03.Soot covered(3)
開かれた扉から入るのは、夕暮れが近づき濃さのある空の光。
それに続いて伸びる影の正体は、一人の男性だった。
けわしい表情には敵意が含まれ、にらみを効かせる先はミアか、それとも隣の子どもか。
どちらにせよ、二人を良しとしない空気を匂わせる彼は、低い声音を教会に響かせた。
「何故こんな所にいる、ミア」
開口一番、質問を投げかけられたのはミアの方だった。
ビクリと肩を震わせたミアは、一度不安げに隣へ視線を向けたあと、自分を呼んだ男性へと向き直った。
おそるおそる前へ歩きだし、小走りになって彼の元へ駆け寄った彼女は、全身を縮み込ませながら細い声で話していく。
「パパ、あの……。友だちと話してただけだよ? なんでそんな怖い顔してるの?」
ミアとは似ても似つかない厳しさを漂わせる男性は、彼女の父親だった。
そんな彼は、少女にとって覚えがないほどの怒りを見せており、ミア本人に自覚はないが、彼女の立つ位置は怯えの度合いを示すように遠い。
「友だちだと、アレがか」
「そうだよ。あの子は友だち。別に悪いことしようとしてた訳じゃないもん」
言葉の通り。ミアはただ、この教会に住んでいる子に会いに来ていただけだった。
だから何も悪くない。自分もあの子も。
なのにどうして怒られないといけないのか。それが納得できなくて、ミアは父親の態度にあからさまな不満があると、仕草と表情を使って訴えかける
「ミア、お前は何を言っている?」
父親が放つ言葉は、変わらずミアの心を刺激する。
さっきから友だちを人扱いしていないような発言に、さすがの少女も怒気を全面に押し出そうとしたその瞬間。
ミアの体は宙に浮き、何が起こったのかを理解する前に、なす術もなく床へ叩きつけられた。
頭の中が真っ白になって、涙がこぼれ、すすり泣く声が勝手に漏れる。
痛む頬を手で押さえてやっと、自分が殴られたことに少女は気がついた。
歪んだ視界で見上げると、少女をぶった父親の平手が映りこむ。
何もかもが唐突すぎて、気持ちの整理すら追いつかなくて。
泣く以外のことができないミアに、父親は冷たく続きを述べていく。
「この教会には近づくな。そう教えてきたはずだ。覚えがないとは言わせないぞ」
「それ、はっ……! でも、だって……!」
覚えはあった。
ときおり思い出したかのように言われる、この町の習わし。
それは子どもにとっては退屈な大人たちの決め事で、ミアを始めとした町の子どもたちには、大した意味を持たない飾りの言葉。
怒られるから行かない。子供たちにとっては、その程度の認識だ。
だからこそミアは、少しなら平気だと思いこんで教会に入り、無愛想な友だちと会うことができた。
いけないことをしている自覚があったのは、最初だけ。
その廃れていた背徳感を頬の痛みは引っ張り出し、歯向かおうとしたミアの心に杭が打ち込まれてしまう。
「とにかくアレに関わるな。あんなのは友と呼ぶどころか、人ですらない」
父への怒り、友だちが貶されているのに言い返せない悔しさ、教えを破ったことへの罪悪感。
多色の感情が混ぜられた涙があふれるミアは、それでも真っ白なままの頭で言葉を探し続ける。
けれども現実は残酷だ。
どこまでも自分を押し潰そうとしてくる父親の方が足が速く、そして子どもでは太刀打ちできない腕の力で握りしめてきた。
「──アレは怪物なんだ、ミア」
友だちが、怪物。
そんな音を分かりたくなくて、止まらない涙を拭うことを忘れて。
もう一度頬を打たれたような感覚で首を動かしたミアは、無気力に染まった瞳でその友だちを捉えた。
暖色の強まったステンドグラスの光の向こう。
暗さを増した教会の中で、中性的なあの子は今でも膝を抱えたまま。
少女の顔を見ないように、視線は深く伏せられていた。