第8話 ストックの中には可能性が詰まってました
「【ストック】とは……どういうギフトなんですか?」
水晶の文字を見つめたまま、俺は神父に問いかけた。
だが、神父もその名に心当たりはないようで、小さく首を傾げる。
「魔力を蓄えることができるとしか映ってない……」
「蓄える? それって……たとえば、蓄えた分の魔力が増えたりとか、そういうのは?」
俺は、思わず前のめりになって訊ねた。
蓄えるという響きに、貯金のような金利を求めてしまったのだ。
だが、神父の返答は淡々としていた。
「……いや。蓄える『だけ』としか……」
――ただ、蓄えておくだけ。
何かもっと劇的な力――派手な魔法、戦闘補助、回復強化……そういったものをどこかで期待していた自分に気づき、心の中でひっそりと、ため息が漏れた。
――でも、ないよりはマシか。
前を向くことだけは、忘れちゃいけない。
そう自分に言い聞かせ、神父に一礼する。
「神父様、わざわざ僕のために……ありがとうございました」
「これが私の務めです」
神父は穏やかに微笑み、祭壇脇の部屋を指差した。
「仮眠室があります。今夜はゆっくり、そこで休みなさい」
礼を述べて部屋へ入ると、そこは掘っ立て小屋とは比べものにならないほど、柔らかく、温かな寝床だった。
体を沈めるだけで、心までほぐれていくようだった。
だが、寝る前に少しだけ。
俺はギフト【ストック】を試してみることにした。
魔力を蓄える――それがこのギフトのすべて。
ならば、どのように蓄えられるのかを確認するしかない。
まずは【火撃】の魔法陣を頭に描き、その直前まで魔力を注ぎ込む。
詠唱せず、発動寸前で止める。
……何も起きない。
次に【氷撃】、【風撃】、【石撃】と立て続けに同じように魔力を注ぎ込むが、やはり変化は感じられない。
最後に、魔力が少し回復するのを待ってから【治癒】――予想通り、魔力が枯渇寸前となり、体がずしりと重くなる。
「……うーん、結局、何も変わらないか」
思わず落胆を含んだ声が漏れる。
しかし――そのとき、ふとあることに気づいた。
――まさか、これ……。
頭の中で、ある仮説が形を取る。
このまま寝て、魔力を回復させたら……【火撃】、【氷撃】、【風撃】、【石撃】、【治癒】に魔力を蓄えたまま、他の魔法に【ストック】できる……?
【ストック】を使えば、本来の魔力量以上の魔法を使用できるのでは……?
胸の奥が、ふわりと熱くなる。
小さな希望だった。
でも、確かに光を宿していた。
ただ、本当に――俺は【ストック】した魔法を唱えられるのか?
その確信が欲しかった。
重く沈んだ体を無理やり起こし、【収納】からパンを取り出して齧る。
温もりはないが、甘みのあるその味が、ほんの少しだけ体に魔力を戻してくれた。
魔力が微かに戻るのを感じ取ったところで、教会の外へ。
辺りに人気がないことを確認し、俺は夜空に向かって、右手を掲げた。
「**【火撃】**!」
発声した瞬間――右手先に、真円の赤く大きな魔法陣が煌めく。
発現と同時に、天へと火球が一直線に走る。
しかも、消費した魔力はごくわずか。
「な、なんだこの発現の速さは……」
これまでにも、自分は魔法の発現速度には自信があった。
誰よりも速く、誰よりも正確に。
父にも、母にも「異常なほど速い」と言われたくらいだ。
だが今のは――その比ではなかった。
あらかじめ魔法陣を脳内に描き、魔力を注いで【ストック】しておいたから――
つまり、魔法陣作成と魔力を込めるプロセスが、ほぼ完了した状態からの発動。
発射ボタンに、ただ触れるだけ。
そんな感覚だった。
発動直前の魔法を抱えたまま戦える――
それが、この【ストック】のもう一つの価値。
第一位階魔法ではあまり差がつかないかもしれない。
けれど、魔法陣が二重の第二位階、三重の第三位階ともなれば?
「――化ける、かもしれない」
つぶやいた言葉が、夜の空に溶けていく。
このギフトは、地味で凡庸――
そう見せかけて、実は……とんでもない切り札になる可能性を秘めていた。
翌日――
目を覚ますと、さっそく試してみる。
昨日【ストック】しておいた、【治癒】を。
詠唱と同時に、柔らかな光が瞬時に展開。
やはり、まだ残っていた。
寝ても、【ストック】された魔力は維持されるらしい。
これは、想像以上にすごいことだ。
魔力を無駄にせず、計画的に貯めることができる。
やはり、貯金と似ている――
利子はないが、必要なときに、蓄えたものを引き出す。
前の人生で叶えられなかった、ささやかな夢が、この異世界で叶っている。
ふと、もうひとつの願いが頭をよぎる。
「月を描きたい」
魔法陣――
それはまるで、宙に浮かぶ幾何学の月。
いや、月よりも美しく、意味を持った光の円。
きっとこれも、叶えられた願いのひとつだろう。
となれば……残る願いは、あと一つ。
(まさか、ね……)
思わず吹き出して、自分で自分に苦笑する。
朝のパンを取り出し、身支度を整える。
そして、【風纏衣】を【ストック】。
「さあ――今日が、俺の本当の一歩だ」
軽やかに跳ねるようにして、教会を飛び出した。
気づいた方もいるかもしれませんが分かりやすいようにルールの説明をします。
【ストック】した魔法とそうではない魔法に区別をつけます。
【ストック】をした魔法を《《唱えたとき》》→**【火撃】**
【ストック】していない魔法を《《唱えたとき》》→【火撃】
**【】**の表示があるのは 【ストック】してあった魔法を《《唱えたとき》》だと思ってください。
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