95.Lady Red -2-(5)
大切にしていた赤いハンカチ。
それを貧民街で無くしてしまったと告げるシエナは、喜色を口にふくみながら言葉を続けていく。
焦り、悲しみ、失意。
大切なものを無くしたにしては、寒色の感情が見て取れないシエナだったが、カメリアには無理にそう振る舞っているようにも見えていた。
「それは早く見つけないといけませんね」
「うん。でも、この前手がかりは見つけたんだよ? もうちょっと頑張れば見つけられたかもしれないのに、違うもの見つけちゃった」
「……アンナさんも目撃したものですか」
「そう。あの後、ラルフはすごい怒るしさー。散々だよ」
「怒るに決まっているだろう。それとお父さんと呼べ、シエナ」
アンナと同じものを見ていると同意した彼女に、カメリアは声のトーンを一つ落とす。
貧民街で発見された殺人鬼の被害者と思われる女性。
その無惨な姿を少女たちは見ているのだが、話題に上がった際の反応は異なっていた。
視線を落として口を強めに結ぶアンナと、調子を変えずにいるシエナ。
どちらにせよ痛ましさを感じてしまう夫人は、喉まで出かかっている疑問を吐きだせなかった。
「──落とし物を探してたのは分かったけど、なんであそこ? あんな怖いところ、行く必要ない」
「えっ! 興味あるの? お姉さん、ボクが何してたのか知りたいんだ!」
「別に、そんなのない。ただなんであんな場所で落とし物したのか、気になっただけ」
どうして危険とされる貧民街で落とし物をしたのか。
親子ともども貧しさを覚える身なりはしておらず、裕福と言えなくともそれなりの暮らしをできてることは、アンナにだって読み取れる。
下手すれば出かけたまま帰らないことさえある場所に少女一人、何をするためにいたのか。
カメリアが判断を迷わせていた言葉をアンナが告げるも、返って来たのはバツの悪さを知らない無垢な少女の笑顔だった。
「いいよ、一度聞かれたからには答えちゃうから。……といっても、遊んでただけなんだよね。ラルフの家って工場近くにあって、隠れられる場所が多いんだ。そこで遊ぶの飽きちゃって、なら冒険しよーってあそこに行ったの。それだけ」
まぶしくて、つい視線をそらしてしまいそうになるシエナの笑み。
話とかみ合わない喜色の表情にふと別の場所を見た途端、カメリアの視界から赤い少女の姿が消えてしまう。
どこへ行ったと考える間もなく、瞬き一つの時間で再び姿を現したシエナは、いつの間にか夫人の目の前にまで近寄っていた。
カメリアを挟んでアンナと視線を結ぼうとするシエナだが、その希望はもう叶わない。
ふいとそらされる顔に赤い少女は不満を覚えるも、その表情は霧のように感情をぼやけさせて元の明るさとなっていく。
「遊びに夢中になってたら、落としちゃった」
「……随分とお転婆な娘さんのようですね、お客様」
「えっ、ええ。その、苦労するばかりです」
目を離せばどこかへ消え、そして気が済めばふらりと姿を現す。
自由奔放。その上、毒気を抜く無垢な笑顔。子どもがいないとはいっても、シエナのような子どもを育てるとしたら、ラルフのようにくたびれるのも無理はないと夫人は想像していく。
まだアンナの方が心労には優しいと考えるカメリアは、視線を彷徨わせているラルフに同情の念が湧いていた。
「お姉さん、本当にボクと遊んでくれないの? 一緒に外へ遊びに行きたかったんだけどなー」
「行かない、中がいい」
「えー、そんなのつまんない。広い場所でかくれんぼしたいの、ボクは」
「一人でやればいい」
「それじゃあ誰も見つけてくれないじゃん」
苦労の絶えないことがうかがえるラルフに少しでも安らぎをと、アンナと遊びたがるシエナへの代案を思案していくカメリアだったが、そんな彼女の思惑を赤い少女は察しない。
夫人を挟んだままなのは変わらず、尻尾があったら犬のように振っていそうなシエナは、次々と自分の考えをアンナにぶつけるばかり。
それを少ない言葉で叩き落とす黒い少女は、深い紫色の瞳に光を宿していなかった。
「──早く帰って来てよ、ザック」
赤い少女が放つ猛攻に耐えるアンナは、カメリアの腕にしがみつきながら最も信頼する青年の帰りを懇願する。
カメリアでは心もとない。
あの怪しい風体の青年なら、シエナをどうにかして引きはがしてくれる。
そう信じて待つアンナは、ささいな抵抗として彼女なりの睨みを利かせてみるも、返って来たのは屈託のない笑顔だけだった。




