東京クロニクル ー 名探偵・神崎と少女助手の事件簿
第1章 血塗られた旋律
雨がしとしとと降る東京・渋谷の路地裏。ネオンの灯りが濡れたアスファルトに反射し、夜の闇に怪しい輝きを添えていた。そんな中、警察の青白いパトランプが回る一角で、一人の男が無残にも倒れていた。
被害者は音楽プロデューサーの三浦隆一。彼の首には鋭利な刃物による深い切り傷があり、すでに絶命していた。第一発見者は通りがかったカップルだったが、警察の事情聴取では特に怪しい人物を見たという証言はなかった。
この事件の捜査を担当することになったのは、警視庁の敏腕刑事——ではなく、名探偵神崎蓮司だった。
「やれやれ、また厄介な事件だな」
彼は肩まで伸びた黒髪を軽くかき上げ、冷めた目で現場を見渡した。神崎は警察と正式な契約を交わしているわけではないが、その卓越した推理力と数々の難事件を解決してきた実績により、特別に協力を求められることが多い。
そして、その神崎の隣に立っているのが、彼の助手——高校二年生の桜井柚葉だった。
「先生、この事件……何か変ですね」
柚葉は長い黒髪をポニーテールにまとめ、知的な瞳を光らせながら現場を見つめていた。名探偵の助手としてはまだ未熟だが、鋭い観察力と好奇心の強さは神崎のお墨付きだった。
「何が変だと思う?」神崎は柚葉の成長を促すように問いかける。
「まず、被害者の手元にある楽譜……これは彼が作曲中だったものですよね? でも、インクが乾いていないのに、雨で滲んでいません」
柚葉の指摘に、神崎は微笑を浮かべた。
「つまり、この楽譜は殺害現場ではなく、別の場所から持ち込まれた可能性がある……いい視点だ」
さらに神崎は被害者の服に目を向ける。スーツは乱れておらず、抵抗した形跡もない。犯人は顔見知りだった可能性が高い。
その時、警察の鑑識班から新たな報告が入った。
「神崎さん、凶器と思われるナイフが近くのゴミ箱から発見されました」
差し出された証拠品を見て、神崎は眉をひそめる。ナイフの柄にはべったりと血が付着しているが、指紋が完全に拭き取られていた。
「随分と手際がいいな」
犯人は計画的な犯行を行った可能性が高い。しかし、それにしてはどこか違和感がある。まるで"誰かを欺こうとしている"かのような……。
柚葉も腕を組んで考え込む。
「先生、犯人はわざと証拠を残したんじゃないですか?」
「……そうかもしれないな。だが、問題は"なぜ"そんなことをしたのか、だ」
二人は改めて現場を見回しながら、犯人が仕掛けた"罠"を解き明かそうとしていた——。
第2章 消えたメロディ
神崎蓮司と桜井柚葉は、現場の違和感を整理しながら、改めて被害者・三浦隆一の経歴を調べることにした。
三浦は音楽業界でそれなりの成功を収めていたプロデューサーだったが、最近はトラブル続きだったらしい。特に、所属アーティストの沢村レイナとの確執が噂になっていた。レイナは今年デビューしたばかりの新人歌手で、三浦が特に力を入れてプロデュースしていた。しかし、最近になって彼女は「契約を破棄したい」と事務所と揉めていたという。
「沢村レイナ……彼女が何か知っているかもしれませんね」
柚葉がスマートフォンで検索すると、レイナの公式SNSが見つかった。そこには数時間前の投稿があった。
《終わりにしなきゃ。もう限界……。》
「……意味深ですね」柚葉がつぶやく。
「彼女に会って話を聞こう」
そう決めた神崎と柚葉は、レイナの自宅マンションへと向かった。
レイナの部屋
高級マンションの最上階。ドアをノックすると、しばらくして中から女性の声がした。
「……どなたですか?」
「神崎蓮司という者です。あなたに聞きたいことがある」
一瞬の沈黙の後、ドアが静かに開いた。そこに立っていたのは、細身で華奢な女性——沢村レイナだった。彼女の顔には疲労の色が濃く、目の下には隈ができていた。
「……何の用ですか?」
「三浦隆一が殺された。あなたは彼と最近トラブルを抱えていたと聞いている」
その言葉を聞いた瞬間、レイナの顔が青ざめた。
「三浦さんが……死んだ?」
