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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
98/150

45話【虚実】


 とある高層タワーの中にある高級フランス料理店。東京の美しい夜景をガラス張りの窓から見下ろせる。ここに集まる人達はセレブばかりだ。


 そして、そんなお金持ちの人達の紛れ込むように、秀樹と華城も料理を堪能していた。彼等は上品な衣装を身に纏い、この場の空気にしっかりと馴染んでいる。


 普段から大物芸能人との付き合いで飽きるほど高級料理を食べている華城は、出される料理一つ一つをつまらなさそうに食べる。それとは反対に秀樹は、どれもじっくりと味わい美味しそうに食べている。秀樹の反応に華城は冷たい目で見ながら溜息を吐いた。


華城

「そんなに美味しい?こんなの東京(ココ)じゃ何処でも食べれるわよ?」


秀樹は口角を上げて愛想良く返す。


秀樹

「前まで貧乏だったからね。こんなに美味しい料理が堪能出来る日が来るとは思いもしなかったよ。これもまた、双葉のおかげだね」


華城

「フン…クズ親だこと…っていうか呑気に食べてる場合じゃないでしょ?アンタが裏でやってた事を彼奴(ハンダ)がチクったのよ?早く次の手を考えるべきじゃない?」


美味しい料理には合わない喧嘩腰の話し方。秀樹はフォークとナイフを皿に置いて食べるのを止める。


秀樹

「その前に聞くけど、どうしてそんな事を知ってるんだい?君は一応忙しい身なんだし、彼をずっと監視する余裕なんてないだろ?」


華城

「前に半田にスマホをプレゼントしたのよ。あいつ、あまりにもお金がなくてスマホすら売って持ってなかったのよ?まーそんなバカなおかげで、何も疑わず受け取ってくれたけど、そのスマホがGPSと盗聴機能が付いてる違法スマホってわけ。定期的に録音音声が送られてくるのよ」


秀樹

「悪趣味だね」


華城

「アンタより全ッ然マシよ。…で、どうするの?このままじゃチクった相手が警察に駆け込むのも時間の問題じゃない?聴き取りづらかったけど…斎藤?って名前は聞こえてたわ」


秀樹

「あぁ、心当たりがある名前だ。俺をここまで上げてくれた恩人だよ」


華城

「意味わかんない事言わないでくれる?半田はアンタに相当ビビって自首しないって言ってたけど…やっぱり使うの?金でも使って裏社会の人間を」


華城の質問に秀樹は悠々とワイングラスを手に取って口へ含み、仄かに口の中で広がる葡萄の風味に酔いしれる。そして不気味に感じる程の笑顔で彼は答えた。


秀樹

「そんなことするわけないじゃん」


華城

「……ハァ?」


苛立つ華城を(ほう)って、秀樹は皿に乗せていたフォークとナイフを手に取り再び料理を楽しみだす。


華城

「え?じゃあ何?アンタ、まさか裏の人間と関わっているって言ってたのも嘘なの?」


秀樹

「嘘じゃないよ。借金に追われていた頃お世話になったのは本当の話さ。だけど、関わったからこそ分かる事があってね」


秀樹

「アイツらは金を持ってる人間に一度雇われると、ソイツから金が搾り取るまで利用しようとするんだ。切っても切れない関係…つまり、百害あって一利なし。毎日家にやってきては恫喝してくる日々に戻るのは、もうゴメンだね」


華城

「じゃあ何でアイツに裏社会のことチラつかせたわけ?」


秀樹

「半田は元から芯が無い弱者男性さ。ほんの少しでもそうやって脅しておけば、後は勝手に怯え続けてくれるはずだよ」


皿の上に乗っていた料理を綺麗に食べ終え手を合わせる。


 秀樹が食事を終えたのを見ていた店員が、食器を回収しようと二人のテーブルの元まで歩み寄ってくる。皿をトレイに纏め終えてキッチンに戻ろうとする店員を秀樹が呼び止めた。


