東京クロニクル・最終章 ——名探偵・神崎蓮司 最後の事件
第1幕 過去からの手紙
午前10時 新宿・神崎探偵事務所
静かな朝。
神崎蓮司は、デスクに肘をつきながら煙草をくゆらせていた。
"美咲事件"が解決してから、数週間が経った。
柚葉と美咲は、それぞれ"自分の人生"を歩み始めている。
久々に、穏やかな日常が戻った——はずだった。
——だが、その静寂は、一通の手紙によって破られる。
神崎は、郵便受けから取り出した封筒を見つめた。
差出人不明。だが、消印は"十年前"のものだった。
「……10年前?」
神崎の指先が、わずかに震える。
封を開けると、そこにはたった一行の文章が書かれていた。
『君が最後に追うべき事件は、まだ終わっていない』
『"神崎玲奈"を覚えているか?』
——神崎玲奈。
神崎の瞳が、一瞬だけ揺れた。
彼の"過去"を抉る名前だった。
午後2時 都内・ある廃ビル
手紙の指示に従い、神崎は指定された場所へと向かった。
そこは、かつての"ある事件"の現場だった。
彼はゆっくりとビルの中へと足を踏み入れる。
そして——
壁に貼られた、一枚の写真を見つけた。
それは、神崎蓮司と"神崎玲奈"が一緒に写っている写真だった。
——10年前。
神崎玲奈は、この場所で"消えた"。
そして、その事件は、"未解決"のまま終わっていた。
「……誰が、これを?」
その時——
背後から、足音が聞こえた。
神崎は素早く振り返り、銃を抜く。
——だが、そこにいたのは、一人の男だった。
橘龍司。
「久しぶりですね、探偵さん」
神崎は、静かに銃を構えたまま言う。
「お前……"まだ何か企んでいる"のか?」
橘龍司は、微笑んだまま答えた。
「いいえ。"私の役目"は、すでに終わりました」
「なら、何の用だ?」
橘龍司は、ゆっくりとポケットから一枚の書類を取り出し、神崎に差し出す。
神崎は慎重にそれを受け取り、目を走らせた。
——そこには、"M.I.プロジェクト以前"の研究記録が記されていた。
「……これは?」
橘龍司は、静かに答えた。
「"M.I.プロジェクト"の原型……"最初の実験体"の記録です」
神崎の目が鋭く光る。
「……まさか」
橘龍司は、神崎の反応を確認しながら、ゆっくりと言った。
「"神崎玲奈"は、"M.I.プロジェクトの最初の被験者"でした」
——10年前の未解決事件。
——神崎が探し続けた"神崎玲奈"の失踪。
それは、"M.I.プロジェクトの実験"として仕組まれたものだった。
神崎の拳が、わずかに震える。
「……どういうことだ?」
「あなたの妹……"神崎玲奈"は、"記憶操作実験の第一号"だったのです」
——伏線が、すべて繋がった。
——M.I.プロジェクトは、"美咲"たちの世代よりも前に、すでに始まっていた。
その"最初の実験"が、神崎玲奈の失踪事件だった。
「……"玲奈はどこにいる"?」
神崎の声が低くなる。
橘龍司は静かに答えた。
「生きています。"ある場所"に……」
神崎の指が、銃の引き金を軽く引く。
「……"どこにいる"?」
橘龍司は、ゆっくりと笑った。
「"黎明機関"……"M.I.プロジェクトの最終段階"が進められている場所です」
神崎はタバコをくわえ、静かに煙を吐き出した。
——最後の事件。
それは、自分自身の"過去"を追う事件だった。
「……"黎明機関"に向かう」
——名探偵・神崎蓮司、最後の事件が始まる。
第2幕 黎明機関
午後3時 新宿・神崎探偵事務所
橘龍司からの情報を受け、神崎は事務所へ戻り、すぐに準備を始めていた。
——「黎明機関」。
それが、M.I.プロジェクトの最終段階を担う施設。
そして、そこに"神崎玲奈"がいる可能性がある。
——10年前、突然姿を消した妹。
神崎が探偵になった理由、そのすべてが"玲奈の失踪"に繋がっていた。
柚葉は、神崎の様子をじっと見つめていた。
「先生……本当に一人で行くつもりですか?」
「これは、"俺の事件"だ」
神崎は、拳銃をホルスターに収めながら答えた。
「だが、お前を巻き込むつもりはない」
柚葉は、それでも怯まずに言った。
「……でも、私、先生に助けてもらったんです。今度は、私が先生を助ける番です」
神崎は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに微笑を浮かべる。
「……お前、探偵助手として成長したな」
「当然です。先生の助手ですから」
神崎はタバコをくわえ、火をつけた。
「……なら、行くぞ。目的地は"黎明機関"」
午後9時 黎明機関・外周フェンス前
東京都郊外。
黎明機関は、山奥にひっそりと佇んでいた。
厳重な警備システムと、監視カメラが設置された施設。
"人の出入りが存在しない"にもかかわらず、施設の明かりは消えていなかった。
——"何か"が動いている。
神崎は双眼鏡を覗き込み、施設の裏口に目を向ける。
「……ここから侵入する」
柚葉は緊張した面持ちで頷いた。