どうやら彼女はニュースを見ていなかったらしい。震える指でスマートフォンを取り出し、事件の記事を確認すると、手が止まった。
「そんな……まさか……」
レイナはソファに腰を落とし、しばらくの間、呆然としていた。しかし、やがて意を決したように口を開いた。
「私、本当は……彼ともう関わりたくなかったんです。でも……最後に一度だけ会うことになって……」
「いつ?」神崎が尋ねる。
「昨日の夜、彼から連絡があって……『どうしても話したいことがある』って。だから、渋谷のスタジオで会いました」
「その時、彼はどんな様子だった?」
「すごく焦ってました。何かに怯えてるみたいで……『レイナ、君を守りたいんだ』って言われたんです。でも、その意味が分からなくて……」
レイナの証言を聞いて、柚葉が眉をひそめた。
「誰かに脅されていた可能性がある……?」
「ええ。でも、彼はそれ以上何も言わずに帰ってしまって……。そして今朝、ニュースを見たら、彼が殺されていた……」
彼女は涙をこらえるように目を伏せた。
「何か思い当たることは?」神崎が続ける。
レイナは迷うように唇を噛んだが、やがてポツリとつぶやいた。
「……"あるメロディ"のことを話していました」
「メロディ?」
「三浦さんが言っていたんです。『このメロディが全ての鍵だ』って。でも、私には何のことか分からなくて……」
神崎と柚葉は顔を見合わせた。
第3章 封印された旋律
「このメロディが全ての鍵……?」
神崎蓮司は沢村レイナの言葉を繰り返しながら、思案するように顎に手を添えた。柚葉もまた、考え込むように眉をひそめる。
「それって、具体的にどんなメロディだったんですか?」
柚葉の質問に、レイナは戸惑った表情を見せながらも、スマートフォンを取り出した。
「……これです」
彼女が再生したのは、わずか数秒の音声ファイルだった。どこか不安定な旋律——まるで何かを訴えかけるような、切なくも不吉な音だった。
「……不思議なメロディですね」柚葉がつぶやく。
「この曲、どこで手に入れた?」神崎が尋ねる。
「三浦さんが作った曲……のはずなんです。でも、彼はこのメロディを『誰にも聴かせてはいけない』って言っていて……」
「それはなぜ?」
レイナは首を振る。「分かりません。ただ、三浦さんは『これは僕のものじゃない』とも言っていました……」
「……なるほど」
神崎はスマートフォンを受け取り、音声をもう一度再生する。そのわずかな旋律の中に、何か隠されたものがあるような気がした。
「先生、もしかしてこの曲……」
柚葉が何かに気づいたように口を開きかけたその時——。
バンッ!
突如、レイナの部屋のドアが激しく叩かれた。
「沢村レイナ! 開けろ!」
低く鋭い男の声——それは警察のものではなかった。
レイナの顔が一気に青ざめる。「……見つかった……!」
「見つかった?」
神崎の問いに答える余裕もなく、レイナは震える指でスマートフォンの音声ファイルを消去しようとした。しかし、その前に神崎が素早く奪い取る。
「待て。誰が来た?」
レイナは唇を噛み、怯えた目で神崎を見た。
「……"あの人"が……」
その瞬間、ドアの鍵が壊される音が響いた——。
第4章 影の訪問者
バキィン!
木製のドアが破られ、黒い影が室内へと踏み込んできた。
「レイナ、逃げろ!」
神崎が叫ぶと同時に、柚葉が素早くレイナの手を引く。しかし、黒い影——屈強な男が二人組——が彼女の行く手を阻むように立ちはだかった。
「メロディを渡せ」
低く冷たい声。
神崎はポケットに忍ばせたスマートフォンを強く握る。音声ファイルはまだ消されていない。
「お前たちは何者だ?」
黒服の男たちは答えなかった。ただ、静かに一歩ずつ近づいてくる。
「おいおい、話が通じないタイプか……」
神崎は舌打ちし、次の瞬間、手近にあったコーヒーテーブルを倒した。驚いた男たちが反応する間に、柚葉がレイナの腕を引いて窓際へ走る。
「こっちです!」
窓の外は非常用の避難ハシゴに繋がっていた。
「逃がすな!」
男たちが追いかけてくる——その瞬間、神崎はスプレー缶を掴み、ライターで即席の火炎放射を作った。
ボッ!
