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東京クロニクル4 —— 名探偵・神崎と少女助手の失われた血脈1

 第1幕 財閥の扉


 翌日 午前10時 新宿・神崎探偵事務所

 コーヒーの香りが漂う静かな事務所。

 だが、神崎蓮司(かんざきれんじ)桜井柚葉(さくらいゆずは)の前に広がる情報は、決して穏やかなものではなかった。


「橘財団」——日本有数の巨大財閥。

 政界や財界に絶大な影響力を持ち、その内部には"見えない闇"が渦巻いていると言われる。


 そして——10年前の誘拐事件に関与している可能性がある。


 柚葉は手元のノートを握りしめた。


「……橘財団と桜井家の関係、調べてみたんですが……」


「何かわかったか?」


 神崎が煙草に火をつけながら尋ねると、柚葉は一枚の古い新聞記事を机に置いた。


 『20年前——橘財団と桜井家、共同事業契約を締結』


「……俺の推理が当たりかけてるな」


 神崎は記事を見ながら低く呟く。


「つまり、桜井家は橘財団と"何らかの契約"を結んでいた。そして、10年前の事件と何か関係がある……」


「でも、うちの家族はそんな話、一度もしたことがないんです……」


 柚葉は眉をひそめる。


「親に聞いたことは?」


「……父は他界してますし、母は"過去のことはもう忘れなさい"って……」


 神崎は軽く舌打ちした。


「"忘れろ"って言われるほど、何か隠してるってことだ」


 ——桜井家は"橘財団"と何を約束していたのか?

 ——そして、なぜ10年前に"美咲"が誘拐されたのか?


 謎は深まるばかりだった。


 午前11時 橘財団本社ビル

 新宿の高層ビル群の一角。

 橘財団本社は、まるで"要塞"のようにそびえ立っていた。


「……まさか、"正面突破"する気じゃないですよね?」


 柚葉が不安げに神崎を見上げる。


 神崎は微かに笑った。


「いや、"探偵らしく"いくさ」


 そして、彼はポケットから一枚の名刺を取り出した。


 『橘財団 広報部長 橘 圭吾(たちばなけいご)


