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第49話 銀証魔法師と銀証冒険者

「もし、いいのが見つかったら、店の裏に持って行っていいからね!」


 開店二時間前、店内でネルが軽く顎をしゃくりながらリンに声をかけた。


「分かった。そうさせてもらう」


 リンはすぐに頷くと、傘立ての中から次々と剣を手に取り、柄を確かめながら構えをとる。そして、その場で静かに素振りを始めた。


「ほら、レオ、あんた今のうちに運んできちゃいな! お姫様を悪い奴らから守るために、今のうちに仕事をこなしておきな!」


 ネルがにやりと口角を吊り上げ、悪戯っぽく笑う。

 言われなくても分かっているさ。

 だから俺は超特急で終わらせる。


「**【魔力増強マジックアップ】**!」

「**【風纏衣シルフィード】**!」


 今日の俺はすでに【治癒ヒール】の魔法書に魔力を流し終えていて、すべての魔法は【ストック】済み。温存の必要なんてどこにもない。全開でいく。


 魔力を全身に巡らせ、風の衣を纏ったまま、俺は倉庫と店を超特急で往復した。

 一往復するたび、男たちの数が一人、また一人と確実に増え、三往復目には小規模な列が形成されていた。


 ――告知の効果、バッチリだな。


 俺の方も、準備は完璧。

 魔法を使うことによって、荷運びはすべて終了。

 店の裏には大量の剣が置かれている。


 俺は店のカウンターの奥――特等席とも言うべき椅子に腰を下ろした。

 そのとき、開店まであと数分というところで、ネルが手を「パンッ」と叩いてこちらを振り向いた。


「――っと、すっかり忘れるところだったよ。リン、今日の衣装は二パターン用意してあるよ!」


 そう言って、裏から小包を二つ抱えて戻ってくる。


 一つは、前回と同じ淡い水色のフリル付きワンピースに、清楚な白エプロンの組み合わせ。


 もう一つは、露出がやや多めの純白ワンピース。肩がやや出ていて、軽やかなスカートにはレースの縁取り。スカート丈は膝が隠れる程度だが、立ち振る舞い次第でチラリと腿が覗きそうな絶妙なライン。