「……先生、もし玲奈さんがそこにいたら?」
神崎は、静かにタバコの火を消しながら言った。
「"玲奈が望む答え"を、俺が見つける」
——これは、神崎蓮司が"探偵として"追い求めた最後の事件。
いよいよ、その扉が開かれる——。
第3幕 黎明機関の真実
午後9時30分 東京都郊外・黎明機関 外周フェンス前
冷たい夜風が、木々の間を吹き抜ける。
神崎と柚葉は、闇に紛れながら黎明機関の裏口へと向かっていた。
施設は、すでに"公式には存在しない"ことになっている。
しかし、中にはまだ"何か"が生きている。
神崎は、ポケットからピッキングツールを取り出し、施錠されたドアを慎重に解除した。
——カチッ。
「開いた……行くぞ」
柚葉は緊張した面持ちで頷く。
「……先生、本当に玲奈さんがここに?」
神崎は、一瞬だけ黙った後、静かに答えた。
「確証はない。ただ、"ここでしか見つからない答え"がある」
10年前、妹の玲奈が消えた。
その理由が、すべて"M.I.プロジェクトの原型"に関係している。
そして、ここ——黎明機関が、その"実験場"だった可能性が高い。
——すべてを終わらせるために、進むしかない。
神崎は、静かに施設の中へと足を踏み入れた。
午後9時40分 黎明機関・中央制御室
施設の内部は、まるで"時が止まった"かのように静まり返っていた。
薄暗い廊下、白い無機質な壁、そして奥に続く重厚な金属の扉。
神崎は慎重に進み、施設内の制御室に辿り着く。
「……電源は生きてるな」
神崎は端末を操作し、施設のデータベースにアクセスを試みる。
柚葉は周囲を警戒しながら、神崎の作業を見守る。
「先生、何かわかりました?」
「……あった」
神崎の視線が、モニターに映し出された"ある記録"に釘付けになる。
——『被験者R-01(神崎玲奈)』
柚葉が息を呑む。
「玲奈さん……!」
神崎は、手元のキーボードを操作し、さらに詳細なデータを開いた。
『被験者R-01(神崎玲奈):記憶操作試験・第二段階完了。
"統合実験"への移行準備中。』
「……"統合実験"?」
神崎の眉がわずかに動く。
——それは、M.I.プロジェクトの"最終段階"に関わる実験だった。
柚葉が不安げに尋ねる。
「先生、"統合実験"って……?」
神崎は、静かにモニターを見つめたまま答えた。
「"玲奈の意識"は、ここで"別の存在"と統合されていた可能性がある」
「……じゃあ、玲奈さんは"今も生きてる"?」
神崎は、ゆっくりと頷いた。
「……その可能性はある」
だが、その時——
——施設のスピーカーから、低い声が響いた。
「……ようこそ、探偵さん」
神崎は素早く周囲を確認し、スピーカーの方へ視線を向ける。
「……誰だ?」
モニターが切り替わり、画面の向こうに一人の男が映し出された。
その顔を見た瞬間、神崎の瞳が鋭く光る。
柚葉が、小さく声を上げる。
「……橘龍司!?」
だが、神崎は静かに首を振った。
「違う……こいつは……」
モニターの男は、微かに笑いながら言った。
「……久しぶりですね、蓮司」
神崎の心臓が、一瞬だけ強く脈打った。
「……玲奈?」
柚葉の目が大きく見開かれる。
「……え?」
モニターの男——いや、"玲奈"と呼ばれた存在は、ゆっくりと微笑んだ。
「……私は、神崎玲奈。"新しい存在"として、ここで生きています」
——"玲奈は生きていた"。
だが、彼女は"別の存在"になっていた。
柚葉が震える声で呟く。
「……先生……どういうこと……?」
神崎は、モニターの玲奈をじっと見つめながら、低く呟いた。
「……M.I.プロジェクトの本当の目的は、"意識の統合"だったんだ」
玲奈の声が、静かに響く。
「そうです。私は"神崎玲奈"であり、"神崎玲奈ではない"」
「……!」
「私は、"黎明機関の最終成果"。"私"は、"統合された存在"なのです」
神崎の指が、拳銃のグリップを強く握りしめる。
「……そんなことが、許されるとでも?」
玲奈は、微笑んだまま言った。
「"許されるかどうか"ではありません。"私はここにいる"ということが事実なのです」
——玲奈は"生きている"。
——だが、彼女は"過去の玲奈"ではない。
柚葉が涙を浮かべながら、叫ぶ。
「先生……どうするんですか?」
神崎は、静かに目を閉じた。
——"玲奈を救う"か、"玲奈を止める"か。
——最後の選択が、ここで突きつけられた。
第4幕 探偵の決断
午前9時50分 黎明機関・中央制御室
——神崎玲奈は生きていた。
しかし、それは"過去の玲奈"ではなかった。
彼女は、M.I.プロジェクトの最終成果として、"新たな存在"へと変えられていた。
モニター越しに映る玲奈は、10年前のままの面影を残していた。
だが、その瞳には、かつての"人間らしい輝き"はなかった。
神崎は、静かに拳銃を握る手に力を込めた。
「……玲奈、お前は"本当に玲奈"なのか?」