「……この人?」


「昔、"別件"で知り合ったことがある。今回は"情報提供"という名目でコンタクトを取る」


 そう言って、神崎は迷うことなく財団の受付へ向かう。


「おう、予約してた神崎だ。広報部長に通してくれ」


「……少々お待ちください」


 受付の女性が確認を取る。


 ——だが、返ってきたのは"予想外の答え"だった。


「申し訳ありませんが……橘圭吾は昨夜亡くなりました」


「……何?」


 柚葉が息を呑む。


「昨夜……って、まさか」


 神崎の表情が険しくなる。


 ——自分たちが"橘財団を調べる"と決めた直後、関係者が"死亡"。


 偶然なはずがない。


「……"口封じ"か」


 神崎は低く呟く。


 ——何かが動き始めている。

 そして、それは"後戻りできない領域"に足を踏み入れたことを意味していた。


 第2幕 死者のメッセージ


 午後1時 橘財団本社ビル・前

 ——橘財団広報部長・橘圭吾は昨夜死亡した。


 神崎蓮司と桜井柚葉は、橘財団本社ビルを後にし、静かに歩きながら考え込んでいた。


「先生……やっぱり、これは"偶然"じゃないですよね?」


 柚葉が不安げに言う。


 神崎は煙草に火をつけ、細く煙を吐き出した。


「……間違いなく"口封じ"だろうな」


 橘財団の内部情報を知る広報部長が、自分たちが調査を始めた矢先に死亡。

 これは、"何か"が動き出した証拠だった。


「問題は"どうやって死んだか"だな」


 神崎はスマートフォンを取り出し、橘圭吾の死亡記事を検索する。


 『広報部長・橘圭吾、港区の自宅で転落死。警察は事故として捜査中』


「……"事故"?」


 柚葉が怪訝そうに記事を覗き込む。


 神崎は鼻で笑った。


「"事故"ってのは便利な言葉だ。……だが、本当にそうか?」


 ——もしこれが"殺し"なら、証拠を消される前に動く必要がある。


「行くぞ、柚葉」


「えっ、どこに?」


「決まってるだろ。"死者のメッセージ"を聞きに行く」


 午後2時30分 港区・橘圭吾の自宅

 港区の高級マンション。


 エントランスには警察が張り込み、マスコミが殺到していた。


 神崎と柚葉は少し離れた場所から様子をうかがう。


「警察が動いてるってことは、"ただの事故"じゃ済まない可能性が高いな」


 神崎はタバコをくわえながら、柚葉に言った。


「お前はここで待ってろ」


「……え?」


「俺はちょっと"中"を覗いてくる」


 柚葉が驚く間もなく、神崎はさっさと裏口の方向へと向かう。


「もう……先生は本当に無茶するんだから!」


 柚葉は小さくため息をつきながらも、周囲に警戒しながら待機することにした。


 午後2時45分 橘圭吾の部屋

 神崎は裏手の非常階段を利用し、警察の目をかいくぐりながら橘圭吾の部屋へと忍び込んだ。


 ——部屋は荒らされていた。


 警察の捜査が入った形跡はあるが、それ以上に"何者か"が探し物をした形跡がある。


「……先客がいたか」


 神崎は慎重に部屋の中を歩く。


 そして、デスクの上に何気なく置かれたスマートフォンに目を留めた。


「……こいつは、"遺したメッセージ"か?」


 画面には、送信履歴が残されていた。


 『件名:全てを知る者へ』

 『送信先:匿名アドレス』


 『"桜井美咲"は……』


 ——そこでメッセージは途切れていた。


「……やっぱり"美咲"が関係しているのか」


 神崎はスマートフォンのデータを確認しようとした——その瞬間。


「おい、誰だ!?」


 廊下の向こうから警察の足音が近づいてくる。


「チッ、タイミングが悪いな」


 神崎はスマートフォンをポケットに滑り込ませ、部屋を後にした。


 午後3時15分 港区・マンション前

「先生、無事ですか!?」


 待機していた柚葉が駆け寄る。


 神崎は軽く息を吐きながらスマートフォンを見せた。


「……橘圭吾は"桜井美咲"について何か知っていたらしい」


