天体観測
「気を付けてね。おにい」
「はいはい。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一泊二日の天体観測。
美朱に見送られ、俺は集合場所に出発した。
美朱はああ見えて生活力は結構ある。
まあ家を空けてても問題ないはずだ。
という訳で出発。
***
「美しいね。今からごはんとかどう?」
「待ち合わせしてるので結構です」
ナ、ナンパされてる!!
待ち合わせ場所につくと、知らん奴と星見がしゃべっている現場が。
しかしあの場所に割って入るほどの主人公基質を、俺はもっていない。
故に遠くから見守るしかない。
「ま、まああいつの動きを観測? したいだけだし」
そうだ。
別に勇気が足りない訳じゃなくて、星見の行動を見たいだけ……言い換えては見たもののこっちの方がかっこつかないため、やっぱなし。
「じゃあ、そういうことだからさようなら」
星見はその男の誘いを軽く断ると、離れようとする。
そんな星見の手を掴もうとする男。しかし――。
「ってあれ?」
男が掴んだのは空気。
ひらりと手を引く星見。
それから向きになる男の行動を完全に読んでいる星見は、男を簡単にあしらう。
「は?」
まるで心を読んでいるような動きを見せる星見。
まあまるでというよりも普通に読んでいるのだが。
読まれている男は懲りずに挑戦を繰り返し、そしてやっと掴んだ手は――。
「……え?」
「久遠君盾どーん!!」
男に手を繋がされた俺。
星見は意味わからんこと言ってるし。どういうこと?
「あなたと同じよ。動きを観測したい……それだけのことよ」
意味わからん。
なんかナンパ男も俺を睨みつけてるし。ここに味方はいないのか?
「こういう時、カツアゲされる前にお金を渡すんだ!!」
「……え? それをカツアゲっていうんじゃ」
手を繋ぎながら。ナンパ男がツッコむ。
そうやって空いた手で財布を取りだそうとした瞬間、星見がそれを奪い取った。
「ああ、それは私におごるようだから没収」
か、カツアゲされたああ!!
「翠先輩いたあ!!」
「あ!! どりんちゃんとさくやん……ってさくやん何してんの?」
と、そこで天乃と深雪が合流。
天乃、それは俺が一番聞きたい。
「久遠君は取り込み中なのじゃあいきましょう」
「は~い」
「え? いいの?」
……財布持って置いてかれた!!
天乃は困惑気味だが、ノリノリの深雪と何も言わない星見に従う。
そいつらは異常者だ!! お前が声を挙げるんだ天乃!!
そうして俺の心の叫びもむなしく、取り残された二人。
男同士で手を繋ぎ、無言の時間を過ごす。
「――すう、、うっす」
「ああ、はい」
お前も気まずいんかい!!
瞬間、手を放してくれた男。
もうわけわからない開幕を見せたこの旅行で詰まないために、俺は全速力で三人を追いかけた。
***
「さくやん、災難だったね」
「本当だよ……ああいう時助けてくれよ」
「ごめんごめん」
笑いながら謝罪している天乃。
でも、悪いのは全部星見だ。
今はバスの車内。
電車をいくつも乗り継ぎ、山に向かうバスに乗り換えた。
そうして俺は天乃の隣の席で、先ほどの出来事を振り返る。
席順は星見の隣を深雪が掻っ攫ってこうなった。
別にそれ自体はいいのだが、星見が深雪にもたれかかって寝ていることに対し、深雪がキモイ笑い方をしているのが気になる……。
「でもさ、すごいよね。さくやん」
「……なにが?」
俺はいきなり賞賛されたことに驚く。
何の脈絡もないそれは何を思っていったのか、俺は天乃に聞き返す。
「この前言ってたじゃん? 世界で一番自分が常識的で、世界で一番自分が正しいって。それだけ強く、自分を持ってるんだなって」
天乃が褒めていたのは、あの時の俺の論理だ。
別に褒められるようなものではない。
ただ感じていることを言っただけだから。
「みんな、思ったことすぐ言うし、やりたいことそのままやってて……ちょっと羨ましいんだよね」
好き勝手し過ぎなのでは、と考えてしまうが確かに。
クラスで馴染んでいる奴らは、窮屈に見える気もする。
「本当の私はどこにいるのかなって、鏡見ても思うよ。写ってるのは、“今、必要とされてる私”だもん」
みなそれなりに悩みを持っているものだ。
いつも何も考えていない風の彼女も、俺には理解できない悩みを持っているのだから。
「だから、この部のみんなに憧れてるんだ。普通過ぎる私に、さくやんの異常性は光って見える」
「いや、俺は普通だぞ?」
「あは。そういうとこだよ。さくやん」
そして彼女はまぶしい笑顔を浮かべ、俺の論理を否定するのだった。