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自分とは何か

「うわあ~綺麗」


「ほんとすごいです!! さすが翠先輩」


 澄みきった夜空に、こぼれ落ちそうなほど星が瞬いていた。

 光の粒たちが、まるで呼吸するように夜を満たしていく。

 深雪はカメラ片手に走り回り、天乃は「流れ星見つけた!」と空を指さしていた。


 それを隣で、星見がただ静かに見上げている。

 誰もが自分のやり方で、この非日常に触れていた。


「本当に、綺麗だな」


 そして、俺も。

 壮大な空の輝きに圧倒された俺は、無言で立ち尽くす。

 なぜか泣いてしまいそうなほどに美しいその景色は、ただただ美しかった。


「ひより先輩!! おうし座あれじゃないですか?」


「あってるよゆっきー。で、あれが水瓶座」


 天乃と深雪の二人が、はしゃぎながらどっかへ走っていく。

 そうして静かに空を見る俺と星見だけになったこの場で、流れる静寂の中星見が呟く。


「あの輝きは、私たちが隠してしまったもの」


 星見の呟きを聞き、俺は空に釘付けになっている彼女を見た。

 それが俺へ向けたものではなく独り言だということを、俺は認識する。


「世界を明るくした街灯は、空を暗くした。でも、そうして見えなくなったものも、場所と条件を変えれば、こうして見える」

 

 星見は空に手を伸ばし、続ける。


「私の方法は、間違ってないはずだよね」


「……」


 彼女が何の話をしているのか、俺には分からなかった。

でもそれは、どこか俺の中の何かにも触れている気がした。

 ただ、星に照らされる彼女の姿は、とても美しく思えた。


   ***


「へへ……翠せんぱい。ダメですってそこは……」


 夜も完全に深まり、静まり返るその小屋で、非日常に溶け込めない俺は中々寝付けず、起き上がる。

 深雪の寝言が聞こえてくるが、彼女は熟睡だろう。

 星見と勘違いして布団を抱きしめ、涎を垂らしている。


「もう、食べられないよ」


 ――普通だな。

 続いて聞こえてきた寝言は、あまりにも王道。

 彼女が求める普通からの脱却は、寝言の矯正から始めるべきなのかもしれない。


「……」

 

 そうして俺は深雪の隣で寝ているはずの星見がいないことに気が付くと、なんとなく外に出た。


 別に目的があるわけでも、何かを考えている訳でもなく。

 ただ、外の風に当たりてくて、外の空気に触れたくて。 

 

「あら。久遠君」


 静かに星を見上げていた星見。

 彼女は俺に気付くと、そっと微笑みながら俺を呼んだ。

 いつもの全てを見透かすような鋭い瞳ではない、柔らかい眼差しで。

 

「少しここら辺歩かない? 一緒に」


「……ああ。そうだな」


 二人の散歩が始まった。

  

   ***


「深雪のメモ、見たんでしょ? 私にばれないように、あの子はあなたに伝えたかったようね」


 最初に話を切り出したのは、星見だった。

 あのとき、深雪がメモ帳を忘れていったのはわざとで、星見が俺を見るときだけ覗き込んでいるということを伝えたかったようだ、と。

 結局星見にはなにもかもお見通しのようだが。


「別に隠す気もなかったんだけど……でも、今だからあなたには伝えておくわ。どうしてこの部活を作って、あなたを入れたか」


 星見は儚げな微笑を浮かべると話始めた。

 この部活発足の理由。

 それは俺が気になっていながら、答えにたどりつける気がしない疑問だ。


「私はね。見えるものが多い分、見えないものも多いのよ」


 星見は歩きながら、自分の瞳を指さして言う。


 確かに、彼女は見えるものが異常に多い。

 しかしそれに伴い欠如しているものもあるようで――。


「顕微鏡を覗いていたら上から降ってくる隕石になんて気付けない。望遠鏡を覗いていたら足元の蟻になんて気付けない」


 遠くのものを見ることで近くのものを見失う。

 近くのものを見ることで遠くのものを見失う。


 それは、人間の視野の限界を表す言葉だ。


「私には見えないの。私というものが」


「……」


 彼女の見えないもの。

それは自分自身。観測できない、星見にとっての未知の存在らしい。


「私が何をしたいのか、何をしたら嬉しいのか、何をしたら悲しいのか、それが分からない」


 皮肉なものだ。

 他者を当人以上に理解し、その心理の深部まで見える彼女が、自分のそんな単純な心理を見えないなんて。


「人の行動には理由がある。例えそれがどんな微細なものでも」


 前にも言っていた、思考読みのロジック。

 改めてその説明を始めた。


「行動と心は深く結び付く。そして私は、その微細なものから相手の心理を読み解ける。でも、私に向けられた感情だけは何故か読み取れない」


 それは深雪と初めて会ったときに俺も感じた、彼女の弱点。

 星見の口から改めて聞かされることで、彼女の孤独と悲壮が伝わってくる。


「人の心が分かる私は自分の心が分からない。世界を見過ぎた私は、私を見失ったの」


 それって、なんか、とても寂しいことのように思えた。

 でも彼女の口調は、あくまで静かだった。


「そんなとき、隣に座って、私に憧れるあなたに出会った。何故かあなたが私に向ける感情だけは、しっかり読み取れた」


 そうして星明りに照らされる彼女は俺に向き直ると、微笑みながら語った。


「だからあなたを観測部に誘ったの。あなたに映った私を、私は観測できる気がしたから」


 この部活は俺の思う星見にとっての自分自身、それを観測するための部活なのだ。

 この部の意味を、俺がいる意味を、俺はようやく理解する。


「ねえ久遠君。観測って、何を意味する言葉だと思う?」


 星見は俺に問いかける。

 

「さあな。分からなくなったよ……誰かさんのせいで」


「そ」


 星見によって多義的に使われ続けた観測という言葉。

 皮肉を込めていったつもりが、興味なさそうに返される。

 そうして彼女の思う観測を、星見は話始めた。


「私はね。観測っていうのは、意味を与える行為だと思ってる」    


「意味を……与える?」


 聞き返す俺に、星見は説明しだした。


「どこかの知らない誰かの自殺願望よりも自分の擦り傷の方が痛い。どこかの遠い国の子供たちが飢餓で苦しもうと私たちは平気でご飯を残す。それは自分の観測下にあるかどうかの違いでしかない」


 そうやって俺に説明し終えると、星見は右の指で丸を作ると、それを望遠鏡と言わんばかりに瞳の前に運び、空を見上げる。

 

 そして寂し気に呟いた。


「散らばった点を結んで形作る星座みたいに、人は人から見た印象を結んで自分を作る」



「私も、観測できるのかな。見えなくなった自分の輪郭を」


 自分。

 それは近くにあるからこそ見えないもの。

 常にそれを通して世界を見ているくせに、その姿を現そうとはしない。

 そんな矛盾した存在。


 自分とは何か。

 これは、そんな当たりまえを今一度問い直す。そんな物語だ。



 

一応、これにて完結です。

気が向いたら続きかきます。ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。


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