深雪の理想探し
「あれはどうかしら」
サッカー部のコートの近くまできた深雪と翠。
そこで翠は陽成を指さすと、深雪の理想像として持ち掛けた。
「うう~ん。どうでしょうか……」
「気が済むまで観測してなさい。私はあそこで本を読んでるわ」
「は~い!!」
そうして木陰のベンチに向かった翠に、深雪は元気よく返事をするとある場所に向かった。
「きゃあ~!! 陽成さま!!」「こっち見たこっち見た!」
陽成には、たかが一般の高校生にも関わらずファンクラブがある。
いつもサッカー部のコートの横で陽成の活躍を見ようと女子十数名が陣取りをし、黄色い歓声を上げている。
深雪はそんな女子軍団の方にメモ帳とボールペンを取り出すと、向かった。
「あのすいません……陽成って人のどこに、そんなに熱狂してるんですか?」
深雪はさっそく、調査を開始する。
まずは陽成という人間が周りに及ぼす影響だ。
「どこってそんな……かっこよくて運動出来て勉強できて。最高でしょ!?」
「きゃあーー!!」
まだ何もしていないのに、歓声が上がる。
深雪としてはうるさいから黙っていてほしい。
「シュートおお」「あそこから?」「陽成さまなら余裕でしょ!!」
(どこまで盲目なんだよ。理性ないのかこいつら)
深雪は隣にいるファンクラブに呆れつつ、ゆっくり彼を分析していた。
……あいつはコートの全体を見ている。視野はかなり広いな。
プレイ、位置取り、視線からなんとなく読み取れる。
フリーの十一番にパス。
おそらく敵チーム二人来るからワンタッチで後ろに戻して――逆サイに展開。
崩れて陽成のマークが外れるからシュート。
「きゃああ!!」「天才過ぎる!!」「フリーの十一番見えてなかった!!」
瞬間、深雪が脳内で想像した通りの展開になる。
それで前半終了。
休憩時間として彼らがベンチに戻っていく。
「あ、あれ……」「うそ、星見翠じゃん」「げえっ、なんでいんの?」
「? 翠先輩がどうしたんですか?」
そうして陽成から視線を逸らした一人が、木陰の翠に気が付いた。
明らかに嫌そうな顔をするファンクラブ一同に、深雪は疑問を浮かべる。
「陽成さま、あんなのに告白したんだよ? しかも振るっていう。どういう神経してんだか」
「ふ~ん」
深雪の目が、狂気の色を帯びる。
カチカチとボールペンをコメカミで押し、特定のリズムを頭に刻む。
「ちょっとうるさ……」
そのボールペンの音を注意しようとした一人が、その瞳を見た瞬間背筋を凍らせる。
本能が、彼女を危険視しており、その変貌に言葉を詰まらせる。
「ま、いっか。う~~ん。もっと近くで見たいかも」
すぐさまその狂気を引っ込めると、顎に手を当て考える。
確かに、彼には魅力が詰まっていそうだ。
理想になりうる人物なのは間違いない。
そんな時、水筒の中身がないそぶりを見せた。
「お。ラッキー」
深雪は八重歯を見せながら笑うと、次の場所に走っていこうとする。
前に振り向き、ファンクラブの面々に一言。
「次翠先輩の悪口言ったら殺すんで、お願いしますね」
彼女のまぶしい笑顔が輝いていた。
ミニゲーム形式の練習の後半戦が始まっても、ファンクラブは沈黙を守っていた
***
後半戦が終わり、サッカー部の面々はベンチで話している。
そんな中、陽成はただ一人、水道へと向かった。
「待ってましたよ!! 先輩」
「どうして、僕は待たれてたのかな。というか君は誰だい?」
「初めまして。名取深雪って言います」
水道の水を飲んでいる陽成に、その近くで待っていた深雪が話しかける。
深々とお辞儀をする深雪を、陽成はじっと見つめる。
「あなたの視野はコートの中だけじゃなかった。グラウンドの外――私まで見えてたでしょ?」
「僕が見えていることを……君も見えていたと」
陽成は満足そうに頷くと、興味深そうに深雪の話を聞く。
「水筒を持ち上げて一度だけ重さを確かめる仕草。あれは私への合図でしょう? 水道に向かうっていう」
自意識過剰、というのは凡人の考え。
二人の中では、遠く同士での駆け引きがあった。
「あなたが追いかけているのはより魅力的な自分。あくなき上昇思考、翠先輩がオススメするのも分かるなあ」
「そこまで見抜くか。すごいね、君」
陽成は少し驚いたように眉を動かすと、深雪の話を肯定する。
長年追いかけているファンクラブの人間よりも陽成を分かっている深雪。
彼女の慧眼はやはり計り知れない。
「でも、あなたは歪んでいる。あなた自身の意思が、全然見えてこない」
「君から出ている僕への恐怖と疑念はそれか。憧れも少し入っているが」
そうやって分析する深雪に、陽成も返す。
そんな陽成を深雪は愉快そうに見ていた。
「陽成先輩。あなたはとっても魅力的な人で、理想になりうる人でした。でも、私には翠先輩がいます」
「少し寂しいが、君らしい結論だね」
陽成は頬を掻きながら深雪のその判断を肯定する。
異常者同士の、異常な会話だ。
「陽成先輩。あなたは誰より眩しい。でも“成熟”の匂いがしないんです」
──背を向けた深雪の八重歯が、陽成の網膜に焼き付いた。
「君の物差しでも、ぜひ計りたいものだ」
去っていく深雪に、陽成は聞こえない声でつぶやいた。