 柚葉の目が大きく見開かれる。


「美咲ちゃんのことを……?」


「だが、その直前に"消された"。つまり、"美咲の行方を知る者"はまだ他にいるってことだ」


 神崎は冷静にスマートフォンのデータを解析しながら言った。


「問題は……こいつが"誰に送ろうとしていたか"だな」


 画面に映る匿名アドレスをじっと見つめる。


 すると、送信履歴の中にもう一つのメッセージが残されていた。


 『次の鍵は"ルナ・クラブ"にある』


「……"ルナ・クラブ"?」


 柚葉が首をかしげる。


 神崎はニヤリと笑った。


「知ってるぞ。銀座の高級会員制クラブだ」


「えっ、先生、なんでそんなこと知ってるんですか!?」


「探偵は"色んな世界"を知っておくもんだ」


 柚葉が呆れながらも言った。


「でも、そんな高級クラブにどうやって入るんですか?」


 神崎はスマートフォンを弄りながら、軽く肩をすくめた。


「大丈夫だ。"裏ルート"はある。」


 柚葉は半信半疑ながらも、彼についていくことを決めた。


 ——次なる手がかりは、"銀座の夜"に隠されている。


 第3幕 銀座の夜


 午後9時 銀座・会員制クラブ「LUNA」

 東京・銀座の夜は、昼とはまるで別の顔を見せる。

 煌びやかなネオン、上品な香水の香り、高級外車が行き交い、ドレスを纏った女性たちが談笑しながらバーへと吸い込まれていく。


 その中心にそびえ立つ、一軒の高級会員制クラブ——「LUNAルナ」。

 ここが、橘圭吾の最後のメッセージに書かれていた"鍵"の場所だった。


 クラブの入り口には、屈強な黒服のガードマンが立っている。

 誰でも入れる場所ではない。


 柚葉が不安げに神崎を見上げる。


「先生、本当に"裏ルート"があるんですか……?」


「安心しろ」


 神崎は余裕の表情で、黒服のガードマンに近づいた。


「よお、久しぶりだな」


 ガードマンは神崎を一瞥し、低い声で言った。


「……お前、まだ生きてたのか?」


「そりゃあな。今夜は"中"でちょっと用があるんだが」


 ガードマンは腕を組んだまま、無表情に答える。


「ルールは知ってるだろ? 会員以外は入れない」


「知ってるさ」


 神崎はポケットから金色のVIPメンバーズカードを取り出した。


 柚葉の目が丸くなる。


「せ、先生!? なんでそんなもの持ってるんですか!?」


 神崎はニヤリと笑いながら言った。


「まあ、昔ちょっとな」


 ガードマンはカードを確認し、無言で扉を開けた。


「……通れ」


「助かるぜ」


 こうして、神崎と柚葉は銀座の闇の奥へと足を踏み入れた——。


 午後9時15分 クラブ「LUNA」 VIPルーム

 店内は、ゴージャスなシャンデリアが灯る大理石のホール。

 スーツ姿の男たちが高級ワインを片手に談笑し、美しいホステスたちが優雅に振る舞っている。


 だが、神崎の目的は"遊び"ではない。


 ——橘圭吾が"何かの鍵"を残した場所。


 神崎と柚葉は、ウェイターに案内されながら、奥のVIPルームへと向かった。


 そこで待っていたのは——一人の女性だった。


 金色のロングヘア、深いワインレッドのドレスを纏った妖艶な美女。

 ゆったりとソファに腰掛け、シガレットホルダーを指に挟んでいる。


 柚葉が思わず息を呑むほどの美貌。


「いらっしゃい、"名探偵さん"」


 彼女は、微笑みながら神崎を見つめた。


 神崎は少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑う。


「……お前がここにいるとはな。"橘エリカ"」


 ——橘エリカ。


 橘財団の現会長・橘龍司の一人娘にして、このクラブ「LUNA」のオーナー。


 柚葉が驚きながら小声で尋ねる。


「先生、この人は……?」


「"橘財団"の直系だよ」


 柚葉の背筋が凍る。


 ——つまり、この人は"黒幕"側の人間?


