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霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第三幕 ???

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94.Lady Red -2-(4)

 朝食を摂る二人の少女を置いて、大人たちは向かい合う。

 ザックとパーシヴァルがそうだったように、顔を突き合わせたカメリアとラルフは、緊張の色を空気にふくませていく。


 いや、強張った色味をにじませているのはラルフだけ。

 代理で話を聞こうと持ちかけた夫人においては、初対面のときと変わらない冷静さだけが、彼女の表情に描かれていた。


「ゆっくりとで構いません、お客様。あの人が帰ってくるまで、あと半日近くはありますから」

「えっ、ええ。その様ですね。……すみません、どうにもこの手のことは苦手で」


 依然としてはっきりと喋らず、下を見がちなラルフは、その視線をカメリアにではなく娘にばかり向けていく。

 助けを求めているのか。不安に染まった眼差しを食卓へ飛ばすも、肝心のシエナは気にも留めない。


 僕はアンナと遊びたい。だから邪魔をしないで欲しい。

 探偵へ用があって来ているとは思えないシエナの態度は、子どもらしい気まぐれさの表れにも見える。


「何というかですね、僕としては今すぐにという用件ではないというか。シエナがどうしてもと言うので、足を運んだといいますか」

「娘さんのご用事ですか。仰る通り、お急ぎではないご様子ですね」

「ええ、みたいです。ここへ着く前はかなり急かされたのですが、今ではすっかり忘れているようで。あの子を相当気に入ったんですね」


 アンナと友だちになろうとはしゃぐシエナを見て、焦る気持ちが落ち着いてきたのか、区切りをつけながらだがラルフは心境を吐露していく。


 本人としては、探偵がいないのなら一度帰宅してもいい。

 そう言葉にはできても、腰の重さは変わらない。


 娘の言うことが第一とばかりに物事を決める彼は、いつまでもその瞳をシエナに向けていた。


「友だちが少ない子でしたから、帰ろうとは言えませんよ」

「それは……無理もありませんね。──それにしても、一度どこかでアンナさんとお会いしているようですが、どこで会ったのでしょう?」

「ああ、ええっと。その、そう! 二週間前に遊んでいたら、その様子が気になったあの子が追いかけて来たとか言ってました」

「そうですか。今の様子からでは、あまり想像できませんね」


 事実、路地へ入るシエナの背をアンナは追いかけていった。

 その後を知っているラルフは続きを語らず、カメリアも聞き手に回っているため、深くは踏みこんでは行かない。


 少女たちの出会い方は、人生において(まれ)にある。

 特に子ども時代に似たことがあったとする人物は少ないとは言えず、気になったものをふらりと追いかけるのは、大人ですら当てはまる人物もいる。


 本人たちでも分からない、惹かれてしまう他人の何か。

 シエナはそれを掴んでいる様子があるも、逆にアンナは気のせいだったとばかりに嫌がる素振りを見せていた。


「ねえ、そのイチゴジャムのやつ、美味しい? ボク、コンビーフ飽きちゃった」

「食べればいい」

「さっきから気になってるんだよね。どんな味なの?」

「甘い」

「ジャムで甘くなかったらビックリだよ。ねえねえ、一口だけちょうだい」


 子どもたちはのんびりと昼食の続きを。

 カメリアはそう思って二人にしたものの、遠目だがアンナの様子を見ていると、夫人の心は申し訳なさで埋まっていく。


 言葉を交わすたびに高まっていく、シエナに対するアンナの壁。

 いつもなら人形めいた感情乏しい顔には、隠すことなく面倒くさいの文字が書かれている。


「じゃあさ、ほら。ボクのも一口あげるから……って、あっ!」


 これまでいなかった、周りにいると鬱陶(うっとう)しい人間。

 ミアと近いかもと思ったことを後悔するアンナは、手にしていたジャムサンドの残りを口の中に押しこむと、すぐに席を立って一目散にカメリアの下へ駆け寄った。


 夫人を盾にして隠れたアンナが、威嚇(いかく)でもするような雰囲気を漂わせると、シエナは詰まらなそうに口を尖らせる。


「ちぇっ。フラれちゃった」

「シエナ。その、程々にだな。ここに来た目的は──」

「忘れてないよ、ラルフじゃあるまいし。というか、ラルフが話してくれるんじゃないの?」

「いや、それはだな。そのほら、こういうのは得意じゃないというか」

「あー……本当、頼りにならないなあ。もういいよ。ねえ、お姉さん。ボクたちがなんでここに来たのか、って話だよね」


 飽きたと言いつつも、ペロリとコンビーフのサンドを平らげたシエナは、指先の汚れを舐めとりつつもラルフの後を継いでいく。


 親子で探偵に依頼をするとなれば、その多くは親が説明をする。

 子どもを連れる理由は家に残しておけないなどが一般的で、いざ来たときはアンナの時と同じく、別室で待っていることも少なくない。


 しかしこの親子はその例に当てはまらず、幼い娘であるはずのシエナが話の鍵を握っていた。


「簡単だよ。捜し物をしてるんだ。お姉さんと会ったのも、それを捜してるときだったの。でも結局ボクもラルフも見つけられなかったから、探偵に頼もうってなってね」

「そ、そう。そうなんですよ。だから、そんなに急いでないというか」

「察するに落とし物でしょうか。大切な物でしたら、あまり日を(また)ぐのもよろしくないかと」

「えっいや、そのですね。大切と言いますか……」


 改まって人に説明をするのが苦手なのだろう。

 これまでの言動からそう察したカメリアは、話を継いだシエナへ耳を傾けていく。


 しどろもどろな父親に対して、堂々とした上に楽しんでいる空気もふくんだ娘は、赤褐の瞳でカメリアとアンナを捉えていた。


「大切だよ。ラルフから貰った、赤いあかーいハンカチ。見つかったら、すぐ取りに行きたいぐらいの」


 失くした物への思いが胸いっぱいになっているのか、語るシエナの表情はうっとりとしていて。

 熱のこもった声音すら出す少女に、ラルフはこれまで以上の顔の青さを見せながらうな垂れていく。


 明るさと危うさを行き来する少女。

 そんな印象のシエナへアンナが向けるのは、終始険しい視線ばかりだった。

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