46話【隠れた思い】
双葉
「着いたー!!」
双葉はウキウキとした様子で電車から降りる。彼女に続いて後から黒木も降りてきた。
二人が早朝からやってきたのは、半年前に行こうと約束して行けなかったテーマパーク【キャット・シー】だ。半年前で中止になるはずだったが、突然黒木が提案したのがキッカケで、今日訪れたのである。
パークの入場ゲートへと繋がるこの駅の時点で、平日でありながらも多くの家族やカップルが降りてくる。皆、これから過ごす夢の時間に気分が上がり、誰もが楽しそうにしていた。それは二人とも同じである。双葉はファッションも拘りたい所だったが、大切な人と過ごすのに目立つのは良くないと考えて抑え気味の変装衣装である。
黒木
「……」
一方で黒木はこの日を楽しみにしていたのと同時にいつもより緊張をしていた。今回の件、相談として高田に伝えると
高田
『おいおいおいおいぃ〜?双葉ちゃんをデートに連れて行くならよぉ〜?いつものノリで行くのは無礼って事だよなぁ〜?』
と、凄みのある言い方をされてしまい高田直伝のデート攻略法を教えられたのだ。なんでも男として生まれたからには、遊園地を完璧にエスコートして満足させるのが運命らしい。黒木にはそれがよく分からなかったが。彼の熱意に負けて叩き込まれるのである。
とは言え、攻略法の一つである【事前にチケットを購入して混むのを避ける】というお題は、事前に双葉がプレミアムチケットを買ってしまっていたようで、キャット・シーに来る前から既に計画が転んでしまっていたのだ。
何としてでも高田に伝授してもらった攻略法で双葉に喜んでもらいたい。その思いを抱え今日、このテーマパークへと来た。ここからでも上手くやればいいだけだ。
入場ゲートに入る前に黒木は大きく深呼吸をする。その緊張ぶりはまるで、受験の結果を今から見るために掲示板へと向かう人間のように強張っていた。流石にこの様子のおかしい黒木には、双葉は横から声を掛ける。
双葉
「……大丈夫?」
双葉の声にハッとして彼女へと振り返る。
黒木
「だ、大丈夫です。それよりも…遂に来ましたね、キャット・シーに」
双葉
「そうだね。…いやー、嬉しかったなー」
黒木
「…?」
双葉
「私が誘ったのを覚えていてくれてた事も嬉しいし、何よりも今回は黒木さんから誘ってくれたからね?今日が楽しみすぎて、昨日はぐっすり眠れたよ」
黒木
「寝れないじゃなくて、ぐっすり眠れたんですね……でもまぁ、喜んでもらえて何よりです。さぁ、行きましょう」
双葉
「うん」
黒木が手を差し出し双葉をエスコートする。これもまた、高田に伝授されたテクニックだ。
双葉
「あっ、そう言えばアトラクションって乗る順番があるみたいだよ?なんかねー、その順番に乗れば効率良く楽しめるんだって」
黒木
「任せてください。それもチェック済みです」
双葉
「えー?黒木さんそんなのも調べてたの?スッゴイやる気満々じゃん」
黒木
「スッゴイやる気満々で楽しみます」
二人は楽しそうに会話をしながら入場ゲートへ入って行った。そんな二人の背中を、遠くから密かに見張るグループがいる。
?
「目標が移動を始めた。これより作戦を開始する」
?
「…あの」
?
「任務内容を確認する。本作戦は黒木、双葉の監視。彼等にバレず、黒木がスマートに双葉を喜ばせれるかを見守る事。二人にバレた時点で本作戦は失敗となる。慎重に行動せよ」
?
「あのですね」
?
「ボス。私達もスマートに行動出来るようにプレミアムチケットを事前に購入しました。後で領収書を渡しますので、請求をお願いします」
?
「いい加減に…」
?