 エリカはシャンパングラスを手に取り、優雅に微笑んだ。


「どうやら、あなた"また危ない橋"を渡っているみたいね」


「探偵稼業ってのは、いつだって綱渡りさ」


 神崎は軽く笑うと、テーブルの上に身を乗り出した。


「さて、"本題"に入るか」


「ふふ……いいわ」


 エリカはゆっくりと紫煙を吐きながら言った。


「あなたが"ここ"に来たってことは、"美咲"のことを知りたいのね?」


 柚葉が息を呑む。


 ——この人は、"美咲のことを知っている"?


「……ああ。知っているなら話してもらおうか」


 エリカは神崎の目をじっと見つめる。


 ——そして、静かに言った。


「"桜井美咲"は生きているわよ」


 柚葉の体が震える。


「……本当に!? 美咲ちゃんは……どこにいるんですか!?」


「でもね、あなたたちが"彼女に会う資格"があるかどうか……それはまた別の話よ」


 エリカは意味深に笑う。


「……どういうことだ?」


 神崎が問い詰める。


 エリカはシャンパングラスを傾けながら、静かに言った。


「"桜井美咲"——本当の名前は"橘美咲"よ」


「……!!?」


 柚葉は息を呑んだ。


 神崎も目を細める。


「"橘"……だと?」


 エリカは微笑んだまま、淡々と続ける。


「"彼女は橘財団の人間よ。桜井家の娘じゃない。"」


 柚葉の頭が真っ白になる。


 ——桜井美咲は、橘家の人間?

 ——それなら、なぜ"桜井家"にいたの?


 柚葉は混乱しながらも、強く問い詰めた。


「そ、それじゃあ……私は? 私と美咲ちゃんは、ずっと姉妹みたいに育ってきたのに……!」


 エリカはゆっくりと柚葉を見つめ、微笑む。


「あなたは……"知らされていなかった"だけよ」


「あなた自身も——"橘の血を引く人間"なんだから」


 柚葉の心臓が、一瞬止まった。


「……え?」


「あなたも"桜井家"の娘じゃないのよ、柚葉」


「……」


 柚葉は、その場に立ち尽くした。


 ——私は、"桜井柚葉"じゃない?

 ——私は、一体"誰"なの……?


 銀座の夜が、静かに動き出していた——。


 第4幕 柚葉の正体


 午後10時 銀座・クラブ「LUNA」 VIPルーム

「あなたも"桜井家"の娘じゃないのよ、柚葉」


 橘エリカのその言葉が、柚葉の頭の中で何度も反響していた。


「……そんな、嘘でしょ?」


 柚葉の声は震えていた。


 ——自分は"桜井家"の人間じゃない?

 ——では、私は一体誰なの?


 ——10年前の誘拐事件。"桜井美咲"が消えた事件。"私"が生き残った事件。


 今まで「助かった側」として見ていた過去の事件が、全く別の意味を持ち始めていた。


 神崎蓮司はじっとエリカを見つめ、静かに煙草の煙を吐き出した。


「……どういう意味だ、エリカ?」


 エリカは妖艶に微笑む。


「そのままの意味よ。"桜井柚葉"として育てられたあなたは、本当は"橘の人間"なの」


「そんな……!」


 柚葉は思わず後ずさる。


 エリカは静かに続けた。


「"桜井美咲"は、橘家の本当の娘。でも、10年前に"桜井家"に預けられた」


「なぜ……?」


「それは、"ある理由"で、"二人"が入れ替えられたからよ」


 柚葉は愕然とした。


「"二人"……? まさか、美咲ちゃんと私が?」


 エリカは微笑んだまま、ゆっくりと頷いた。


「あなたが"本来の橘美咲"なのよ、柚葉」


 ——私が"美咲"?


 柚葉は全身から血の気が引くのを感じた。


 今までの記憶が崩れ落ちる。

 今までの自分が、何だったのか分からなくなる。


 神崎はじっと柚葉を見つめ、静かに言った。


「……つまり、"橘家の娘"を"桜井家"に入れ替えた理由があるってことだな」


 エリカはグラスを傾けながら、ため息をついた。


「そうよ。"橘財団"の跡継ぎ問題が関係しているの」


 柚葉は震える声で聞き返す。


「……跡継ぎ?」


「10年前、橘財団の内部で"後継者争い"があったの。そして、橘家の"本当の娘"である美咲が狙われた。だから"美咲を逃がす"ために、あなたと入れ替えたのよ」


「じゃあ……私は"身代わり"だったってこと?」


 柚葉は自分の手を見つめる。


 ——私は、ただの"代わり"だったの?


