名取深雪という少女
「探してましたよね。シャンプー」
スーパーでの一幕。
きょろきょろと辺りを困ったように見回すおばあさんに、一人の店員が話しかけた。
「ああ、ありがとね。ってあれ? 私探してるなんて言ったっけ?」
可愛らしい少女の店員だ。
身長は百五十センチメートルほど。
綺麗な茶髪を後ろで一本に結び、大きい眼が愛らしい。
「そう感じただけですよ」
そんな少女はおばあさんに向けて最高の笑顔を向けた。
笑ったときにいたずらっぽく見える八重歯が、とても可愛らしかった。
『レジ応援、お願いします』
そんな時、レジ応援のアナウンスが流れた。
すぐさまレジに向かい混んでる客たちを爆速で捌いていく。
そんなときだった。
「おい。お客様を待たせてんじゃねえよ」
すさまじい手際の少女のもとに、一人のクレーマーが現れた。
中年の男。少女はそんな男を無視し、弁当などの商品のバーコードを読み取る。
「お箸はいるでしょうか」
「そんなんいるに決まってるだろう。分かんねえかな」
弁当が入っているため、マニュアル通りに聞くと、怒鳴られる。
それでもめげず、次の質問。
「袋は……」
「だから!! 分かるだろって言ってんだよ」
瞬間、少女の目から光が消えた。
汚物を見るような目で、男を見る。
「ああ、分かるよ」
タメ口になった少女を怒鳴ろうとしたクレーマーだったが、彼女の纏う尋常ではない雰囲気に固まる。
「お前が今日上司に怒鳴られたことも、ここに八つ当たりしにきたことも」
「な、なんでそれを」
入れようとした割りばしを片手で折り、少女は続けた。
「人生において何も積み上げてこなかったことも、周りが成長していくのに見て見ぬふりしていたことも、自分を顧みることなく人のせいにしてきたことも」
彼の人生の汚点を次々と述べていく。
当てられていること、そして彼女の纏う尋常ではないオーラに、クレーマーは後ずさりを始めた。
「成長こそが人間の価値で、成熟が人間の目指す場所だ」
それが彼女の思想で、彼女の哲学で。
だから彼女はその真逆の人間を許さない。
「怠惰に人生を捧げたゴミクズが。私の目の前から消えろ!! 今すぐ」
名取深雪。
朔夜と同じ高校に入学した彼女は、今日もバイトに勤しむ。
***
彼らの通っている【私立春影学園】は、県内随一の進学校だ。
成績さえ取っていれば、部活もバイトも自由という、比較的ゆるい校風で――。
その校風故に優秀で癖の強い者が集まる。
そんな学校で成績も、癖も、全てにおいて断然トップなのが彼女、名取深雪だ。
合格最高点で入学。
まだ入学したてで彼女の優秀さが見える機会は少ないが、一度行われれば、名声は轟くだろう。
「深雪ちゃ~ん!!」「一緒にみない?」
顔も素振りも可愛くクラスメイトからは大人気の存在だ。
クラスの中心人物であり、彼女の周りには自然と人が集まる。
今は教室で前のモニターに流れている部活動紹介の映像を見る時間だ。
自由に動けるため、女子数人と視聴中。
ただ、彼女は退屈そうにしていた。
(下らないなあ。どれも)
工夫を凝らしているもの、笑わせに来ているもの、熱く勧誘しているもの、たくさんあるがどれも下らない。
自分の成長を促せる、そんな部活が――。
「観測部です」
そして最後の映像。
画面の中央に立つ少女。
無表情で、ただ一言、言った。
「観測したいものがあれば、ぜひ」
その一言で、周囲の空気が一瞬、静止した。
……まるで“こちらを見ているわけではない”のに、“見られている気がした”。
ただの、映像のはずなのに。
ただ、分かる。
彼女だ。自分の成長に何らかの影響をもたらしてくれる。
それは予測でもなんでもなく、確信だ。
「私はサッカー部のマネージャーとかにしようかな。深雪ちゃん。何にするか決めた?」
「……うん。決まったよ」
少しだけ、嬉しそうに笑うと、ポケットからボールペンを取り出した。
こめかみでカチ、カチと押すと深雪の瞳が狂気をまとい始める。
「あの人なら、私をもっと成熟させてくれる気がする」
見つけていただき、読んでいただきありがとうございます。
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