秀樹

「君、途中からで悪いのだけれど、プライベートルームに移動しても良いかな。確かまだ空いていたよね?」


店員

「かしこまりました。直ぐに準備いたします。では、此方にサインを…」


そう言って店員はプライベートルームの注意項目が書かれたサイン書を秀樹に渡す。彼はペンを手に取り、記入欄に名前をスラスラと書いた。



【遠藤 竜也】



また別の名前だ。この男の平然と嘘をつく姿はもう見慣れていたが、何の罪悪感も見せないのは相変わらず気味が悪い。


 サインを確認した店員に案内され、二人はプライベートルームに案内された。豪華な装飾で飾られ壁一面ガラス張りで、東京の夜景を広々と見渡せられる。二人は部屋の真ん中にあるソファーテーブルへと座る。


店員

「御用があれば、お呼びください」


テーブルに二人分の赤ワインを注ぐと、頭を下げて店員は出て行く。二人っきりになった途端、秀樹は足を組んで、背もたれに腕を広げてリラックスするように座り直した。さっきまで上品を装っていたのも、今は少しもない。


秀樹

「いやぁ、やっぱりあの場所はずっと気を遣って落ち着かないや。君と話すなら、ゆっくりと出来る場所がいい」


華城

「この部屋借りるだけで何万も掛かってるのでしょ?随分と贅沢な使い方ね」


秀樹

「酷いなぁ。君も半田の話をする為に、態々俺に会いに来たわけじゃないだろ?お互いに【悪い話】をするなら、聞かれない場所がいいに決まってるじゃないか」


華城

「まっ、それもそうね」


華城はワインを口に含み、肘をテーブルに付けて夜景を見つめる。


華城

「もう直ぐスタコレの投票が終わるのよ。再投票だし、順位の変動もそこまで影響はないのだけれど…少しだけムカつく事があってね」


華城

「スタコレに詳しいメディアから聞いたんだけど…次のトップは春香っていう新人モデルになる可能性があるみたいなのよ。ここ最近、Sunnaからの猛プッシュもあって、世間からもかなり人気が上がっているみたいね」


華城

「姫川がトップになるのはギリわかるとして…前回5位だった女が、一気に1位になるなんて意味がわからない。…この人気の上がり方を見てると思い出すのよ…あの忌々しい(フタバ)の事が。いきなり出てきて全部掻っ攫ったアイツが…!!」


夜景を見ていた瞳は秀樹の方へと向ける。ドス黒い瞳の中には光などはない。


華城

「…ねぇ、春香を殺すのを協力してくれない?手伝ってくれるのなら、海外の知り合いに協力してもらって、国外でも安心して過ごせるようにしてあげるから」


秀樹

「成る程。気に入らない奴がトップになるのが嫌に思うわけか。君らしい理由だね」


秀樹はクスッと笑い、恐ろしい提案でありながらも、彼は余裕そうにワインを飲む。


 ワインの酸味をじっくりと味わい、彼もまた窓の外の夜景を眺める。グラスをテーブルに置いて一息付くと、秀樹は冷静に答えた。


秀樹

「やらないよ」


華城

「…なんで?」


納得してない顔をしている華城に、秀樹は呆れて笑う。


秀樹

「君ねー、何か勘違いしてないか?俺は別に人殺しが得意とかじゃないよ?スタコレの事故だって、ほんの少しばかり双葉への妨害になればいいと思ってたんだよ。結果は予想を超えて満足なものだったけど、その代わり斎藤のような不審に気付いた記者にも、目を付けられる事になっちゃったしね」


秀樹

「それに俺は双葉にしか興味がないのさ。他のモデルが頑張ってたり、消されようとしたってどうでもいい。それが双葉に繋がる話になるのなら、少しだけでも話は聞いてあげるけど…今の君の提案は、俺にとって何のメリットもない。聞かなかった事にしてあげるから、この話はおしまいにしよう」


華城

「ちょっと待ちなさいよ。手伝ってくれたら国外で安全に暮らせるって言ってるのよ?今の自分の身を考えてみたら?一人の記者に目を付けられて、事故の真相にもうそこまで近付かれてるのよ?!」


