第1話 転生、そして……
「すごいな、レオ。もう第一位階魔法を覚えたなんて――」
「当然よ。私とあなたの子供なんだから。いずれは金証魔法師さえ超える存在になるわ!」
父・ロベルトと母・セルフィが、満面の笑みを浮かべながら、まるで宝物を奪い合うかのように俺を抱きしめてくる。
「うん。いっぱい魔法を覚えて、いつか父さんと母さんの期待に応えるよ」
そう宣言したのは、俺がこの世界――アストラリアに転生して、ちょうど六年が経った頃のことだった。
前世の俺は、どこにでもいる冴えない会社員。
唯一の楽しみは、余暇に月や丸いものの絵を描いたり、コツコツと貯めた金を通帳で確認したり――そんなささやかな喜びだけが、生きる糧だった。
けれどある日、突然――通り魔に刺され、あっけなく命を落とした。
(せめて……貯金、全部使い切ってから死にたかったな。絵だって、もっと上手くなりたかったし……何より――一度くらい、恋人が欲しかった)
未練が通じたのかどうかは分からない。
だが気がつけば、俺はレオン――愛称レオとして、魔法の存在するこのアストラリアで新たな人生を歩み始めていたのだった。
新たな人生での俺の両親は冒険者。しかも、かなりの腕前だ。
ドラグラス王国からは男爵位と共に宮廷魔法師の地位を与えるという打診すらあったが、「柄じゃない」と断って、今でもギルドの依頼をこなす日々を送っている。
遺跡や迷宮に潜っては、時に貴重な戦利品を手にして帰ってくることもある。
その二人の才能を引き継いだ俺は、驚くべきことにまだ六歳にもかかわらず、第一位階魔法【火撃】を発動できるようになっていた。
本来なら、魔法を扱えるのは十歳からが一般的。
それを六歳で成し遂げた俺に、両親が期待を寄せるのは当然だった。
アストラリアにおいて、魔法の習得方法は大きく二つに分かれるようだ。
一つは、魔法書に描かれた術式を読み解くこと。
もう一つは、迷宮のボスを討伐した後、壁面に浮かび上がる魔法陣と、それを解説する古代文字の列を記憶し、魔法を習得する方法だ。
同じ魔法であれば、記されている内容はどちらも同じ。
だが、その過程には天と地ほどの差がある。
迷宮での習得は、常に死と隣り合わせ。
魔物が徘徊し、トラップが仕掛けられ、何が起こるか分からない――そんな危険地帯に、何度も、何年も潜り続けなければならないこともある。
しかも、どれだけ努力しても、必ず魔法を習得できるとは限らない。
当然のことながら、六歳の俺をそんな場所に放り込むような、無謀な親ではない。
我が家には、いつでも手に取れるよう魔法書がそこかしこに置かれてるような環境だった。
そんな中、【火撃】の魔法書から魔法陣や文字が消えたのは昨日のこと。
魔法書から魔法を習得すると、本は白紙に戻り、魔力の気配も失われる。失われた魔力は習得した者に引き継がれるのだ。
そのため、一度でも習得が完了すれば、その魔法書からは二度と魔法を得ることはできない。
対して、迷宮の壁に刻まれた魔法陣はどれだけ記憶しても、何度読み返しても消えることはないという。
さらに、魔法書と同様に魔力も得ることができる。
消えないがゆえに、お金の代わりに命を賭けて得られるのだ。
「レオは火系統の魔法が得意なのかもしれない。これから火系統の魔法書を見つけたら買うことにしよう」
「ええ、きっとあなたの血を色濃く受け継いだのかもしれないわね」
だが、その予想は見事に外れた。
翌週、俺は【治癒】の習得に成功したのだ。
「まさか、聖系統も習得できるなんて」
「ええ、私たち二人の得意魔法を――しかも、たった一週間で習得するなんて。いくら第一位階魔法とはいえ、普通は得意系統でも一ヶ月はかかるのに……」
「そうだな、第一位階魔法をまるで生活魔法のように覚えていくなんて……」
さらにその翌週。両親の表情は、再び驚愕に染まる。
「【風撃】まで一週間で!? 本当に覚えたのか、レオ……?」
「うん! 見てて! 【風撃】!」
俺が右手を天に掲げて魔法を唱えると、手の先には緑色の大きな魔法陣が描かれ、一拍置いて突風が解き放たれる。
「……もしかして、この子……他の系統も全部、覚えられるんじゃ……?」
セルフィの予想は当たった。
それからというもの、俺はまるで予定表でもあるかのように、毎週新たな魔法を覚えていった。
両親を喜ばせたいという気持ち。そしてもう一つ、魔法発動時に浮かび上がる、月よりも美しい魔法陣に、俺が心を奪われていたからだ。
魔法陣は、真円に近ければ近いほど体内の魔力が正確に伝わり、制御もしやすく、魔法の発現も速くなる。
さらに、描かれる魔法陣が大きければ大きいほど、発動する魔法の威力は高まる。