玲奈は、穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「私は神崎玲奈。"あなたの知る玲奈"の記憶を持っています」
柚葉が息を呑む。
「じゃあ……先生のことも覚えてるんですか?」
玲奈はゆっくりと頷いた。
「ええ。蓮司は、いつも私のことを守ってくれました」
「……なら、なぜこんなことに?」
神崎の声が、低くなる。
玲奈の笑みが、ほんのわずかだけ揺らいだ。
「……"私の意思"ではありませんでした」
神崎は、深く息を吐き出した。
——玲奈は"自らの意思"でここにいるのではない。
——彼女は、"作り変えられた存在"なのだ。
「……10年前、お前は誘拐された。それは、M.I.プロジェクトのためだったんだな?」
「……そうです」
玲奈の目が、一瞬だけ悲しげな色を帯びる。
「私は……"適合者"だった」
「適合者?」
神崎の眉がわずかに動く。
「"意識統合の実験"に成功した"最初の被験者"。それが、私……神崎玲奈です」
柚葉が震えた声で呟く。
「そんな……玲奈さんの記憶は、本当に"玲奈さんのもの"なんですか?」
玲奈は、静かに目を伏せた。
「……それは、私自身もわかりません」
——玲奈が本当に"玲奈"なのか、彼女自身が疑問を持っている。
神崎は、拳銃を下ろし、ゆっくりと前へと進んだ。
「玲奈、お前は"どうしたい"?」
玲奈の目が、一瞬だけ揺れた。
「……?」
「俺がここに来たのは、お前を"救う"ためだ。……だが、"救われたい"かどうかを決めるのは、お前自身だ」
玲奈は、神崎をじっと見つめた。
そして、静かに——
「……私を、終わらせてください」
柚葉が息を呑む。
「そんな……!」
神崎の拳が、わずかに震えた。
——玲奈は、自分の存在を"否定"しようとしている。
「お前は……"生きる"ことを望まないのか?」
玲奈は、微笑んだまま答えた。
「私は……"本当の私"ではありません」
「それでも、"お前はお前だ"」
神崎の声が、わずかに震える。
「……お前が、玲奈であることに、何の疑いもない」
玲奈は、そっと目を閉じた。
「……蓮司。あなたは、変わりませんね」
——この選択をどうするか。
神崎は、最後の決断を下さなければならなかった。
第5幕 逃亡
午前10時00分 黎明機関・中央制御室
玲奈は、静かに神崎を見つめていた。
「……私を、終わらせてください」
その言葉は、まるで"静かな祈り"のようだった。
柚葉が、隣で息を呑む。
「そんな……! 玲奈さん、何を言って……?」
神崎は、銃を下ろしたまま玲奈を見つめる。
「……お前は"死にたい"のか?」
玲奈は微笑みながら、静かに首を振る。
「いいえ。"死にたい"わけではありません」
「じゃあ、なぜ"終わらせてほしい"なんて言う?」
玲奈は、一瞬だけ視線を落とした。
「……私は、"私であって、私でない"からです」
神崎の胸に、微かな痛みが走る。
——玲奈が"自分が何者なのか"を見失っている。
——そして、その理由は、"10年前の事件"にあるはずだ。
だが——今、神崎には彼女を"終わらせる"という選択をすることができなかった。
「……俺には、お前を殺す理由がない」
玲奈の目が、少し揺れる。
「でも、私は"このまま生き続けていい存在"では——」
「誰が決めた?」
神崎の低い声が、玲奈の言葉を遮った。
「お前が"生きている"以上、それをどうするかを決めるのはお前自身だ」
玲奈は、しばらく沈黙した後、静かに微笑んだ。
「……蓮司は、変わりませんね」
その時——
——警報が鳴り響いた。
「っ……!?」
モニターに、**"警備部隊、到着まで2分"**という文字が表示される。
神崎が歯を食いしばる。
「……ちっ、ここを出るぞ!」
柚葉が不安げに玲奈を見つめる。
「玲奈さんも、一緒に!」
だが、玲奈はゆっくりと首を振った。
「私は、行きません」
「な、なんで!? ここにいたら——」
神崎は、一瞬だけ玲奈を見つめ——そして、理解した。
——彼女は、"自らの意思でここに残ることを選んだ"。
玲奈は、静かに言う。
「……私は、まだ"確かめなければならないこと"があります」
「確かめる……?」
「"私は本当に玲奈なのか"——その答えを、ここで見つける必要があるんです」
柚葉が、必死に彼女の腕を掴もうとする。
「そんなの、一緒に探せばいいじゃない!」
玲奈は、優しく柚葉の手を取る。
「……ありがとう。でも、今はまだ、私は"行くべき時じゃない"」
神崎は、奥歯を噛みしめた。
「……玲奈」
玲奈は、まっすぐに神崎を見つめる。
「蓮司……"あなた自身の答え"を見つけてください」
——神崎自身の答え。
玲奈は、まるで"彼が迷っている"ことを見抜いたかのように言う。
「"玲奈のために"ではなく、"神崎蓮司自身のために"」
神崎は、言葉を失った。
——"自分自身のために"。
10年間、玲奈を追い続けてきた。
だが、それは"本当に玲奈のため"だったのか?
