番外編 深雪のメモ帳
「お手洗いに行ってこようかしら」
「翠先輩が行くならついてきま~す」
「え? じゃあ私も行く」
女子は連れションをする生き物のようだ。
たとえそれが異常者でも。
そうやって三人を見送り、暇になった俺の目の前にはあるものが置かれていた。
「メモ……帳?」
深雪がいつも書いているメモ帳。
いつも肌身離さず持っていたそれを今日は忘れてしまったようだ。
「……何書いてるんだろ」
好奇心に勝てず、俺はそのメモ帳を開いた。
いつも意味わからないタイミングでメモし始める彼女のメモ帳。その中身とは――。
『翠先輩観測日記』
……もう嫌な予感しかしない。
『翠先輩の呼吸。五秒で一行程を終える。肩は三ミリ上下させる』
『平均三分に一回髪をかき上げる。目に髪がかかってもしないときがあり、法則性は謎』
『本をめくる時、右手を使って丁寧にめくる』
キ、キモ!?
ストーカーの域をはるかに超える細かい分析。
ただ、深雪の異常なまでに鍛え抜かれた洞察力を踏まえると、納得は……できない。
もうお腹一杯の情報量だが、こんな機会滅多にないため、次のページに行く。
『翠先輩は二分に一回、私を意識に入れてくれる。うれしいので加点、プラス一万点』
『朔夜先輩を三十秒に一回、意識に入れる。私よりも四倍多くて悔しいので減点、朔夜先輩の点数マイナス十点』
ここにきて点数の概念が出てくる。
なんかよくわからんが俺は十点引かれた。
それにしても、星見はそんなに俺のことを気にかけているのか。
何故と思ったとき、ヒントのようなものが読み進めていくうちに出てくる。
『翠先輩は朔夜先輩の中の何かを見ようとしているように思える』
……俺の中の、何か。
そんなもん、自分でもよくわかってない。
深雪は観測者じゃない。ただの観察魔だ。
でも、そんな奴の言葉だからこそ――その内容は正確に思える。
続きを読む。
『翠先輩が人を見るとき、いつもその人の心理は不可抗力で見えてしまっている状態だ。ただ、朔夜先輩を見るときだけ、覗き込んでいるように思える』
俺を覗き込んでいる。
自覚はないが、深雪から見た俺たちはそうらしい。
続きを読む。
『翠先輩の視線を見ると断言できる。この部活は、その何かを見るために発足された部活だ。ただ、その何かは分かってない』
それでその話題は終わっていた。
何かを、見るための部活。
今まで観測という言葉で誤魔化されてきたが、ここで初めて、この部活の正体に触れた気がした。
そこから先はよくわからない戯言ばかり。
『翠先輩が私を見てくれた。加点三万点』『翠先輩が咳をした。加点十万点』『翠先輩が眠そうに目を擦った。加点五万点』
――なんだよこの点数システム。
そうやってページをめくった時、最後に総合得点が。
『翠先輩、十億五千六百十三万点。ひより先輩、胸さわらせてくれたから五万点。朔先輩、三十二点』
「採点者かえろ!」
思わず俺は一人で突っ込む。
なんだよ。この出鱈目な採点は。
約十億点と三十二点が同時に出るテストなんて聞いたことないぞ。
と、思ったとき三人がかえってきた。
「ああ~っ!! 朔夜、ゆっきーのメモ帳盗み見てる!!」
「最低ね」
最初に反応したのは天乃と星見。
俺の覗き行為に軽蔑の目を向けてくる。
仕方ないじゃん……みたくなったんだもん。
「人のメモ帳盗み見るのも減点対象ですよ、先輩」
そんな二人を横目に、当の本人はにこにこしながらその事実を俺に伝える。
やっぱり、彼女の笑顔は、可愛くて怖い。
「あ、赤点になったらどうなるの?」
「口聞かないのが普通ですけど、先輩とは今後も関わる必要があるので、人殴り十点で許して上げます」
「ち、ちなみにメモ帳盗み見て減った点数って……」
「三十二点てす」
八重歯を見せて、深雪は満面の笑みを浮かべた。