表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧中のアンネーム  作者: 薪原カナユキ
第一幕 無明の星
12/73

12.a happiness without a cat(3)

 ザックと話すために、彼の対面にあるソファへアンナは足を進める。

 ちょこんと座り、青年と向き合う少女。


 話を切り出すのはどちらか。

 それは疑いようもなく、持ちかけたザックの方からだった。


「話といっても、いま聞きたいのは一つだけ。手間は取らせない」

「なら、部屋に来た時にでも良かったよね」

「寝るための言い訳さ。言っただろう? ろくに寝れていないって」


 仕事一辺倒になるほど真面目じゃない。

 部下の目をかいくぐって怠けるような人間だと、ザックは苦笑しながら告白する。


 そのために利用したことを青年が謝罪するも、とうの本人であるアンナの関心は薄かった。


「じゃあ、寝てていいよ。ザック」

「その言葉は嬉しいけど、はい分かりましたと素直に受け取れないな。それができるほど、僕は怠惰を愛せない」

「……そうすれば、また見れるのに」

「あとで好きなだけ──いや、話を戻そう。とにかく僕が聞きたいのは、キミの目的についてだ」


 好きなだけと言いかけたとき、アンナの目にわずかばかりの光が灯る。

 一瞬、期待で染まった瞳に捕まりかけた青年だが、平常を装い奥歯をかみ締めた。


 うかつなことを口にして、目の前の少女に自分の目を観察され続ける。

 そんな事態を避けたかったザックは、無理にでも話題を引き戻していく。


「まずは僕の方から話そうか。──キミはあの教会で見た、僕じゃない誰かを覚えているかい?」

「うん。アイザックだよね、あなたと同じ」


 名前と外見。そのほとんどが同じ、もう一人の青年。


 彼はあの後、どこへ行ったのか。

 気になってはいたが言い出さなかったアンナに、隠すことはないとザックは自ら触れていく。


「そうだ。彼と僕はほぼ同一人物……二重人格といえば、通りはいいかな。二人の人間が、一つの体を使っていると思ってくれ」

「二重人格……」

「ようは彼と僕で、この体を交代で使ってるんだよ」


 今は頼りないザックが目の前にいるが、時にはあの怪物そのものなアイザックへと姿が成り代わる。

 言葉の上では理解できても、現実それが行われているとは到底信じられない。


 あくまで瓜二つなだけで、ザックと彼は別人だ。

 感覚として受け入れがたく、困ったように小首を傾げるアンナを見て、青年もまた口元の形を迷子にする。


「僕からは、それで理解してくれとしか言えないな。納得は無理さ。この屋敷にいる他の人ですら、そういうものだと受け入れただけの者もいる」

「ザックはアイザックで、アイザックはザック?」

「改めて言われると混乱するけれど、その通り。さっきのカナルミアなんかは、同姓同名の双子って認識をしていたよ。僕もあれは驚いた」


 虹彩異色を隠し、ふとした拍子に消えてしまいそうな薄さをもつ青年ザック。

 対して宝石のような赤い瞳をさらし、威圧で他人の膝を折る堂々とした振る舞いを見せていた、怪物アイザック。


 どちらも、アイザック・マーティン・エリク・レイモンド。

 だというのに同一とは手放しでは言い切れず、霧で影しか見えない人物へ、名前を聞いているような状態だ。


「ふざけているように聞こえるかもしれないが、事実だけしか並べていないよ。こう説明するしかない、というのはキミにもあるだろう」

「……うん」


 ザックと同じ、他人に納得してもらえる理屈を用意できない体質。

 それはアンナの心の奥深くにまで根付いているものであり、一週間経った今でも、青年のようなそれらしい言葉を少女はまだ持ち合わせていない。


 現在は落ち着いているが、赤く発光する髪が例として分かりやすい。


 いの一番に姿を変えた町民と、異変を自覚していなかったミア。

 彼らの異常と似た髪を持つ少女は、他にも人間離れしていた部分がある。

 食事と睡眠が不要。ミアと過ごした時間以外は記憶が定かではないし、教会の外への恐怖心は狂気に属するものだった。


 今もまだ、それが続いているのか?

