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東京クロニクル4 —— 名探偵・神崎と少女助手の失われた血脈3

 第17幕 最後の手がかり


 午前8時 東京都内・第六ラボ跡地

 ——"本物の美咲"は、まだどこかにいる。


 その痕跡が残されているのが、橘財団・旧研究施設"第六ラボ"。

 すでに閉鎖されたはずのその場所には、まだ何かが隠されている可能性があった。


 神崎と柚葉は、都内の外れにある廃墟のような施設の前に立っていた。


 コンクリートの壁はひび割れ、鉄製のゲートには"立入禁止"の文字が残っている。

 しかし、柚葉がじっと施設を見つめながら呟いた。


「……ここ、本当に"もう使われてない"んでしょうか?」


 神崎はポケットから双眼鏡を取り出し、周囲を観察する。


「少なくとも"公式には"な」


 しかし——施設の裏手に監視カメラが動いているのを見つけた。


 ——誰かが、この場所をまだ管理している。


「中に"何か"が残されているのは確実だな」


 神崎は素早くフェンスを乗り越え、柚葉に手を差し出した。


「行くぞ」


 柚葉は頷き、神崎の手を掴んでフェンスを越えた。


 午前8時30分 第六ラボ・地下階層

 施設内部は埃にまみれ、廃墟と化していた。

 しかし、神崎はすぐに地下へ続く通路を見つける。


「こっちだ」


 二人は慎重に階段を降り、地下フロアへと足を踏み入れた。


 そこには大型のコンピューター端末が並ぶ制御室があった。


 ——そして、部屋の奥に、一つの小型のカプセルがあった。


 柚葉が驚いた声を上げる。


「……これは……?」


 カプセルの内部には、微かに白い煙が立ち込めている。


 神崎は慎重に端末を起動し、データを検索する。


 ——『被験者 M-02(橘美咲)』


 柚葉が息を呑んだ。


「美咲ちゃん……ここにいたの?」


 神崎は冷静にファイルを開き、その内容を確認する。


 『M-02(橘美咲):意識保存状態に移行。

 "新しい記憶の統合"完了後、施設Zへ移送予定。』


「……意識保存?」


 神崎の頭の中で、すべてのピースがつながり始める。


「おそらく、"本物の美咲"の意識はここで保存されていた。だが、"別の体"に統合する計画が進められていた……」


 柚葉の顔が青ざめる。


「じゃあ、"施設Zの美咲"は……」


「"本物の美咲の意識"を持たない、新たに作られた存在だったんだ」


 神崎はUSBメモリを取り出し、データを保存しようとする。


 しかし——その瞬間、背後から銃声が響いた。


 ——パンッ!