「良くやった、【H】。ここから先はシークレットだ。我々はお互いのイニシャルで…」
ジュリ
「良い加減にしろ!!」
ヒソヒソと怪しく話すこの空気を断ち切るようにジュリが怒鳴り声で突っ込む。彼等の正体は高田と春香である。
高田
「声を抑えろ【J】あの二人にバレてしまったらどうする」
ジュリ
「何ですかこれ!?あの二人を見守るとかいう提案した高田さんも馬鹿ですし、このやりとりも絶対に必要ないじゃん!!」
春香
「ジュリちゃん。こういうのはね、もっとノるべきだと思うの」
ジュリ
「春香先輩もこの馬鹿に合わせなくていいから!!てゆーか、アンタら…」
ジュリは二人の服装を見つめる。二人は揃いに揃って黒パーカーの黒サングラスと不審者スタイルだ。
ジュリ
「服装まで拘らなくていいでしょ!?テーマパークでそんな服だと返って目立つわ!!」
高田
「え?そういうジュリちゃんだって…」
彼女の今日のファッションは黒の革ジャケットを羽織ってる。
高田
「俺達に合わせてくれたんじゃないの?」
ジュリ
「これはそういうファッションですから!!」
高田
「うん、まぁわかってたよ。ノッてくれるかなって思ったんだけどな」
ジュリ
「…高田さん。今日は過去一ウザいですね。あの二人の遊園地デートに頭おかしくなりました?」
高田
「ハハハ。俺が頭おかしいのは…元からだろ?⭐︎」
ジュリ
「それもそうですね」
そう言って二人はドヤ顔でグータッチを交わす。
春香
(この二人本当に仲良いな……)
春香はそんな二人に上手く入れずに遠い目で見つめていた。グータッチを終えて、高田の横腹を軽く殴ると、ジュリは春香の方へと振り返る。
ジュリ
「ていうか春香先輩も休みだったんですか。最近ずっと忙しいでしょ?」
春香
「えっ?…あぁ、そうそう!そうなの!今日は高田さんから、二人の様子を見に行こうって誘ってくれたんだよ!」
ジュリ
「え?この人が?」
高田は腕を組み『やらせていただきましたぁん』と得意げにして話す。
高田
「そう。ハルちゃんの休みの日も確認して、黒木にデートの日を合わせたのも、この俺なのよ!いやー、推しが幸せそうにしてるのを見れるのって最高じゃん?そんな幸せをハルちゃんにお裾分けしたいってわけよ〜」
ジュリ
「そこは脳破壊とかじゃなくプラスに捉えるんですね…てゆーか、二人は連絡取り合ってたんですか。なんか意外です」
春香
「前に聡ちゃんの屋敷で連絡先を交換したんだ。双葉さんを推してる同士、気が合っちゃったっていうか?」
ジュリ
「へー…まぁ、二人の事はどうでも良いですね。それよりも、私達も早く入場ゲートに入りましょう。あの二人に置いてかれますよ?」
春香
「ジュリちゃんもなんだかんだ気になるんだね…でも、もう少しだけ待ってくれるかな?後二人、待ち合わせしてるの」
ジュリ
「後二…?」
?