 そんな問いに、アンナは自信をもって答えられない。


 だからこそ、こう言う他ないと示すザックに共感を見せ、少女は小さく肯定した。


「ここで彼も言ったことだけれど、僕たちはキミみたいな子と知り合いたかった。この前も言ったね。──仲間が欲しかったって」

「こうやって似た悩みを話せるから?」

「そこは色々と事情がね。けれど僕と彼に限ってしまえば、キミも大いに興味のある事柄なはずだ」


 少女も興味を惹くもの。

 そうやって楽しそうに大きく出たザックに、置いていかれているような寂しさをアンナは見せる。


 青年の話は少し遠回りだ。

 なんて気が削がれていく少女だったが、続けられた言葉は聞き逃せないものだった。


「僕と彼はね、二人に別れたいんだ。キミに当てはめると、人間とは違うところを無くしたいかな」


 二十四時間を分け合う、二人で一人。

 ではなくて、完全に独立した個人同士になりたい。


 そう豪語するザックに対して、アンナは言葉を失う。


 一つの体しかないものを、どうやって二つに増やす?

 増やしたところで、二つの意識をどうやって分離する?

 その目的が、どうしてわたしの異常を消すことにつながる?


 言いたいことは多々あるが、目的の根底にあるものはザックのいう通り、少女も同意できる事柄だった。


「僕も彼も、お互いを消したい訳じゃない。なら二人に別れることが理想であり、それを成すにはまた、人には説明のつかない奇跡みたいな力がいる。そう考えたから、僕たちと同じ怪物を探していたんだ」

「それでわたしの所に来たんだ」

「そう。教会に怪物が住んでいる町があるって、噂を耳にしてね。安心して。何もキミに、そうして欲しいとは思っていない」

「言われても無理」


 分かってる。

 そう穏やかな声で告げるザックに、焦りの色はない。


 人を二つに分ける力をもった怪物。

 そんな都合の良すぎる存在なんて、それこそ奇跡が起きなければ見つからないと。


 ザックの見せる余裕はそういった諦めか、それとも希望の一端を既に握っているのか。

 不明な心境で飾られた彼の表情を、アンナは眺めることしかできなかった。


「そこでだ。キミには僕たちの手伝いをしてもらいたい。それについての是非と、キミ自身からの要望。このどちらかを聞きたいんだ」

「それ、二つだよね」

「片方だけ選んでも良いということさ。仮にキミが僕たちに協力をしなくとも、しばらくの間は衣食住を保障するし、要望を蹴るなんてこともしない」


 あくまでも、頭を下げる立場にザックはいる。


 焼失した町から身柄を保護した事実をもって、見返りなんて要求しない。

 アンナは丁重に扱うべき客人だから、意思を尊重するべく強い言い方も避けた。


 その上で自分の背中を追ってくれるか。

 沈黙で少女の答えを待つザックだったが、肝心の彼女はなにを思ったのか席から立ちあがる。


 アンナが逡巡(しゅんじゅん)したのは、ごくわずか。

 そのまま迷いなく青年の前まで歩き、そして握るのをためらってしまう細い手を、彼の目の前に差し出した。


「いいよ」

「……えっと。何が、かな」

「ザックのやりたいこと、手伝う。わたしにできることがあるかは、知らないけど」


 ザックが裏に様々なことを抱えているのと同じく、アンナにだって思惑はある。


 ここ以外のどこにも行く当てがないのはもちろん。

 今後も人としての生活を支えてくれるというのなら、恩の一つくらいは返したいとアンナは考えた。


 他にも少女の背を押す動機なら、いくつか並べられる。


「それに外に出るって、ミアと約束したから。──だからわたしからもお願い、ザック」


 手を差し伸べたのは、大切な友だちの真似。

 うまく笑えないし、怪物アイザックみたいに無感情で冷たい手かもしれない。


 けれども、こうすることが大切だって実感しているから。

 ただ向き合って話すのではなく、手を取り合ってから物事を始めたい。


「わたしの知りたいこと、教えるって。約束して」

「勿論。キミの友だちが求めたもの全て、僕ができる限り教えるさ」


 いつかの昔。きっと笑いながら、ミアは見知らぬ少女にこうしたのだろう。

 約束だよって、暖かい手を相手の目の前まで。


 そんな想像をしながら手の平を見せるアンナに、ザックは少しばかり開かれた自身の口に気がつかなかった。


 少女のやわい手の平から、視線を上げて顔へ。

 アンナの表情につられて頬を緩めたザックは、恐縮そうに彼女の手を取るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
二重人格……興味深い設定が出て来ましたね。それがアイザックだけでなく他の人の怪物化の原因にも繋がっているのか?的外れなことを言うかもしれませんが、もしかしてミアとアンナは元々……。いや、やっぱり私の勘…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