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第4話 怪しいお店がありました

 午前中は、いつも通り何ひとつ変わらぬルーティーン。

 変えたのは、昼食前に取り掛かる魔法書。

 これまで自分の蓄えのために描いていたが、今はジウムに依頼されている物を優先する。


 昼食を終えたあとは、短い余暇を見つけては、筋トレなどの身体鍛錬に励む。

 魔力に限界があるなら、せめて体ぐらいは鍛えておかなければならない。


 本当は、どこかのタイミングで街へも出たい。

 魔道具や装備の確認、店の品揃えなど――知識と情報は力になる。

 だが、時間が取れない。


 試しに、夜――二十一時を過ぎてから街に出てみたことがあったが、魔道具屋も、武器屋も、すべての店が閉まっていた。


 ここは王都ドラグラスのベッドタウン、ビーゼルの街。

 冒険者の拠点でもないので、夜遅くまで店を開ける理由もない。

 俺のような者にとっては、なんとも不便な場所だ。


 だから、夜は走る。

 魔法の訓練を交えながら、ひたすら走る。


 ――と言っても、魔力はすぐに枯渇する。

 結果、後半はただの走り込みになってしまうのだが。


 それでも、やるしかない。

 今は、少しでも強くなるために、できることをひとつずつ積み重ねていくしかないのだ。



 そんなある日――

 キャシーが突然、体調不良を訴えた。


 すでにジウムは王都に出仕しており、ボヘックに看病などできるはずもない。

 そのため、いつも昼食後に買い物に出ている女性使用人が、キャシーの世話をすることになった。


 ――結果、代わりに買い出しへ行くのは、俺。


 思わぬ形で、街へ出る機会を得た。


 夕食までには時間がある。

 この機会に、情報と物資をできる限り仕入れておきたい。


 まず向かったのは、魔道具屋。


 店内には、魔法書をはじめ、回復薬ポーションや、魔力回復薬マジックポーションがずらりと並んでいた。

 いくつか魔法書も並べられており、知らない魔法書もあったが、手持ちはない。


 だから、まずは手持ちの魔法書を売ることにした。


「すみません、魔法書を売りたいのですが」


「ほう、見せてごらん?」


 俺は【氷撃アイス】の魔法書をそっと差し出した。

 店主が目を細め、しばし中身を確認したあと、予想外の一言が返ってくる。


「君、この本……どこで手に入れたのかな?」


 ――えっ?


 咄嗟に言葉が出てこなかった俺の様子に、店主は眉をひそめてさらに言葉を重ねる。


「君、十五歳未満……未成年だよね? 保護者と一緒じゃなければ未成年者の場合、身分証明がないと魔法書の売買はできないんだ。世の中、物騒だろう? 盗品だったら困るからね」


 言っていることは分かる。正論だ。

 だけど、まさかこの世界でそんな現実的な制度があるとは思いもしなかった。


「あ、父に頼まれただけなので……それじゃ失礼します」


 そう言って、俺は店を逃げるように後にした。


 ……うーん、困ったな。

 ここで売れないとなると、どこで魔法書を売ればいいんだ?


 気を取り直して、次は武器屋へ。


 十二歳になる前に、自分に合いそうな武器を一振り、手に入れておきたかったのだ。

 お金はないが、目星だけでもつけておきたい。

 だが――ここでも、魔道具屋と同じ対応だった。


「親か保護者と一緒に来るか、身分証を提示してくれ」


 武器の性能を聞こうとしただけでもこの回答。


 ……もしかして、この国、思ったよりずっと規律が整っているのかもしれない。


 少なくとも、このビーゼルの街では、未成年の俺が殺傷能力のある商品を自由に売買することはできない。


 それが、初めてこの世界の社会に触れた日の、現実だった。


「くそ……せっかく街に出られる機会だったのに何の収穫もないとは……」


 思わず口から愚痴が零れる。

 まぁ仕方ない。

 今はできることをしようと気持ちを入れ替える。


 女性使用人から頼まれていた買い物をこなしながら、街の人々と会話の糸口を探すことにする。


 まず、訪れたのは酵母の匂いが漂うパン屋。

 自然な口調で女性の店主に声をかけた。


「すみません。パンと豆、卵とチーズはありますか?」


 当然、パン以外の食材は無いと分かっていて訊いている。

 会話のきっかけを作るためだ。


「すまないねぇ。うちはパン専用の店なんだよ。だけどパンには自信があるんだ。どれがいいかい?」


 いつも食べているパンを指さす。


「あいよ。お代は銅貨五枚。にしても見ない子だね? どこの子だい?」


 食料品を買うだけでも警戒されてしまうのか?

