42.5話【黒木家(双葉視点)】
街中で車を停車すると、黒木は車から降りて双葉と別れる。再び車は走り出して双葉は窓から、リコリスへと向かって歩き出す黒木をずっと見送り続けていた。その様子に細田は気付いていて、運転するKENGOへ呼び掛ける。
細田
「社長。申し訳ありませんが、もう一度車を歩道際に停めていただけますか?」
KENGO
「え?あぁ、わかったよ」
双葉
「…?」
細田に言われ、車を再び歩道に寄せて停める。
細田
「双葉。貴方も降りなさい」
双葉
「え?なんで?」
細田
「黒木さんが気になるのでしょう?私の方は大丈夫だから行っておいで」
双葉
「えー大丈夫だよ。黒木さんに細田さんの事も任されてるからね」
細田
「そんな事言ってさっきからずっと黒木さんを見てたじゃない。…本当は行きたいんでしょ?」
双葉
「…流石は細田さん。本屋じゃなくて名探偵になるべきじゃない?」
細田
「冗談言ってないで早く行きなさい。今ならまだ間に合うわよ」
双葉
「…ありがとう細田さん。社長、ちょっと行ってくるよ」
双葉は車から降りて行ってしまった。
KENGO
「やれやれ……若いね。それに君もちょっと甘いんじゃないか?」
社長の言葉に言い返せず細田は苦く笑うのだった。
………
リコリスへと到着する。変装をバッチリとして店内に入ると黒木の姿は見当たらない。その代わりに商品の棚を管理している高田とジュリに出会えて、双葉は直ぐに駆け寄る。
双葉
「高田さーん。ジュリちゃーん」
高田
「おおっ!?双葉ちゃんじゃあないですか!?いらっしゃいませー!何かお探しですか?それとも俺に会いにき…」
ジュリ
「いや絶対に違うでしょ。……どうせ黒木さんの事ですよね」
双葉
「うん。…黒木さん、ここにはもう来たのかな」
高田
「あー、黒木は店内には来てないですよ。今頃妹ちゃんと何処かに…」
双葉
「えっ!?黒木さんの妹!?」
高田の言葉にワクワクとした反応をする。
高田
「そうそう。実家に暮らしてる妹ちゃんが今日、黒木に会いにここへ来たんですよ。アイツにはサプライズで来客だって言って直前まで教えませんでしたけどね」
双葉
「それでそれで?2人でどこに行ったの?」
ジュリ
「確か今つぶグラでバズってる【フルーツムラカトウ】に行くって言ってましたね。妹さんがそういうの好きみたいですよ」
双葉
「オッケー!それじゃあ行ってくる!前に妹さんの話を聞いてたから会ってみたかったんだ!二人ともありがとう!…あっ、ジュリちゃん」
ジュリ
「…?」
双葉
「エプロン姿も、カッコいいね。流石はクールモデルって感じ?」
笑顔でそう言うと、双葉は店を出ていく。
高田
「ありゃりゃ…もう行っちゃったよ。もっとゆっくりしていけばいいのにねージュリちゃん」
ジュリ
「フフ…流石は双葉先輩…分かってるよなー…こんな地味なエプロンでも、ロックに着れる私のセンスって奴をさー…」
ジュリは腕を組み得意げな表情で、ウンウンと何度も頷いていた。
高田
「…え、もしかして俺のツッコミ待ち?」
………
フルーツムラカトウへ到着する。店に入ると受付には、先に待ち合わせしている人が来ている事を告げて店内を探し回る。
双葉
「…いた!」
店の奥の席には黒木と【何処かで見た覚えがある】若い子がテーブル席に座って話をしているのが見えた。
双葉はこっそりと忍び寄り、幸いにも彼等の後ろにあるテーブル席が空いていたので、怪しまれないように自然を装い座る。背もたれの反対側には黒木が座っている。彼等の会話を聴くには、丁度いい絶好の場所だ。
黒木
「恵。双葉さんは今も好きなのかな?」
恵
「え!?双葉さん!?……ン、ンンッ!…好き好き!大好き!!ほら、これ見て!!」