炎が一瞬だけ男たちをけん制する。
「今のうちに!」
柚葉とレイナは窓から外へ飛び出した。神崎もすぐに後を追う。
——そして、彼らは闇の中へと消えた。
第5章 追跡者
ビルの外壁に設置された非常用ハシゴを、神崎蓮司、桜井柚葉、そして沢村レイナの三人は息を切らしながら降りていった。
黒服の男たちがすぐ後ろまで迫っている。
「柚葉、先に行け!」
神崎が叫ぶと、柚葉はレイナの手を引きながら非常階段を駆け下りた。
「先生は!?」
「俺が奴らを足止めする!」
柚葉は一瞬ためらったが、神崎の鋭い目を見て頷いた。「分かりました!」
柚葉とレイナが階段を降りると、神崎は素早くライターを取り出し、ポケットに忍ばせていた煙草に火をつけた。
「……さて、追いかけっこは嫌いなんだがな」
彼はゆっくりと振り返り、黒服の男たちを見据えた。
「お前ら、随分と手荒なマネをしてくれるじゃないか」
男の一人が無言で拳を握りしめる。
「そのデータを渡してもらおうか」
「データ? なんのことだ?」
神崎はとぼけながら煙を吐き出す。もちろん、彼のポケットの中には消される寸前で奪い取った音声ファイルが保存されているスマートフォンがあった。
「お前の探偵ごっこはここまでだ」
男たちは一気に間合いを詰め、神崎に飛びかかった。
バッ!
神崎は寸前で身を翻し、男の拳をかわす。そのまま相手の腕を掴み、関節を極めるように捻り上げた。
「ぐっ……!」
もう一人の男が襲いかかるが、神崎は足元に転がっていたパイプを蹴り上げ、相手の膝を狙って蹴り込んだ。
「ぐあっ!」
「雑だな……」
神崎は静かに呟く。
しかし、その時——
パンッ!
乾いた破裂音が響いた。
——銃声だ。
男たちが撃ったのではない。遠くのビルの屋上からだ。
「……狙撃手?」
神崎は素早く身を伏せ、銃弾がかすめるのをかわした。
「ちっ……本気で殺る気か」
黒服の男たちも一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに無線機で何かを報告しながら撤退を始めた。
「どういうことだ……?」
男たちが去ると、神崎はすぐに立ち上がり、柚葉たちを追った。
第6章 秘密のメロディ
神崎が非常階段を降りると、すでに柚葉とレイナは人気のない裏通りで待っていた。
「先生!」
「無事か?」
「はい、レイナさんも……でも、あの人たちって一体……?」
神崎は周囲を警戒しながら答えた。「分からん。ただ、俺たちだけを狙っていたわけじゃないようだ」
「え……?」
「向こうも誰かに狙われていた。狙撃手がいたんだ」
「……!」
柚葉が息をのむ。
「何か大きな組織が動いているな……」
その時、レイナが震える声で言った。
「……私、思い出しました。このメロディ……昔、聞いたことがあるんです」
「どこで?」
「子供の頃……お父さんが弾いていたピアノのメロディ……」
「お父さん?」
「ええ……でも、お父さんは私が幼い頃に亡くなりました。でも、そのメロディは絶対に忘れられない……」
神崎は静かにスマートフォンのファイルを再生した。
レイナは目を閉じて、その音を聞く。そして、ぽつりと言った。
「……お父さんが弾いていたのと、全く同じ……」
神崎と柚葉は顔を見合わせた。
「三浦は、このメロディのせいで殺された……?」
「……そうかもしれません。でも、一体このメロディには何が……?」
その時——
柚葉のスマートフォンに通知が届いた。
そこには、未知の番号からのメッセージが届いていた。
《そのメロディに触れるな。命が惜しければ。》
第7章 暗号化された旋律
「……"そのメロディに触れるな。命が惜しければ"?」
柚葉がスマートフォンの画面を見つめながら、震える声でメッセージを読み上げた。
「何なんですか、これ……?」
レイナも不安そうに神崎を見たが、彼は静かに考え込んでいた。そして、一つの結論に達したように言う。
「……このメロディはただの曲じゃない。何かの"暗号"になっている可能性が高い」
「暗号……?」柚葉が首をかしげる。
「単なるメロディなら、ここまで命を狙われる理由がない。だが、もしこの旋律が何か重要な情報を隠す手段として作られていたとしたら……」
「そんなこと……」
レイナは信じられないという表情を浮かべながらも、心当たりがあるようだった。
「お父さん……沢村英一は、ただのピアニストじゃなかったのかもしれません……」
「父親について何か覚えていることは?」