——それとも、"自分が過去を納得するため"だったのか?
答えは、まだ出ない。
だが——今は、玲奈をここに残さざるを得なかった。
「……わかった」
神崎は、拳を握りしめながら言った。
「必ず、また来る。そん時は——"お前自身の意思"を聞かせろ」
玲奈は、少しだけ微笑んだ。
「……はい」
神崎は柚葉の手を引き、出口へと走った。
午前10時10分 黎明機関・地上
警備部隊が迫る中、神崎と柚葉は施設の裏口から脱出した。
背後で、扉が重々しく閉まる。
柚葉は、肩で息をしながら神崎を見上げる。
「……先生、これでよかったんですか?」
神崎は、タバコをくわえ、静かに夜空を見上げた。
「……"今は"、これでいい」
玲奈は、自分の意思で施設に残った。
そして、神崎は"玲奈を助ける"という考えに、まだ迷いを抱えていた。
——俺は、本当に玲奈を助けたかったのか?
——それとも、俺自身の"過去"を納得させるために追っていたのか?
答えは、まだ出ない。
だが——今、神崎には"自分自身の過去"と向き合う必要があった。
「……柚葉、俺の過去を話そう」
柚葉が驚いたように目を見開く。
「先生の……過去?」
神崎は、タバコの煙を吐き出しながら、静かに語り始めた。
「10年前、俺は玲奈を守れなかった。……そして、それが原因で"もう一人"の人間を失った」
柚葉は、息を呑む。
——神崎蓮司の"過去"。
玲奈を探し続けることになった"本当の理由"とは何だったのか?
——探偵が最後に向き合うべき"真実"とは?
第6幕 神崎蓮司の過去
午前11時 新宿・神崎探偵事務所
黎明機関からの脱出を果たした神崎と柚葉は、事務所に戻っていた。
柚葉は、コーヒーを飲みながらも、落ち着かない様子で神崎を見つめている。
「……先生、さっき"もう一人"って言いましたよね?」
神崎は、タバコをくわえながら、静かに目を閉じた。
——あの日の記憶が、蘇る。
「……10年前、俺は"玲奈を守ることができなかった"」
柚葉が息を呑む。
神崎は、ゆっくりと語り始めた。
10年前——"あの日"の出来事
10年前の冬。
神崎蓮司は、まだ"探偵"ではなかった。
大学に通いながら、ある法律事務所でインターンをしていた。
——そして、彼には二人の大切な存在がいた。
一人は、妹・神崎玲奈。
もう一人は——
「……蓮司、もっとしっかりしなさいよ」
"夏目綾乃"。
彼女は、神崎の大学の同級生であり、幼馴染でもあった。
玲奈の面倒をよく見てくれていた"姉のような存在"だった。
綾乃は、当時から頭の切れる女性で、将来は弁護士を目指していた。
玲奈も、彼女のことを慕っていた。
——だが、その"日常"は、ある事件によって壊れた。
10年前——玲奈の失踪
ある日の夜。
玲奈は、突然姿を消した。
最初はただの迷子かと思われた。
だが、警察が捜索を進めるうちに、"ある不可解な事実"が浮かび上がった。
——玲奈は、自らの意思で姿を消したのではなく、"何者かに連れ去られた"。
それがわかったのは、綾乃が"ある情報"を掴んだからだった。
「……玲奈ちゃんのこと、橘財団が関わってるかもしれない」
神崎は、彼女の言葉を聞いた時、頭が真っ白になった。
「玲奈が、なんで財団に……?」
綾乃は、当時ある法律事務所でインターンをしていた。
その事務所は、企業法務を専門としており、橘財団とも関わりがあった。
——そして、彼女は"ある機密ファイル"を手に入れた。
そこには、**「M.I.プロジェクト・第一被験者:R-01(神崎玲奈)」**と記されていた。
玲奈は、"実験のために連れ去られた"のだ。
神崎は、激しい怒りに駆られた。
「……財団が、玲奈を……?」
「私が見つけた情報だと、玲奈ちゃんは"ある施設"に移送される予定みたい」
——黎明機関の前身となる施設、第六ラボ。
綾乃は、玲奈を助けるために動き出そうとした。
だが——
その夜、彼女は"事故"に遭った。
10年前——もう一人の喪失
玲奈の手がかりを掴んだ数時間後。
綾乃は、何者かによって"狙われた"。
彼女は、夜道を歩いている最中に不審な車に轢かれ、即死した。
——"偶然"ではなかった。
——"消された"のだ。
玲奈を助けようとしたことが、彼女の死を招いた。
そして、神崎は"何もできなかった"。
現在——神崎の告白
「……それが、"俺の過去"だ」