双葉も黒木と同じくこっそりと、恵がスマホに写している画面を覗く。何処かで見た事があると思っていた疑問は晴れた。
双葉
(あっ、あの子見覚えあると思ってたけど、恵ちゃんじゃん。あの時の写真…まだ持っててくれてたんだ。…嬉しいなぁ)
黒木
「双葉さんに会った事あるんだ」
恵
「えへへー!羨ましいでしょー!?二年前、地元に食べ歩きロケにやってきてさー!収録終わった後、双葉さんは残ってくれて私達ファンと交流してくれたんだよ!」
双葉
(うんうん、懐かしい。あの時もファンサし過ぎて細田さんに怒られちゃったな)
黒木
「そっか。流石だね、双葉さんは」
恵
「それでそれで?双葉さんがどうしたの?もしかしてお兄ちゃんも推しになっちゃった?」
黒木
「推し……とは違う気がするけど、俺も双葉さんと東京で出逢ってさ」
黒木
「あの人を初めて見た時、いつも見ていた世界が変わったんだ。それで良いって満足していたはずの毎日が、双葉さんが映るだけで心から楽しいって思えるような…あの人の存在があったから、俺はここまで変われたんだ」
双葉
(私も貴方の存在に心が救われたんだ。黒木さんと出逢えて良かったと思ってるよ)
黒木
「…恵にそう思ってもらえる姿に変われたのも、双葉さんのおかげなんだよ。あの人に逢えて、俺も幸せだな」
恵
「…お兄ちゃん。めっちゃ双葉さんの事好きじゃん」
双葉は会話に混ざりたくてウズウズと落ち着かない。我慢ができず、振り返ろうとするが、恵の発言に体は固まった。
恵
「でも…もう退職しちゃったよね。マスコミとかは双葉さんの裏の顔を好き勝手言ってるし…つぶグラでも、ファンの事を酷く言ってたなんて芸能アカウントがバズってたしさー」
双葉
「………」
恵
「双葉さんって、本当は私達のことも嫌いだったのかな…?あの人が見せていた輝きは【嘘】なんじゃないかな…って」
双葉
「………」
双葉は俯き、残念そうに話す恵の言葉は耳が痛かった。己の愛されたい欲のままに生み出されたこの姿は、恵の言うように【嘘の輝き】なのだ。自分は恵が思うような立派な人間ではないのに、それを信じていてくれていたファンを裏切ったのは、やはり胸が締め付けられるのである。
恵
「ま、まぁ同じ人間なんだし?やっぱり裏表あるの分かってるよ?双葉さんのファンとしてそこも受け入れー…」
黒木
「恵」
恵
「…?」
双葉
「……?」
黒木
「あの人が見せた輝きは決して【嘘】じゃない。みんなの為に誰よりも輝こうと努力をした【本物】の姿だよ」
双葉
(黒木さん…)
彼の温かい言葉に双葉の心に光が差す。
黒木
「誰にどう言われようと、自分を愛してくれるファンの一人一人を喜ばせたいという思いは、確かにそこにあったんだ……恵も、双葉さんの事が好きなら、どうか信じてあげてほしい」
黒木
「退職した双葉さんの心が救われるのはきっと、一人でも多くファンがあの人を愛する事だと思うから」
恵
「お兄ちゃん…」
双葉
「……ッ」
双葉
(やっぱり貴方には…敵わないなぁ…)
黒木の言葉を聞いて双葉は涙を堪える。自分が居ない所でも、自分を信じてくれる彼は正に救世主なのだ。
ずっと
ずっと
黒木さんと
一緒にいたい
その思いだけが強まり、双葉の鼓動はどんどんと高まる。
愛してくれる人と居られる時間を大切にしたい。一瞬でも離れたくない。
我儘ではない。これは愛だ。
双葉は自分に言い聞かせ、一度サングラスを外すと涙を拭いて掛け直す。そして、大きく深呼吸をするとファンの前に出るという覚悟を決めて席から立ち上がり、二人の前に姿を現した。
恵
「あ、あのー…どちら様でしょうか?」
双葉はサングラスをずらし、その美しく輝く青い瞳を見せて答える。
双葉
「貴方の大好きな人だよ」




