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13 十五年越しの帰還②

「まだ、私の部屋があるの?」

「アントニオ様もフィデル様も、レイチェル様の部屋をそのまま残すように仰せになっています。ドレスなども全て、ございますよ」


 ローラが言うので、驚いた。十年も前に死亡扱いになっているのだから、伯爵城にある自室もとうの昔に撤去されていると思ったのに。


 レイチェルの部屋は、伯爵城の三階にあった。ローラが鍵を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。


 掃除は、まめにされているのだろう。埃っぽい雰囲気はなく、まさに十五年前――レイチェルにとっては今日のことだが――出かけたときと全く同じ室内だった。


 だが、一つだけ違うものがある。


「ローラ、これは?」

「どうぞ、ご覧ください」


 部屋の中央に、記憶にないものが置かれていた。レイチェルの目線の高さほどの縦長のもので、布製の覆いが掛けられている。


 ローラの許可を得て布を捲ったレイチェルは、それが大きな絵であると分かった。そこに描かれているのは――


「……私?」

「レイチェル様付メイドの、ビビアン、覚えていらっしゃいますか? 彼女が描いたのです」


 ローラが言うが、レイチェルは布の覆いの下から現れたものにぽかんとして見入っていた。


 それは、レイチェルの絵だった。着ているのは、アントニオから贈られたものの中でもお気に入りで、よく袖を通していた緑色のドレス。お腹の前で手を重ねてこちらを見て微笑む自分の姿は若干美化されすぎているようにも思われるが、とてもよく描けていた。


「レイチェル様を恋しがって泣くフィデル様のためにと、ビビアンが描きました。彼女にはどうやら、絵の才能があったようで……それから、あの事故の日にフィデル様がかんしゃくを起こされた原因は自分にもあると思ったらしく、夫のフランクと一緒に描いたのです」

「……えっ? それじゃああの二人、結婚したのね!」


 少し惚けていたレイチェルが慌てて振り返ると、クローゼットの中を探っていたローラがうなずいた。


「あの日、フィデル様はレイチェル様と護衛のフランクの仲を勘違いして、お怒りになったそうですね。フランクとビビアンが事情を説明したことで、フィデル様も納得されたそうです。……レイチェル様の死の責任を感じて一度は別れることも検討したそうですが、他ならぬフィデル様の後押しを受けて結婚しました。二人は数年前に退職して、今は伯爵領の田舎で子どもたちと一緒に暮らしているそうです」

「……そう、なのね」

「フィデル様は悲しいことがあるとこの部屋においでになって、レイチェル様の絵の前で過ごされたそうです。……ですからフィデル様は絶対に、レイチェル様との再会を喜ばれます」


 そう言ってこちらにやってきたローラが、そっとレイチェルの背中に触れた。

 昔よりずっと小さく皺まみれになった手だが、その手つきは昔と変わらず力強くて優しい。


「だから、大丈夫です。フィデル様もきっと、レイチェル様のことを家族として温かく迎えてくださいます」

「……ありがとう、ローラ」


 うん、と大きくうなずき、振り返ったレイチェルはローラの手を取った。


「私、フィデルに会いたい。……いろいろ話さないといけないこともあるけれど、ちゃんと全部話して分かってもらうわ」

「ええ、きっと大丈夫ですとも」

「ありがとう! それで、フィデルはここ数年はずっと王都にいるのだったかしら?」

「はい。ご多忙のようですし……あと、まだご結婚もされていません」

「あら、そうなの?」


 それは少し意外だ……というか、レイチェルとしては申し訳ない気分だ。レイチェルは彼の母親代わりとして、彼の花嫁を探す責務があったのだから。


 ……もしかするともしかしなくても、今はもう二十五歳になっているはずのフィデルが独身なのは、レイチェルの事故が原因なのではないか。


(事故に遭うよりも前に、きちんと婚約者を見繕ってあげるべきだったわ……!)


 くっ、と後悔するレイチェルは、ローラが怪訝な表情でこちらを見ていることに気づかなかった。


「……私がもっとちゃんとしていれば!」

「……でももしかするとフィデル様のことだから、今のレイチェル様と再会するととんでもないことを言い出すのでは……?」

「……こうしてはいられないわ。ローラ! 私、フィデルに会いに行くわ!」


 ぐっと拳を固めたレイチェルが言うと、ローラは少し目を細めた。


「……そうですね。フィデル様のお戻りをここで待つよりは、王都に直接行かれた方が早いでしょう。あちらの屋敷の者と連絡を取りましょう」

「ありがとう。……でも王都の屋敷の人たちは、私のことを知らないでしょう?」


 アントニオの養女になったものの公表はしなかったので、レイチェルは社交界デビューなどをしていない。

 伯爵令嬢になってからの八年間はずっとこの伯爵城で過ごしたので、王都にある屋敷の使用人たちとは一度も顔を合わせたことがないし、そもそもレイチェルの存在すら知らない者も多いのではないか。


「そのことでしたら、ご安心ください。うちの執事が手紙を書けば皆、理解するでしょう。……それに、フィデル様とお会いできれば全て解決するはずです」

「それもそうね」


 十五年前と全く変わらない顔で再会すればフィデルも警戒するかもしれないが、そもそも魔道具に吸い込まれて行方不明のち死亡扱いになった叔母なのだから、昔と変わらない姿で現れても「そういうこともあるかもしれない」で納得してくれる……と信じたい。


 ……フィデルはずっと、レイチェルのことを後悔しているという。


(あの子が前を向けるようになるためにも、早く会いに行かないと!)

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