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魔力最低の落ちこぼれ魔法師 ~【ストック】してれば最強魔法師候補。【ストック】なければ並み以下です~  作者: けん@転生したら才能があった件書籍発売中
第1章 旅立ち

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第2話 酷い扱いを受けてます

 両親を亡くし、途方に暮れていた俺の前に姿を現したのは、フルタス法爵家当主ジウム・フルタスだった。

 どこで俺のことを嗅ぎつけたのかは分からないが、法爵は俺が魔法書を作れるというのを知っていたようで、宮廷魔法師であるジウムが引き取ることとなった。



 そして、時が過ぎ、十一歳の春――



 朝五時に仕掛けておいた生活魔法の【時報アラーム】が脳内で鳴り響き、ガタガタと音を立てる掘っ立て小屋のベッドから飛び起きる。

 今にも崩れそうなこの小屋は俺に与えられた部屋だった。


 素早く身支度を整え、母屋……俺が雇われているフルタス法爵の暮らす本邸へと急ぐ。


 朝の最初の仕事は掃除。

 生活魔法の【風掃エアダスト】を唱え、各部屋の埃を吹き飛ばし、ホールに積もった塵を風で舞い上げて外へと掃き出す。


 続いて風呂掃除。

 浴槽の水を桶でかき出し、古びた布で丁寧に拭き上げる。

 そのあと、生活魔法【水創造クリエイトウォーター】を魔力が枯渇寸前まで唱え、三百リットル以上の水を浴槽に張る。


 こうして準備が整う頃には、法爵家の人々が起きてくる。


 ちなみに生活魔法とは、位階魔法とは異なる性質を持つ魔法だ。

 発動までに数秒のラグがあるものの、消費魔力はわずか『1』。

 最も大きな違いは、『魔法陣を描かない』という点にある。

 そのため、出力や精度の調整は不可能。誰が使っても、まったく同じ効果が発現する。

 ただ、この魔法も得手不得手があり、皆が皆、覚えることはできない。


 朝の仕事を終えると、俺はホールに立つ。

 俺のほかにフルタス法爵に雇われているのは、年配の女性使用人が一人のみ。

 女性使用人が俺の隣に並び、姿勢を正すこと数分。

 階段の上から足音が聞こえ、フルタス法爵家の三人が、ゆっくりと二階から降りてきた。


「「おはようございます! 旦那様!」」


 俺と女性使用人が声を揃えて挨拶するも、返事はない。

 この家でそれは、当然の風景だった。


 この家に住まうは、当主ジウム・フルタスとその妻キャシー、そして俺と同い年で巨漢の息子・ボヘックの三人。


 ジウムは、王国の宮廷魔法師に任ぜられ、法爵の称号を授けられたという。


 法爵――あまり耳馴染みのない爵位かもしれない。

 これは、平民が宮廷魔法師に取り立てられた際に一代限りに与えられる爵位で、世襲はできない。

 また、宮廷魔法師でなくとも、王国に貢献した魔法師が授爵することもある。


 父・ロベルトは王国から男爵の打診を受けるほどの実力者だったという。

 つまり、法爵であるジウムは父よりも魔法師としての格は下、ということになる。


 同様に、平民が騎士団に取り立てられた場合に与えられる騎士爵もまた一代限りの称号で、貴族とは見なされない。


 さらに、伯爵家以上の上級貴族の中でも、世襲爵位を得られない末子などには士爵が与えられるが、これも法爵・騎士爵と同様に平民扱いだ。

 とはいえ、実際に士爵を平民として扱う者などほとんどいないと聞く。

 背後に上級貴族がいる者に、平民同然の接し方などできるはずもないからだ。


 ――そんな法爵家の人々が食事を終えると、ようやく俺たちの出番となる。

 普通であれば、使用人が主人と同じ食事をとれることなどあり得ない。


 だが、俺は例外だった。

 彼らと同じ献立の食事にありつけるのだ。

 さらに言えば、食が細い俺にとって、その量はあまりにも多かった。

