44.5話【あの日の真相】
2月27日 AM9:24 TMAエントランス広場
スタコレリハーサル当日。多くの関係者とスタッフが行き来するTMA会場。堂々と歩いてエントランスへとやって来た華城はある男と合流する。それはサングラスを掛けて従業員の服を着こなす秀樹である。彼はらしくもない大きなリュックを背負っていた。
一方で、華城は秀樹と合流する前に一人の男も呼び出し連れて来ていた。それは作業員服の半田だ。彼は周りを気にするようにオドオドとしている。
華城
「連れて来たわよ」
秀樹は愛想良く微笑み手を差し出す。
秀樹
「初めまして、半田さん。お会い出来て嬉しいですよ。彼女から話は聞いてますよね?」
半田
「お、おい…」
秀樹
「…?」
緊張か恐怖なのか、握手を拒み彼の声は震え、秀樹に小声で問い掛ける。
半田
「か、金は…用意出来たのか?先に確認しないと俺は、協力しねえぞ…?」
秀樹
「……」
差し出した手を下げ、秀樹はバッグを降ろして半田に押し付ける。
震える手でバッグのファスナーを開くと、そこには札束がギッシリと詰まっていた。夢に見た大金を前に、半田の口元は自然とニヤついている。
秀樹
「前金の500万だ。残りの500万は計画が成功すれば後日渡しますよ」
半田
「…ッ」
ファスナーを閉じてバッグを背負うと、半田は秀樹を睨み付ける。
半田
「も、もう一度確認する。俺はあのクソデケェ照明を支えてるネジを緩めるだけでいいんだな?」
秀樹
「そうだね。今回のスタコレのメインの一つとなる照明器具を壊す事が出来たら、スタコレの開催を遅らせる事が出来る。そうなれば、双葉の国内最後のランウェイは間に合わずに、後味悪く海外に行く事になるだろうね」
秀樹の計画を聞いて華城は溜息を吐く。
華城
「しょうもない妨害ね。そんな地味な嫌がらせなんかよりも、もっと精神的苦痛なものを与えてやればいいじゃないの」
秀樹
「いや、これでいいんだ」
華城
「…?」
秀樹
「今回の照明落下が【事故】だと思わせる偶然の出来事だと思わせたら、誰も俺達がやったなんて疑わないんだ。派手にやって目立つ方が返ってマズいんだよ。気付かれない程度にやるのが、ベストなんだ」
半田
「…こんな陰湿な奴が【パーフェクトモデル】の父だって、まだ信じられねえよ。まぁ、1000万貰えるのならどうでもいい。俺は早速準備を…」
秀樹
「あぁ、勿論ついて行かせてもらうよ。半田さんを見張らないといけないし」
半田
「…ハァ?」
秀樹はニコッと笑いながら話す。
秀樹
「バックれられたら、それこそ計画が失敗に終わるからね。華城さんが事前にくれたこの服のおかげで、施設内も自由に歩ける。あっ、勿論半田さんを信じてないわけじゃないけど……一応ね?」
半田
「そ、そうかよ…」
秀樹
「さっ、行こうか。…華城さん、半田さんを連れて来てくれてありがとう。また後日会おう。リハーサルは……まぁ、適当に頑張って」
華城
「フン。言われなくても…」
そう言って秀樹と半田は、華城に別れを告げスタッフ専用エリアへと入っていく。
二人で長い廊下を歩く最中。半田は黙って歩いていたが内心は焦っていた。本当は計画を無視してお金を貰った瞬間に逃げようと考えていたからだ。
借金に悩まされる日々、偶々出逢った華城に儲け話として声を掛けられ乗ったのは良いものの、このままでは犯罪者になってしまう。少しでも時間稼ぎをしようと、暫くは適当に廊下を歩き回っていたが、最終的には照明器具を支える天井付近へと繋がる階段に辿り着いた。
秀樹とは階段前で一旦別れ、半田は階段を上がっていく。そしてドームの天井付近へと到達すると、そこでは部下達が照明器具のメンテナンスや、その他の管理と忙しそうにしていた。
周りが此方を見ていないか、何度も何度も辺りを見回す。側から見ればその挙動不審な動きは直ぐに気付かれるのだろうが、忙しい現場の人達は、たった一人の男に注目するわけがなかった。
誰も自分を見ていないのを確信すると、半田はゆっくりと丁寧に、メンテナンスをしている風に見せかけてほんの少しとネジを緩める。たった1秒、2秒の細工に半田は全神経を尖らせ、息をハァハァと切らして額からは汗がどっと流れていた。
プロの目から見れば、この加減の緩ませ方だと丁度正午辺りに、支え柱は耐えられなくなり照明は落下するだろう。半田の狙いとしては正午休憩で人がいない時に落ちる事で、誰も事故に巻き込まれることはないと考えたのだ。
細工を終えた彼は緩めたネジが他の作業員に気付かれないかを気にしながら仕事を進める。先程まで1分単位がとてつもなく長く感じていたが、目の前の仕事に集中する事で少しは気持ちを和らげた。
作業員
「おおーい。昼休憩だってさ」
一人の呼び声に一同は一斉に作業を止める。やっとの休憩に息を吐き、次々と作業員は現場を離れていく。その中に半田も混ざり、共に離れる。
天井付近へと繋がる階段を降りた先に、もう秀樹は居なかった。しかし、何処から彼が見張っているかもわからない状況で下手に動くわけにもいかない。大人しく、他の作業員と共に行動している方が安全だろう。
半田
(やることはやった…後は適当に落ちてくれれば…)
メインホールまで降りて来た半田は、これから起こるであろう事故にふと舞台の方へと振り向く。
半田
「…おい…おい、嘘だろ…?」
舞台の方へと振り向いた彼は呆気に取られ口を開いて動けなくなった。
昼休憩で人々が離れていく中、舞台の上では双葉がまだリハーサルの練習をしているのだ。彼女の頭上では微かに支えきれず揺らぎ出してる照明が。
このままでは、双葉が降り掛かる照明に下敷きになってしまうだろう。半田は両手で頭を抱え、どうすれば良いのかわからず、一人で青褪めて見つめるしか出来ない。
リハーサルに専念する彼女の元へ、細田が舞台の上に乗り彼女と抱き合う。二人の表情は遠目からでも分かる程、その瞬間を幸せそうに笑っていた。そして、ギシギシと音を立てる照明に、漸く他のスタッフも異変に気付く。
スタッフ
「おい…なんかアレ…やばくないか?」
半田
「ダメだダメだダメだダメだ…!!」
次の瞬間、照明は二人の頭上から次々と降り掛かる。
細田
「双葉!!」
二人を引き裂くように、照明は細田を下敷きにした。双葉は間一髪、細田に押し飛ばされ避けれたものの、目の前の惨劇に絶句している。会場はパニックで悲鳴が響き渡り、先程まで悠々としていた人々も慌てふためいていた。
あの幸せを噛み締めていた二人を、自分の手で破壊してしまった。聡に引き寄せられ舞台から降ろされる双葉を、今の半田は立ち尽くして見つめるしか出来なかった。
半田
「俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……」
自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。絶望を目の当たりにした彼の心は、この時にもう壊れてしまったのである。
人々は恐怖と緊張に顔が歪む。たった一人、メインホールの端にて、山積みとなった照明を見つめて不気味な微笑みを見せる。
その男は秀樹。彼は満足した様子で鼻歌混じりで会場を後にするのであった。