公共職業訓練校
ずっと叶えたい夢があった。
ずっとなりたい自分がいた。
自分の表現をカタチにしたい。
その思いを胸に選んだのは、公共職業訓練校。
偶然目にしたハローワークの募集から数日後、選考試験会が開かれて、一般常識などを試される筆記試験が行われた。
そして結果は問題なく合格し、7月生としての入校が決まった。
講習が行われるのは、新潟駅前にある雑居ビルの一室だった。
一部屋に集まったのは、全員で30名ほど。
実際に私が受けるwebデザインのコースは15名。
半分は別のコースの人たちが一緒に基礎知識を受ける為に集まっていた。
最初は自己紹介から始まり、一般常識的な事務形式を学び、基礎的なパソコン講習からだった。
この辺りは高校で習っていたこともあって、基礎知識があった為か、スムーズにいけたけど、日が経つに連れ、時代の変化で新たに加わった知識を憶えていった。
そして月が変わり、ここから本格的にコース別の講習が始まった。
まずはPhotoshopで簡単な画像の編集。
その次ぎに、実際にイラストレーターを使って自分なりにイラストの作成。
その後、dreamWeaverでサイトを組み立てていくといった感じだった。
Photoshopも高校時代に少しだけいじっていたので、簡単に操作できたけど、イラストレーターからは実際に初めて使うので、いろいろ難しさもあったけど、後半は何とか使いこなせるようにはなっていった。
そして、dreamWeaverでタグの勉強をしていたときだった。
FLASHでアニメーションを作って、広告っぽくみせたり、インパクトのあるサイトにみせたりと、いろいろと手の込んだ作業が続いて、ますます私は心が舞い上がっていくのを感じた。
自分の描いた世界がカタチになっていく様子が、こうして目に見える形で現れていくのが、本当に嬉しかった。
でも、その反面で、1つの問題が発生していた。
それは、職業スキルとは別に鍛えられる、ヒューマンスキルというモノ。
人との関わり、もしくは、社交性を問うモノだった。
この点が上手く行かずに、いつも頭を悩ませていた。
毎日、講習前に3人グループに分かれて、自分の自己紹介をしていくと言うものがあったのだが、それを毎日違った内容で話せと言われていたのだった。
昔から人付き合いが上手く出来ず、話しかけられるのを待ってばかりいた私には、一番の難題だった。
一番最初に2コース共同で学んでいたときにも自己紹介をしたけれど、その時も失敗して、上手く話が出来なかった。
昔から、私はあがり症で、人前で話すことが出来なくて、途中で涙ぐんでしまうことがあった。
結局、最後まで話すことが出来ずに、泣いてしまって、それは大人になっても変わらずに、この時もそうだった。
本音を言うと、webデザインの勉強はもちろんだったけど、社交性のスキルも身につけたいと思っていたのもあった。
でも、結局上手く行かずに、また泣いてしまった。
そんなときに、ネットでいろいろ検索していたら「社会不安障害・SAD」に関する情報を見つけた。
症状一覧を見て、いくつか当てはまり、、一度専門家に見てもらった方が良いのかと思って、検索しているときに、隣の市にある精神科の病院を見つけた。
でも、この時は未だ行く勇気が無く、そのまま数日が経っていった。
そんな日が続いて、またいつものように祖父と言い争いが絶えなくなっていって、今までの我慢が限界を超えて、気付いたときには泣き叫んでいた。
そんな姿を見て、母が流石にこれはダメだと思ったらしく、それとなく話をしていたその病院へ連れて行ってくれた。
タクシーを呼んで、その病院へ連れて行ってもらい、事情を話して先生と話をすることになったけど、ここでも上手く話が出来ずに、最終的に筆談で応じることになった。
口では上手く言えなくても、書くことは出来ると分かったらしく、まずは巻簡単な心理テストみたいなモノをされて、暫く定期的に通うことになった。
しばらくの間自宅療養を言われて、2週間ほど講習を休んでから、復帰したけど、その時にはもう、全ての講習は終わっていて、自習時間になっていた。
そして約3ヶ月の講習が終わり、残りの1ヶ月間は実習訓練だった。
その前に、今まで学んだことの復習も兼ねて、自主サイトを作成することになった。
私が考えたテーマは、今までケータイ用に作っていた詞のサイトをパソコン版で作ること。
でも、そこではっきりと思い知らされた。
自分の実力を。
与えられた期間は2週間。
皆がそれぞれいろいろと練って、独自のサイトを作っていった。
