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霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第一幕 無明の星
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06.Soot covered(6)

 ──怪物。


 身なりはそのままに変質した父親たちを見て、ミアがまず思ったのはその一言。

 肌が黒くというのは、肌の色素が濃くなったでは済まないほどであり、その質感は木炭や石炭──人にはありえない炭の色。


 さらには所々にひび割れがあり、そこからは赤い光がこぼれている。


「同じだ。みんな、何でそうなってるの」


 彼らを見てミアが思い当たったのは、背後にいる友だちの髪。


 しかし友だちが上質なオイルだとすれば、他のみんなは焼けた跡そのもの。

 質に大きな差はあるが、特徴は同じだ。


 だがより怪物らしいのはどちらだといわれたら、ミアは迷わず父親たちを指さすだろう。


 それほどまでに、彼らの見た目は人間離れしていた。


「ねえ、なんで。パパ!」


 教会が震えるほど叫ぶミアだったが、父親からの返事はない。

 変わりに聞こえてくるのは火花が散る音ばかりで、のどを鳴らす様子もない。


 他の町民たちもそうだ。

 道具を握る力はあっても、言葉なく、人らしい挙動は数少ない。


 足を引きずり、視線は四方に散らばって、向かうのはミアか子どもか。


 それはまるで、無理に動かされている人形の行進。

 彼らが倒れたザックを無視し、混乱するミアに近づくほど、彼女の中で何が壊れていく。


「こんなの夢だよ」

「夢じゃないよ、ミア」

「嘘だ。こんなの悪夢じゃなきゃ、おかしいよ」


 夜がすぐそこの夕暮れ時。

 教会に集まる町民だった人たちと、名前が言えない友だちなはずの人。


 両者に挟まれたミアは足の力を失い、へたり込みながらも最後の希望を求めて振り返る。


 言葉が通じるのは、この子だけ。

 だからこれが覚める夢だって、たちの悪い幻だって黒の子どもに迫るも。


 あと一歩。ミアの手は届かない。

 深い紫色の瞳が、それを拒んでいるかのように。


「なら、わたしの名前。呼んでよ」

「──だよ、あなたは。怪物なんかじゃない。そうじゃないのに」


 友だちの名前を何度呼んでも、響き渡るのは火の粉の音。


 思いは少女の手のごとく、届かない。

 届けたいのに、あと一歩が踏み出せない。


「怪物なのは、みんなの方だ」


 それでもミアは言い続けた。


 目の前の子がどれだけ拒絶しても、父親だった人たちが否定しても。

 少女は友だちの側にありたいと、今は子どもに背を向けた。


 黒くなった彼らと相対し、すくむ足に鞭を打って立ち上がり、ミアは虚勢を目に宿して、進行する群体を阻もうと両腕を広げる。


「名前も約束も、なくたっていい。それでも私は、この子の友だちなんだ」


 しかしそれだけでは、道具を持った彼らの歩みは止められない。

 どこにでもいるような少女だから、ミアは身をていする以外できない。


 でもやらないといけないって、心が叫ぶままに行動して。

 ミアは自分の背中で、子どもの全身を影で包んだ。


「それだけは本当なんだ」


 名前が聞こえていなくとも、約束を覚えていなくても。

 どれだけあの子と一緒にいたのかを、思い出せなくても。


 側にいたい。

 この想いだけは嘘でも夢でもなく、現実として今もあるから。


 着々と迫る群体を前にミアは顔を上げたまま、目をそらさず。

 まばらに伸ばされる彼らの手を前にして、少女は覚悟とばかりに目をつぶった。


「……本当にそれで良いのかい、キミたち」


 周りの音が途絶えるぐらい、胸が痛い。

 そんなミアの耳にぶつけられたのは、優しさで包まれた青年の声。

 しかしそんな暖かい声音は、静寂で冷たくなっていた教会の空気を、さらに低い温度へ下げていった。


 まるで時を止めるように。


「何もかもが霧の中。それを許せる僕ではなくてね。ましてや今のキミたちを見ていると、酷く思うよ」


 ゆらりと起き上がる、ロウソク染みた一つの影。


 誰も彼もが声の方向に顔が吸われ、行き着く視線の先は調子の狂わない笑った口元。

 全員が青年と目が合わない。全員が彼の思考を想像できない。


 ミアと同じ、この場で最も人であるにも関わらず。

 怪物と称された二者以上に、ザックは不気味さを(かも)しだしていた。


「痛みを(ともな)う夢なんて、覚めてしまえばいい」


 合図があった訳ではない。

 だが示し合わせたかのように、一斉に走り始めた黒の群体は、脇目も振らずにザックへ敵意を向けた。


 握る道具は凶器へ。

 駆ける足はけっして速くはなく、けれども取りこぼしを恐れて、円を縮めるように動く彼らは、次々と人の様相から乖離(かいり)していく。


 欠片を散らす黒い肌、それを追う赤い光。

 足が地に着くたびに割れる音が鳴り、うなる声は燃え盛る炎。


 そんな彼らが刻一刻と向かって来るというのに、ザックは笑ったまま。


「そうだろう?」


 ザックが問いかけるのはミアに対してでも、奥にいる子どもに対してでも。

 ましてや襲いかかる群体にでもない。


 それはまるで、自分自身への投げかけ。


 だからこそ誰の耳にも残らない。

 ミアが友だちの名前を呼ぶときのように、虚空へと消えていく。


「逃げて、ザックさん。早く!」


 そんな青年の行動は、外から見れば異常にもほどがある。

 得物を持った相手を前に、何もせずに棒立ちの状態。


 それをミアは見ているしかなかった。


 痛むほど激しい動悸(どうき)は足の感覚を砕き、立っているのが精いっぱい。

 側にいたい友だちを守るのだから、一目で惹かれたザックにもその意志を向けるのは当然。


 しかし現実は動かそうとした足がもつれ、転び、届けられるのは悲痛な声だけ。


 凶器を振るう群体は止まらない。

 ミアの悲鳴は彼らの唸りでかき消され、ザックの体を殴打する殺意が今、到達する。

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