 コンピューターの画面が弾丸で粉々に砕ける。


「っ……!」


 柚葉が悲鳴を上げ、神崎は素早く彼女を庇いながら身を伏せた。


 ——廊下の奥から、黒いスーツを着た男たちが現れる。


 その中心に立っていたのは——


 橘龍司。


「やはり、来ましたか」


 神崎は柚葉を守るように立ち上がり、タバコをくわえながら橘龍司を見据えた。


「……やはり、ここにいたんですね」


「当然です。"最後の真実"を隠していたのですから」


 橘龍司は静かに歩み寄りながら、続ける。


「M.I.プロジェクトの目的……それは、"本物の美咲"を残すことではなかった」


 柚葉が息を呑む。


「……じゃあ、一体何のために?」


 橘龍司は、ゆっくりと笑った。


「"理想的な存在"を作るためです」


 神崎の眉がわずかに動く。


「理想的な存在……?」


「"美咲"という名前の少女は、最初から"実験のための個体"に過ぎなかったのです」


「……!」


 柚葉が怒りに震える。


「そんなの……ふざけないで! 美咲ちゃんは"実験体"なんかじゃない!」


 橘龍司は微笑んだまま、静かに言った。


「では、あなたは何者ですか?」


 柚葉の目が見開かれる。


「……え?」


「あなたは、本当に"桜井柚葉"なのですか?」


「それは……私は……」


 神崎は一歩前に出て、低く言った。


「柚葉は柚葉だ。それで十分だろう」


 橘龍司は面白そうに笑う。


「なるほど……では、あなた方には"選択"をしてもらいましょう」


 彼は指を鳴らした。


 すると——奥の扉が開き、一人の少女が現れた。


 柚葉の目が大きく見開かれる。


「……美咲……?」


 施設Zで見た"美咲"と、まったく同じ顔の少女。


 だが、その表情には、わずかな"感情の光"が宿っていた。


 神崎は鋭く橘龍司を見据える。


「……これは、どういうことです?」


 橘龍司はゆっくりと告げる。


「この少女が"本物の美咲"です」


 柚葉は思わず一歩前に踏み出す。


「……嘘……」


「あなたたちが出会った"美咲"は、単なるコピーに過ぎません。……だが、"ここにいる美咲"は"意識を統合された存在"なのです」


 神崎は、柚葉を守るように彼女の肩を引く。


「……お前は"本物の美咲"をどこまで弄ぶつもりだ?」


 橘龍司は静かに笑う。


「それを決めるのは、あなたたちですよ」


 ——"本物の美咲"は、今ここにいるのか?


 ——それとも、すべては"作られた存在"なのか?


 最後の選択が、今、目の前に突きつけられた——。


 第18幕 選択の時


 午前8時45分 東京都内・第六ラボ 地下階層

 重苦しい沈黙が、空気を支配していた。


 神崎は、柚葉の肩に手を置きながら、目の前の少女を見つめていた。


 ——本物の美咲。


 そう紹介された少女は、柚葉と瓜二つの顔をしていた。

 だが、施設Zで出会った"美咲"とは違い、その瞳には感情の光が宿っていた。


 柚葉は、震える声で呟く。


「……美咲ちゃん……なの?」


 少女はゆっくりと柚葉を見つめ、静かに口を開いた。


「……桜井柚葉?」


 柚葉の肩がピクリと揺れる。


「……うん、そうだよ」


 少女の表情に、一瞬だけ懐かしさのようなものが浮かんだ。


 だが、すぐに不安げに目を伏せる。


「……でも、私は"本物の美咲"なの……?」


 その言葉に、神崎の背筋が冷えた。


 ——彼女自身が、自分の"存在"に疑問を抱いている。


 神崎はタバコをくわえ、ゆっくりと橘龍司を見据える。


「……どういうことです?」


 橘龍司は静かに笑いながら、答えた。


「彼女の記憶は、"二人の美咲"のデータを統合したものです」


 柚葉が息を呑む。


「二人の……?」


「ええ。"桜井美咲"と"橘美咲"、それぞれの記憶の断片を組み合わせ、新しい"美咲"を作り上げた」


 神崎は目を細めた。


「つまり、この"美咲"は——二人の美咲の融合体ということですか?」


「正確には、"より完全な美咲"と言うべきでしょう」


 橘龍司は、まるで"理想の実験結果"を誇るような口調で続ける。


「彼女は、"どちらでもあり、どちらでもない"存在。あなたたちは、"彼女を本物と認める"のですか?」


 神崎は、静かにタバコの煙を吐き出した。


「……選択を迫るつもりですか?」


 橘龍司は冷笑を浮かべる。


「これは、あなた方の"結論"のための試練ですよ」


 ——本物の美咲は、どこにもいないのか?


 ——それとも、"ここにいる美咲"こそが、求めていた存在なのか?


