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第5話 基礎魔法を買いました

「べ、別に僕は……な、何も売ってなんかいませんよ?」


 問い詰めたつもりはなかった。

 だが、少年は明らかに怯えた様子で、先回りするように弁解してきた。


 その反応が逆に分かりやすい。


「へぇ? 売ったって、何を売ったのかな?」


「あっ……!」


 自分の口が発した言葉に気づいた瞬間、少年は両手で口を押さえる。

 だが、もう遅い。


「家の中で何をしていたんだい? 正直に話してくれたら、誰かに突き出したりはしない。もちろん、変な動きしたら……大声で叫ぶからね?」


 少し芝居がかった言い方で牽制すると、少年は観念したように小さくうなずいた。


「……魔法書を、売ってました」


「身分証明書は?」


「それがあったら……そもそも、こんなとこ来ませんよ」


 なるほど。

 やはり、あの家――公には認められていない魔道具屋らしい。


「その家に入るのに、何か特別な条件があるの?」


「……店には、誰でも入れます」


 ふむ。思ったよりセキュリティは低いのか。


「入るだけなら、誰でも? 売買も自由にできるのかい?」


「……いえ。マグサさんをお願いしますって言わないと、ダメで……」


 最後の一言は、ほとんど囁きのような声だった。


 十分すぎる情報だ。

 俺は微笑みを浮かべ、買い物袋から女店主にもらった小さなパンを取り出す。


「ありがとう。約束通り、悪いようにはしない。これ、そこのパン屋さんで貰ったんだ。良かったら食べて」


 パンを手渡すと、少年は一瞬キョトンとした表情を見せた。

 どうやら、これで解放されるとは本気で思っていなかったらしい。


「あ、ありがとうございますっ!」


 礼を言うなり、少年は駆け足でその場を去っていった。


 少し遅くなってしまったが、この機会を逃すわけにはいかない。


 意を決して、少年が出てきた重厚な扉に手をかける。

 キィ……という軋みとともに扉が開かれると、目に飛び込んできたのは、ずらりと並んだ書棚の数々。

 それはまるで図書館のような空間だった。


「いらっしゃい」


 低く落ち着いた声が響く。

 店の奥から現れた男が、穏やかな笑みを浮かべながら近づいてくる。


 様子を窺うために、少し世間話交わそうかとも思ったが、時間はあまり残されていない。

 俺はすぐに、例の言葉を口にした。


「マグサさんをお願いします」


 その瞬間、男の口元がニヤリと吊り上がる。


「……なるほど。じゃあ、こっちに来てくれ」


 男は一言だけ残し、並んだ本棚の一つに手をかけた。

 次の瞬間――棚が音もなく回転し、彼の姿がすっと奥へと消えていく。


 どんでん返しのように現れた、秘密の通路。


 俺は迷うことなく本棚の裏へと足を踏み入れた。

 そこには十畳ほどの隠し部屋。壁には魔法書が整然と並び、空気にはほのかにインクと、ムスクの香りが漂っていた。


「売りかい? 買いかい?」


 店主はさっそく核心に迫ってきた。

 話が早くて助かる。


「両方です。まずは、買い取りからお願いしたいんですが……」


 手に持っていた食材入りの袋にそっと手を入れ、小声で呟く。


「【収納ストレージ】」


 袋の中から取り出すように見せかけて、【氷撃アイス】の魔法書を取り出す。

 店主の目には、ただの鞄から出したようにしか映らないはずだ。


「ほぅ……見事な出来だな。特に魔法陣が繊細で、丁寧に描かれている。大銀貨三枚だ」


 ……あれ?

