バーベキュー
「うわあ~空気おいしい」
「さすが翠先輩。いい場所知ってますね」
バスから降りて少し歩き、俺たちが到着した場所は空を全貌出来る開けた場所だ。
吹く風が肌を優しく触り、息を吸えば“空気がおいしい”という言葉の意味を実感できる。
さわさわと草木が揺れる音が軽快に鼓膜を揺らし、自然の匂いが粘膜を心地よく刺激する。
背後には小屋が一つ、そこが俺たちの泊まる場所だ。
麓には温泉もあり、遠いが必要なものはすべてそろっている。
「ここ穴場なのよ。星もすごくよく見えると思うわ」
「まるで日常と地続きじゃないみたいだな、ここ……」
普段の日常からかけ離れた感覚を与えてくれるこの場所に、俺はそんな感想を述べる。
そうやって俺たちは大自然に圧倒されながら、ある準備を始める。
「バーベキューやるから、準備するよお」
天乃がバーベキューセットを広げ始めた。
ちなみにあれを道中持たされたのは俺だ。
重かった。
そうして夕暮れ時になり、バーベキューの準備は完成。
野菜や肉を焼き始める。
「おい星見、俺の狙った奴全部食ってないか?」
「偶然よ。自意識過剰なんじゃないの?」
「いや、相手がお前じゃなきゃ偶然で片付けるよ。でも相手は心を読める星見だ」
「心を読めるわけないじゃない」
「俺もちょっと前までそう思ってたよ!! 証明し続けてきたのはあんただろ」
心理読み何てあり得ない。
そんな当たり前のことは小学生のときには分かっていた。
が、ここ数週間。
星見と話すたびにあり得ないなんてことが、ありえないと思い知らされた。
「いや、ちょっと待てよ?」
俺は思考を一度止め、考え直す。
実に星見らしい嫌がらせの気もするが、そういえば星見は自称クッキーの灰カス作ってたな。
こいつ……焼き加減が分かんないから俺が取ろうとしたら取ろうとしてるんじゃ。
「違うわ!!」
あってそうな否定。
心でつぶやいたことに解答されるのはもう何度目か分からず、ツッコむ気にもならない。
ただ、この強い否定こそ彼女が肯定している証……。
「ちがうっていってるでしょ? 私を誰だと思ってるの?」
「……灰カス製造マシーン?」
瞬間、星見の蹴りが腹に入る。
こいつ、容赦ねえ。
決行ガチで痛いそれに悶えていると、俺の上を誰かが通る。
「グえっ!?」
「もう、翠先輩ったら……言ってくれればアーんするのに」
俺を踏み越え来たのは頬を赤らめてる深雪だ。
彼女は丁度いい焼き加減の肉を取ると、フーフーと息を吹きかけ、星見の口に運ぶ。
なんで星見も当たり前のように受け入れてんだよ。
「二人ともイチャつきすぎだよ。さくやん大丈夫?」
極悪な二人とは違って、唯一の良心が手を差しのべてくれる。
やはり、この部活に天乃がいてくれて良かった。
そんな当たり前を再認識しながら、俺はその手を取り立ち上がった。
「翠先輩、美味しいですか?」
「うん……おいひー」
目を細めてされるがままに物を食べる星見と、頬を染めて愛おしそうにそれを見る深雪。
なんか二人だけの世界が展開されている。領域展開かよ……。
「でもさ、さくやん。やっぱり、さくやんを助けちゃうのが、私を普通たらしめてるのかな」
「……へ?」
すんごい不吉な言葉が隣から聞こえた気がした。
そっち側の進化なんていらない。
「天乃、お前はお前でいてくれ……あんな狂人共に憧れるな」
「狂人って酷いんじゃない? 二人だって……」
そうやって天乃は俺の言葉のチョイスを否定しようとしたのだが――。
「あっつ!!」
「ああ……すいません。冷ましが足りませんでしたね! もっと私の息を吹きかけて、唾一杯付けて……フーフーブウううう!!」
深雪が肉に思い切り唾をかけたところで、天乃の口が止まる。
さすがに庇いきれない狂気。
天乃、悪いことは言わないからあんなものを目指すなよ……。
「あははは……まあ、ゆっきーはあれがゆっきーだから」
「擁護できてないぞ」
結局彼女らは狂人、という結論が出たところで――太陽が沈み、夜の帳が降りる。
空には星が瞬いていた。
俺たち観測部の、騒がしくて不可思議な夜が、今始まった。