華城

「アンタが今やるべきなのは自身の安全の確保なんかじゃないの?さっきからずっと気になってるけど、もっと危機感を持ち…!」


秀樹

「いいじゃないか。捕まったら捕まったで」


華城

「…は?」


飲み終えた空のグラスを見つめ、彼は悠々と話す。


秀樹

「まだ飲み足りないな。おかわりでも注文しようか?あぁ、それともまだお腹が空いてる?」


華城

「…意味がわかんないんだけど」


秀樹

「…?」


華城

「意味がわからない…!人の人生をぶち壊しても何事もなく普通に暮らして、その上追い詰められてるにも関わらず少しも焦ってない!何なのよ、アンタ!」


秀樹

「焦って良い方向に変わるのならいいけどさ、焦っても解決しない問題なら、いつも通り過ごすべきなんだ」


秀樹

「君はさっきから警察に捕まるかもしれないと怖がっているけど、俺は別に捕まっても良いんだよ?今この時間も、捕まるまでの猶予だと思って豪遊してるだけだしね」


華城

「さっきからアンタは何を言ってるの…?」


秀樹

「考えてごらん?テレビで善良の父としてアピールしていた俺が捕まったらどうなるか?俺からの発言でSunnaとの手切れ金の問題も必ず掘り起こされるだろうし、双葉の完璧のイメージもガタ落ちで再炎上するよ」


秀樹

「俺は、双葉が不幸になるのなら自分がどんな結末を迎えようと受け入れるつもりさ。正体を暴かれようと、逮捕されようと、どんなものでもね。だから、その時が来るまでは優雅に楽しい毎日を送るだけだ」


そう言って彼はニコッと笑顔を見せる。悪気が一切ない、ただ愛想の良い不気味な笑顔を。


 これまで、自分がモデルとしてトップに君臨する為に、多くの【関わってはいけない人間】と会ってきた華城だからこそ分かる。



この男は狂っている



自身の娘であろうと、そこに愛情など無くただ単に彼女の不幸だけを望む。父親という文字が一切存在しないこの男。ここまで来ると本当に双葉の父親なのかすらも疑ってしまう。彼の冷徹で狂気的な思考は、華城でさえも震え上がらせた。


 だが、それと同時に秀樹という男に興味を抱く。一体何がここまで狂気的思考に変えたのか?何故娘の不幸だけを考えるのか?秀樹という男は、不気味でありながらもそのような魅力を出していた。


 自分には何のメリットもない、これ以上関わる理由はない。これは禁断の質問だと分かっている。だが、華城はその魅力に惹かれ、危険を承知の上で彼に聞くのである。


華城

「…ねぇ、どうしてそこまで双葉の不幸に拘るの?」


華城の質問は意外だったのか、秀樹は真顔に変わりじっと此方を見てくる。


 機嫌を損ねたら、次は自分が消されるかもしれない。何も答えず見つめてくるだけのこの間も、緊張と恐怖に押し潰されそうだった。


 しかしその心配も不要だったようで、秀樹は愛想良く笑って口を開いた。


秀樹

「そうだな…今日は美味しいものばかり食べて気分が良いんだ。君が気になるというのなら、特別に教えてあげるよ。俺の生い立ちをね」


華城

「生い立ち…?」


秀樹

「あぁ。話をする前にワインを注文しても良いかな?これから話すのは俺の過去。長々と喋るには、片手に何もないのは嫌だろう?」



…………

……



 俺が生まれた場所はさ、こんな都会じゃなくて、近所の付き合いを大事にするような小さな田舎だったんだ。



 ごく普通の家族だった。何処にでもいる男と、何処にでもいる女の間に生まれた普通の子供。…そうなるはずだった。生まれた瞬間から宿していたこの【青い瞳】が、全てを狂わせた。



 毎日両親は喧嘩をしていた。物心も付いていない、言葉も理解出来る年齢じゃなかった頃から、両親は自分を愛していない事を本能で理解していたんだ。



【お前が何処ぞの外国人と寝たんだろ!】


【そんなわけないじゃない!!どうして自分の子を疑えるの!?】



 毎日毎日、俺が誰の子かと揉める。それを永遠に聞かされてる俺は両親が嫌いだった。自分を愛してもくれない奴等の下にいるのが、とにかく苦痛だった。そこに愛など少しもなかったのだから。



 家だけの問題じゃない。小学校、中学校もこの目をバカにするイジメが流行った。


『外国人から生まれたんだ』とか『その目で見つめられると呪われる』だとか、下らなくて陰湿なものだったが、俺と関わるとイジメられると思ったのか、俺の心を癒してくれる友達なんて出来なかった。



