(パリス離宮)1
手が空いたのでちょっとだけ、ちょっとだけ。
スローな、スローな、ゆったり更新になります。
律子はパリス離宮のベランダに出た。
心地好い夜風に包まれながら、星空を見上げた。
月が二つ。
青と赤。
兄弟のように仲良く並んでいた。
ここに黄色があったらなあ、そう律子は思った。
パリス離宮。
王都ロンドーンの西の山中にあった。
王都からは徒歩で二時間ほどの距離。
離宮を正確を期すなら、詰城と呼ぶべきかも知れない。
山の後背は断崖絶壁で、その下を深い川が流れていた。
周囲三方は起伏に飛んだ地形で、大小様々な岩もゴロゴロ。
平地は門前にちょっとあるのみ。
山中や周囲の魔物を狩れば食糧になるので、
長期の籠城も可能だという。
故に王都が墜ちたら王族はここへ落ち延びるのだそうだ。
山の中腹に建てられたパリス離宮から麓を見下ろすと、
門前の狭い平地に集落があった。
密集はしてないが、平地すべてが人家で埋まっていた。
その人家の灯りがポツリポツリ。
夜ふかしする者が少ないのか、それとも燃費節減か。
詳しくは分からない。
その集落には離宮に勤める者達だけが居住を許されていた。
奥から泣き声が聞こえて来た。
また誰かが泣き始めた。
釣られるように増えて行く。
夜泣き。
それでも当初よりは少なくなった。
当初は朝昼晩、絶え間なく泣き叫んでいた。
中には暴れて物を壊す子もいた。
その度に裕子先生と手分けして宥めて回った。
怒る訳には行かない。
園児達には全く罪はないのだ。
罪の全てはこの国にあった。
召喚した王国が一方的に悪いのだ。
律子は【聖女魔法超級】を起動した。
《サーチ》で園児達を視た。
泣いているのは十三名。
いつもの面子だ。
弱虫とは思わない。
我慢させるより泣かせた方が健康的だ。
幸い夜間スタッフは多い。
テイムした神殿の大枢機卿、ユセフ・ラ・サルバドの手を借りて、
育児経験のある寡婦を大勢紹介して貰った。
昼夜問わず八時間交代勤務、五日連続勤務で休日は二日。
そういう条件で計四十五名を雇用した。
彼女達が夜泣きする子に寄り添っていた。
効果は大きい。
次第に声が小さくなって行く。
泣くなのは構わない。
出来れば吐き出させた方が良い。
裕子先生もそう言っていた。
それを元に律子はスキルを工夫した。
《リフレッシュ》がそれ。
ロックオンし、泣き疲れた子に掛けて行く。
疲労を明日に持ち越さない、それが大事。
幸い律子には強力なスキルがあった。
女神様のご加護と聖女魔法。
それを遺憾なく発揮した。
テイムした国王を始めとした重鎮に、衣食住を提供させた。
ここパリス離宮もその一つ。
条件なしで、一切を譲渡させた。
慰謝料として一時金も支給させた。
それを原資に寡婦達を雇用した。
年間予算も獲得した。
名目を『足立リンゴ~ン幼稚園にゃんこ組(年長組)費用』とし、
国家予算の一割を毎年計上するように法律改正させた。
お陰でお金に困ることはない。
逆に余るほど、ウハウハだ。
今のところ置かれた環境は順風満帆。
テイムしていない連中の不満が燻っているようだが、
こちらが知ったことではない。
反乱を起こさば起こせ。
王国主導で処理させよう。
裕子先生がベランダに出て来た。
律子は軽く会釈した。
「お疲れ様です」
裕子先生は忙しい身。
昼間は園児の世話。
夜になると園児の為のテキスト作成。
帰還できるかどうかは分らぬが、
何時帰還しても良いように小学校レベルのテキストを作成していた。
空いた時間にはその他諸々。
とにかく園児に時間を捧げていた。
疲れの抜けぬ顔で律子を見た。
「本当にお疲れだわね」
「大丈夫ですか」
「危なくなったら《ヒール》を掛けてるから、たぶん、大丈夫」
裕子先生は【光魔法上級】を得ていた。
裕子先生は年代的に、最初はそれを理解できなかった。
が、しかし、そこに愛読書がラノベという律子がいた。
素人律子のラノベ頼りの指導で、裕子先生はメキメキ腕を上げた。
この短期間で立派な魔法使いになった。
メイドがワゴンにビールと肴を乗せて来た。
会釈して、ベランダのテーブルにそっと置いた。
それを見て裕子先生が律子を誘った。
「飲みましょう」
断る理由はない。
地下蔵に収められていたビールだ。
当然、王家御用達の逸品。
その一部がここへ避暑に来る王族の為に貯蔵されていた。
【氷魔法中級】スキル持ちのメイドが管理していたので、
品質保持が為されていた。
ありがたい。
グビッ。
うっ、美味い。
仕事終わりの一杯。
摘まむ肴は魔物の肉の燻製。
おおっ、塩味が・・・。
岩塩が良い仕事をしていた。
酔いが回った二人の足下を小さな影が駆けて行く。
猫。
園児用にアニマルセラピーとしてペットを飼った。
離宮室内には猫十匹の放し飼い。
離宮庭園には犬八頭の放し飼い。
それとは別だが、勝手に鳥が遊びに来る。
酔いが回っても律子の《サーチ》は働いていた。
何より優先すべきは園児なので、薄く広くこの一帯を覆わせた。
自分達や使用人達を登録し、どこに誰がいるのか一目瞭然にした。
そして不審人物の所在も明らかになるようにした。
断崖絶壁に沿って流れる川に小船が現われた。
偶にあるから珍しい事ではない。
珍しいのは、その船が断崖絶壁に接岸したこと。
強引に停船して杭でも打ったのだろう。
《サーチ》に指向性を持たせ、船を視た。
知らぬ国の人間達だった。
乗船していたのは隣国、バラクーダ帝国の諜報員、五名。
うちの三名が断崖絶壁の登攀に挑んだ。
こんな夜中にロッククライミング、なんて物好きな、そう思った。
実際、途中で一人が落ちた。
真っ逆さまに船に落ちた。
船は十名は乗れないサイズの木船。
落ちて来た諜報員の勢いに耐えられる訳がない。
紙でも破るかのように、船底を突き破った。
《サーチ》に、破損、の表示。
落下の衝撃で船に残っていた二名が川に投げ出された。
ロッククライミング中の二名の動きは変わらない。
下の惨劇から目を背け、上を目指した。
それに、逃げようにも足となる船がない。
それは破損し、沈没も間近い。
となると、登攀の一択。
律子は控えていたメイドを手招きして、手短に状況を伝え、
警備隊詰め所へ走らせた。
裕子先生が顔を顰めた。
「あそこを登って来るなんて、・・・本物の勇者様よね」