「チャーッス!!遅れてマジメンゴー!!気合い入れすぎて電車乗り間違えちったー!!」
ビリビリと甲高い大きな声が耳の奥まで響く。この痛くなる声に、ジュリは恐る恐ると振り返ると
一馬
「スミマセンハルさん。遅れてしまいまシタ」
二奈
「ジュリっぺヤッホー!!プラベで会うのはお初だよね?!今日はエンジョイしよーぜ!!」
流王兄妹がこちらに手を振り、合流してきたではないか。兄は上品なモードファッション。妹はいつもながらの弾けるパンクファッションを華麗にキメている。
【ウゲー】と怠そうな反応をしているジュリとは反対に、春香達以外の有名人との対面に高田は目を輝かせ興奮していた。
高田
「ウオー!流王兄妹じゃないですか!?お会い出来て光栄です!スッゲースタイルいいっすね!!雑誌で見るのと全然チゲー!!」
一馬
「おや、僕達の事をご存知でシタか。嬉しいですネ。そんな貴方には…」
黒のロングコートの懐に手を入れ取り出したのは、流王兄妹直々のサイン色紙である。
一馬
「此方のサインをプレゼントしまショウ」
高田
「うげー!!マジっすか!?ありがとうございます!!家宝にします!!」
ジュリ
(準備がいいな…)
ジュリ
「いやそれよりも。何で一馬さんと二奈さんまでここにいるんですか?」
春香
「あっ、それはね?私が誘ったの。ほら、三人ってダブル・アイとして活動してるし、この機会に少しでも距離を縮めれたらいいなって思って」
ジュリ
「距離を縮めるも何も……」
ジュリは先日、一馬に告白された日を思い出す。
あれからは何事もなく仕事を共にこなしていたが、テーマパークを一緒に行動するとなると、どうしても気にしてしまい妙に落ち着かない。ソワソワとするジュリの様子を見て一馬は言った。
一馬
「つまりこれは、僕とジュリちゃんの告白後のデートという事デスね。機会を与えて頂き感謝しマス。僕もワクワクしてきまシタ」
ジュリ
「ハァ!?全ッ然違うんですけど!?何言ってんの!?」
春香
「え!?告白受けたのジュリちゃん!?」
高田
「あらま!?お二人はそういう関係!?なーんだ早く言ってよジュリちゃん!」
ジュリ
「ダァーッ!!一番知られたくない人達に知られたよ畜生!!」
二奈
「ジュリっぺ」
ジュリ
「何!?」
二奈
「ウチ、ハルちゃんと行動すっから、にーにをよろしくね」
ジュリ
「だから違うっつってんだろ!!つか、もう黒木さん見えなくなってるじゃないですか!!早くしてください!!」
一馬
「待ってください、ジュリちゃん。せっかくのデートデス。おててを繋ぎましょう」
ジュリ
「いらんわ!!」
ジュリはキレ散らかしながら逃げるように入場ゲートへと向かっていき一馬も足を合わせてついていく。照れと怒りに顔真っ赤にしているジュリが面白かったのか、二奈はゲラゲラと笑っていた。
二奈
「ダハハハハハ!!ジュリっぺ鬼キャワ〜!!」
高田
「まー当初の目的は黒木の監視だしな。ハルちゃん、俺達も行きましょうか」
春香
「はい!あっ、せっかく来たわけですし。みんなでお揃のカチューシャとか買いましょう!」
高田
「おおー!いいっすねー!!」
二奈
「ウェーイ!!ブチアゲ全開よろしくゥー!!」
その一方で三人はテーマパークを満喫するノリを大事にしつつ、ジュリを追うように入場ゲートへと入って行ったのだった。
………
それから黒木と双葉がテーマパークのアトラクションを堪能していく。プレミアムチケットの特典として並ばずに直ぐに乗れる事もあり、スムーズに進んでいく。