「……あまり多くはありません。でも、お父さんはよく『音楽は言葉以上に多くを語るものだ』って言っていました。そして、よくこのメロディを弾いていたんです。まるで大事なことを私に伝えようとしていたみたいに……」
「なるほど……」
神崎は顎に手を添え、スマートフォンに保存されている音声ファイルを見つめる。
「このメロディの楽譜は?」
「……ありません。三浦さんは『これは紙には残せない』って言ってました」
「紙には残せない? つまり、何かを隠すためか……」
柚葉がふと思い出したように言う。
「そういえば、先生。事件の現場にあった楽譜、あれも雨に濡れていませんでしたよね?」
「そうだ」
「もしかして……あの楽譜には"本物"のメロディが書かれていたんじゃ?」
神崎は目を細める。
「あり得る。だが、楽譜を持っていた三浦が殺された……ということは、犯人もそれを狙っていたはずだ」
「じゃあ、その楽譜は今どこに?」
レイナの問いに、神崎は静かに答えた。
「警察だ」
第8章 警視庁の影
翌朝、神崎と柚葉は警視庁を訪れた。
「また厄介な事件を持ち込んできたな」
神崎たちを迎えたのは、警視庁捜査一課の大河内警部だった。強面のベテラン刑事で、神崎とは過去に何度も協力してきた仲だ。
「三浦隆一殺害事件の証拠品について聞きたいことがある」
「お前が聞きたいのは"あの楽譜"だろう?」
「……もう知ってるのか?」
大河内は渋い顔をしながら言った。「今朝、その楽譜が何者かによって盗まれた」
「何……?」
「警視庁の証拠保管室に保管されていたはずの楽譜が、夜のうちに消えた。しかも、監視カメラの映像はすべてノイズで潰されている」
「プロの仕事ですね……」柚葉が小さくつぶやく。
「それだけじゃない。今朝、捜査員の一人が襲われた。おそらく、楽譜を回収した犯人が、"証拠を完全に消す"ために動いたんだろう」
「楽譜を持ち出したのは、警察関係者の可能性もある……」
神崎の言葉に、大河内は低く唸った。
「……そう考えるのが自然だな」
その時、大河内のデスクの電話が鳴った。
彼が受話器を取ると、険しい表情に変わる。
「……分かった、すぐに向かう」
受話器を置き、神崎たちに向き直る。
「今、都内のホテルで遺体が見つかった。状況から見て、三浦の事件と関連があるかもしれん」
「遺体の身元は?」
「不明だ。ただ、一つだけ分かっていることがある」
大河内はポケットから一枚の写真を取り出し、神崎に見せた。
その写真に写っていたのは、血に染まったピアノの鍵盤。
——そして、その鍵盤の上には、一枚の"楽譜"が置かれていた。
第9章 血塗られた楽譜
都内の高級ホテル「ホテル・グランデ新宿」——
神崎蓮司、桜井柚葉、大河内警部は、遺体が発見された部屋の前に立っていた。警察の規制線が張られ、鑑識班が慌ただしく動いている。
「被害者の身元は?」
神崎の問いに、大河内がため息をつく。
「まだ分かっていない。遺体はひどく損傷していて、顔も潰されている。指紋も焼かれていた」
「……徹底してますね」柚葉が呟く。
神崎は警官の制止を軽く無視し、室内へと足を踏み入れた。
——そこには、異様な光景が広がっていた。
豪華な部屋の中央に置かれたグランドピアノ。その鍵盤の上には、被害者の血で染まった一枚の楽譜が広げられていた。
「これは……」
柚葉が息を呑む。
神崎は慎重に近づき、楽譜を覗き込んだ。
「……間違いない。これは三浦が残した楽譜だ」
「消えたはずの証拠品が、なぜここに?」大河内が眉をひそめる。
神崎は手袋をはめ、そっと楽譜を持ち上げた。
「先生……! それ、何か変じゃないですか?」
柚葉が指差す先には、楽譜の余白に小さく書き込まれた奇妙な記号があった。
「これは……?」
「暗号かもしれないな」
神崎がメモを取ろうとしたその瞬間——
パシッ
室内の照明が一瞬だけ揺らいだ。
「……?」
次の瞬間、非常ベルがけたたましく鳴り響く。
「火災が発生しました。すぐに避難してください」
館内放送が流れる。
「火事!?」柚葉が驚く。
大河内が無線を手に取る。「こちら大河内だ! どうなっている!?」
だが、無線からはノイズしか返ってこなかった。
神崎は即座に判断する。
「……これは"偽装"だ。誰かがこの部屋にいる俺たちを孤立させようとしている」
「なんだと!?」
「まずい、ここは危険だ。すぐに出るぞ」
神崎は楽譜を持ったまま、柚葉と大河内を促して部屋を出る。しかし、廊下に出た瞬間——
バンッ!