 内心ひやりとしながらも、平静を装う。


「はい。つい最近引っ越してきました」


「へぇ。じゃあこれからもひいきに頼むよ」


 にっこりと笑って、小さなパンを一つ、おまけしてくれた。


「ありがとうございます」


 しっかり頭を下げると、店主も気持ちよさそうに笑う。


「きちんと教育されてるんだね。何歳だい?」


「十一歳です」


「そうかいそうかい。じゃあ来年だね――天啓の儀」


 天啓の儀!?

 思わぬところで、思わぬ言葉を引き出せた。


「天啓の儀……? それはどういう儀式なのですか?」


 俺の問いに、一瞬だけ怪訝そうな顔をした店主だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて答えてくれた。


「神様からギフトをもらえる儀式さ。十二歳になる年の毎月末日に教会で行われるんだよ。街によって開かれる月が違って、王都が一月で、この街は二月だね。ギフトを授かれるのはだいたい十人に一人くらいだね」


 なるほど――

 ボヘックがギフトを得られず、もし俺が得てしまった場合に「始末する」と言っていた理由が、ようやく繋がった。


 嫉妬、恐れ、劣等感……それがあの家の本音か。


 ギフトとは何なのか、どんな種類があるのか……さらに訊こうかと思ったが、店主はすでに別の客の対応へと向かっていた。


 仕方ない。残念だが、情報を得る場所は、ここだけじゃない。


 気持ちを切り替え、俺は再び通りを歩き出した。


 頼まれていた品は、数十分かけてなんとか大方揃えることができた。

 ……が、収穫はそれだけ。

 情報は得られず、時間だけが過ぎていく。


 夕方前ともなれば、どの店も混み始め、話を聞けるような空気ではなくなっていた。

 ――そろそろ、戻るか。


 そう思い始めた矢先。

 ふと、視線の端にある一軒の民家が引っかかった。


 他の家々と少し離れた位置に、ぽつんと建つ、どこにでもあるような造りの家。

 ……なのに、何かが妙だ。


 匂いがしない。


 周囲の家々からは、夕飯の香りや焚き木の煙がほのかに漂っていた。

 だが、その家だけは無臭だった。

 人の気配はあるのに、生活の匂いだけがまるでない。


 そして――玄関の扉。

 周囲の家の中で、そこだけが異様に重厚だった。


 考えすぎだろうか?

 だが、胸に引っかかる違和感が、興味を引く。


 そのときだった。

 ギィ……と重たい音を立てて、扉が開いた。


 一人の男が、ゆっくりとその家から出てくる。


 咄嗟に、俺の体が動いた。

 近くの塀の影に身を滑り込ませる。

 ……隠れる必要なんて、たぶんない。

 でも、そうせずにはいられなかった。


 その直後――民家の中から、男に向かって声がかかった。


「また、お待ちしておりますよ」

「……ああ。次は【治癒ヒール】の魔法書を持ってくるよ」

「ありがとうございます。お代は色をつけさせていただきますので」


 ここは本当に魔道具屋なのか?

 建物自体はどう見てもただの民家。

 だが、さっきの男のやりとりを聞いた限り、魔法書の売買が行われているのは確かだ。


 街に魔道具屋が複数あったって、別に不思議じゃない。

 けれど、看板が出ていないのは妙だった。


 もしかすると、常連客限定の店か。

 あるいは……何らかの事情で堂々と営業できない理由があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、一人の少年が現れた。


 俺と同じくらいの年齢。

 服装も質素で、貴族の子弟という感じではない。

 だがその少年は、どこか思いつめた様子で、鞄を手にしながら迷いなくその家へ入っていった。


 やはり、ここはただの家じゃない。


 物陰に身を潜めたまま、数分。

 少年が出てきた。


 先ほどとは打って変わって、表情には安堵の笑みが浮かんでいる。

 その時、ふと気づく。


 彼の手には、鞄がなかった。


 持っていたものを、置いてきた……いや、何かと引き換えにしてきたのかもしれない。


 このまま家の扉を叩くより、本人から話を聞く方がリスクは低い。


 俺は決断し、そっと少年の肩に手を伸ばした。


「ねぇ? さっきの家に、鞄忘れてない?」


 なるべく無邪気に――自然な笑顔を作り、あどけない声色で問いかける。

 が、そううまくはいかなかった。


 少年の体が、ビクリと跳ねる。

 振り返る目には、露骨な警戒が宿っていた。

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