神崎は、深くタバコを吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
柚葉は、震える声で呟く。
「……先生……そんなことが……」
「玲奈を救えなかった。そして、綾乃まで失った」
神崎は、微かに笑った。
「……その時、俺は誓ったんだ。"真実を暴く側の人間になる"ってな」
——"探偵"になった理由。
それは、玲奈を救うためだけではない。
"綾乃が追った真実を、俺が引き継ぐため"だった。
柚葉の目に、涙が浮かぶ。
「先生……じゃあ、玲奈さんを見つけることは……綾乃さんの意志を継ぐことなんですね」
神崎は、静かに目を閉じる。
「……ああ。だが、"玲奈を救うべきかどうか"、まだ迷ってる」
「……なんで?」
「"今の玲奈"は、"俺が知っている玲奈"じゃないかもしれない」
玲奈は、"新たな存在"として作られた。
彼女を救うことが、本当に"玲奈にとっての救い"なのか——。
神崎は、まだその答えを出せずにいた。
柚葉は、涙を拭いながら、まっすぐに神崎を見つめる。
「先生……私は、玲奈さんを助けてほしいです」
神崎は、柚葉の目を見つめる。
「……理由は?」
「玲奈さんは、先生に"決めてほしい"って言いました。でも、それって本当は"迷ってる"からじゃないですか?」
神崎の眉が、わずかに動く。
「……」
「玲奈さんは"選択を委ねる"ことで、"自分の存在を誰かに認めてもらいたい"んです。先生が玲奈さんを受け入れない限り、彼女は"自分が誰なのか"を見つけられない」
神崎は、少しだけ笑った。
「……お前、成長したな」
柚葉は、笑いながら答える。
「先生に鍛えられましたから」
神崎は、タバコを消し、新しい銃弾を装填する。
「……決めた。玲奈を"取り戻す"」
柚葉の顔が、ぱっと明るくなる。
——決着をつける時が来た。
玲奈を救うのか、それとも——。
名探偵・神崎蓮司、最後の選択が迫る。
第7幕 最後の真実
午前11時30分 新宿・神崎探偵事務所
神崎は、机の上に並べた資料を静かに見つめていた。
——黎明機関。
——M.I.プロジェクト。
——神崎玲奈の意識統合実験。
すべての答えは、すでに目の前に揃っている。
10年前に消えた妹・玲奈。
それを追った幼馴染・夏目綾乃の死。
そして、今なお続く"実験の残滓"。
——神崎蓮司は、最後の決断を下す時が来た。
柚葉は、隣で真剣な表情をしていた。
「先生……本当に、玲奈さんを助けに行くんですね?」
神崎は、静かに頷いた。
「……ああ。"玲奈を取り戻す"」
10年間抱え続けた迷いを、ここで終わらせる。
玲奈が、"誰"なのかを決めるのは、もう研究者や財団の人間じゃない。
彼女自身が決めるべきことだ。
「だが、"連れ戻す"だけが答えじゃない」
柚葉が、不安げに神崎を見つめる。
「どういうことですか?」
神崎は、静かにタバコに火をつけた。
「"玲奈が本当に望むもの"を、俺自身が見極める」
玲奈を救うか、玲奈を終わらせるか。
それは、"玲奈自身の意思"によって決まる。
「……行くぞ。最後の決着をつける」
午後10時 黎明機関・最深部
施設に戻った神崎と柚葉は、再び地下へと向かっていた。
——そこに、玲奈がいる。
研究施設の最深部にある"意識統合室"。
神崎は、迷うことなく扉を押し開けた。
——そこには、玲奈がいた。
白いワンピースをまとい、静かに立っている。
その瞳は、何かを"悟ったような"光を宿していた。
柚葉が、玲奈の方へ駆け寄る。
「玲奈さん……!」
玲奈は、微笑みながら柚葉を見つめた。
「……柚葉さん、来たんですね」
神崎は、一歩前に出る。
「玲奈……お前を迎えに来た」
玲奈は、静かに目を伏せる。
「……それは、あなたの意思ですか?」
神崎は、タバコの煙を吐き出した。
「いや。"お前の意思"を確かめに来た」
玲奈は、ゆっくりと神崎を見つめた。
そして——
「私を、終わらせてください」
柚葉が息を呑む。
「そんな……!」
神崎は、静かに玲奈を見つめ続ける。
「……本気で言ってるのか?」
玲奈は頷いた。
「私は、"神崎玲奈"ではありません。"神崎玲奈の記憶を持つ存在"です」
——玲奈は、自分の存在を"否定"している。
神崎の胸に、鋭い痛みが走る。
玲奈を連れ戻すことが、彼女の救いになるのか?
