表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第二幕 無音を奏でる笛と鐘
46/75

46.The Magic piper(11)

 肌がぶつかり合う乾いた音。

 クリスティーの頬に向け、反対側の席にいたヴィクトリアが放ったのは、心の底から伸びた平手打ち。


 叩いた手の平は彼女の心境と同じ赤になり、瞳に宿る怒りの熱すらも、その赤へ取りこまれていく。

 ヴィクトリアの眼差しに残ったのは、目の色と重なる深く暗い青。


「最低」


 言い争いをしていたときにはあった言葉の熱も、戻せないほどに破裂して。

 たった一言だけクリスティーに打ちこみ、灰の少女は席から離れていく。


 あれだけ気にしていたアンナにすら、欠片の意識も向かず。

 一刻でも早く、この場から立ち去ろうとするヴィクトリアの足は、目元にたまったものを落とさないように静かだった。


 向かうのはダイニングルームに来る途中で目にした、この家の玄関。

 声をかみ締め、片腕で顔を一度拭い、扉を開けるさまは乱暴そのもの。


 ヴィクトリアを見送る扉は壊れる勢いを受けいれ、しかし閉じる際には何事もなかったかのようにパタンと鳴いて。

 彼女が去った後は、全ての物が(のど)を失っていた。


「お前はいいのか。友だち、行っちまったぞ」

「友だちじゃない。昨日の夜に知り合っただけ」

「なら、巻きこまれた感じか。にしては落ち着きすぎじゃないか?」


 頬の痛みを胸の奥に落としながら、クリスティーは残ったもう一方へ声をかけていく。


 二人のやり取りを横目に、黙々と朝食を摂っていたアンナ。

 彼女の態度は、およそ一般的ではなく、達観というほど物腰の重さは感じられない。


 全体の黒は夜空のようにどこか遠く、深みのある紫の瞳も焦点が捉えられず。

 霧のように軽くてすり抜ける、空っぽな少女。


 そんな印象を抱くクリスティーだったが、続く彼女の言葉に空気の重さを忘れてしまう。


「あの仮面をかぶった人、知ってそうだから。それの正体を聞くまでは、ここにいる」

「……何の話だ」

「私たちをここに連れてきた人のことだよ。あれ、人間じゃないよね」


 一息入れるようにアンナは紅茶を口にし、昨夜目にした怪物らしき人物の特徴を挙げていく。


 人並外れた四肢と背丈、そして奇抜な格好をした赤髪。

 クリスティーの外見に近いものがあるも、空気感が違うと少女は首を振り。

 怪物が現れると同時に、笛の音色が聞こえてきた。


 そう告げると、男性の面持ちが険しいものへと変化していった。


「だとしたら、なんだ。古臭い悪魔祓いでもする気か」


 人とは違うものと関わりを持っている。

 そう疑われてクリスティーが思い浮かべたのは、手垢のついたオカルト紛いの行為。


 悪魔祓いなんて言葉が出てきても、不思議ではない雰囲気の少女。

 そんな彼女を前に警戒しつつも、現実味がないと嘲笑(ちょうしょう)をふくんで椅子の背にクリスティーは体を預けていく。


「ううん。アイザック……にいるよって伝えるだけ。もしかしたらお金、貰えるかもね」

「待て、今なんて言った。人間じゃないやつをアイザックに伝えて、そうしたら金が入る? お前まさか、アイザック王子の噂のこと言ってんのか」


 だがアンナの予想外の発言に、クリスティーは頭を床へぶつけそうになってしまう。


 悪魔祓いなんてとんでもない。

 それよりも眉唾物(まゆつばもの)の噂話、アイザック王子の怪物探しを持ちだされては、彼も動揺が隠せなかった。


「あくまで噂だ。真に受けてる奴、初めて見たぞ」

「本人から聞いた。わたしも手伝ってるし、あなたと知り合いなら聞いておかなきゃ」

「冗談が過ぎるぞ、お前。どこまでが本当のことだ。全部でたらめにしか聞こえねえ」

「全部、本当だよ」


 クリスティーの赤みの強いオレンジの瞳が、アンナの深い紫の瞳に吸いこまれる。


 国中でささやかれるアイザック王子の怪物探し。

 アンナが彼の知り合いで、その手伝いをしていて。

 そして、その無機質な目で見た怪物が、クリスティーと関わりがあると踏んでいる。


 どれも本当のこと。

 そう訴える黒い少女に言葉もなく、ようやく絞りだせた思考を、赤髪の彼はそっと少女の前に滑らせた。


「だとしたら何者だ、お前」


 告白しようにも、思いをせき止めてくる正体不明への不安。

 クリスティーの知ることを吐きだすには、アンナはあまりにも黒い外見そのもの。


 ひとえに少女のことを知らなすぎる。

 そのことが気がかりだと述べると、対するアンナは小首を傾げながら答えた。


「アイザックの知り合い。それだけ」


 アンナにとって、どちらの人格であろうと心境は変わらない。

 優しいザックでも、冷たいアイザックでも、友だちのミアからつながった初めての知らない誰か。


 だから知り合い以外に当てはまるものがなく、それは屋敷にいる使用人たちでも同じこと。


 そんな様子が誰よりも冷たく見えたのか。

 答えを受け止めたクリスティーの表情は、少女の瞳の中で霞むぐらい、晴れたものではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