第43話 警戒されているようです
バックスに着いてから一週間後――
「よっしゃ! 覚えたぞ!」
早朝、いつものようにリンと魔法書を読み込んでいたときのこと。
俺の手元の魔法書が淡く光り、文字がふっと消えた。魔力が体に流れ込んでくる――。
「おぉ、【毒矢】を習得したのか!」
隣で【誘惑】に目を通していたリンが顔を上げ、目を輝かせる。
「ああ……早く試してみたいけど、そろそろ迷宮にも潜ってみたいな」
せっかく迷宮都市と呼ばれる場所まで来たのに、この一週間はお使い系クエストばかり。
まぁそのおかげで、俺とリンの徽章には三つ目の星――銅証四級になれたのだが。
「やっぱり、誰かのパーティ募集に応募するしかないか……」
そうぼやきつつ、冒険者ギルドで買った迷宮都市の地図をテーブルに広げる。
迷宮都市バックスには、八つの迷宮が存在する。
東西南北、それぞれの門近くに第三位階魔法の迷宮が一つずつ。
さらに、北東・南東・南西には第四位階魔法の迷宮が構え、
そして街の中心――冒険者ギルドの地下には、第五位階魔法の魔法陣が刻まれた迷宮が広がっているという。
入場条件も決まっており、
第三位階魔法の迷宮は銅証五段以上、
第四位階は銀証以上、そして第五位階ともなると、金証初段以上が必要とのこと。
郊外にも、無数の迷宮が点在しており、そちらは第一・第二位階魔法の迷宮ばかり。いずれも、バックスの南側に広がっているようだ。
こちらに関しては銅証初段以降、入場が可能となる。
「レオは、どの魔法を習得したいのだ?」
地図を一緒に覗き込んでいたリンが問いかけてくる。
「そうだな……まずは実戦向きの第一位階魔法から順に覚えていきたい。狙うなら、【鈍化】か【拘束】かな」
「ふむ……【拘束】は喰らったことはないが、【鈍化】ならあるぞ。魔法師には大したことがないと思われがちだが、こちら側からすれば厄介極まりない魔法だ。微妙なタイミングのズレが致命傷になりうるからな」
なるほど。
目に見えて動きが遅くなるわけじゃないにしても、剣を振るうこちらからすれば、ほんの少しの遅れが生死を分ける。
「よし、早速募集を見に行こう!」
早速、俺たちは冒険者ギルドへと足を運び、パーティ募集板の前に立った。
いつも見ているクエスト掲示板とは違い、ここでは冒険者同士が仲間を募り、パーティを結成するのが目的だ。
「うーん……魔法師で【鈍化】や【拘束】の習得目的で募集してる人はいないな……」
しばらく見比べていたが、いい条件はない。
「そうだな。冒険者の募集はあるが、全部ボス撃破後は即撤退コースだな」
……やっぱり、魔法師と冒険者とでは迷宮に潜る目的がまるで違う。
魔法師がパーティ募集をかけるときは、ボス部屋での長期滞在は必須。
ただし、迷宮に潜る入場料、食費、滞在費はすべて魔法師が払うというケースがほとんど。
さらに、途中で得た戦利品――魔石やドロップ品は等分。
中には、魔法師側が報酬を払ってまで冒険者を雇う募集もあった。
対して、冒険者主導の募集は単純明快。
ボス撃破→即脱出が基本で、入場費などは各自負担。
報酬の分配もすべて等分が前提となっている。
こうして比べてみると、冒険者が魔法師と組むほうが得に見えるが、それでも応募が少ないのは、数カ月の拘束という条件の重さのせいだろう。
そして、今回初めて知った事実がある。
迷宮に潜るのには、入場料がかかるということだ。
考えてみれば、ギルドが管理している以上、管理費が発生するのは当然かもしれない。
だが、ギルド職員に尋ねてみて、実際の金額を聞いたときは驚いた。
第一位階魔法が刻まれている迷宮……銀貨一枚。
第二位階魔法は銀貨五枚。
第三位階魔法になると大銀貨一枚。
高位の魔法に行くほど、入場料は跳ね上がり、魔物も強くなっていく。
……これでは、魔法師は迷宮に潜っているだけで破産する。
だからこそ、まずは他の手段で資金を稼ぎ、必要最低限の魔法だけを、厳選して習得していく。
無駄な魔法を覚えている余裕はない。
結果として、【鈍化】や【拘束】のような、習得できるか分からない魔法は、後回し――あるいはスルーされてしまうのだろう。
うーん……困ったな。
どうしたものかと途方に暮れていると、ふいにリンに声をかける男の姿が目に入った。
「おい、姉ちゃん。迷宮に入りたいのか?」
油断のならない笑みを浮かべながら、ずいと距離を詰めてくる。
一見、気さくそうだが、言葉の端々に下心が滲んでいた。
「ああ……だが、条件の合う募集が見つからなくてな」
リンはいつもの調子で淡々と答える。
すると男の口元がいっそう歪む。
「へへっ、だったら俺が手伝ってやるよ。代わりに――夜、俺に付き合えよ?」
うわ……出たな下衆野郎。
当然、リンが怒って断るものと思った――その瞬間。
「うむ。いいだろう」
――まさかの即答だった。
「ちょ、ちょっと待て! リン、何を言ってるんだ!?」
俺は慌てて止めに入る。だが、当の本人はきょとんとしている。
「ん? これで迷宮に入れるのだろう? なら問題ない」
