戦闘
「おい美朱!! どこ行きやがった!!」
俺は走って美朱を探す。
すると人だかりが邪魔になって……本当に邪魔だ。
俺は美朱を探さなければいけないのに。
「あら、久遠君。奇遇ね」
スタンド使いが引かれ合うように、異常者と異常者も引かれ合う。
人だかりの中心。
美朱と深雪。
まったく文脈のない二人が、睨み合っていた。
美朱は鉛筆を自身の目線で固定し、例のポーズ。
深雪はボールペンをコメカミでカチカチし、狂気的な瞳に。
二人の纏う異様な空気に、野次馬たちは離れながら見守る。
そしてさらに驚くべきことに、その野次馬の中で知り合いの姿があるということ。
星見と深雪、何故二人がこんなところにいるのか。
「そんなことはどうでもいい!! 止めないと」
「あなたの妹なのね。やめた方がいいわ」
「なんで!?」
今から二人が何をしでかすかは分からないが、止めた方がいいことは確かだ。
そう思って間に入ろうとする俺を、星見は制止する。
「あの二人、これが終わったら仲良くなるからよ」
「は?」
意味の分からないことを星見は言う。
一触即発の雰囲気じゃないか。何を言って……。
しかし星見は何もかも言い当ててきた実績から、俺を信頼させてしまう。
だってそうだろ。今だってさらりと美朱と俺の関係性を当てたのだから。
「……始まる」
最初に動き出したのは深雪だ。
彼女は軽やかに飛び上がると、顔目掛けて飛び膝蹴り。
美朱はそれを避けると、着地を狩ろうと態勢を低くし、足に掴みかかる。
が、そんなこと深雪は織り込み済みだ。
態勢を低くした美朱に、上から肘をぶつけようとする。
それを柔らかい動きでかわすと、次の展開。
美朱がアクロバティックな動きを披露し、軽やかに勢いをつけ、右脇腹目掛けて殴ろうとするも――読んでいた深雪がすぐさまガード。それを見越した美朱が、左の脇腹を蹴る。
……バ、バトル漫画?
二人の異次元の戦闘を見て、俺はそんな感想を述べる。
「あなたの妹は筋肉の微細な動きから次の動きを読み解くことが可能なようね。人体構造を普段から研究してる証拠。見てから動いているから、その分強いわ」
何あなたは冷静に解説してるんですか?
確かに、うちにも人体の図鑑はいっぱいあるけど。
「じゃあ深雪は勝てないのか?」
「馬鹿ね。深雪は心理と状況から相手の行動を読む。その精度は、私ですら十回に一回負けるほどよ。それさえ分かってしまえば、その対策を練れる人間よ」
……あ、あの。それ深雪じゃなくて自分を上げようとしてますよ。
そんな星見の解説を聞いていると、美朱から距離を開けていた深雪が声を出す。
「減点だよ。今の蹴りは」
「……」
「今の即席の蹴り。威力も勢いもなければ隙を大きくしただけ。目の前の脅威を退けるためにより大きな脅威を用意する。嘘を誤魔化すために嘘をついて大きくしていく、愚者と同じだよ」
深雪は自分が食らった蹴りを酷評する。
美朱の反応的にそれは的を射ている……らしい。
「私が見逃さなければどうなってたか、分かるでしょ?」
「やられたのは自覚してる……でも、今が楽しいから見逃してくれたんでしょ?」
何故それを見逃したか、美朱の正確な分析に深雪は不敵に笑うと一呼吸。
すうっと目を閉じて、二酸化炭素を吐きだし、酸素を取り込むとまた美朱に向き直る。そして――。
今度は踏み込みから力を入れ、雷のエフェクトが付いてきそうなほど速く、重い一撃を美朱に向けるも、美朱は回避。
しかし今度は美朱も慎重に攻撃のタイミングを伺う。
何故なら先ほどの戦闘からそれがブラフであり、誘い込んでくるものだということを知っているから。安直に反撃をせず、攻撃を凌ぐ。
が、速い。強い。そしてなにより、追い詰められていくことを感じる。
美朱は自分が誘い込まれている場所に行くしかないほど追い詰められていくことを自覚し始める。
「ッつ」
このままではいけないと、置いていたスケッチブックを拾いガード。
態勢を立て直せた美朱が思い切り踏み込み、衝撃を溜める。
深雪も察し、美朱と同じように力強い踏み込みを魅せる。そして――。
「きゃっは」
「加点! プラス三百点」
二人が狂気的に笑うと同時に、拳がぶつかった。
爆風がこちらに伝わってくるような、びりびりと黒い稲妻が落ちたような、そんな迫力。
圧倒的な力のぶつかり合いを経て、二人は距離を開けた。
そしてまた鉛筆を目線にもっていき、深雪を鑑賞し始める。
深雪も追うことなくボールペンをカチカチと鳴らし始めた。
(あの美人が完璧な静で、動をこの人で表現すればいいのでは。別に一人で対称性を表現する必要なんて無い)
(こいつ、前回の戦いを踏まえ、格段に強くなってる。学習、反省、すなわち成長)
二人が二人を認め合い始める。
そんなとき、最後のパズルピースが来た。
「あ!! こんなところにいた!! はぐれたと思ったあ。ってあれ? さくやんじゃん」
天乃がこの緊張感に割って入る。