 エリカは静かに言った。


「ええ。でも、その"計画"は失敗したのよ」


「……失敗?」


「だって、"美咲"は消えたでしょう? 橘家の本当の娘である美咲は、10年前の誘拐事件の後、行方不明になったまま。そして、"身代わり"のあなたが生き残った。」


 柚葉は息を呑む。


 ——私は、本当は"美咲"だった?

 ——でも、"美咲"として生きるはずだった"美咲"は消えて、"柚葉"として生きてきた?


 神崎は静かに言った。


「……"桜井家の娘"が、本当は"橘家の娘"だった。"美咲"として育てられた少女は、10年前に消えた。"柚葉"として生きた少女は、実は"美咲"だった。"」


 彼は煙草を指で弾き、低く呟いた。


「——まるで、"誰かが仕組んだ物語"みたいだな」


 午後11時30分 銀座・クラブ「LUNA」前

 神崎と柚葉は、夜の銀座の街を歩いていた。


 柚葉はぼんやりとした表情のまま、神崎の横を歩く。


「……先生」


「なんだ?」


「私、どうすればいいんでしょう……?」


 柚葉の声は、不安と困惑に満ちていた。


「今までずっと、"桜井柚葉"として生きてきたのに……本当は"橘美咲"だった……?」


「……」


 神崎は歩みを止め、柚葉をじっと見つめた。


 そして、ポケットから煙草を取り出しながら、静かに言った。


「そんなこと、考える必要はない」


「……え?」


「お前が"桜井柚葉"として生きてきたなら、それでいいじゃないか」


「……でも……」


「大事なのは、"今お前がどうしたいか"だろ?」


 柚葉は神崎の言葉を聞いて、じっと考え込んだ。


 ——私は"誰"なのか?


 ——"柚葉"として生きるべきなのか? それとも、"美咲"として?


 ——でも、そんなことより……


 ——"本当の美咲"を見つけなきゃいけない。


 柚葉は、ギュッと拳を握った。


「……先生」


「おう?」


「"美咲ちゃん"を探しましょう。私が何者かなんて、それはその後でいい」


 神崎は微かに笑った。


「……探偵助手にしては、なかなか"いい選択"だな」


 ——"桜井美咲"はどこへ消えたのか?

 ——"本当の黒幕"は誰なのか?


 謎は深まり、物語はさらに核心へと近づいていく。


 第5幕 消えた美咲


 翌日 午前10時 新宿・神崎探偵事務所

 夜が明けても、柚葉の頭の中は整理しきれなかった。


 ——私は"桜井柚葉"じゃない?

 ——私は、本当は"橘美咲"だった?


 今まで当たり前だった自分の存在が、全て揺らいでいる。


 だが、それでも一つだけ確信できることがあった。


「本当の美咲ちゃんは、まだどこかにいる」


 橘エリカの言葉が正しいなら、"桜井美咲"として育てられた少女は、10年前の事件で行方不明になった。

 もし彼女が生きているなら、今どこで何をしているのか?


 神崎はデスクに肘をつき、静かに考え込んでいた。


「……10年前の事件が"身代わり"を巡るものだったとすれば、"美咲"が狙われた理由は単純ではないな」


「……先生、それってどういうことですか?」


 柚葉が不安げに尋ねる。


「もし、美咲が単に"命を狙われていた"だけなら、事件の後に"存在そのものが消えた"のは不自然だ」


 神崎は視線を柚葉に向ける。


「つまり、彼女は"消された"のではなく、"どこかへ連れ去られた"可能性が高い」


 柚葉はハッと息を呑んだ。


「じゃあ……美咲ちゃんはまだ……!」


「生きている可能性は十分にある」


 神崎はタバコの煙をゆっくりと吐き出した。


「だが、それを証明するには"鍵"が必要だ」


「鍵……?」


「美咲が"どこへ行ったのか"を示す手がかりが、まだ不足している。橘エリカが知っていたことは一部に過ぎないはずだ」


 柚葉は眉をひそめる。


「……でも、もう手がかりがないんじゃ……?」


「いや、一つだけある」


 神崎はそう言いながら、机の引き出しを開けた。


 そして、昨夜橘圭吾の自宅で見つけたスマートフォンを取り出す。


「この中に、"美咲の行方を知る者"へのメッセージがあった」


「……!」


「送信先は匿名アドレスだったが、解析すれば何かわかるかもしれない」


 神崎は端末を操作しながら続けた。


「美咲の行方を知る者……それが"誰"なのかを突き止める」


 柚葉は神崎の言葉をじっと聞きながら、拳を握った。


「……お願いします、先生」


 神崎は微かに頷いた。


 ——"桜井美咲"を探し出す。それが、この事件の"終点"だ。


 午後1時 神崎探偵事務所・解析室

 神崎は、手元のラップトップに向かい、橘圭吾のスマートフォンのデータ解析を続けていた。


 柚葉は少し緊張しながら、その様子を見守る。


「先生、何かわかりましたか?」


「……あった」


 神崎の手が止まり、画面を指差した。


「橘圭吾が"最後に接触した相手"の通信記録を復元した。……そして、そこに"ある名前"が浮かび上がっている」


 柚葉が画面を覗き込むと、そこには一つの名前が記されていた。


 『藤倉誠司(ふじくらせいじ)


