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総合商社の事務員

工場が閉鎖され、約3ヶ月が経った。

その間、いろいろと再就職先を探しては面接の希望を出すが、書類審査で落ち、面接にかぎつけるまで、かなりの時間がかかった。

この頃は丁度、就職氷河期の後期と呼ばれていて、就職できないことが多々あった。

そしてやっとの思いで、見つけたのは、某総合商社の事務員の仕事。

パートでの募集だったけど、何も無いよりは良いと思って、面接希望を出した。

そして何とか面接させて貰えることになり、いざ面接へ。

最初に言われたのは、やはり、パートでの仕事で良いかどうか。

私は、その時はまた自動車の免許も持ってなかったので、いずれ取りたいので、時間に余裕が出来るのであれば問題は無いと答えて、何とか切り抜けた。

そして、実際に入力作業をさせてもらい、実力を見られて、結果は合格。

翌週から働くことになった。


新しい職場に入って、与えられた仕事は、送り状の作成だった。

主に、ギフト品を専門に扱う商社で、担当ごとに発注をする人、カタログを作る人、そして送り状の作成をする人に分けられていた。

私の入った送り状に作成は、基本4人体制で、全員で宛名を作っていき、最後に発行し確認して、倉庫へ渡す仕事だった。

そして、電話での対応も同時にしていき、担当の営業に連絡する仕事もあった。


しかし、結局はパートの扱いで、時給も安けりゃ時間も短い。

1年目は仕事を覚えるので通えなかった自動車学校も、2年目に入ってから通えるようになり、何とか無事に免許を取得。

その後特に何も変化なく続いていたけど、3年目に入ってから経営方針が変わり、パートの時間が1時間ほど短くされた。

さすがに、このままでは生活に支障が出ると思って、いろいろ模索した結果、別の仕事に就こうと転職を考え始めた。

そして、同時に姉が東京での生活で変化があり、職を失ったとの連絡が入った。


今まで姉はバイトで生活費を稼ぎ、パチンコ店での従業員として働いていたが、リストラされて、日雇いの派遣の仕事に転職したのだという。

ゲーム関連の専門学校で、デザインを勉強して、結局そっち方面の就職が決まらず、バイトで稼いで、学校関連のバイトも続けていたがそれも切られて、いろいろ大変だったかもしれない。

でも、私からすれば、才能がないから恵まれなかっただけで、もともとそっちの方面に行きたかったのは私だった。


内心、私は姉の処遇を、いい気味だと思っていた。

自分勝手に好きなことをして、結果が出せず路頭に迷い、結局何の意味もない仕事をしている。

何のために高い学費を払ってまで学校へ進学したんだ。

こんなことのために私は犠牲になったのか。

このころ、私は姉のことがすごく憎くて、電話では普通に話していても、内心あざ笑っていた。


でも、私自身転職を考えていた身。

どんな仕事に就きたいかまだはっきりと決まってなくて、結局今の仕事を続けている状態。

それでも、やっぱり一度はデザイン関係の勉強もしたい。

そう思って、仕事を早退して、職業安定所ヘ通っては、いろいろと探していた。

そして、玄関の張り紙を見て回っていた時に、新潟市の方で募集していた、Webデザイン講習の広告を見つけて、思い切って応募した。


そして、今の仕事を自主退職し、Webデザインの学校へ入ることになった。



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