 ジウムの話では、大銀貨六枚が相場だったはず。


 その疑念が表情に出たのだろう、店主がすぐに察した。


「出所が分からん品だ。納得できないなら、他を当たってくれ」


 なるほど、そういうことか。


「いえ、大丈夫です。ところで……第一位階魔法の魔法書は、何冊でも買い取っていただけるんですか?」


「いや、魔法による。希少性が高いものや、需要のあるものは高く買う」


「たとえば、どういった魔法でしょう?」


「【開錠アンロック】は希少だな。だが、さっき仕入れたばかりで今は止めてる……一方で【治癒ヒール】は人気が高くてな。入荷すればすぐ売れる。こちらは何冊でも歓迎する。両方とも、一冊で大銀貨四枚だ」


 そういえばジウムも、【火撃ファイア】や【闇霧ダークミスト】の後は、ずっと【治癒ヒール】ばかりを作らせていた。


 そのため、【治癒ヒール】の備えはしてある。

 それに、この店に並んでいない魔法も収納してある。


「では、【氷撃アイス】のほかに、【閃光フラッシュ】、【石撃ストーンショット】、それと【治癒ヒール】を四冊の計七冊。売っても構いませんか?」


 俺の言葉に、店主の表情がピクリと動いた。

 目元が鋭くなり、口元には微妙な緊張が走る。


「……構わんよ」

(どこでそんなに手に入れた?)


 言葉にはしないが、店主の顔がそう問いかけている。

 だが、それを詮索しないのが、この店。


 だからこそ、この価格が成立しているのだろう。


 俺は背負った鞄に手をやり、六冊の魔法書をゆっくりと取り出す仕草を見せた。

 もちろん、それらはすべて【収納ストレージ】から取り出したものだ。


 店主はひとつひとつ、丁寧に確認しながら頷く。


「……確かに、すべて本物。それに、どの魔法陣も非常に美しい。見れば見るほど惚れ惚れする。よし、金貨二枚と大銀貨五枚だ」


 突如として舞い込んできた大金。

 思わず、胸の奥がざわついた。


 だが、ここで浮かれている場合じゃない。

 もうひとつ――魔法書を買うという目的が残っている。


 俺は棚を見渡し、使えそうな魔法を探す。

 いや、たとえ今すぐには使えなくとも構わない。

 覚えさえすれば、魔力は確実に増えるからだ。


 ふと、棚の一角に並ぶ三冊の魔法書が目に留まった。


「すみません。この基礎魔法というのは……?」


 ページをめくってみると、そこには魔法陣の記載がない。

 生活魔法のような作りだ。


「基礎魔法を知らないのか?」


 店主が片眉を上げて説明する。


「生活魔法と同じく、魔法陣を使わない魔法だ。違うのは、自分にしか効果がないってことと、消費魔力が『5』である点。これは誰でも習得できる魔法だ。魔法師になれなかった者たち、特に騎士団入りを目指す連中には人気。逆に魔法師志望の連中には、まず見向きもされないがな」


 なるほど。

 【風纏衣シルフィード】のように外部から風を纏うんじゃなくて、内側から肉体強化するタイプの魔法ってわけか。


「この魔法書、いくらですか?」


「一冊・大銀貨二枚。まあ、正直に言えば、正規の魔道具屋なら一枚で売ってることもある」


 ……倍の値段。

 だが、まさに今、俺が求めていた類の魔法だ。


 迷う理由はない。


「じゃあ、この三冊――【剛力パワー】、【加速ヘイスト】、【頑強パワフル】をいただきます」


 金貨一枚を差し出し、魔法書三冊とお釣りの大銀貨四枚を受け取る。


「まいど。またよろしくな」


「はい。ちなみに、この店は何時までやってますか?」


「開くのは遅いが、だいたい零時くらいまでやってるな。店が閉まってたら休みってことだ」


 つまり、屋敷の仕事が終わったあとでも来られるってことか。


「分かりました。また買いにきます」


「ああ、待ってるぜ」


 店主がにこやかに送り出してくれる。

 俺が出るのと入れ替わりに、また俺と同じくらいの少年が店へと吸い込まれていった。


 半値で買い取り、倍値で売る。


 それを分かったうえで客が集まるのだから、相当儲かっているのだろう。

 だが、俺にとっても――悪い取引じゃない。


 金も、魔法書も、ここで手に入る。

 十二歳になるまでの間、ここを利用して牙を研ぐ。

 決意を胸に秘め、フルタス法爵邸に足を向けた。

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