それとも、彼女の望みを受け入れるべきなのか?
——神崎蓮司の最後の選択が、ここに突きつけられた。
第8幕 救済
午後10時15分 黎明機関・最深部
玲奈は、静かに神崎を見つめていた。
「私を、終わらせてください」
その言葉は、あまりにも穏やかで、残酷だった。
柚葉が涙を浮かべながら叫ぶ。
「そんなの、ダメ……! 玲奈さんは、先生の大切な人なんでしょう!? だったら、どうして……!」
玲奈は、微笑んだまま首を振った。
「"神崎玲奈"という存在は、もうこの世界にはいないんです」
神崎は、タバコをくわえ、ゆっくりと煙を吐き出した。
——彼は、10年もこの"答え"を探し続けてきた。
10年間、玲奈を追い続けた。
その過程で、柚葉や美咲と出会い、多くの事件を解決してきた。
そして、今ここで、"玲奈を終わらせる"か、"玲奈を救う"かの選択を迫られている。
だが、神崎には、すでに"答え"が出ていた。
——玲奈は、まだ生きている。
たとえ"作られた存在"だったとしても、彼女がここにいるという事実は変わらない。
「玲奈、お前は"死にたい"のか?」
玲奈は、少し驚いたように神崎を見つめた。
「……?」
「"終わらせてください"なんて言うが、それは"自分の意思"か?」
玲奈は、言葉を詰まらせた。
神崎は、目を細めながら続ける。
「お前は"誰かにそう言うように仕向けられてる"だけじゃないのか?」
玲奈の目が、大きく揺れる。
柚葉が、玲奈の手を握りしめた。
「玲奈さん、"生きたい"って言っていいんだよ!」
玲奈の唇が、わずかに震える。
「……でも、私は……」
「"お前が誰か"なんて、もうどうでもいい」
神崎は、玲奈の目をまっすぐに見据えた。
「"お前自身がどうしたいか"を考えろ」
玲奈の体が、小さく震え始める。
——"私は、生きていいのか?"
神崎は、迷いなく言った。
「お前は、"神崎玲奈"だ。それ以外の何者でもない」
玲奈の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「……私……」
柚葉が、玲奈を強く抱きしめる。
「生きよう、玲奈さん」
玲奈の肩が、震えた。
そして——
「……私、"生きたい"」
神崎は、タバコを消し、静かに微笑んだ。
「なら、行くぞ」
玲奈は、涙を拭いながら、小さく頷いた。
——"神崎玲奈"は、ここで生きることを選んだ。
神崎は、玲奈と柚葉を守るように前に立ち、施設の出口へと向かう。
午後10時30分 黎明機関・脱出
だが——その時。
警報が鳴り響いた。
「……っ、ちっ……!」
——施設の奥から、黒服の私設部隊が迫ってくる。
神崎は、拳銃を構えた。
「行くぞ、柚葉、玲奈!」
玲奈は、不安げに神崎を見つめる。
「……本当に、私なんかを連れて行っていいんですか?」
「"なんか"じゃない。"お前が生きると決めた"んだ」
玲奈は、涙を拭い、神崎の背中を追った。
——最後の脱出戦が始まる。
第9幕 決着
午後10時30分 黎明機関・最深部
施設全体に警報が鳴り響く中、神崎、柚葉、玲奈の三人は、地上への脱出ルートを探していた。
背後では、黒服の私設部隊が迫っている。
——橘龍司の私設部隊か、それとも"別の勢力"か。
神崎は、拳銃の弾倉を確認しながら、玲奈を守るように前へ立った。
「玲奈、柚葉、後ろにつけ」
柚葉は、玲奈の手を握りしめながら、強く頷いた。
「……先生、どうするんですか?」
神崎は、タバコをくわえながら冷静に答える。
「"正面突破"するしかない」
柚葉が驚いた顔をする。
「そ、それってつまり……!」
「撃ち合いだ」
その瞬間——
——パンッ! パンッ!
乾いた銃声が廊下に響く。
私設部隊が、先制攻撃を仕掛けてきた。
——だが、神崎は迷わず応戦する。
——パンッ!
——一発、二発。
——そして、三発目。
確実に相手の動きを止め、三人は走る。
「……くそ、どこまでいるんだ」
神崎は、制御パネルを見つけ、素早く施設の非常扉を開放するコマンドを打ち込んだ。
——カチッ!