「……この人は?」


「元・橘財団の幹部だ」


 神崎はそう説明しながら、続ける。


「だが、5年前に突然姿を消した。それ以来、消息不明になっている」


 柚葉は息を呑む。


「つまり……この人が、美咲ちゃんの行方を知ってるってことですか?」


「可能性は高い」


 神崎は煙草を消しながら立ち上がった。


「藤倉が"どこにいるのか"を突き止める。……それが、次の"鍵"になる」


 柚葉もまた、強く頷いた。


 ——本当の美咲を見つけるために。


 そして、二人は"藤倉誠司"を追うための新たな手がかりを求めて動き出した。


 第6幕 消された男


 午後3時 新宿・神崎探偵事務所

 神崎蓮司は、デスクに広げた資料をじっと見つめていた。


 ——藤倉誠司。

 ——元・橘財団の幹部。

 ——5年前に突如失踪。


 そして、昨夜死亡した橘圭吾が最後にコンタクトを取った相手。


 ——この男が"桜井美咲"の行方を知る鍵を握っている。


 柚葉は少し緊張した様子で、神崎の横に立っていた。


「……先生、藤倉さんは本当にまだ生きてるんでしょうか?」


「そこが問題だな」


 神崎は指で資料をなぞりながら言う。


「5年前、藤倉は突如"姿を消した"。それも、まるで"存在そのものを消された"ようにな」


「でも、橘圭吾さんは"彼と連絡を取ろうとしていた"んですよね?」


「そうだ。だから、藤倉がまだどこかに"潜んでいる"可能性は高い」


 神崎は静かに煙草に火をつける。


「問題は"どこにいるのか"だ」


 午後4時30分 港区・旧橘財団所有ビル

 二人は、藤倉の"最後の足取り"を追うため、かつて彼が拠点にしていた橘財団の所有ビルを訪れた。


 しかし、そのビルはすでに閉鎖され、廃墟同然となっていた。


「ここが藤倉さんのいた場所……」


 柚葉は古びたビルを見上げながら呟く。


 神崎はゆっくりと歩きながら、周囲を観察していた。


「この場所が"今も使われている"可能性は低いが……」


 彼はポケットから懐中電灯を取り出し、ビルの入口付近を照らす。


 ——すると、扉の隙間に"新しい靴跡"が残っているのを見つけた。


「……誰かが最近、ここに入った形跡があるな」


 柚葉が驚いた顔をする。


「じゃあ、藤倉さんがここに……?」


「いや、まだ確証はない」


 神崎は慎重に扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。


 午後4時45分 旧ビル内

 ビルの中は静まり返っていた。


 埃が積もり、天井から剥がれ落ちた壁材が散乱している。

 しかし、その中で、ある部屋だけ"比較的きれいに整えられている"のを神崎は見つけた。


「……ここだけ、"誰かが使っていた"形跡がある」


 柚葉も周囲を見回しながら、不思議そうに呟く。


「確かに、他の部屋より埃が少ないですね……」


 神崎はデスクの引き出しを開け、中を確認する。


 すると——


 そこには、一冊のノートが残されていた。


 彼は慎重にページをめくる。


 ——そして、その中に書かれていた言葉に目を見開いた。


 『桜井美咲、2020年6月5日、"ヴィラ・グレイス"へ移送』


「……"ヴィラ・グレイス"?」


 柚葉がその単語を復唱する。


 神崎はすぐにスマートフォンで検索をかけた。


 ——"ヴィラ・グレイス"は、長野県の山中にある"高級療養施設"だった。


「……これは、"美咲がそこにいる"可能性を示しているのか?」


 柚葉の心臓が高鳴る。


「じゃあ……美咲ちゃんは"生きている"……?」


 神崎はノートを慎重に閉じ、低く呟いた。


「まだ確証はない。だが、"そこに行けば答えがわかる"」


 柚葉は強く頷いた。


「行きましょう、先生」


「……ああ」


 こうして、二人は新たな手がかりを追い、"ヴィラ・グレイス"へ向かう決意を固めた。


 第7幕 ヴィラ・グレイスの秘密


 翌日 午後1時 長野県・ヴィラ・グレイス前

 長野県の山中にひっそりと佇むヴィラ・グレイス。


 高級療養施設として知られるこの場所は、一般人の立ち入りが厳しく制限されており、限られた人物しか出入りできない。

 建物は白を基調としたモダンなデザインで、周囲には高い塀と監視カメラが設置されている。


 神崎蓮司と桜井柚葉は、その施設の前で足を止めた。


「……ここに、美咲ちゃんがいるんでしょうか?」


 柚葉が不安げに呟く。


「それを確かめるために来た」


 神崎は施設の外観を冷静に観察しながら答えた。


「セキュリティが厳しいな。普通に入るのは難しそうだ」


「じゃあ、どうやって……?」


 柚葉が心配そうに尋ねると、神崎はスーツの内ポケットから偽造された職員IDカードを取り出した。


「こういう時のために、準備はしてある」


「……先生、いつの間にそんなものを?」


「探偵は、"臨機応変"が大事だからな」


 柚葉は半ば呆れながらも、彼の後を追う。


 ——美咲がここにいるなら、絶対に見つけなければならない。


 午後1時30分 ヴィラ・グレイス内部

 神崎と柚葉は、慎重に施設の中へと足を踏み入れた。


 ロビーは落ち着いた雰囲気で、白衣を着た医師や看護師が静かに行き交っている。

 まるで"普通の医療施設"のように見えるが、何かが違う。


 柚葉は周囲を見渡しながら、小声で呟く。


「……何か、変な感じがします」


「"普通すぎる"のが逆に不自然だな」


 神崎は受付カウンターへと向かい、落ち着いた口調で尋ねた。


「すみません、こちらの施設に入院している患者のリストを確認したいのですが」


 受付の女性が一瞬驚いたように神崎を見た。


「申し訳ありませんが、患者情報は非公開になっております」


「そうですか。では、"特別な患者"について教えていただけませんか?」


 神崎は静かに微笑みながら、ポケットから偽造された診療許可証を取り出した。


 女性は少し戸惑った様子を見せたが、やがて小さく頷き、端末を操作する。


 そして、画面に表示されたデータを確認した後、神崎の顔を見つめた。


「……特別室に"桜井美咲"という名前の患者が登録されています」


 柚葉の心臓が一瞬止まりそうになる。


 ——美咲は、ここにいる……!