 柚葉は、唇を噛みしめながら、目の前の少女を見つめる。


「……美咲ちゃんは……どうしたいの?」


 少女は、静かに柚葉を見つめ返した。


 その瞳には、確かに"迷い"があった。


 ——彼女は、自分が"誰なのか"わからない。


 そして、その"答え"を柚葉たちに委ねようとしている。


 神崎はポケットから新しいタバコを取り出し、ゆっくりと火をつけた。


「……選択は、お前のものだ」


 柚葉が驚いたように顔を上げる。


「先生……?」


「お前が、美咲を"誰"として受け入れるのか——それを決めるのは、俺じゃない」


 柚葉は、一瞬戸惑ったような表情を見せた。


 だが、やがて目を閉じ、深く息を吸った。


 そして——目の前の少女に向き直る。


「……美咲ちゃん」


 少女が、少し怯えたように柚葉を見つめる。


「……なに?」


 柚葉は、優しく微笑んだ。


「私は、"あなた"を"美咲ちゃん"だと思うよ」


 少女の目が、大きく揺れた。


「……私が……美咲……?」


「うん。たとえ、"二人の美咲の記憶"が混ざっていたとしても——"あなたは、あなた"なんだよ」


 少女の瞳が、初めて"涙の色"を映す。


「……わたしは……"生きててもいい"の?」


 柚葉は、強く頷いた。


「もちろんだよ、美咲ちゃん!」


 少女の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


 その様子を見ながら、神崎は静かに目を閉じた。


 ——柚葉は、美咲を"受け入れる"ことを選んだ。


 橘龍司は、それを見届けると、ゆっくりと息を吐いた。


「……なるほど、あなたたちの"答え"は、それですか」


 神崎は、橘龍司をじっと見つめる。


「もう終わりだ。お前の"計画"は、ここで終わる」


 橘龍司は、しばらく沈黙していた。


 しかし、やがて小さく笑う。


「……ふふ、いいでしょう。"M.I.プロジェクト"は、これで完了です」


 そして——彼は、端末に手を伸ばし、あるキーを押した。


 ——施設の非常警報が鳴り響く。


「くそっ!」


 神崎は即座に柚葉と美咲の手を引き、出口へと向かう。


 ——だが、その瞬間。


 施設の奥から、"別の黒服の男たち"が現れた。


 柚葉が息を呑む。


「な、何……!?」


 橘龍司は、ゆっくりと笑みを浮かべながら言った。


「……"あなたたちがこの真実を持ち帰ること"は許されません」


 神崎はすぐに周囲の状況を確認し、低く呟く。


「……やはり、そう簡単には終わらないか」


 ——このままでは、ここから脱出できない。


 ——"最後の決着"が、ここでつけられる。


 神崎はタバコを指で弾き、冷静な目をしたまま、橘龍司を見据えた。


「……だったら、"こっちのやり方"で終わらせるしかないな」


 第19幕 最後の決着


 午前9時 第六ラボ 地下階層

 警報が鳴り響く中、神崎は素早く状況を確認した。


 ——黒服の男たちが廊下を塞ぎ、逃げ道をふさいでいる。

 ——柚葉と"本物の美咲"は背後にいる。

 ——橘龍司は余裕の表情で、それを見守っている。


 ……戦うか、逃げるか。


 神崎は素早くタバコを消し、低く呟いた。


「柚葉、美咲……ここから出るぞ」


 柚葉は美咲の手を握りしめながら、緊張した面持ちで頷いた。


「でも、どうやって……!?」


「"正面突破"しかないな」


 神崎はジャケットの内ポケットから小型の閃光弾を取り出す。


 ——ピンを抜き、床へと投げつけた。


 ——バンッ!!


 強烈な閃光が廊下を覆い、黒服の男たちが一瞬怯む。


「今だ!」


 神崎は柚葉と美咲の腕を引き、一気に駆け出した。


 午前9時10分 第六ラボ・地上階層

 ——廊下を抜け、地上階へと駆け上がる。


 しかし、すぐに警備システムが作動し、鉄製のシャッターが降り始めた。


「先生! もうすぐ閉まります!」


 柚葉が叫ぶ。


 神崎はすぐに状況を判断し、"最後の手段"を選んだ。


 ——シャッターが完全に閉じる前に、拳銃を抜き、制御盤を撃ち抜く。


 ——バチバチッ!!