——警報音が変わる。施設のセキュリティが、一時的に解除される。
柚葉が驚いた顔で神崎を見つめる。
「先生……!」
「今がチャンスだ、行くぞ!」
午後10時45分 黎明機関・地上階層
出口が見えた。
だが——
——すでに外には数台の黒塗りの車が待機していた。
神崎は舌打ちする。
「……やはりか」
そして、車のドアが開き、一人の男が降りてくる。
柚葉が息を呑む。
「……橘龍司!」
神崎は、拳銃を下ろさずに彼を見据えた。
「……"俺たちを見逃す"って話じゃなかったのか?」
橘龍司は、微かに笑いながら答える。
「私は、あなたたちを止めるつもりはありません」
「……なら、この包囲は何だ?」
「"彼ら"は、私の部下ではありませんよ」
その瞬間、別の車が止まり、もう一人の男が現れた。
——"財団の最高評議員"、橘龍司の上に立つ者。
柚葉が震える声で呟く。
「誰……?」
橘龍司は、静かに言った。
「……"橘会長"。私の父、橘秀明です」
神崎の眉がわずかに動く。
「……財団の"本当の支配者"ってわけか」
橘秀明は、静かに神崎を見つめた。
「……君が、"神崎蓮司"か」
落ち着いた声。
だが、その眼光は鋭く、計算され尽くした冷酷さを感じさせる。
——"M.I.プロジェクトの黒幕"が、ついに姿を現した。
午前11時00分 対峙
冷たい空気が流れる。
神崎は、静かにタバコの煙を吐き出した。
「さて……俺たちをどうするつもりだ?」
橘秀明は、笑いながら答える。
「"玲奈を返してもらおう"」
柚葉が驚き、玲奈を庇うように立つ。
「そんなの、絶対にダメです!」
玲奈もまた、少し震えながら神崎を見つめた。
「……蓮司」
神崎は、玲奈の頭を軽く撫でると、ゆっくりと前へと歩み出た。
「悪いが、"こいつは渡さない"」
橘秀明は、まったく表情を変えずに言う。
「……君に、"玲奈を守れる"のか?」
神崎の目が鋭く光る。
——"10年前の後悔"は、もうしない。
——今度こそ、玲奈を"救う"と決めたのだから。
神崎は、微かに笑いながら答えた。
「守れるさ。"俺が探偵だから"な」
そして——
——決戦が始まる。
第10幕 最後の戦い
午前11時10分 黎明機関・地上階層
冷たい風が吹き抜ける中、名探偵・神崎蓮司と、財団の支配者・橘秀明が対峙していた。
玲奈は、柚葉に守られるように後ろに立っている。
そして、周囲を取り囲む黒服の私設部隊——財団の"最後の障壁"。
——これが、本当の"決着"だった。
橘秀明は、静かに神崎を見つめながら言う。
「君が"探偵"であることは、すでに調べがついている」
「なら話は早い。俺たちをここから通すか、それとも"戦う"か」
神崎は、タバコの煙を吐きながら、拳銃のグリップを握る。
橘秀明は、ゆっくりと微笑んだ。
「"玲奈は、財団の成果だ"」
玲奈の手が、小さく震える。
神崎の目が鋭く光る。
「……玲奈は"物"じゃない」
「だが、"人間"でもない」
橘秀明は、冷たい視線を玲奈に向けた。
「"神崎玲奈"という存在は、もはや過去のものだ。"新しい玲奈"は、我々の管理下にある」
柚葉が声を荒げる。
「そんなのおかしい! 玲奈さんは"自分で生きる"って決めたのに!」
玲奈は、神崎を見つめながら、小さく呟いた。
「……蓮司」
神崎は、一瞬だけ玲奈を見た後、静かに前へと歩み出る。
「橘会長、俺はこれ以上、あんたの"論理"を聞く気はない」
「……なら?」
神崎は、銃を抜き——
——次の瞬間、戦いが始まった。
午前11時15分 激戦
——パンッ!
神崎の銃弾が、一人の黒服の足元を撃ち抜く。
同時に、私設部隊が一斉に動き出した。
「撃て!」
——パンッ! パンッ! パンッ!
——銃声が飛び交う。
神崎は、玲奈と柚葉を守るように立ち回りながら、敵の攻撃をかわす。
——だが、相手は多い。
「柚葉、玲奈、伏せろ!」
柚葉が玲奈の手を引き、物陰へと隠れる。
「先生……!」
神崎は、冷静に敵の動きを見極めながら、確実に撃ち返す。
——パンッ!
——一発、二発。確実に相手を無力化していく。
だが——
——カチッ。
弾切れ。
神崎は舌打ちし、素早く拳銃をホルスターに戻す。
その時——
——目の前に、一人の男が迫っていた。
銃口が、神崎に向けられる。
——そして、引き金が引かれた。
——パンッ!
