表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

高校2年、3年生

高校2年になり、進路についてあれこれと決める様になっていた。

選択科目で、情報処理を取っていたので、パソコンを使った授業が多く、この頃初めてデジタルペイントを教わった。

そして、同時に、Webデザイナーという仕事を知って、できるならそれになりたいと思う様になっていた。

でも、その為には進学し、もっと専門的な知識が必要になってくるので、ダメ元で両親に相談した。


「卒業したら就職するって言ってたけど、やっぱり進学は無理なの?」

「………」


―――返事は、無言だった。


どうしても進学したい思いが捨てきれずに、学年全体の進路相談会が開かれたときに、私は思いきって進学組の方へ行った。

そして、学校案内できていたいくつかの専門学校の担当の方達から話を聞き、それぞれの学校がPRしていた。

丁度私は、県内でもデザインが学べる学校があるのを知っていたので、その学校の担当の話しをよく聞いていた。

その専門学校名は「新潟デザイン専門学校」だった。

私が入りたかったイラストレーション科を始め、ファッションやジュエリーのデザイン科、映像・写真科、CG科などもいろいろあって、当時は県内で人気のデザイン学校だった。


私以外にも、入学希望者がいて、皆それぞれに担当の人に質問したり、話を聞いたりして、進学意欲を前面に出していた。

一方私は、未だに迷っていて、親の言う様に就職するか、無理をしてでも進学するか決めかねていた。


進学することになれば、もちろん学費が必要になるが、バイトをしながらでも通えるかが問題だった。


担当の人が言うには、バイトをしながら通っている人が何人もいると聞いて、だったら大丈夫かなと思った。

それも含めて、説明会でのことを親に話し、何とかならないが話してみたが、変わらず返事はなく、結果的に何も進展はなかった。


そんな時、姉が2年制の学校だったこともあって、卒業制作をもって、冬休みに帰ってきた。

でもその製作作品を見ても、正直、何を描いているのかがわからなかった。

本人曰く、「宇宙をモチーフにしてる」とのことだが、どう見ても惑星には見えなくて、ただ黒い背景にいくつもの球体が浮かんでるだけで、そんな感じの作品だった。


(こんな絵で卒業制作になるの?)