 だから、朝食で出されるパンをある場所に隠すのは、いつもの習慣になっていた。


 急いで食事を胃に流し込むと、すぐにジウムが王宮へと出仕する時間になる。

 ここビーゼルの街から、北におよそ五キロ。

 そこに王都ドラグラスがあり、ジウムはその宮廷魔法師として務めている。


「レオン! 一日でも早く【治癒ヒール】の魔法書を描き上げろ!」


 出発前、いつものようにジウムは手に持った杖で俺の腹や背を容赦なく打ち据え、馬車へと乗り込んだ。

 痛みをこらえて拳を握りしめながらも、顔には平静を装い、彼の乗る馬車を睨む。

 それが、今の俺にできる精一杯の反抗だった。

 ジウムが屋敷を去ると、俺たちはすぐにそれぞれの持ち場に散っていく。


 女性使用人は、ジウムの妻キャシーの給仕と昼食の準備。

 俺はと言うと、ジウムと嫡男・ボヘックの洗濯物をしなければならない。


 このボヘックが曲者でこの歳にして、いまだに夜尿が治らない。

 おねしょで濡れたシーツや衣類を【水創造クリエイトウォーター】で満たした桶に漬け込み、手で丁寧に洗う。

 雨が降れば生活魔法の【乾燥ドライ】で強制乾燥。

 どれだけ汚く、面倒でも手を抜くわけにはいかない。


 俺が唯一覚えている第四位階魔法【洗濯ウォッシュ】を使えれば楽だと思うのだが、消費魔力は『80』。

 習得できたのはいいが、一度もまともに発現したことはない。

 なんで洗濯するのが生活魔法ではなく位階魔法なのかは不明。


 洗濯を終え、物干し場に並べ終えた頃には、女性使用人はすでに昼食の準備に取り掛かっていた。

 そんな彼女の《《目を盗んで》》、俺専用に用意された小さな部屋へと向かう。


 この部屋ですること――それは、魔法書の作成。

 これこそが、俺がこの屋敷で腹いっぱい食わせてもらえている……そして、ジウムが俺を雇う理由だった。


 魔力を回復するのに一番手っ取り早いのが食事。

 即効性はないが、しっかりと栄養をとっていれば、通常は十二時間もあれば魔力は完全に回復する。


 しかし、俺の場合は六時間で全快。

 だからこそ、朝食前に【水創造クリエイトウォーター】を限界まで使い込む。

 食事によって回復する魔力を、少しでも無駄にしたくないからだ。


 そして、効率を最大限に引き出すため、昼食前には魔法書の作成に取り掛かる。


 ここ数年、毎日のように魔法書を作成に取り掛かっているため、いろいろなことが分かってきた。


 魔法書の作成にかかる時間は、習得にかかった時間の二倍。

 これはかつて父・ロベルトに教わり、今では自分の体験としても納得している。


 俺の場合、第一位階魔法はすべて一週間で覚えた。

 つまり、最短で二週間あれば魔法書を完成させられる計算になる。

 ……ただし、それはあくまで理論上の話だ。


 多少は許されるが、魔法陣が歪んでいればやり直し。

 真円を描く精度、文字の再現度、そして魔力の注ぎ方にも注意を払わなければならない。


 魔法書の作成には、明確な条件が存在する。

 一つ目は――毎日、その魔法の消費魔力の二倍を注ぎ込むこと。

 第一位階魔法なら消費魔力は『10』。つまり、一日につき『20』を込めなければならない。


 二つ目は――魔法書全体に注ぐ魔力量が、消費魔力の百倍を超えること。

 第一位階魔法なら合計で『1000』以上の魔力を必要とする。


 以上の条件を満たせば、魔法書を作成することができる。

 楽かと思うが、この条件を満たせるものは案外少ない。


 例えば、ジウム。

 王国の宮廷魔法師である彼ほどの実力があれば、自身が覚えている魔法については魔法書の作成も可能なはずだ。


 だが、ジウムの立場がそれを許さない。

 宮廷魔法師たちは常に魔法の研鑽を求められる。

 より精密な魔法陣を描くため、発動速度を高めるため、そして威力を上げるために――日々、鍛錬を重ねる必要がある。