「さあ、どっちにする?」


 ネルの問いに、リンはほんの一瞬だけ手元を見比べたあと、迷わず水色の方を手に取った。


「……やっぱり、こっちの方が落ち着くからな」


 まぁそうなるだろうなとは思っていた。


 けれど、あの純白のワンピース姿を見てみたかった――そんな淡い期待を抱いていたのは、きっと俺だけじゃないはずだ。


 ネルも、リンの選択に予想通りといった様子で肩をすくめると、ふっと口元を緩めた。


「ま、だよねえ。でもあの白いの着てたら、もっと売上伸びそうなのにねぇ~?」


 売上というより、あれだな――客の滞在時間が伸びそうっていうか、誰も帰らなくなりそうというか。

 そんな感想を心の中で苦笑いと一緒に飲み込んだ。


 リンが裏で手早く着替えを済ませ、表に戻ってきたところで営業開始。


 朝から並んだ客たちは、開店と同時に押し寄せる。

 相変わらず、リンが手に取り、試すように軽く素振りしたものには、まるで魔法でもかかっているかのように人気が集中した。


 順調に売上を重ね、品数が目に見えて減っていく。

 そのたびに俺は、裏からジャンクを持ってきて補充を繰り返す。

 ――そろそろ店じまいか、という時間になった頃だった。

 カラン……と控えめに扉の鈴が鳴り、二人の優男が入ってきた。


「いらっしゃい!」


 ネルがいつも通りの威勢のいい声を張り上げる。

 すると、二人組の男たちは、にこやかに微笑み返す。


「いい店ですね」

「これは期待できるな」


 その物腰は穏やかだが、歩き方一つとっても隙がない。

 明らかにただ者ではない――そんな空気をまとった二人が、店内をゆっくりと回遊しながら商品を物色していく。


 一人が壁際の剣を手に取ると、無造作にそれを構え、一振り。


 ビュンッ。


 どこか荒々しい素振りだが、サマになっていた。

 素振りを終えた男が、もう一人の男に話しかける。


「フリード、お前にはこれくらいが丁度いいんじゃないか?」


 すると、フリードと呼ばれた男が、リンに視線を向ける。


「ゲルドはああ言っているけど、お嬢さんはどう思う?」


 ジャンクを持つ男の視線もリンに向かうと、少しだけ間を置いて、リンが応じる。


「……魔法師が剣を握るというのか?」


 真っ直ぐな問いに、フリードは穏やかに頷いた。


「まぁね。バックスじゃ、力を持たぬ者が手段を選んでる余裕なんてないのさ」


 リンが見つめていたフリードの胸元に目をやると、そこにあったのは銀色の徽章。 中央には魔法陣をかたどった刻印――銀証魔法師の証。


「……銀証魔法師でも、力が足りないと?」


 問いを受けたフリードは、どこか苦笑するように片眉を上げた。


「この街では銀証魔法師は珍しくない。その中でも俺たちは新入りだから必死なのさ」


 フリードの言葉にゲルドも続く。


「まぁ俺たち、元ドラグラス王立学校生もここに来れば、力を示すまではプライドとか言ってられないしな」


 ドラグラス王立学校生――!?

 俺が目指しているところじゃないか!


 ゲルトの胸元にも、同じく銀の徽章が光っていた。

 こちらは銀証冒険者の証――刻まれた剣の意匠が、彼の実力を物語っている。


「なるほど……フリードがどのくらいの手練れか分からぬ故、アドバイスはできぬが……」


 リンが言葉を続けようとすると、フリードが遮る。


「じゃあさ、今度俺らと一緒に潜ろうよ。そこで俺の力を見てほしい」


 そう言うと、フリードはリンの手を取る。


「私は、レオと組んでいる……レオがよければ、構わぬ」


 フリードはまだリンの手を握ったまま、俺に声をかけてくる。


「……君が、レオ君かい? 俺は銀証魔法師初段のフリードだ。どうだい? 今度一緒に潜らないかい? 君たちが挑みたい迷宮に連れて行ってあげるよ?」


 魔法師とは思えないほど丁寧な言葉遣いで俺に訊ねてくる。

 続けてゲルドが口を開く。


「報酬は五分。悪い話じゃないと思うぜ?」


 たしかに、実力者とされる銀証と潜れるのであれば、得るものは多いだろう。

 だが――


 目の前の男たちが、信用に値するかどうかは別の話だ。


 フリードがまだリンの手を放していないことに、俺の胸に微かな怒りと警戒心……それ以上に嫉妬心が湧き上がる。

 見た目は洗練され、物腰も柔らかい。だがその所作の端々に、どこかに下心が滲んでいる……少なくとも、俺にはそのように見えた。


「その申し出はありがたいですが……これから別の方々と潜る予定がありますので」


 フリードがわずかに眉を動かす。驚いたというより、断られるとは思っていなかった、という反応だ。


 そのタイミングで、リンが静かに手を引き戻した。

 フリードは抵抗せず、それを受け入れる。


「……そっか。残念だよ。ま、今度また誘うからさ」


 言葉を残し、フリードとゲルドは何も買わず、ゆっくりと店を出ていった。


「ネル殿……あいつら、何も買わずに出て行ったが、それでいいのか?」


 リンの淡々としたひと言に、張り詰めていた空気がふっと緩む。

 まるで何事もなかったかのような口調に、ネルも一瞬きょとんとしてから、ふいに吹き出した。


「あんたって子はほんと……レオ、今日は悪かったね。お詫びに、もう一本持っていきな。あと、リンが着なかった方の衣装も、あんたにあげるよ!」


「えっ!? 本当にいいんですか!?」


 素直に驚いた俺の反応に、ネルはにやりと笑みを深める。


「レオは可愛いねぇ。あれを着たリンを独り占めする気かい?」


 ……しまった、一本取られた。


 だが当のリンはというと、俺たちのやりとりなど気にも留めず、売れ残った剣を手に取り、一本一本、丁寧に素振りを始めている。


 それを見た俺とネルは思わず顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのだった。


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