噴火する火山から急降下で脱出する冒険ジェットコースター【セントラル・ボルケーノ】
大噴火が爆音で鳴り響く中、斜度100度を100キロで下っていく。急降下の中でもバンザイと両腕を広げ燥ぐ双葉と違って、絶叫マシンに乗り慣れていない黒木は意識が吹っ飛びそうになりながら、必死にシートベルトにしがみつく事しか出来なかった。
次に乗るのは大きな鳥の背に乗って世界を飛び回る体験アトラクション【ファンタスティック・バード】
ファンタスティックと言う言葉に聡を連想させ二人は笑い合う。いざ乗ってみると、超大型モニターに映し出される空の景色に、まるで本当に空を飛んでいるかのように椅子は上下左右へと揺れた。此方も燥ぐ双葉とは別に、乗り慣れていない黒木は驚いてばかりの反応だ。
キャット・シーの名物絶叫アトラクション【タワー・マジ・ヤバー】
上へと急上昇したと思えば、一気に下へ落とされるフリーフォールアトラクション。その名の通り乗った人はあまりの恐怖に『ヤバい』と言ってしまうらしい。黒木と双葉もそのハードな体験には、降りた後口を揃えて『ヤバい』との感想が口から出た。
こうして黒木の事前に調べた巡回ルートも順調に進み、二人はパークでの楽しい時間を過ごす。次に乗るのは、深海を探索するツアーアトラクション【深海5万メートル】これまで乗ってきたアトラクションの中でも比較的、ゆったりと乗れるものだ。
此方のアトラクションもプレミアムチケットを使いスムーズに順番待ちの廊下は進む。次がいよいよ黒木達の出番かと思ったが、前からスタッフがやってきて申し訳なさそうに謝る。
スタッフ
「申し訳ありません。乗り物に誤作動が発生しまして…直ぐに終わりますので、今暫くお待ちください」
黒木
「はい、わかりました」
ここまでスラスラとアトラクションに乗れていた二人は、ここに来て初めて待つこととなった。
高田曰く、アトラクションの待ち時間は長くなればなるほど、二人の空気が悪くなるから避けるべきだと言っていた。直ぐに終わると言っても、いつ終わるかも分からないのと同然なので黒木は焦り出す。何とかこの場を持ち堪えなければ。
黒木
「双葉さん、楽しめてますか?」
双葉
「あはは♫そんなの楽しいに決まってるじゃん」
黒木の質問に笑顔で返してくれる。双葉なら、どれだけ待とうと気を悪くしないだろう。不要な心配だったと、今の彼女を見て直ぐに分かる。ほっと胸を撫で下ろし、黒木はいつものように会話をする。
黒木
「良かったです。俺も高校生以来のテーマパークで楽しいです」
双葉
「友達と行く事はなかったの?」
黒木
「双葉さんと出逢うまでの俺は【つまらない人間】だったので…誘われる程、仲の良い友人がいなかったと言いますか…高校生の頃に行ったのも学校の行事です」
双葉
「その時も一人で遊園地を回ったの?」
黒木
「いえ、その時は高田がグループに誘ってくれました。アイツが誘ってくれたおかげで楽しかったですね」
双葉
「ふーん、そっか。……みんなわかってないなー」
黒木
「…?」
双葉
「黒木さんの良さだよ。確かにリアクションが薄かったり、ちょっと抜けてる天然なところもあるけどさ?こんなにも相手を第一に考えてくれる優しい人なのにね。私は黒木さんとずっといたいって思ってるよ?」
黒木
「…そう言われるなんて。何度も言いますが、俺は貴方に逢えた事で、変われたんですよ」
双葉
「あはは、知ってる」
黒木
「あっ、それ久しぶりに聞きました」
二人はお互いの目を見つめ合い嬉しそうに微笑む。
?