それでいて、消費される魔力量は一定――つまり、より大きく、より精密な魔法陣を描けると、限界はあれど同じ魔法でも、威力も精度も発現速度も上がるのだ。
しかし、それには難点もある。
魔法陣を大きくすればするほど、真円を保つのが難しくなる。形が崩れれば、威力も精度も発現速度も大きく下がってしまう。高い出力を狙えば狙うほど、制御の難度も跳ね上がる――それが魔法という力の厳しさだった。
そして、魔法陣の色は属性によって変化する。
火系統なら赤、風系統なら緑、聖系統なら白。
俺が描く魔法陣は、どれも大きく、完璧な円を描いていた。
ただ、ここで一つセルフィがあることに気づく。
「あなた……こんなにもレオは魔法を覚えているのに、魔力がほとんど育っていないわ」
アストラリアでは、魔法を習得すれば自然と魔力も上昇するのが常識だ。
俺はすでに第一位階魔法を七つも習得している。
その消費魔力は、ひとつあたり『10』。どんなに控えめに見積もっても、魔力は最低でも『70』……いや、初期値も含めれば『80』はあって然るべきだった。
しかし、魔力測定用の水晶に浮かび上がった数値は――『18』。
俺の初期値が『11』――つまり、常人なら1つ習得するごとに『10』上がる魔力が、俺の場合は『1』しか増えていないということを意味していた。
どれほど魔法を覚えても、魔力そのものは極端に伸びない体質。
「もしかしたら、第二位階魔法を習得すれば魔力が上がるのかもしれないな」
ロベルトの言葉に、セルフィも希望を込めて頷く。
「ええ。普通は習得に二ヶ月かかる第二位階魔法も、レオならきっと……」
――そして、両親の期待に応えるかのように、二週間後。
俺は第二位階魔法【火弾】を習得した。
第二位階魔法の消費魔力は『20』。
習得直後、再び水晶に触れて魔力量を測定すると――表示された数値も『20』。
つまり、魔力はわずかに『2』しか増えていなかった。
「……やっぱり、レオは魔法の習得こそ早いけど、そのぶん魔力が育ちにくい体質なのかもしれないな」
ロベルトの推測は、残酷なまでに的中していた。
俺は、常人よりも圧倒的に早く魔法を習得できる。
描く魔法陣も美しく、大きく、精度も威力も発現速度もすでに二人を抜いていた。
――だが、魔力だけは常人以下。
それでも、両親の俺への愛情は一切変わらなかった。
むしろ、より強くなっていた気すらする。
「第二位階をもっと覚えれば」
「第三位階ならきっと」
「第四位階であれば……一つだけ魔法書があったはず」
「あなた……あの特位階魔法は……?」
二人は自分たちの装備や魔法書にお金を使わず、貯蓄を崩し、生活を切り詰めてまで、俺のために高価な魔法書を買い与えてくれた。
俺の未来を信じて、惜しみなくすべてを注いでくれる――それが、父と母だった。
第二位階魔法を覚え、第三位階魔法を習得したところで魔力不足により完璧な状態で唱えられなくとも、二人の俺への愛情は変わらなかった。
ただ、魔法書というものは、そう簡単に手に入る代物ではない。
常時、都合よく市販されているわけでもなければ、遺跡や迷宮でいつでも拾えるようなものでもない。
だから俺は、限られた魔力を魔法に使うことではなく、魔法書を作ることに使うと決めた。
幼い子供が、拙い文字で魔法書など書けるのか――そう思うかもしれない。
それでも、両親は俺を信じ、空いた時間があれば、魔法書の構造や書き方を丁寧に教えてくれた。
俺自身も、何度も何度も脳内で思い描いてきた魔法陣を、寸分違わず――いや、それより精巧に写し取ることに成功。
加えて、これまで読み込んできた魔法書の文字――その形や意味も、自然と頭の中に残っていた。
魔法書の作成には、魔法陣や術式だけでなく、大量の魔力を込める必要がある。
魔力量が常人以下の俺には、到底無理な作業かと思われた。
しかし、意外にも俺の魔力は『回復する速度』が早かった。
慣れない文字を描きながら、毎日少しずつ魔力を込め、休んではまた再開する。
その繰り返しで、 【火撃】の魔法書を一冊、自分の手で完成させたのは、書き始めてからちょうど一カ月が経った日――同時に第四位階魔法を覚えた日でもあった。
これで、少しでも二人の負担を軽くできる。
そう思えた、八歳の春。
――だが。
その願いが届くことは、もうなかった。
両親が遺跡の調査中に命を落とし、帰らぬ人となったのは――まさにその直後のことだった。
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カクヨムで一章(37話)終了が6/1。
なろう一章完結が6/21となっております。