ホテルの自動ロックシステムが作動し、廊下の両端のドアが一斉に閉まった。
「閉じ込められた……!」柚葉が叫ぶ。
「くそっ、誰かが仕組んだ罠か!」
その時——
廊下の向こう側から、黒い影が現れた。
静かに歩いてくる一人の男。
長身で、黒いコートを羽織っている。顔の半分をマスクで覆い、冷たい視線をこちらに向けていた。
「……やっと会えたな、名探偵」
低く、静かな声。
神崎は冷静に目を細める。「……お前が、この事件の黒幕か?」
「黒幕? いや、違うな。私は"案内人"に過ぎない」
男はゆっくりとポケットから何かを取り出した。
それは、一枚のSDカードだった。
「お前が持っている楽譜……そしてこのカード。その二つが揃えば"真実"にたどり着ける」
「真実……?」
「だが、お前にそれを知る覚悟はあるか?」
神崎は微かに笑った。「生憎、そういう話には興味があるんでな」
その瞬間——
男が銃を抜いた。
「——試してやろう」
パンッ!
銃声が廊下に響く——!
第10章 消された旋律
パンッ!
銃声が響いた瞬間——神崎蓮司は、柚葉と大河内を抱えるようにして床に転がった。
ヒュンッ——!
弾丸がかすめた壁に小さな穴が空く。
「くそっ!」大河内がすかさず拳銃を抜き、黒コートの男に向ける。
しかし、男はすでに廊下の暗がりに消えていた。
「……逃げた?」
柚葉が警戒しながら立ち上がる。
「いや、あれは"警告"だ」
神崎は床に転がったSDカードを拾い上げた。
「奴は本気で俺たちを殺そうとしたわけじゃない。俺たちに"選択"をさせようとしている」
「選択?」
「そうだ。この楽譜とSDカード——これが揃った時に何が起こるのか。それを知るのか、知らないまま逃げるのか……」
「バカバカしい!」大河内が舌打ちをする。「こんな回りくどいやり方、普通の犯罪者じゃねえ」
神崎はカードを手の中で転がしながら、静かに言った。
「だからこそ、これは"ただの事件"じゃないんだ」
第11章 隠されたメッセージ
都内 某所 —— 神崎のオフィス
深夜。静かな部屋の中、神崎、柚葉、そしてレイナがPCの画面を見つめていた。
「これが、あのSDカードの中身……?」
柚葉がつぶやく。
PCの画面には、一つの音声ファイルが表示されていた。
「Unknown Melody.mp3」
「また"メロディ"……?」
「再生するぞ」
神崎がクリックすると、スピーカーから静かなピアノの音が流れ始めた。
——それは、あの旋律と同じだった。
「……やっぱり、この曲……」レイナが震えた声で言う。
しかし、再生が終わると、画面に奇妙な文字列が表示された。
「解読キーを入力してください」
「解読キー?」
神崎は顎に手を当て、考え込んだ。
「つまり、このSDカードには"何かが隠されている"ということだな」
「でも、解読キーが分からなければ……」
「……」
神崎はふと、血に染まった楽譜を取り出した。そして、楽譜の隅に書かれた記号を見つめる。
「これだ……」
「え?」
「この記号——これは、五線譜をもとにした"暗号"になっている」
神崎は楽譜の記号を一つずつ読み解き、PCのキーボードに打ち込んだ。
「E-A-G-L-E」
Enterキーを押す——。
次の瞬間、画面が切り替わり、ファイルが開いた。
そこに映し出されたのは、一枚の極秘文書だった。
「……これは……?」
柚葉とレイナが画面を覗き込む。
それは20年前の機密情報だった。
「プロジェクト・EAGLE —— 音楽暗号技術に関する極秘研究報告書」
「音楽暗号……?」
レイナが小さく呟く。
「……まさか」神崎の表情が険しくなる。「この旋律は、ただのメロディじゃない」
「どういうことですか?」
「これは……"暗号化された国家機密"なんだ」
「……っ!?」
柚葉とレイナが息をのむ。
「三浦隆一は、偶然このメロディを手に入れてしまった。そして、それを知った何者かが彼を殺した……」
神崎は静かに続ける。
「つまり、これは"国家レベルの陰謀"だ」
第12章 影の組織
バンッ!