 神崎は冷静を装いながら、さらに尋ねる。


「彼女はどの部屋に?」


「……最上階、特別室401号室です」


「ありがとうございます」


 神崎は軽く会釈し、柚葉とともにエレベーターへと向かった。


 午後1時45分 特別室401号室前

 最上階の廊下は、異様なほど静かだった。


 通常の病室とは違い、特別室エリアは警備が厳重で、部屋の前には黒服の男が立っていた。


「……どうやら"普通の患者"じゃないようだな」


 神崎は低く呟く。


 柚葉は強く拳を握りしめる。


「先生……美咲ちゃんが、あの部屋に……?」


「ああ。だが、"直接"入るのは難しそうだ」


 黒服の警備員は、明らかに"医療スタッフ"とは違う雰囲気を纏っている。

 まるで、"監視"しているかのように、401号室の前に立っていた。


「つまり、美咲は"療養患者"ではなく"監禁されている"可能性が高い」


 柚葉は思わず息を呑んだ。


「そんな……! じゃあ、美咲ちゃんはずっとここで……!」


「冷静になれ、柚葉」


 神崎は柚葉の肩に手を置き、落ち着かせる。


「ここで焦っては、相手の思う壺だ。まずは、"確実に接触する方法"を探す」


 柚葉は震える手を抑えながら、深呼吸した。


「……はい」


 その時、廊下の奥から、一人の女性が歩いてきた。


 白衣を纏った、知的な雰囲気の医師。


 彼女は、黒服の男に軽く会釈すると、そのまま401号室のドアを開け、中へと入っていった。


 神崎の目が鋭く光る。


「……"あの医師"が中に入れるなら、手はあるかもしれないな」


 柚葉が神崎を見上げる。


「どうするんですか?」


 神崎は軽く笑いながら、ポケットからもう一枚の偽造IDカードを取り出した。


「"医師として"潜入する」


 柚葉は呆気にとられながらも、小さく頷いた。


「先生って、本当に何でも持ってますね……」


「探偵は"準備が全て"だからな」


 神崎は白衣に着替えると、落ち着いた足取りで401号室へと向かった。


 ——桜井美咲が、この扉の向こうにいる。


 真実まで、あと一歩——。


 第8幕 再会


 午後2時 長野県・ヴィラ・グレイス 特別室401号室前

 白衣を身にまとった神崎蓮司は、落ち着いた足取りで401号室の前に立った。


 柚葉は少し離れた場所で、不安そうに見守っている。


 ——桜井美咲。

 ——10年前の事件で行方不明になった少女。

 ——そして、自分と"入れ替えられた"存在。


 この扉の向こうに、彼女がいる——。


 神崎は軽く咳払いをし、医師らしい落ち着いた表情を作った。


 そして、黒服の警備員に向かって言う。


「401号室の診察に来ました」


 警備員は鋭い目つきで神崎を見つめた。


「新しい担当医か?」


「ええ、急遽派遣されました。カルテの確認をしておきたい」


 神崎は偽造したIDカードを差し出す。


 警備員はそれをじっと見つめた後、無言で頷いた。


「……いいだろう。ただし、10分以内だ」


「承知しました」


 ——計画は成功した。


 神崎は慎重に扉を開け、中へと入った。


 午後2時05分 特別室401号室内

 室内は驚くほど静かだった。


 ——ベッドの上に、一人の少女が座っていた。


 桜井美咲——いや、"本物の美咲"。


 年齢は柚葉と同じくらいのはずだが、彼女はどこか"時間が止まったような"雰囲気をまとっていた。


 長い黒髪がさらりと肩にかかり、白いワンピースを纏っている。

 窓の外をぼんやりと眺め、こちらに気づいているのかどうかも分からない。


 ——彼女は、本当に生きていた。


 神崎は慎重に歩み寄り、静かに声をかけた。


「……桜井美咲さん?」


 少女の肩が、微かに揺れた。


 ゆっくりと振り向く。


 そして、彼女は神崎をじっと見つめた。


 その瞳には、"疑問"と"恐れ"が混ざっていた。


「……あなたは……誰?」


 神崎は少し間を置き、落ち着いた口調で答える。


「俺は探偵だ。あなたのことを探していた」


 美咲の表情が、かすかに曇る。


「……探していた……?」


「そうだ。あなたは、10年前の事件で行方不明になった。俺は、その真相を知るためにここへ来た」


 美咲は、小さく首を振った。


「……私……何も知らない……」


「本当に?」


 神崎は静かに椅子を引き、彼女の正面に座った。


「ここで何をしている? どうして"橘財団"の施設にいる?」


 美咲の指が、シーツの上をゆっくりとなぞる。


「……気がついたら、ここにいたの」


「10年前のことは?」


 美咲は、小さく息を吸った。


「……覚えてないの」


 ——記憶障害か?