私は詞のサイトを組み立てていったけど、テーマが上手く固まらなくて、とりあえず簡素な形で組み立てて、後からテーマを付け加えていこうと思っていた。
けど、それが徒となって、失敗してしまった。
そして発表の時を迎えて、一人ずつ、前に出て自分の作品を紹介していった。
皆、いろいろこだわりを持った人の集団。
お世話になってる店のサイトや、個性のあるインパクトあるサイトなど、どれも目をひくものがあった。
そして自分の番が回ってきて、初めて、私は自分の実力の無さを思い知らされた。
「私は、自分が今まで携帯で作ってきたサイトのパソコン版のサイトを作ってみました。」
表示させて紹介していくうちに、物足りなさを感じていた。
そして、全ての紹介を終わらせて、「以上です」といったあと、生徒の一人が呟いたのが聞こえた。
「えっ…これだけ!?」
その言葉を聞いて、はっきり私も、やっぱりそう思ったかと公後悔した。
皆の作品は、FLASHを上手く使って、こだわりのある見せ方をしていたけど、私は唯単にページを開いていくだけの、シンプルなモノ。
個性もなく、何処にでも在るような作品だった。
そして全員の発表が終わって、顧問からここに感想を言われたけど、その時もやっぱり思っていた以上の感想は聞けなかった。
それから数日後、今度は学校がお世話になってる企業のサイトを、3人一組のグループになって制作していく実習期間に入った。
私が入ったグループは、新潟市郊外にある老舗鮨屋のサイトを作ることになった。
そこには既に個人のサイトがあって、それを自分たちで新たに作って欲しいとのことだった。
元々その店主がWebの勉強を独学で学んで作ったものらしく、高級感を思わせるサイトだった。
最初に、私たちはその店の雰囲気を知る為に、実際に店を訪れ、学校の経費で少しだけ鮨を食べさせてもらったした。
今まで廻る寿司屋しか入ったことのない私は、目の前で握られた鮨を直接もらうこと自体初めてで、緊張したけど、気さくな店主で、鮨も凄くおいしかった。
それからも何度か店に行って、サイトの素材用に写真を撮らせてもらって、作業に移っていった。
自分たちで撮った写真を、自分なりに加工して、どうやってみせるか。
3人が3つの個性を生かして、自分たちでサイトを組み立てていった。
そして、数日が経ち、それぞれが完成させていった後に、お店に連絡して見てもらい、どれが一番いいかを決めてもらった。
採用されたのは、過去にもWebデザインの勉強をしていたMさんの作品だった。
ここでも実力の差をみせられたけど、店主さんからは、「どれも個性があって、選ぶのに悩んだ」と言ってもらえたのは嬉しかった。
その後、他のグループも次々に課題が終わり、実習期間が終わるまで、各自自由な時間が貰えた。
今まで学んだことを生かして、スキルを上げ、就活をする人、事務の基本であるWordとExcelの検定を取得しようとする人、また新たに自分なりにサイトを組み立てて行く人。
私は、高校時代にどの検定も持っていたので、悩んだけど、結局何も検定は受けず、自分なりにまた新しくサイトを組み立てていた。
そして、その学教が運営している派遣企業もあって、何人かはその派遣登録をして、働き口を求めたりもしていた。
最後に、各一人ずつ呼ばれて、面接試験の練習をしていたけど、その時にも、やっぱりいろいろと指摘された。
・視線が定まらない。
・声が小さい。
・動機の内容がはっきりと伝わらない。
そして、今まで授業の成果を見て、こう言われた。
「残念だけど、君はWebデザイナーとしての才能は、ゼロだ。
基本的な知識はあっても、それを上手く活かせてないし、企業が求めるモノにも答えられてない。悪いが、違う職種を選んだ方が無難だ。」
そして、紹介された職種として、経理の仕事があったけど、結局、条件が合わない(勤務地が遠方)ので断った。
そして、卒業を迎え、記念に全員で集合写真を撮った。
その写真を見て、気付いたけど、私、また笑えてなかった。
口元だけしか笑ってなくて、目元が死んでいる。
そしてそれから、仕事探しをしていたけど、結局何も決まらないまま、数ヶ月が経っていった。
でも、夏頃になって、ようやく仕事が決まった。
元々は母親が登録していた派遣会社の仕事だったけど、祖父の介護が必要になってきたので、母の代わりに、私が働くことになって、その派遣会社に登録することになったのだった。
高卒で正社員に成り、パートに成り、派遣に落ち着いて、ドンドン自分が夢見ていた道から外れていることに気付いたのは、この頃になってからだった。