はっきりとそう思った私は、「どう思う?」と聞かれても「別にいいんじゃない?」と、適当に答えて、心の中で、「そんな絵でよく満足できるね」と思っていた。

もともと姉が入っている学科はCGモーションキャプチャー科。

所謂、ゲームでの動きなどをつける作業の勉強をしているので、基本のイラスト制作は、たまにしかやらなかったみたいだった。

でも、一応基本的な描画の仕方は習っているので、私よりは詳しく学んでいたはずだった。


結局、姉が卒業後に取った進路は、フリーター。

就職先が決まらず、バイトで某ゲーム会社のデバッグをしていたらしいが、そのバイトと掛け持ちで、ほかのバイトを増やし、そのまま東京で生活すると言っていた。


就職先が決まらないまま卒業し、家からの仕送りと自分のバイト代での生活。

その結果、高校3年になった私は、完全に進学への道が断たれてしまった。


そして3年の夏休みに、管轄ごとに職場見学が行われて、私は2つの管轄に希望を出して、見学して回った。

地元の管轄での見学の際、家から近くの工場を見学し、高卒で雇っている部署が限られているが、皆真剣に働いている姿を見て、私はまた迷っていた。


商業科だったため、事務系の資格はたくさん持っていた。

でも、私が行きたい職種はデザイン系。

Webデザイナーになりたいというわずかな思いから、何かを作る仕事をしたいと思っていた。

でも、高卒では入れる仕事ではないため、結局別の製造系で仕事があるか探して、管轄外になるが、婦人服の製造工場があるのを知って、そこへ入社することになった。


しかし、面接試験前日になって、また例の宗教関連の嫌がらせが始まった。


入社試験前日になり、私はどこかそわそわした感じがしていて、落ち着きがなかった。

そんなときに、電話が鳴り、祖父が出たが無言電話だった。

直ぐに切って嫌がらせかと思い、その場を離れるが、再び電話が鳴る。

取るとまたもや無言電話。

まだこの時も家の電話はナンバーディスプレイではなかった為、出ないと誰からかかってきた電話か分からない状態だった。


そんなやりとりが2.3回あって、3回目は私が受け取った。

やっぱり無言電話だったけど、後ろの方で聞き覚えのある音楽聞こえた。

そう、それはあの宗教団体の中にあるカフェでかかっていた音楽にそっくりだったのだ。


3回目にかかってきたとき、私は一切何も言わないで受話器を取り、後ろで流れている音楽に気付いてから、当時その宗教で知ってる名前を呼びかけた。


「○○さんですか?」


しかしその返事はなく、そのまま切られた。

たぶん、合ってたんだと思う。

一瞬だけど、ヤバイって雰囲気が伝わってきたから。


その後、また暫くして、今度は名乗ってきた人が、姉の所在を聞いてきた。

実は姉は、専門学校卒業後、携帯の番号を変えていたのだった。

もちろん、その宗教の人たちからの電話を拒否する為だった。

連絡手段を絶たれて、姉が今現在何処に居るのか分からなくなってしまった為に、実家である家に電話したのだという。

でも、もちろんそれは口実で、ただ姉と連絡が取りたくて番号を聞き出そうとしてるのが見え見えだったので、一切応えずに、教える気はないとだけ言い、電話を切った。


しかし、その後もあまた何度も電話がかかってきて、家族全員が警戒していた。

最終的に全て祖父が受け取っていたが、内容は同じ。

姉は今何をしているか?番号が知りたい。

そんな内容のことばかりを聞いてきた。


流石にこんな事が続いて、母がまたのノイローゼ気味になり、もう電話に出ないでと言っていた。

私自身も、気分が悪くなってしまい、体調が優れないまま,翌朝を迎えた。


結局体調不良という理由で、試験を見送らせてもらうことになり、後日、再び面接をさせてもらうことになった。

だがこの時もまた、問題があった。

会社までは電車で行くのだが、丁度いい時間の電車がなく、父親の車で送ってもらうことになった。

その際、車の暖房を付けていたので、窓は閉め切っていた。

そんな中で、父親はヘビースモーカーでもあったので、たばこを吸い始めた。

ある意味、密閉空間内に閉じ込められた中で、たばこの煙を吸うことになる状況、

結果的に私はよってしまい、車の中で吐いて体力を失っていた。

そんな状態で会社に到着したが、体を起こすことすら出来ない状態で、再び試験を延期させてもらい、その日は家に帰っていった。


2回も面接試験を延期させてしまって、多分、もうダメだろうなと思っていたけど、翌日学校へ行くと、担任から、3回目の試験日の連絡を受けた。

その時に、「これだけの検定を持ってる受験者が他にいないから、ちゃんとあって話してみたいと言っていた」と言われ、その会社から期待されているのだと言うことを知った。


そんなこんなで、3度目の正直。

今度は少し早いが電車で会社の最寄り駅まで乗って、駅で時間を潰して、会社へと向かった。


「本日入社試験でまいりました、○○高校の朔夜です。先日は2回も体調不良で見送らせて申し訳ありませんでした。宜しくお願いいたします。」


受付の事務の人に挨拶をして、応接室へ入ると、既に他の受験生が2人。

今回は子の3人での試験だった。


最初に、工場内を見学して周り、その後筆記試験。

最後に面接をして終わる予定だった。


私は2番目に面接に呼ばれ、会議室へと入った。

最初に挨拶し、ここでまた2回も見送らせてしまったことをわびた。

でも、社長と工場長の二人の面接官は、気にすることはない、今日は会えて嬉しいと言ってくれて、気分が少し和らいだ。


練習した通りに、ハキハキと質問に答えていき、「どうしてこの職種に就きたいと思ったか?」と聞かれて、昔から物作りが好きだったこと、母が服飾関係の仕事に就いていて、同じ仕事をしてみたいと思ったことを述べた。

正直、本当はデザイン系の仕事に進みたかったが、県内で高卒採用がなく、被服科のあった高校へ行きたかったがレベルが足らないこともあって、今の高校に入学することになったのだが、それは言わずに、できるだけ前向きな答えを返していった。

最後に、趣味を聞かれて、音楽鑑賞です、と答えた。

今好きなアーティストは?とも聞かれ、当時好きだった「浜崎あゆみさんです」と答えた。

すると社長さんは、「あゆかぁ、最近また新曲出したね?タイトルは何だったかねえ?」と言われたので、当時出た新曲「『Dearest』です」と答えた。

意味は分かるかい?と聞かれたので、自分なりに「最愛の人、だと思います。」と言った。

社長さんは微笑み、「最愛の人か、言い言葉だね。」と言っていた。


和やかな雰囲気が続き、無事に面接が終って、帰宅して、また翌日に学校へ登校したら、担任から連絡があった。


「内定、決まったぞ!」


あまりに早い返事に、あっけにとられたが、面接の雰囲気も良かったので、正直に嬉しくこの時は喜びました。

そして、就職祝いで携帯を買ってもらい、無事に高校を卒業。

3月22日、入社式を終えて、研修生になった。


でも、所詮は実力も知識も無い私が、いきなり被服関係の職に慣れるわけもなく、厳しい道が待っていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