 神崎は瞬時に思考を巡らせる。


 彼女は、何かを"忘れている"のか、それとも"忘れさせられている"のか——。


「美咲さん、君が"桜井柚葉"として育てられるはずだったのは知っているか?」


「……?」


 美咲は戸惑った表情を浮かべた。


「"桜井柚葉"……?」


 その名前が、彼女の中で引っかかるものがあるのか、一瞬眉をひそめた。


 神崎は慎重に言葉を選びながら、さらに続ける。


「君は本来、"橘美咲"として生きるはずだった。だが、10年前、"桜井柚葉"と入れ替えられた。そして、その後——君は行方不明になった」


 美咲はしばらく沈黙していたが、やがて小さく呟いた。


「……"もう一人の私"……?」


 その言葉に、神崎は確信した。


 ——彼女は、"柚葉のことを覚えている"。


 その時——


「何をしている?」


 ——背後から、低い男の声が響いた。


 神崎がゆっくりと振り向くと、そこには黒いスーツを着た男たちが立っていた。


 ——警備が動いた。


 神崎はすぐに状況を理解し、静かに席を立つ。


「すみませんね。少し、患者の状態を確認していただけです」


「"許可のない者"は、ここにいるべきではない」


 男たちは一歩前に出る。


 ——このままでは、退室どころか拘束される可能性がある。


 神崎は軽く笑いながら、美咲に目を向ける。


「また来るよ。話の続きをしよう」


 美咲は不安げに神崎を見つめたが、何かを言おうとはしなかった。


 神崎は男たちに囲まれながら、ゆっくりと401号室を後にした。


 午後2時30分 ヴィラ・グレイス 外

 柚葉が、神崎の姿を見つけると駆け寄った。


「先生! 大丈夫ですか!?」


 神崎は軽く頷く。


「……"美咲は確かに生きていた"」


「本当に……?」


 柚葉は思わず息を呑む。


「だが、彼女は"記憶が不完全"だった。10年前のことをほとんど覚えていない」


 柚葉は眉をひそめる。


「じゃあ、美咲ちゃんに話を聞くことは……」


「いや、"方法"はある」


 神崎は煙草を取り出しながら、ゆっくりと続けた。


「"美咲の記憶を取り戻す"ことができれば、全てが明らかになる」


「……!」


 柚葉は強く頷く。


「先生、次はどうするんですか?」


 神崎は静かに微笑む。


「"美咲の記憶の封印"を解く。そのための準備をする」


 ——10年前の真実は、あと少しで明らかになる。


 第9幕 封印された記憶

 午後4時 長野県・ヴィラ・グレイス近郊のカフェ

 美咲は生きていた。


 だが、彼女は10年前の記憶を失っている。

 それが自然に起こったものなのか、あるいは意図的に"消された"ものなのかは、まだわからない。


 柚葉と俺は、ヴィラ・グレイスから少し離れたカフェに入り、改めて状況を整理していた。


「先生……美咲ちゃんの記憶、本当に取り戻せるんでしょうか?」


 柚葉が、不安げにコーヒーを見つめながらつぶやく。


 俺はタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。


「方法はいくつかある。ただ、どれも"簡単"ではないな」


「例えば?」


「まず、催眠療法。過去の記憶を刺激する方法だ。だが、これはリスクが高い」


「リスク……?」


「もし美咲が"意図的に記憶を消された"のなら、無理に思い出させることで精神的な負荷がかかる可能性がある」


 柚葉は眉をひそめる。


「じゃあ、もう一つの方法は?」


 俺はスマートフォンを取り出し、ヴィラ・グレイスのデータを確認する。


「"記録"を探すことだ」


「記録……?」


「美咲がこの施設に運ばれたのは、約4年前だ。その前、彼女はどこにいたのか。もしデータが残っていれば、何か手がかりがあるはずだ」


 柚葉は強く頷いた。


「じゃあ、まずは"美咲ちゃんがここに来る前の足取り"を追うんですね」


「そういうことだ」


 俺はカップを置き、立ち上がる。


「まずは"ヴィラ・グレイスの内部データ"にアクセスする」


「えっ、どうやって?」


 柚葉が驚いた顔をする。


 俺は軽く笑った。


「この施設は、表向きは"療養所"だが、実態は"特別管理施設"だ。セキュリティは厳しいが、"ある方法"で侵入できる」


「ま、まさかハッキングとか……?」


「俺がやるんじゃない。"協力者"に頼む」


 午後6時 東京・とあるネットカフェ

 神崎達は東京に戻り、新宿の裏路地にある小さなネットカフェに入った。


 そこにいたのは、一人の青年。


 "ハッカー"の異名を持つ情報屋・鷹野(たかの)


 金髪にパーカー姿、手元にはハイスペックなノートPCが並ぶ。


「……へぇ、お前が俺に仕事を依頼するなんて、珍しいな」


 鷹野は軽く笑いながら、タバコをくわえた。


「ヴィラ・グレイスのデータにアクセスしたい。内部の患者情報を調べられるか?」


「……ほう、また"面白いネタ"を持ってきたな」


 鷹野は指を鳴らし、すぐにキーボードを叩き始める。


 ——数分後。


「よし、侵入完了。施設のデータにアクセスできた」


 神崎と柚葉は、画面に映し出される情報をじっと見つめる。


 鷹野はスクロールしながら、目を細めた。


「……お前らが探してるのは"桜井美咲"のデータ、だよな?」


「ああ」


「あったぞ。"桜井美咲"、患者番号A-0041、ヴィラ・グレイス入所日:2020年6月5日」


 柚葉が息を呑む。


「じゃあ、その前は……?」


 鷹野は少し操作をして、さらに過去の記録を引き出した。


 だが——


「……おかしいな」


「どうした?」


「2020年6月5日以前のデータが、"完全に消去されている"」


 神崎は眉をひそめる。


「つまり、"意図的に"削除されたってことか?」


「間違いねぇな」


 鷹野は腕を組み、画面をじっと見つめる。


「これはただの医療記録じゃねぇ。"何か"を隠すために、美咲の過去を消したんだ」


 柚葉は不安そうに神崎を見上げる。


「じゃあ、美咲ちゃんが"どこにいたか"は、もう分からないんですか?」


「いや、一つだけ手がかりがある」


 神崎は画面の片隅にある、"削除ログ"を指差した。


「このデータを削除した"管理者"のログが残っている。……"T.K."」


「T.K.……?」


「施設の関係者か、それとも財団の人間か……」


 神崎はしばらく考えた後、静かに言った。


「こいつを追えば、美咲の過去に辿り着ける」


 柚葉は不安げに尋ねる。


「でも……どうやって?」


 神崎はスマートフォンを取り出し、橘財団の情報を整理する。


「"T.K."……このイニシャルを持つ人物が、財団の内部にいるはずだ」


 鷹野がしばらく端末を操作した後、ニヤリと笑った。


「……いたぜ。"橘桂一郎(たちばなけいいちろう)"。橘財団・研究開発部門の責任者だ」


 柚葉の目が大きく見開かれる。


「橘……財団……!?」


 神崎は静かに頷いた。


「つまり、"美咲の記憶を封じた"のは、橘財団の人間だということだ」


 柚葉は強く拳を握る。


「……私たちが、追うべき相手が決まりましたね」


「ああ」


 ——"美咲の記憶を消した"橘桂一郎。

 ——こいつが、10年前の事件の"真相"を知る鍵を握っている。


 神崎はタバコを消し、立ち上がった。


「次は"橘桂一郎"を追う」


 ——10年前の闇が、ゆっくりと姿を現そうとしていた。

読んでいただきありがとうございました。続きが気になる、面白かったって方はブックマークと下の方にある星マークを付けてください。ものすごく励みになりますので。それでは、次の話でお会いしましょう。

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