突然、オフィスのドアが破られる。
「なっ——!?」
黒服の男たちが数人、銃を構えて突入してきた。
「データを渡せ」
静かにそう告げる男の後ろには、あの黒コートの男が立っていた。
「やあ、探偵さん。また会ったな」
男は静かに微笑む。
「どうやら、お前は"知りすぎた"ようだ」
神崎は、画面に映る機密情報を一瞥し、ゆっくりと立ち上がる。
「さて、どうする?」
男が銃を神崎に向ける。
「このデータを消せば、お前の命は助かる」
神崎は小さく笑った。
「……悪いが、それは"俺の流儀"じゃない」
次の瞬間——
神崎はPCのキーボードを叩いた。
データ送信中—— [87%]
「貴様……!」
「遅いな」
神崎は静かに言った。
「このデータはすでに"外部"に送信中だ。もう止められないぜ」
「……何!?」
男の表情が歪む。
そして——
銃声が響いた。
第13章 最後の旋律
——パンッ!
銃声が響いた瞬間、柚葉が反射的に目を閉じた。
だが、次の瞬間。
「……ぐっ!」
倒れたのは神崎ではなく、黒服の男の一人だった。
「なっ……!?」
黒コートの男が驚愕の表情を浮かべる。
——背後から、新たな影が現れたのだ。
「……やれやれ、随分と派手にやってくれたな」
暗闇から現れたのは、警視庁捜査一課の大河内警部だった。
銃を構えたまま、彼は低く言う。
「てめえら、こっちも"知りすぎた"みたいだな」
「……クソッ!」
黒コートの男は舌打ちし、銃を再び神崎に向けようとした——だが、その瞬間。
「もう遅い」
神崎が冷静に言った。
——PC画面には、はっきりとメッセージが表示されていた。
「データ送信完了——全世界の主要メディアへ送信済み」
「貴様……!」
黒コートの男の顔が歪む。
「もう止められないぞ。この"国家機密"は、今頃全世界に知れ渡っている」
「……貴様ァ……!」
男は怒りの形相で銃を振り上げる。
しかし——
バンッ!
再び銃声が響いた。
男の手から銃が吹き飛ばされる。
「……終わりだ」
そう言ったのは、大河内だった。
「国家ぐるみの陰謀? そんなもんがどうだって? もうバレちまったんだよ」
黒コートの男は唇を噛み締める。
「クソッ……!!」
彼は最後の抵抗を試みようとしたが、すでに警察の特殊部隊が突入してきていた。
「これ以上は無駄だぜ」
神崎が静かに言うと、男は悔しそうに天を仰いだ。
——こうして、"プロジェクト・EAGLE"を巡る闇は暴かれた。
最終章 探偵と旋律
事件から一週間後——。
東京の喧騒の中、神崎蓮司の事務所には、いつものようにコーヒーの香りが漂っていた。
「……いやあ、先生。本当に無茶しましたね」
柚葉が呆れたように言う。
「ふん、探偵はこれくらいじゃないと務まらん」
神崎は煙草をくわえ、新聞を広げる。
そこには、「音楽に隠された国家機密——歴史を揺るがすスクープ!」という見出しが躍っていた。
「……これで、本当に終わったんですかね?」
柚葉が不安げに言う。
神崎は少しだけ笑った。
「終わりなんてものはないさ。ただ、"この事件"はもう幕を閉じた。それだけだ」
「……先生って、時々カッコつけますよね」
「お前が俺の助手だからな。少しは見栄を張らせろ」
そう言って、神崎は柚葉の頭をポンと軽く叩いた。
「これからも、謎は尽きないだろう。だが、俺たちはただ、それを解いていけばいい」
——名探偵・神崎蓮司の事件簿は、今日も続いていく。
【完】
エピローグ:闇の中の囁き
薄暗い部屋の中。
携帯電話のコール音が鳴り響く。
「……奴らに先を越されたか」
低い声が呟く。
「……だが、"次の計画"はすでに動き出している」
電話の向こうの相手が静かに笑った。
「名探偵・神崎蓮司……"次"は、お前が標的だ」
——闇は、まだ終わっていなかった。
読んでいただきありがとうございました。続きが気になる、面白かったって方はブックマークと下の方にある星マークを付けてください。ものすごく励みになりますので。それでは、次の話でお会いしましょう。