 魔法書の作成に必要な時間と魔力を、そんな彼らが捻出できるわけがない。


 冒険者たちとなればなおさらだ。

 下位の者たちは今日を生き延びることで精一杯。

 上位の者たちは遺跡や迷宮に潜り、命を賭して財宝と力を求めている。

 魔法書を書く余裕なんて、どこにもないのだ。



 椅子に腰を下ろし、周囲に気配がないことを確認する。

 念のためもう一度、部屋の外に目を走らせてから、机の上に置かれた【治癒ヒール】の作成途中の魔法書を脇へ避けた。


 そして、そっと右手を前に突き出し、声を抑えて呟く。


「【収納ストレージ】」


 唱えると同時に空気がわずかに歪み、目に見えぬほどの速度で魔法陣が描かれる。

 この魔法――他者には魔法陣すら視認できない。


 その痕跡の中に、空間の裂け目のようなものがぽっかりと開いた。


 俺は右手を、亜空間へと差し入れる。


 そして、中から、もう一冊の作成途中の魔法書を取り出した。


 【収納ストレージ】――特位階魔法とされ、消費魔力は驚きの『0.1』


 その効果は、亜空間に物品を出し入れできるという極めて実用的なもの。

 しかも、時間の制限も劣化もない、夢のような魔法だ。

 弱点は中に入れられる質量が魔力に比例するということ。


 こんな魔法、一体どこで覚えたのか――?


 それは、あの日のことだった。

 父と母が遺跡で命を落としたと聞かされた日、俺は無性に二人のぬくもりや匂いが恋しくなって、夫婦の寝室に足を踏み入れた。


 ベッドの下。

 そこには、丁寧に保管された一つの木箱があった。


 中に入っていたのは、【収納ストレージ】の魔法書。

 ページの端々には、父と母の字が殴り書きのように残されていた。

 二人で一緒に学び、どちらかがこの魔法を習得しようとしていたのだろう。


 けれど、途中でその試みは止まっていた。

 ある時を境に、魔法書は開かれた形跡がなくなっていたのだ。


 そのある時とは――俺が初めて魔法を使った頃と、ちょうど重なる。

 学習の進捗が別の羊皮紙に書いてあったので、俺が魔法を覚えたころ、この魔法書を読み解くのをやめたのが判明したのだ。


 箱の中には、もう一つ。

 一枚の手紙が、大切そうに収められていた。


『レオン、十歳の誕生日おめでとう』


 ――そう。

 きっとこの【収納ストレージ】は、十歳の俺への誕生日プレゼントだったのだろう。


 魔法という形に込められた、父と母の想い――。

 その想いに応えたくて、俺はジウムに見つからぬよう必死に魔法書を精読し、半年という時間をかけて【収納ストレージ】を習得した。


 現在、この【収納ストレージ】の中には、俺が自らの手で書き上げた魔法書が二十冊収められている。すべてが第一位階魔法の魔法書だ。

 それだけじゃない。

 食べきれなかった朝食のパンなども、ここにこっそり収納してある。

 いつ何があってもいいように、備えは必要。



 俺は、取り出した作成途中の魔法書に魔力を流し込みながら、慎重に文字と魔法陣を描いていく。

 ジウムに頼まれている【治癒ヒール】の魔法書は、夕食前に描くと決めている。


 二カ月に一冊――それが、ジウムと交わした約束だ。


 この条件さえ守っていれば、杖で叩かれることはあっても、飢えることはない。

 給金はなしだが、ちっぽけな小屋と十分な食事――十一歳の俺が職を探そうにもこんなにもいい条件の所は見つからない可能性がある。

 ただ、いずれはこの屋敷を出ていくつもりだ。


 その日のために、魔法書を一冊ずつ、貯め込んでいる。

 急ぐ必要はない。成人してからでも遅くはない。

 そう思っていた。


 ――この日の夜までは。

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