 俺は少しでも早くこの地を離れたくて、中学卒業と同時に実家を出て東京(ここ)へ来たんだ。多くの人間がいる都会なら、この目を気にする人間は居ないと思ったから。写真を撮る趣味だったのを活かして、俺はフリーのカメラマンとして仕事を始めた。



 活動していく中で予想通り、俺の目を気にする人間はいなかった。それがとても居心地良くて仕事にも専念する日々だった。そして、その才能を評価した会社に雇われ、芸能人を撮る専門へと変わった。



そこで俺にとって大きな転機を迎える事となる。



 ある女性芸能人の撮影後、アフターを誘われた。無垢だった俺は、その言葉の意味が分からないまま、ついて行き、初めて体を交えた。



 その瞬間、ずっと孤独だった俺の心は【愛】を知ったんだ。そしてそれと同時に、【愛】に飢えを感じるようになった。



 そこから俺は多くの女性と肉体関係を持つようになった。あるキャスターは俺と同じように【愛】に飢え、ある同業者は浮気相手として…俺には相手の理由はどうでも良かった。体を合わせた時に伝わる【愛】の温もりを味わえるのなら、誰でも良かった。



 多くの芸能人が出席するパーティー会場。その日の一夜を過ごす女を探していたあの日、出逢ったんだ。俺の妻となる【星谷 美花】に。


 彼女も俺と同様、田舎から上京してきた世間知らず。お互いに家族に問題があった事から息が合い、巧みな言葉で好意を寄せて、彼女と【愛】を交えた。



…それが、大きな過ちだった。



 あの女は、子をお腹に宿してしまったんだ。そして俺がまだ自分を愛していると思い込んでいて、引き離す事が出来なかった。後に引けなくなった俺は、戸籍上結婚して、美花を連れて東京を離れる事にしたんだ。美花との関係を知る者を断ち切りたかったからね。



 知人の紹介で家は手に入ったが、そこは俺が嫌いなあの故郷だった。無計画故に結局俺は、ここに帰ってきてしまったんだ。美花を上手く騙し、仕事の理由を適当に合わせて故郷から離れる事が多かった。幸い、あの女も馬鹿だったから妊娠中一人であろうと、俺の事を信じて帰りを待っていてくれたよ。



 俺は少しでも、産まれてくる子供の現実から背けたくて遠くへ遠くへと離れていく。そして、愛に飢えていた体は、妻がいても関係なく他の女性と交え続けた。そんな時、一本の電話が届く。



『旦那様ですか!?今すぐ病院に来てください!もう直ぐお子様が産まれますよ!』



 夫として産まれる瞬間は立ち会うべきなのだろう。現実から逃げたかったが、俺は覚悟を決めて病院へと向かう。もしかすると、こんな俺でも子供を愛する事は出来るんじゃないかって、微かに期待したんだ。



だが、現実は違った。



その子は、産まれた瞬間から、俺と同じ青色の瞳だった。



立ち合いもせず、名前も決めておらず立ち尽くす俺を、彼女は責めずにこう言うんだ。



『それなら考えていた名前があるの…この子は【双葉】私達の元に芽を出してくれた希望の子。…どうかな?』



 俺は頷くしか出来なかった。名前なんてどうでもいい。今の俺には、その青い瞳に絶望しかなかった。



 その目は、俺と全く同じ瞳なんだ。まるで自分を見ているかのように感じる。正に【呪い】、俺はそんな我が子を愛する事なんて出来なかった。



 結局、その後の俺は双葉の面倒も見ないまま、浮気していたのも美花にバレて離婚をした。だが、それで良かった。これで双葉と会わなくていいのだから。



 あの子はきっと、俺と同じように呪われた瞳のせいで不幸な人生を送るのだろう。そう思っていたのに、久々に再会した時には【パーフェクトモデル】と人々から愛されて崇拝される存在へと変わっていた。



