前編。
教室の真ん中で突然、光が生まれた。
園児達を寝かしつけていた副担任、律子は思わず目を背けた。
眩しい、これは・・・。
瞬く間に教室全体が光で覆われた。
律子は身が竦んで声も出せない。
光が動くのを感じた。
それはエレベーターに似ていた。
上か下かは知らないが、確かに動いていた。
時間の経過も分からない。
長いのか短いのか。
やがて光が動きを止めた。
事前予告がないので、律子は思わずバランスを崩した。
転ばず、辛うじて床で四つん這いになれた。
うっ・・・、床が白い。
えっ・・・、紋様なの。
光そのものも消えた。
エレベーターホールではなく、それよりも広いホールにいた。
市の体育館の倍の広さ。
光が消えたと同時に声がした。
「「「ここは」」」
「「「どこなのよ」」」
寝ていた筈の園児達が起き、一斉に騒ぎ始めた。
それをよそに律子は床を観察した。
白い床に赤色の紋様が描かれていた。
何かしら・・・、とっても怪しげ。
律子は背中に衝撃を受けた。
「りっちゃんせんせー」
男児、とし君がタックルして走り去った。
その後ろを仲の良い女児、むっちゃんが追い掛けて行く。
「うわきはだめよ」
ホールは床だけでなく、丸柱も天井も白一色であった。
園児達はそれどころではなかった。
まるで犬のように走り回っていた。
とっ、ホール全体に声が響き渡った。
「ようこそ、異世界の勇者の皆様、歓迎いたします」
床の一段高いところに大勢の人がいた。
彼等を代表しているのは白いロープ姿の人。
壇上から両手を大きく広げて頭を軽く下げた。
足を止めた園児達がてんでに言う。
「いせかい」
「ゆうしゃ」
「てれびなの」
「「すまほでしょう」」
「「「かめらはどこ」」」
ホール内に園児達の声が響き渡った。
律子は大好きなラノベを思い出した。
異世界、勇者、・・・だとすると召喚ですよね。
腰を下ろしたまま、ステータスと念じた。
すると脳内にモニターが出現した。
やった・・・。
感謝感謝、白いローブの人とその他の皆様。
白いロープ姿の人は場を見て困惑。
召喚するには縁遠い園児達の集団に目を白黒させた。
それでも立ち直ると説明を始めた。
「私はこの国、セルジャノン王国の魔法師団の団長です。
名前は、グロス・マラ・マセットと申します。
まず謝罪させて下さい。
この度の勝手な召喚、これについて深く深くお詫び致します」
彼は深く頭を下げた。
壇上の者達も一斉に倣った。
それなのに園児達は見てもいないし、聞いてもいない。
勝手に仲間内で騒ぎでいた。
中には壇上に上がろうと、手を伸ばす子もいた。
男児、ゆう君だ。
「むむむむっ」
失敗してこけた。
「ふぎゃ」
律子も園児達の批判は出来ない。
ラノベ趣味に走り、スキル確認に夢中になった。
が、園児達の安全の為に片耳だけはグロスに傾けた。
そのグロス、無難に説明を続けた。
マニュアルがあるのだろう。
律子の耳に時折、召喚、教会、神殿、魔王、魔族、勇者、賢者、
聖女、それらの単語が届いた。
ラノベでは、ごくありふれたものだ。
誰かがグロスに尋ねるのが聞こえた。
「私達は動物すら殺した事がありません。
それで私達に魔王と戦えと。
無理です。
ゴキブリでも殺せません」
律子は顔を上げた。
発言したのはクラス担任、裕子先生だった。
それに、グロスが応じた。
「はて、そちらにもゴキブリがいるのですか。
それはさて置き、召喚の作用により、スキルが生まれたと思います」
「スキル」
「そうです。
異世界から召喚された方々には、
女神様から漏れなくスキルが与えられるのです。
人を超えた強い力が。
最低でも一つか二つ、運が良ければ五つ、六つ。
こうやって皆様と私共が会話できるのも、その一つです」
律子は皮肉を言いたくなった。
異世界言語理解、それで終わる者もいるのね、って。
お気の毒に。
それが園児達でなければ幸いなのだけど。
けれど言わない。
副担任なので、先方との遣り取りは裕子先生に任せる事にした。
裕子先生の方が齢食ってる分、頼りになると思う、たぶん。
園児達が落ち着いたと見て取ったのか、
グロスが言う。
「それでは我が国の国王陛下をご紹介致しましょう」
彼等の後方の壁が動いた。
左右に押し開かれた。
完全武装の兵士の一団が出て来た。
途中で一団が割れ、一際大柄な男が一人前に進み出た。
「異世界の者共よ、召喚に応えてくれて礼を申す」
国王陛下が得意顔でこちらを見回した。
その厚顔振りに律子は不信感を持った。
頭を下げるどころか、逆に見下ろす姿勢。
拉致、その言葉が思い浮かんだ。
向こうからすれば召喚、こちらにとっては拉致。
裕子先生も同じ思いなのだろう。
国王陛下を睨み付けながら尋ねた。
「私達は元の世界に戻れるのですか」
国王陛下の表情が固くなった。
グロスが慌てて答弁を代わった。
園児達に危機感はない。
多くは集まってペチャクチャペチャクチャ。
まだ走り足りない子達もいた。
その子達は好き勝手に競争していた。
「おれいちばん」
「ちがう、ぼくだよ」
園児たちは時折、裕子先生を見るが、尋ねようとはしない。
信頼しているのだろう。
律子はスキルを理解した。
早速起動した。
【聖女魔法超級】《サーチ》。
それに誰も気付かない。
グロスもそう。
そのグロスが裕子先生に真顔で答えた。
「召喚にも、送り帰すにも、大量の魔素が必要なのです。
普通に溜めるのなら十年ほど。
手っ取り早いのは魔王です。
魔王を討伐すれば、魔王から大量の魔素が吹き出ます。
それを用いれば、あなた方を送り帰せます」
《サーチ》に嘘と表記された。
ついでに国王陛下とグロスのスキルを視た。
グローリのスキルは魔法師団の団長だけに、たいしたもの。
上級が多い。
ところが国王陛下は違った。
スキル以前に問題があった。
影武者だった。
うっきー、馬鹿にしてるのかしら。