93.Lady Red -2-(3)
ラルフの娘、シエナの言動にこもる感情は何なのか。
身だしなみを整え終えたアンナが赤い少女へ向ける視線は、長いこと白にも黒にもならない色に染まっていた。
用のある探偵が帰るまで、親子は下宿のリビングルームで待つことになったものの、二人の動きはどちらも忙しない。
父親のラルフは、口数少なくカメリアに出された紅茶を口にふくみつつ、肩身が狭そうに椅子へ座ったまま。
言いたいことがあるのか、夫人と娘の両方へときおり視線を向けてはいるが、瞳から放たれる色へ声が続くことはない。
対してシエナは玄関での宣言通り、アンナへの好奇の色を示し続けていた。
「今日はお兄さんと一緒じゃないんだ」
「……ザックのこと? そうだけど」
「そっか。あの人いないんだ。ねえ、あのお兄さんとどういう関係なの? お姉さんと兄妹って感じじゃないよね?」
「義理の……本当の兄妹じゃないよ。でも兄妹だから。……なんでこっちに寄ってくるの」
「その方が、仲良くなれそうな気がするから」
「別になる気ない」
時刻は既に正午を過ぎ、下宿に満ちるのは温かな食事の香り。
手軽にかつ長くまったりと。そんな昼食を考えていたカメリアが用意していたのは、スライスした黒パンで作るサンドたち。
コンビーフ、葉野菜、チーズ。その他にも具材を揃えた食事は、親子を交えたことにより量が増えていた。
探偵の下へ訪ねることで頭がいっぱいになっていたと語るラルフは、言葉通り朝食すら喉を通しておらず、一緒にいたシエナも同様。
そんな親子へ顔色一つ変えずカメリアは昼食を振る舞うも、これもまた両者で正反対の反応をしていた。
「お客様。本当にお茶だけでよろしいのでしょうか?」
「えっ、ええ。こういうことに慣れてなくて……ですね。胃が受けつけそうになくて……どうぞ、お構いなく」
アンナへやたらと近づきたがるシエナに対して、ラルフは一人離れた席に座ったまま。
食べやすいジャムのものでもとカメリアは考えるも、血の気の悪い顔をした彼に無理は言えず。
ラルフの分として用意したものは、次々と娘の胃へ収まっていく。
「……よく食べるね」
「食べれるときに食べないと。逃したらそれで最後かもしれないから」
「家に帰ったら、ご飯くらいあの人が用意するでしょ?」
「面白いこと言うね、お姉さん。ラルフはそんなことできないよ。いつもボクが準備してるの」
質問をする比率はシエナが大半を占めるも、アンナだって疑問を口にしない訳ではない。
可愛らしい無垢な少女の姿をしながら、ときおり混ざる少年めいた言動。
そっくりな父親に対する他人のような接し方に、異様なまでのアンナへの興味の持ち方。
どれもふとした疑問だったが、帰って来たのは理由すらない相槌だけ。
そうかな、そうかも。そんな霧を生みだす赤い少女の口に、アンナは嫌気がさしていた。
「それよりもさ。なんであのとき、ボクについてきたの? ほら、初めて会ったときだよ」
「なんでって、別に。あなたが私を見てた気がしたから、追いかけた。……なんとなくだけど」
「へえ。それでついて来て、一緒にあれ見ちゃったんだ。──なんか、運命みたいだね」
「絶対違う。そもそも、なんであの事件を平気で言えるの」
「ん? んー、なんでだろう。そういうの平気なのかな、ボク」
お気に入りの相手を見つけたとばかりにぐいぐい迫る子犬に、それを嫌がり耳をイカのようにする子猫。
カメリアにはそんな光景として目に映るも、当事者であるアンナとしては無表情を崩すほど、心の中が泥色に染まっていた。
初めて会い、警察署で会話をしていたときとは違う。
少女に手で触れ、聞き覚えのある火花の音を耳にしてからずっと感じるのは、自身を包もうとする霧そのもの。
払っても消えてなくならず、むしろ笑うように絡んでくる。
そんな相手だと認識したアンナが夫人に助けを求めるも、訴えかける視線を受け取ったカメリアが取った行動は、少女たちの戯れを見守る一輪の赤い花になることだった。
「……ザック、行かなくてもよかったのに」
赤い少女を引き離してもらえないと分かったアンナが呟くのは、この場にいない青年への不満。
聞きこみは人手がいるも、貧民街へ下手に女子供が入るのは問題がある。
だから怪しい様相だったとしても、ザックが駆り出されるのは筋が通った話だ。
理屈は分かっている。しかし少女の胸中で渦巻くのは感情の話。
出先ではできる限り一緒にいるとしていたザックがいないことで、アンナにはどうしょうもない困ったことが起きている現状は、不満の一つや二つは生まれてしまう。
「なんだ。あのお兄さん、どこか出かけてるんだ。ふーん、そうなんだ」
「あなたには関係ない」
「あなたじゃなくて、シエナだよ。ボクはシエナ。あとお姉さんの名前、ボク教えてもらってないんだけど」
「カメリアが言ってるから、知ってるよね」
「うん、知ってるね。でもお姉さんの口から聞きたいんだ」
シエナが押して、アンナが逃げて。その繰り返しが永遠に。
遂には、なるべく避けたい相手だと感じたアンナが、食べている最中のチーズサンドを手にしたままカメリアの背後に隠れるも、赤い少女の好奇の視線は途切れることを知らず。
夫人を挟んで、少女たちの見えない攻防が始まった。
そんな二人を見て、さすがに止めるべきだと判断したカメリアは、話題の転換として父親のラルフへ声をかけていく。
「流れを切るようで申し訳ありません。お客様、お食事をなされないのでしたら、ここは一つ。探偵にどんな依頼をしようとしたのか、お聞かせ願えませんでしょうか?」
「貴女に……お話しするのですか」
「ええ。これまでもあの人をお待ちになるお客様から、事前に話を聞くことがありました。特に、今の貴方様のような緊張している方は、依頼する内容の整理ができていないことが多いです。何をどう頼みたいのか。それを明確にするお手伝いとでもお考えください」
「……内容を明確に。わ、分かりました。なら、その。お願いします」
膠着状態に陥っていた少女たちの視線は、大人たちの会話によって一時途切れ。
無言を貫いていたラルフも、カメリアの提案に魅力を感じたのか、照れくさそうに具合の悪い顔を上げていく。
居心地の悪さが和らいだのか。表情を作る余裕すらなかったラルフが、下手な笑みを浮かべると、逆にこれまで満面の笑みだったシエナが頬を膨らませていく。
「ラルフ。そんな話しなくていいよ、めんどくさい」
「こら、シエナ。いつも言ってるだろ。呼ぶならお父さんと呼べって」
親子の間に遠慮がないのか、それとも縁が薄まるような環境にいたのか。
どちらにしてもアンナにとっては珍しさを感じる関係性に、苦手意識はありつつも少女は目も耳もそらすことはしなかった。




