誰が作ったか
「これで分かったでしょ?」
「え? いや……すみません。何が」
あのトチ狂ったクッキー作りと試食から、何を学ばせたかったのか。
星見は依頼人にあれから結論を出せという、酷な要求をする。
「分かってないなあ。翠先輩があれから何を伝えたかったか」
深雪もそれに同調。
分かる訳がない。あれで分かるのはお前らの狂気くらいだ。
「分かんないよどりんちゃん。何伝えたかったの?」
天乃が俺と依頼者の心の声を代弁し、それに伴い星見は説明を始めた。
「私の灰カ……クッキーはお世辞にもうまいとは言えない。でも間食されてる」
自覚あんのかよ。
しかも灰カスって言い掛けたし。
「大切なのはクッキーではなく、だれが作ったかなのよ。本当においしいクッキーを食べたいなら市販のものを買えばいい」
確かに、明らかに優れている俺のクッキーよりも星見の灰カスの方が深雪評価は高かった。
それはクッキー評価では勝っていても、人間評価で負けていたから……ってふざけんな。
「でもそれをしないのは、あなたの思いがこもったクッキーが特別だから。まずそれを自覚しなさい?」
「なるほどお!! どりんちゃんすごいね」
天乃も納得した様子。
ただ、俺は騙されない。
こいつ、これを伝えたいがためにわざと下手に作りました感だしてない?
「そうだよ!! 思いだよ思い」
納得した天乃は依頼人の肩をバンバンと肩を叩き勇気づける。
まあ確かに。
“何を言うかより誰が言うか”理論のように、“何を作るかではなく誰が作るか”ということは言えるのかもしれない。
「はい……ありがとうございます」
その答えに彼は頷き、納得したように顔を明るくしていた。
ただ、星見だけは彼の顔を見て、それ以上を求めた。
「大丈夫よ。久遠君を貸してあげるから、みっちり教わりなさい」
「ああ。はい!!」
勝手に俺を貸されたが、まあいいだろう。
俺レベルのクッキーならば、手順を踏めば簡単にできるだろう。
「努力の量は意思の量です。頑張ってください!!」
サラッと深雪もいいことを言う。
成長厨の彼女にとって努力することこそ美徳なのだろう。
愛を示すためには努力しろ。
たぶんそんなメッセージが込められているのだろう。知らんけど。
そうして騒がしい三人がいなくなったことで、俺と依頼人の二人でのクッキー作りが始まった。
ただ、少しばかりの疑問があり――。
「俺でよかったの? 深雪の方がよかったんじゃないか?」
「あの人のはクオリティが高すぎてたので」
「まあ、そうか」
確かに。
深雪を目指せと言われると萎えるな。
無難で目指しやすい俺を選んだのは正解か。
星見もそれを分かってやってるのだろう。決して片付けが面倒くさくて押し付けたという訳ではないことを、俺は信じている。
「じゃあやるか。まずは――」
そうして二人のクッキー特訓が始まった。
数十分教えていくうちに、それなりのクオリティに成長。
形も整い、味も上々。焼き加減、色はかなりいいものになっている。
そんなクッキーを彼と食べながら、今日はこれでお開きにすることにした。
「あの……ありがとうございます。頑張れそうです!!」
「ああ!! がんばれよ。応援してるぞ」
最後。
別れ際に決心と覚悟の表情でお礼を言われ、俺も受け止める。
って、俺はなぜリア充の応援をしているのだろうか。
まあ、たまにはこういうことがあってもいいか。