第23話 リンスの正体
翌朝――
宿で簡単な朝食を済ませた俺とリンスは、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
目的は、グレスト男爵から依頼された南に棲息する魔物についての情報収集だ。
ギルドの中は、昨日にも増して活気にあふれていた。
依頼掲示板の前は人だかり、カウンターでは報告を終えた冒険者たちが談笑し、酒の香りが早朝から漂っている。
そして、当然のように、俺たちに向けられる視線も多い。
いや、正確にはリンスに、だ。
「なぁ? 俺と組まないか? 俺、盾役にはちょっと自信あるんだよ」
「二人で組めば、依頼なんて楽勝だろ? 金貨も山分けってことでさ!」
「間違いなく俺たちの相性は抜群だぜ? もちろん夜の方も」
軽薄な笑みとともに、何人もの男たちが入れ替わり立ち替わりリンスに声をかけてくる。
……まあ、分からなくもない。
美貌に加えて、あれだけの腕前を見せられれば、男どもが放っておくわけがない。
ただ、リンスの反応は至って変わらなかった。
「……間に合っている」
愛嬌なんてものは存在しない。
短く、冷たく――けれど、はっきりと断る。
羨望と嫉妬の視線を浴びながら、俺たちはギルドの受付まで歩く。
「すみません、南側にはどのような魔物が棲んでいるのですか?」
「現在確認されているのは、主にコモンウルフですね。単独で行動することが多い魔物なのですが、最近は群れを成す傾向が強まっており、被害報告も増えています。ギルドとしても対策に苦慮しているところです」
なるほどな。
一体なら問題ないが、数が増えると厄介というやつか。
「討伐の際は、心臓部にある魔石を五個持ってきていただければ、大銅貨二枚と交換させていただきます」
うまいやり方だな。
魔石一つで銅貨四枚でもいいのかもしれないが、より個体数を減らしてほしいという願いから、このようなやり口なのだろう。
魔石の扱いについては問題ない。
幼い頃、両親がよく持ち帰っていたからな。見慣れているし、見分けもつく。
そしてようやく、生活魔法――【着火】の出番ってわけだ。
あとは、コモンウルフの強さを把握できれば完璧――と思っていたところで、俺の肩にそっと手が置かれる。
「コモンウルフであれば、問題ない」
すぐ隣、リンスの落ち着いた声。
「この街に来る前に、何匹か狩った魔物だ。群れていても、大丈夫だ」
ああ、なるほど。
バーバラに着く前に見たあの魔物の死体――あれが、コモンウルフだったのか。
「じゃあ、リンスさん。一緒に行ってくれますか?」
「何をいまさら。当然だ」
パーティを正式に組んでいるわけでもなければ、仲間として契約を交わしたわけでもない。
けれど、俺はリンスを――彼女の力も深く信頼している。
そして、そんな相手からこうして当然のように言ってもらえたことが、素直に、嬉しかった。
早速、街を出て南へと歩き始める。
その道すがら、俺にはどうしても言っておかなければならないことがあった。
「リンスさん、僕のギフトの件で、一つ伝えておきたいことがあります」
ごく普通のつもりで口にしたはずの言葉――だが、その一言にリンスは、あからさまに狼狽えた。
「ぎ、ギフトだと……!? レオン、何歳だ!?」
あ、なるほど。
やっぱり、俺が十二歳だとは思っていなかったのか。
「今年で、十二歳になりました」
「そ、そうか……すまない。弟がいれば、レオンくらいかと思っていたが……まさか、同い年とは……でもこれで納得できた。なんでそんなにたくさん魔法を覚えているのかを」
……え?
「――っ!? リンスさん、十二歳なんですか!? もっとお姉さんかと思ってました!」
驚きのあまり声が裏返る。まさか、同い年だったなんて。
「そ、そうか? そう言ってもらえると、少しは自信になるが……姉たちと比べると、私は力も弱く、矮小で……」
姉がいるのか。
リンスの姉……想像するだけで、とんでもない美貌が脳裏に浮かぶ。
「ってことは、レオン。お前が授かったギフトは【模倣】……いや、【怠惰】だろ?」
聞いたこともないギフト名が飛び出した。
「あ、いえ……違いますけど……僕のギフトは【ストック】と言います」
「【ストック】? 初めて聞くギフト名だな」
「はい。神父も知らなかったようです。これは魔力を貯める能力です。そして、僕の魔力量は『51』。【ストック】がなければ、一般人以下の魔力量……しかも昨日、ほとんど使い切ってしまって。今日は、あまり役に立てないかもしれません」
リンスは黙って頷いた。だが、その目は真剣だ。
「なるほど。だから今、話してくれたんだな……なら、私の方も言っておこう」
一呼吸、置いてから――静かに告げる。
「私のギフトは【剣姫】。これは、大昔……我が家を興した者と同じだそうだ」
「我が家を興したって……?」
思わず口をついて出た言葉に、リンスはふっと微笑む。どこか、決意を含んだ静かな笑みだった。
「レオンにはもう隠す必要もないだろう。私の名は――リンス・フローラル。フローラル伯爵家の三女にして、ラベンダー侯爵家嫡男・ギース・ラベンダー婚約者だ」
「――っ!?」
まさかの言葉だった。
フローラル伯爵家――あのサグマが語っていた、剣の名門。
確かに。リンスの剣技を見れば、それも納得だ。
けれど……本当に衝撃だったのは、そっちじゃない。
ラベンダー侯爵家の嫡男と、婚約している――!?
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
まるで誰かに心臓をぎゅっと握られたような、息苦しさ。
気づいていた。
自分の中に芽生えていた想いに。
同い年だと知って、どこか舞い上がっていた自分にも――気づいていた。
が、すぐに叩きのめされた。
身の程知らずな夢を見るなと――現実が、冷たく突き放してきた。
――あれ?
でもリンスは「逃げている」と言っていた。
伯爵家の三女で、ラベンダー侯爵家の嫡男と婚約しているというのに。
誰もが羨む立場であるはずなのに、どうして……?
「あの……どうして――」
踏み込んで訊こうとした、その瞬間。
リンスの瞳が、ぴたりと一点を捉える。
先ほどまでの柔らかな空気が、見る間に凛とした緊張感へと変わった。
「レオン、話はここまでだ――いたぞ、コモンウルフの群れが」
その視線の先には、十体の狼たち。
血の気を帯びた瞳を光らせ、涎を垂らしながらこちらを睨み据えていた。




