観測者と不可視の俺
「座りなさい」
「ああ……はいどうも」
彼女特有の美しい所作で読んでいた本に栞を挟むと、俺の方を一瞥した。
そのまま命令される形で、俺は席に着いた。
正面は……なんとなく緊張するので、少しだけ離れた隣に座った。
「……」
「……」
そして訪れたのは沈黙だ。
重い。黙ってるだけなのに、この空間のとてつもなくまずい。
意味が分からない。
気まずいのは俺だけなのか?
この気まずい雰囲気を体験させるために俺を呼んだのか?
それこそ何のために……そう思っていた俺に、星見さんが口を開いた。
「正面に座らないのね。緊張しちゃうから?」
彼女は俺がこの席に座った意図をピタリと言い当てると、俺を直視し始める。そして――。
「あなたは私を“憧れ”の対象として見てるわね。意識し始めたのは、始業式の日から」
何故だか俺しか知りえない俺の本音を話し始めた。
なんでしってんの? マジで。
「今日の告白をドキドキしながら見届け、私が振ったことに一番喜んでいる」
彼女の暴露タイムは続く。
が、一番知られたくない本人が話しているため、無問題……んなわけねえだろ!?
「そして今、私があなたを部活に誘ったことに、違和感を抱きながらこのチャンスを逃しまいときた」
「待て待て待て」
「何?」
さすがに彼女の美声を聞くよりも、自分の保身を優先する。
洗いざらい、語ってもいない深層心理を言い当てられるのは怖い。
そうやって止めたはいいものの遮ってまで出す言葉は見当たらず。
「心を読む……能力者ですか?」
そうして絞り出した言葉に、星見さんは侮蔑の目を向けた。
なんか分からないけど、すごく見下されているような……。
「何それ中二病?」
「ちげえよ。なんでそんな俺の心理を読めてるんだって言いたいんだよ」
「そんなのは簡単。目線の動き、動作、しゃべり方、態度。これらには全て心理が乗る。それを読み解けば、考えてることなんてすぐわかるわ」
星見さんはそのロジックを語り始めた。
納得できるような、できないような。
分からないから、ここはいっちょ俺もやってみるか。
俺が彼女に憧れているということを知っておきながら、彼女は俺を部活に誘った。
それってつまり――彼女も俺のことを。
「別に違うから、勘違いしない方がいいわよ?」
「勝手に心を読んで返答するな!!」
少し考えた愚かな期待は、口に出す前にもみ消しにされた。
「じゃあ、なんで俺をこの部活に誘った……というかこの部活って何するところなんだ?」
という訳で俺の疑問はいつまでも晴れない。
彼女が同じ部活に誘ってくれたこと。
その理由が本当に。
「活動内容についてはまあ、すぐわかると思う。で、私が誘った理由だけど……」
俺は全神経を注いでその答えを聞く。
普通に気になりすぎる。
が、彼女は言い淀んで中々しゃべらない。
しびれを切らして続きを促そうとした時、先ほど聞いた一フレーズが頭の中に浮かんだ。
『みんなに観測されているあなたに、私の観測はいらない』
「さっきの……逆? 誰にも観測されない人間に、星見さんの観測はいる……ってこと?」
「正解」
当たっちゃった……と喜んでいる場合ではない。
彼女が間を置いたのは、俺が正解を言い当てることまで計算していたから?
それって心を読む能力を持っているとか、そういう次元じゃない。
未来視とか、そういう類の能力だ。
しかし実際には彼女にそういう能力は一切搭載されておらず、だからこそまして恐ろしい。
と、言うこともどうでもよくて――。
「つまり……どういうこと?」
答えに辿り着いても、その答えの意味は分からない。
「私はね――久遠君」
そんな俺の心理を読み取った星見さんは一拍開けていった。
「誰にも観測されないものを観測したいの。みんなが美しいと詩を読む月ではなく、誰にも観測されないほど遠くの星を見たい」
「なるほど……つまり」
なんとなくわかった。
彼女の本質を。
「逆張り人間ってこと?」
「嫌な要約したわね……新種を見つけたいって話よ」
「人間だよ……俺は」
「あら? 私の知る人間というのはそんなに薄い輪郭をしてないわよ?」
「影が薄いのは個人の特徴で片付く範囲だろ!! それいうなら俺の知る人間は人の心何て読めない!!」
「何を言ってるの? 人間は心なんて読めないに決まってるじゃない」
ダメだ。異常者との会話は噛み合わない。
こんな人だったの? 星見さんって
「まあ仕方ないでしょ? 貴方は分かりやすいっていう個人の特徴を持っているんだから」
「いいや。これはあんたの能力だ」
ってあれ? 反論したつもりが、なんか褒めているような。
「まあ、それくらい私の観測は正確ということね」
そして無意識に褒めた俺の言葉に乗って、なぜか自慢げに自分の観測を評価する。
と、鼻を高くしたのも一瞬、また真顔にもどると自論を話し始めた。
「みんな誰かに観測されることで自分を成り立たせている。」
そうして俺の目を見て、続ける。
「まあ、だから……同情、優しさ、ってところかしら。あなたを誘った理由」
「分からないな。俺は観測されなくても、ここにいる」
その俺の言葉に初めて、驚きのような表情を見せた。
なんか初めて心が読まれなかったことに、俺は優越感に浸った。
「その程度で勝った気にならないでね。完璧な観測を出来る人間なんてこの世に一人しかいないんだから」
「一応聞いとくけど、それって……」
「私よ」
星見はまた、本を開くと読書を再開した。
静かな部屋に、本をめくる音が響いた。
――星見。
気付いたら心の中で呼び捨てになっていた。
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