 火花が散り、シャッターが停止する。


「行くぞ!」


 三人は隙間を潜り抜け、なんとか地上へと脱出した。


 しかし——


 ——施設の正面には、すでに複数の黒塗りの車が待ち構えていた。


 ——さらに、銃を構えた橘財団の私設部隊が展開されていた。


 柚葉が息を呑む。


「……逃げ場がない……!」


 神崎は柚葉と美咲を守るように前に立ち、鋭い視線を橘龍司へと向けた。


「ここで終わらせるつもりですか?」


 橘龍司はゆっくりと歩み寄り、静かに笑う。


「いいえ、私は最後の"確認"をしているだけですよ」


「確認?」


 橘龍司は、美咲をじっと見つめた。


「"本物の美咲"……あなたは、本当に"美咲"なのですか?」


 美咲は、小さく肩を震わせながら、柚葉の手を握りしめた。


 そして、静かに——だが、はっきりと答えた。


「私は、美咲。"私が選ぶ美咲"です」


 橘龍司の表情が、一瞬だけ動いた。


「……"選ぶ"?」


 神崎は静かに笑った。


「お前は"完璧な存在"を作ろうとした。だが、それはお前の"定義"に過ぎない」


 神崎は美咲の肩に手を置き、続けた。


「人は、自分の"生きる意味"を自分で決めるものだ」


 美咲は、涙を浮かべながら頷いた。


「私は……"私として"生きたい」


 橘龍司は、しばらく沈黙した後——小さく笑った。


「……面白い」


 そして、片手を軽く振る。


 すると、周囲の黒服たちが、一斉に銃を下ろした。


 柚葉が驚いたように息を呑む。


「……どういうこと?」


 橘龍司は、ゆっくりと語り出した。


「この結果もまた、一つの"実験"でした。……美咲という存在が、"何を選ぶのか"」


 神崎は、冷静な視線を向ける。


「最初から、俺たちを"試していた"ということですか?」


「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」


 橘龍司は、背後の車へと歩き出す。


「……"美咲"はあなたたちのものです。ですが、忘れないでください。……"真実を知ったからといって、幸せになれるとは限らない"ということを」


 その言葉を最後に、彼は車へと乗り込み、そのまま去っていった。


 午前10時 東京・神崎探偵事務所

 すべてが終わった後、神崎、柚葉、美咲の三人は事務所に戻っていた。


 柚葉は、美咲の手を優しく握っている。


 美咲は、まだ少し不安げな表情だったが——以前のような"作られた瞳"ではなかった。


 神崎は、タバコに火をつけながら、静かに言った。


「……これからどうする?」


 美咲は、ゆっくりと柚葉を見つめる。


 そして、小さく微笑んだ。


「私は、"私の人生"を生きる」


 柚葉は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、一緒に生きよう、美咲ちゃん」


 神崎は、二人のやりとりを見届けると、微かに笑い、タバコを灰皿に押し付けた。


「……ようやく、一件落着か」


 ——"美咲の選択"は終わった。


 ——そして、新しい人生が始まる。


 神崎は窓の外を見上げる。


 雲の切れ間から、朝の光が静かに差し込んでいた。


 エピローグ 探偵と少女たち


 数週間後。


 神崎探偵事務所では、柚葉と美咲が楽しそうに話していた。


 美咲は、これから"普通の生活"を送るために、新しい戸籍を用意していた。

 橘桂一郎の計らいで、彼女は"桜井美咲"として生きることができるようになった。


 柚葉は、これまで通り"桜井柚葉"として探偵助手を続けることになった。


 そして——


 神崎は、静かに新聞をめくりながら、タバコをくわえる。


 ——探偵の仕事に、終わりはない。


 だが、今日だけは少し静かで、少し穏やかな時間が流れていた。


 柚葉と美咲の笑い声が響く。


 神崎は、少しだけ微笑んだ。


 ——これで、"本当の意味で"事件は終わった。


 【完】

読んでいただきありがとうございました。続きが気になる、面白かったって方はブックマークと下の方にある星マークを付けてください。ものすごく励みになりますので。それでは、次の話でお会いしましょう。

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