「いやいや、夜付き合うって――」
「……? 剣の稽古くらいなら、夜でも構わんぞ?」
真顔でそう返すリンに、男の顔が一瞬で引きつった。
……なるほど、本気で通じてなかったんだな。
「とにかく、今の話はナシだ!」
俺は男の間に割って入り、きっぱりと言い放つ。
「そんな条件で組めるわけがないだろ。パーティメンバーとしても認められない」
「……ふむ。レオがそう言うのなら、仕方ないな」
リンは、あっさりと頷いた。まるで、最初からこだわりなどなかったかのように。
その飄々とした態度に内心苦笑しながらも、これで変なトラブルは避けられた……と安堵したのも束の間だった。
「……あのぉ~。もしかして迷宮に入りたい方ですか?」
柔らかな声が、俺たちのすぐ近くから届いた。
「だから、そういうのはナシだって……」
反射的に口を開きかけた俺の言葉が、途中で止まる。
「――えっ!?」
思わず声が裏返る。
リンに話しかけてきたのは、なんと二人の女性魔法師だった。
灰色のローブに身を包み、清楚な気品を纏った一人。
もう一人は淡緑の魔法衣を着て、落ち着いた眼差しを浮かべている。
二人の胸元には、銅色の徽章。
その中央の魔法陣の周囲を埋め尽くすように、星形のバッジが円環を描いて光っていた。
少なくと銅証初段魔法師以上。
「うむ。そうだが……?」
リンは気負いもなく、答える。
すると、灰色ローブの女性がわずかに言葉を選ぶように口を開いた。
「あの……【拘束】の迷宮に、挑もうとしているのですが……よかったら私たちと一緒に、潜りませんか?」
瞳がほんの少しだけ揺れる。
「えっ!? 本当ですか!? 僕たちも、ちょうどそこに行こうとしてて!」
あまりにも勢いよく食いついたのがいけなかったのかもしれない。
「え……す、すみません。あの、ちょっと……男の方は……」
ビクリ、と体を震わせ、一歩下がるように拒絶されてしまう。
その視線には、明らかな怯えと警戒――まるで犯罪者を見るかのような色が浮かんでいた。
隣の淡緑の魔法衣の女性も、同じような目でこちらを見ている。
……いや、さすがにショックだな、これは。
「ん? 私は、レオと一緒でなければ迷宮に潜る気はないが?」
リンの言葉に、二人の魔法師は顔を寄せ合い、小声でひそひそと何かを話し始めた。
「失礼ですが……お二人のご関係は?」
再び、灰色のローブの魔法師が恐る恐る問いかける。
その問いに、リンはきょとんとした顔で即答した。
「関係? パーティメンバーだが?」
「その……レオさんは、信用できる方ですか?」
「うむ。私は、レオに二度も命を助けられている」
それを聞いた二人は再び相談を始めた。
その姿は慎重というよりも、まるで傷ついた小動物のように繊細で、不安げだった。
やがて、今度は淡緑の魔法衣の魔法師が、声を絞り出すように訊ねてくる。
「あ、あの……レオさんに……その、迫られたりとか……襲われたりすることは……?」
言いながら、自分の言葉が失礼すぎたことに気づいたのか、女性魔法師は顔を真っ赤にしてうつむいた。
すると、隣にいたリンがくすりと笑うと、綺麗な声が澄み渡る。
「私に欲情する男など、一人しかおらぬ。それに、レオをそこらの魔法師と一緒にするな。彼は、私が心から信用する男だ……レオは貴殿らが恐れるような者ではない。私の剣に誓って断言しよう」
その言葉には、一切の曖昧さもなかった。
二人の女性魔法師は視線を交わし、何度か目配せをしてから、ようやく決意を固めたようにうなずいた。
そして、灰色のローブの魔法師が、一歩前に出て口を開く。
「そ、それでは……四人一緒で、お願いします。私の名前はカタリナです。こちらの子は――ミザリー」
そう言ってペコリと頭を下げたカタリナに続き、淡緑の魔法衣を着たミザリーも、ほんの少しだけ顔を伏せた。
リンが静かに視線をこちらに向ける。
「僕はレオ。そして彼女はリン。これからよろしくお願いします!」
握手を求めようと手を上げかけたが――まだそこまでは無理かもしれない。
「では……条件と報酬について話し合いたいのですが」
カタリナは少し緊張した面持ちで切り出した。
「私たちの希望としては、私とミザリーとレオさん――三人が魔法を習得するまでの間、共に滞在させてもらえればと思っています。入場料や食料などの費用は、それぞれ自分たちで負担ということで。そして、迷宮で得られる報酬は、私たちが四割、レオさんたちが六割では……だめでしょうか?」
言いにくそうに、それでもまっすぐに提案するカタリナ。
報酬の割合がこちらに多めなのは、おそらくリンが冒険者であることを考慮しての配慮だろう。
「それでお願いします」
俺が即答すると、カタリナの表情が一瞬きょとんとし、それからふわりと初めて微笑んだ。
「そ、そうですか! ありがとうございます。それでは、明日の朝、この時間に、またこの場所でお会いしましょう!」
言いながらカタリナは丁寧に頭を下げ、隣のミザリーも小さくうなずく。
こうして、明朝の再集合を約束し、俺たちはギルドを後にした。