「あ、あの……すみません……」
会話を楽しむ二人の背後から、誰かが恐る恐る声を掛けてきた。
二人は振り返ると、そこには自分達と同年代であろう男女のカップルが立っている。声を掛けてきた女性は手を口で塞ぎ、双葉を見て感極まり震えている。男性の方も女性の反応に、双葉の方を驚きの表情でじっと見ているではないか。彼等は、変装している双葉を見破ったのだ。
女性
「あ、あの…あのあのあの…!ふ、双…双葉さん……で、ですよね……?」
女性はオドオドとしながら涙を堪えて再び聞いてくる。誤魔化せそうにない。黒木は双葉を庇うように彼女より先に口を開いた。
黒木
「すみません。彼女は…」
しかし、双葉は黒木に手を差し出して止めると、女性の前に一歩近付いて返す。
双葉
「…うん、そうだよ。貴方の前に立ってるのは、みんなが大好きな【パーフェクトモデル】だよ?」
双葉はサングラスをずらして、青い瞳を魅せながら舌を出した。
この女性は双葉に出逢えた事が余程嬉しかったのか、その青い瞳で双葉だと確信するとブワッと涙が溢れ出して彼氏に寄り添う。彼氏もまた落ち着かそうと泣き出した彼女の背中を優しく撫でる。
男性
「ほ、本物なんですね…凄い…ここで出会えるなんて…」
双葉
「あはは。私に会えて凄く嬉しそうだね、彼女さん」
男性
「は、はい。俺も貴方に会えて嬉しいですけど……コイツ、双葉さんが写ってる雑誌を全部集めて、参加するファッションショーやテレビも全部追いかけていた…言わば【ガチ勢】って奴でして…」
女性
「あぁぁ…本物だ…待って待って無理無理無理…心臓もたないよぉ……」
男性
「あ、あはは…落ち着けよ…ええと、隣にいる方は…その…やっぱり…」
女性の反応をじっと見ていた黒木は男性に話を振られるとハッとなり、慌てて答える。
黒木
「オニイチャンデス」
双葉
「ン"ン"ッ」
彼の突然の片言に双葉は思わず口を塞ぎ顔を背ける。幸いにも二人にはバレていない。
男性
「あ、あぁ!そうでしたか…という事はご家族でここに…なるほど…」
女性
「あ、あの……その……えっと……ふ、双葉さん……」
双葉
「…?」
漸く落ち着いてきた女性は双葉の方をしっかりと見て、涙を流しながら話す。
女性
「い、生きてて良かった…です……つぶグラとかで、死んだなんて言ってる人とかもいて……そ、そんな事ないって思いたいのに……急に消えてしまったから、もしかしてって思ってたりしてました……本当に良かった……」
女性
「ふ、双葉さんもきっと、悲しい事があったから……い、引退したんですよね…?で、でも……こ、こうして…貴方が楽しそうにしている所を見られて、わ、私はファンとして幸せです……そ、それはきっと私以外の双葉さんのファンも……貴方の幸せを望んでるはずだから……貴方が突然いなくなった事を…ファンは責めてないって……」
双葉
「…ねぇ、お二人の名前は?」
女性
「ふぇ…?」
男性
「俺は北川で、彼女は松井です」
双葉
「そっか。…松井ちゃん、こっちにおいで?」
そう言って双葉は両腕を広げ構える。彼女は恐る恐る彼氏から離れ双葉の元に近付くと彼女に抱きしめられた。
双葉
「…変装してる私を見抜ける松井ちゃんの愛は凄いね。今はこれぐらいしか出来ないけど…私は私を愛してくれる人が大好きだから…貴方のことを忘れないよ、松井ちゃん」
松井
「…〜っ!あ、ありがとうございますぅ…!!」
松井は彼女の温もりに号泣して強く抱き返す。【パーフェクトモデル】を辞めても、自分を愛してくれる人間へのファンサを忘れない双葉の姿に黒木も嬉しそうに横から見るのであった。
スタッフ
「お待たせしました!準備が終わりましたのでどうぞお入りください!」
スタッフに呼ばれると双葉はゆっくりと松井を引き離し、北川へと託す。
双葉
「それじゃあね。北川さん、松井ちゃんとこれからも仲良くしなよ?」
北川
「は、はい。…あっ、すみません…最後に一枚だけ写真を…」
双葉
「ごめん。一緒に撮りたいけど、ここにいるのはここだけの秘密にしてくれないかな?」
北川
「で、でも…せっかく会えた記念に…松井ちゃんにも残したいというか…」
松井