 俺は、この目で多くの不幸に巻き込まれた。それに比べて彼奴は、今を幸せそうに生きている。俺だけがこの呪われた瞳で苦しむのが許せなかった。



 だから、彼奴にも俺と同じように不幸を受けてもらおうと決めたんだ。苦しいことも楽しいことも共感出来る存在…それが【親子】なんだってね。



……

…………



秀樹

「これが、俺の生い立ちだよ」


自分語りを終えて秀樹はワイングラスを手に取り、残ったワインを飲み干す。一方で、華城の方に注がれたワインは一滴も減ってはいない。


 秀樹の話が余程興味を唆るものだったのか、将又(はたまた)、救いがない自己勝手な生き方に絶句していたのか、話を聞いている間に一度もワイングラスを手に取る事はなかった。彼は愛情を知らず育った身としても、その中身に同情など微塵も感じる事は出来ない。


華城

「…私が言える立場じゃないけど、ハッキリと分かった事があるわ。……アンタ、かなりイカれてるわよ」


華城の辛辣な言葉にも秀樹は微笑んで答える。


秀樹

「イカれてなきゃ、君とも関わることなく真っ当に生きていただろうね」


華城

「…一応聞くけど、今話した内容は本当なの?」


秀樹

「信じるも信じないもの君次第さ。俺が【嘘】に身を包んでるのはご存知だろう?…だけど、一つだけ嘘じゃない」


華城

「…?」


秀樹

「俺に興味を持ってくれて嬉しいよ、ありがとう。久々に、自分の事を話せたおかげで少しは気が楽になったよ。【嘘】とずっと生きてきて感覚がおかしくなってきていたけど、やっぱり本性を見せれるのは気分がいいね」


この男から発せられる言葉を信じていいのか。まるで華城を信じているからこそ曝け出したかの様に告げられて彼女は困惑する。


華城

「どうして私なんかに話すのよ?アンタと私は、双葉の妨害をするだけに組んだ協力関係に過ぎないでしょ?」


秀樹

「君にはそう見えるのだろうけど、俺は俺に協力してくれる人間を信頼している。半田は…ヘマをしてしまったが責めるつもりはない。それとは別に彼と違って君はとても優秀で…感謝してるよ」


華城

「……」


そう言うものの華城は素直に受け取れなかった。


 この男は全てが怪しいからだ。双葉との感動の再会を演じて、人々に疑われる事なく聖人になりきり、(かつ)ての仲間を使い捨てる…こんな事を言っているが、華城も自分自身が所詮、秀樹の使い捨ての存在でしかないのを直感で理解していた。


 果たしてこの男とずっと関係を続けていいのだろうか。疑心暗鬼に陥る華城に、口を布巾で拭き終えた秀樹は言葉を掛ける。


秀樹

「さて、俺の話を聞いてくれた君に少しだけ助けとなる情報を提供してあげるよ。春香という女を殺すのは不可能だけど、君の活動においてきっと役に立つ情報さ」


華城

「…?」


机に肘を乗せて、彼は不気味に笑って見せる。この表情、【華城にとって良い情報】を教えてくれる時の顔だ。


秀樹

「スタコレのリハーサルの日の事なんだけどさ。俺は君が貸してくれた従業員の服を着て施設内を見回ってた訳だけど、その時に偶々面白い場面に遭遇したんだ」


秀樹

「あの時は照明事故を起こす半田の様子を見に行く必要があって忙しかったから、すっかりその場面のことを忘れていたんだけど…最近になってテレビを見ていたら、ふとその日の事を思い出してね」


華城

「アンタの過程なんてどうでも良いわよ。勿体ぶらず、早く話してくれない?」


秀樹

「ハハッ、ごめんごめん。……双葉の専用メイクルームの扉前に、君の後輩が扉を少しだけ開けて何かを撮ってる姿が見えたんだ。盗撮にしては気が動転してる風に…顔を青褪めてさせて、逃げる様に何処かへ行ってしまったけどね」


秀樹

「…一体彼女は双葉の部屋で何を撮ったんだろうね。嬉しそうにじゃなく、焦って撮るようなもの…それが何か分かれば、面白いことになると思わないかい?」


華城

「…へぇ」


秀樹の提案に華城は静かに反応して、口角がゆっくりと上がるのだった。


小さなこの一室から、また新たな波乱が起きようとしている。この嵐の前の静けさは、決して誰も気付く事は出来ないのだろう。


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