ではない者を信じ、婚約者には何も尋ねないし婚約者の話を聞こうともしない。
高位貴族の人間として、有り得ない。高位であればあるほど、幼い頃から周囲の状況の把握を教え込まされる。
高位貴族の子息子女ならば、レドバドの年齢では、まだ子どもだから、と甘やかされることは無い、のが普通だが。
侯爵はレドバドが「何も変わらない」と言って来たことに本当か、と毎回尋ねる。
レドバドは父親に信じてもらおうと彼から見るマリーゴールドの話をするが、そこに従姉妹であるオダマキの名前が頻繁に出て来るだけでなく、婚約者同士の交流に従姉妹とはいえ、第三者が常に居ることを話している。
その不自然さに気づかない時点で高位貴族の子息なのに、無能さを露呈している。
婚約者同士の交流に他人が居る。
七歳だからではなく、きちんと政略結婚の大切さを教育されていれば七歳でも、その不自然さに気づくものだ。
子どもでも分かるように。
それだけ政略結婚というものがどれだけ大切か、というのもあるし、昔から政略結婚なのに相手を蔑ろにする男女が一定数居たからこそ、余計に教育されているはずなのに。
侯爵は息子がこんな愚かだとは思わなかった。
息子の報告だけでも侯爵から見れば不自然なのに、息子は婚約者から何も聞かされず、息子も尋ねず、第三者から聞かされた話を鵜呑みにしていることに失望していく。
同じ侯爵家の子息なのに、跡取り教育の差はあっても、それ以外では同じような教育をしているはずなのに、一体どうして差が出ているのか、と。
だがまだ七歳。再教育をすれば、気づけるのではないか、と僅かながらに希望があったのは、やっぱり我が子だったから。
それに侯爵は伯爵領の港の旨みはもちろんだが、マリーゴールドの父親の伯爵のことを友人という認識で考えていたので、その友人夫婦の急死にも違和感を覚えて、そちらもどうにか調べられないか、という思いもあったので、レドバドのことを見逃した。
これが後々、判断を誤っていたことになるが、侯爵が気づくのはそれから三年後。
マリーゴールド十一歳。
レドバド十歳の年のことであった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
話数を少なくするため、一話辺りの文字数多めにしてあります。
マリーゴールドの従姉妹の名前オダマキは、花言葉を「愚か」と言います。