「双葉さんが秘密にしたいって言ってるからいいの!…ごめんなさい、双葉さん。この思い出、絶対に忘れません。双葉さんもお兄さんと素敵な時間を楽しんでください」
双葉
「うん。ありがとう松井ちゃん。お幸せに」
双葉はアクトラクションに乗り込む寸前まで、二人に手を振り続けていたのであった。
潜水艦のポッドに黒木と双葉は乗り込み、海の底へと沈められていく。厚窓からは綺麗な魚が泳ぎ、色鮮やかな珊瑚も広がっている。しかし、その水中による神秘も直ぐに終わり、潜水艦はどんどんと海底へと進み暗くなる。臨場感を出す為に、潜水艦内部も照明が消えてポッドの中は真っ黒で何も見えない。外からぶくぶくと泡の音だけが聞こえてくる。
【さぁ、間も無く海底5万メートルに到達するぞ。君達は選ばれし調査員だ。良い報告を待っているぞ】
雰囲気を出すように船長の通信が入ってくる。とは言え、明かりもないこの海底は、ただ真っ暗で何も見えないでいた。これも演出なのだろう。二人は厚窓から水中をじっと覗き話す。
黒木
「…何も見えませんね」
双葉
「…そうだね」
すると、突然ポッドがグラグラと揺れだしたと思ったら、ぴたりと進行するのを止めてしまった。アトラクションの雰囲気を壊すかのように、スタッフのアナウンスが入ってくる。
スタッフ
『只今誤作動が発生しております。動き出すまで暫くお待ちくださいませ』
黒木
「また誤作動…調子が悪いんですかね」
双葉
「えーどうする?このまま海底から抜け出せなくなるかもよ?」
黒木
「それは嫌ですね……」
二人は窓を覗くのを止めて椅子に座り直し、再び動き出すのを待つ。
全く動き出す気配がなく、静かに時間だけが過ぎる。何か話題を話さなければと。じっと考えている黒木に、双葉は口を開く。
双葉
「黒木さん。改めてだけど、キャット・シーに誘ってくれてありがとう。今こうして待ってる間でも、楽しいって思っちゃってる。不思議だよね」
黒木
「そんなことありません。俺もこの待機時間も楽しいと思ってますよ。双葉さん」
双葉
「…ねぇ、どうして急に誘ってくれたの?なんていうかさ、こういう場所を黒木さんから提案するのは、やっぱり珍しいなって」
黒木は目を少し下に向けて答える。
黒木
「確かにそうですよね。…でも、双葉さんに少しでも元気になってもらえたらって考えた時に、以前に言っていたキャット・シーがいいんじゃないかって思いました」
双葉
「…やっぱり私ってまだ元気ないように見える?黒木さんに沢山愛されてから、ずーっと幸せなんだけどなー」
下に向いていた目を双葉の方に向けて、彼は話す。
黒木
「…俺が恵とお別れをした時に、双葉さんは家族について、何か悲しげに思い返していた様に見えました。以前に貴方は、自分の父親が嫌いだって言ってましたね。それに、釣り堀の時にも普通の家庭に生まれたかったと呟いていたのを覚えています…」
黒木
「…双葉さんの家庭に何か問題があるとして、俺と恵の関係を見せるのは、やはり不快に感じたんじゃないかなって、あの時思ったんです。ごめんなさい、双葉さんの内心を気にする事も出来なくて…」
そう言って彼は深々と頭を下げた。
双葉
「謝らないで、黒木さん。恵ちゃんと仲が良いのは悪い事じゃないよ。…でも、あの時の私って、黒木さんにはそんな風に見えたんだね。……ごめん、もう吹っ切れようって思ってても、心の何処かでまだ【家族】について考えてるんだろうな」
黒木
「……」
黒木はゆっくりと顔を上げると、次は双葉が少し俯いていた。
海底の底。ぶくぶくと水中の泡の音が、二人を乗せた真っ暗なポッドの外から鳴り続ける。まるでこの暗闇が、双葉の心の闇を思わせる様に黒木は見えた。少しの間、静寂な時間が続いたが双葉は顔を上げて、黒木の目を見て話し掛ける。
双葉
「…沢山私の事を愛してくれる黒木さんには、話しておいた方が良さそうだね」
黒木
「…?」
双葉
「聞いてくれるかな?私が【愛】を求める理由を。…そして、私のお母さんの話を」
次回のRe:LIGHTの更新日は2024年11月3日(日)になります。
これからも、Re:LIGHTをどうぞよろしくお願いします。