だが、その瞬間——
——銃弾が、"別の何か"に当たった音がした。
神崎が驚いて振り向くと、玲奈が、自分の前に立っていた。
——彼女が、神崎を庇ったのだ。
柚葉が叫ぶ。
「玲奈さん!!」
玲奈は、肩を押さえながら、微笑んだ。
「……蓮司は、"私を救う"って言ったんじゃないですか?」
神崎の表情が、苦痛に歪む。
——玲奈は、"自分が生きている意味"を探していた。
——それを証明するために、彼女は神崎を庇ったのだ。
「……バカが」
神崎は、玲奈を抱きかかえながら、銃を奪った男を殴り倒した。
そして——
「……終わりだ、橘会長」
神崎は、橘秀明に向き直る。
——そして、銃を突きつけた。
午前11時30分 決着
静寂が戻る。
黒服の私設部隊は、すべて無力化された。
神崎は、橘秀明に銃を向けたまま、静かに言う。
「"玲奈を連れて行く"。それで手を引け」
橘秀明は、しばらく神崎を見つめていた。
そして——
「……なるほど、君が"探偵"である理由が、今わかったよ」
彼は、ゆっくりと両手を上げた。
「……好きにしろ」
柚葉が息を呑む。
「……本当に?」
「……私の計画は、すでに"失敗"した。玲奈が"神崎蓮司を選んだ"時点でね」
神崎は、玲奈を支えながら、ゆっくりと歩き出した。
「……行くぞ」
玲奈は、微かに微笑んだ。
「……はい」
こうして——
"神崎玲奈は、神崎蓮司に救われた"。
——最後の戦いは、ここに終わった。
最終幕 名探偵の帰還
午後2時 新宿・神崎探偵事務所
事件が終わった。
——玲奈は、救われた。
——M.I.プロジェクトは、完全に終焉を迎えた。
——橘財団は、闇に沈んだ。
神崎は、窓の外をぼんやりと眺めながら、静かにタバコをくゆらせていた。
玲奈は、今事務所の奥で眠っている。
柚葉は、彼女のそばに付き添っていた。
10年間、追い続けた事件。
それが、今ようやく終わりを迎えた。
——なのに、どこか虚しさが残るのはなぜだろうか。
神崎は、灰皿にタバコを押しつけると、静かに目を閉じた。
10年前——"最後の記憶"
冬の夜。
神崎は、病室の外で立ち尽くしていた。
——病室の中には、血まみれの玲奈がいた。
彼女は、意識が朦朧としながらも、兄の方を見て、微笑んでいた。
「……蓮司、お兄ちゃん」
神崎は、必死に手を伸ばした。
「玲奈……待ってろ! すぐに助ける……!」
——だが、その瞬間、警報が鳴り響き、扉が閉ざされた。
玲奈の姿が、暗闇に飲まれるように消えていく。
「蓮司……ありがとう……」
最後に聞こえたのは、静かな微笑みとともに囁かれた言葉だった。
そして——
——玲奈は消えた。
現在——名探偵の決断
「先生……」
柚葉の声が、神崎を現実へと引き戻した。
振り返ると、柚葉が玲奈を支えながら立っていた。
玲奈は、まだ完全に回復していないが、どこか穏やかな表情をしていた。
「……ありがとう、蓮司」
神崎は、玲奈をじっと見つめる。
「これから、どうする?」
玲奈は、少しだけ考えた後、微笑んだ。
「私は、"普通の人生"を生きてみたい」
神崎の口元が、微かに緩む。
「それが、お前の選択か」
玲奈は、小さく頷いた。
「……うん」
神崎は、タバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。
——これで、本当に終わりだ。
——10年間の追跡が、ようやく幕を閉じた。
柚葉が、微笑みながら玲奈の肩を支える。
「玲奈さん、これからは私たちと一緒に過ごしましょう」
玲奈は、少し驚いたように柚葉を見つめ、やがて微笑んだ。
「……うん」
神崎は、そんな二人のやりとりを見届けると、静かに目を閉じた。
——探偵としての役割は、ここで終わる。
——だが、名探偵・神崎蓮司の物語は、まだ続いていく。
神崎は、窓の外を眺めながら、最後のタバコを吸い終えた。
そして——
——「次の依頼人を待つか」
彼は、静かに微笑んだ。
エピローグ 終わりと始まり
数週間後。
神崎探偵事務所では、柚葉と玲奈が談笑していた。
玲奈は、普通の生活を取り戻しつつあった。
柚葉もまた、探偵助手として成長していた。
そして、神崎はいつものように、静かにタバコを吸いながら新聞をめくっていた。
——探偵の仕事に、終わりはない。
だが、今日だけは、少しだけ穏やかな時間が流れていた。
玲奈と柚葉の笑い声が響く。
神崎は、それを聞きながら、微かに微笑んだ。
——名探偵・神崎蓮司の物語は、ここで幕を閉じる。
だが、彼の人生は、まだ続いていく——。
【完】
これにて終わりです。ありがとうございました。