42話【黒木家】
PM14:55 スーパーリコリス
平日の昼間。スーパーリコリスは客の数も少なく、店内は静かだった。店員も時間に追われず、のびのびと作業をしている。
そんな中、衝撃の告白から一夜が過ぎたジュリはまるで魂の抜け殻の様に、ボーッと作業をしている。見た目に反していつも真面目に働く彼女が、こんなにも力が抜けているのは、パートの人達も不安そうな目で見ていた。そんな彼女の隣に、ヘラヘラと彼がやってくる。
高田
「ヘイヘイヘーイジュリちゃーん?何ボーッとしてるんだーい?幾ら今日は店が暇だからって、手を抜いちゃあダメだぜぇ〜?」
ジュリ
「あっ、はい。すみません」
ダル絡みに対しての薄っぺらい反応に、高田は更にイジる。
高田
「おいおいおい、ジュリちゃんや。いつもの返しならここで足に蹴りを入れるところだろ?今日は不調かおい?」
ジュリ
「顔面潰してほしいんですか?」
高田
「良かった。いつものジュリちゃんだ。…イテェ!!」
いつもの暴力で解決しようとする彼女の態度に、高田はほっと胸を撫で下ろす。その意味不明な方法で安心されたことに腹が立ち、彼の足に蹴りを入れた。
「あのー!すみませーん!」
すると、突然女性の客に呼ばれ二人は声を掛けられた方へと振り返る。
高田
「はいはーい!!何か御用でしょ………う……?」
笑顔で対応する高田はその客の方を見ると、思わずピタリと固まるのであった。
………
一方、黒木と双葉は東京総合病院へと訪れていた。今日は遂に細田の退院の日なのである。双葉に車椅子を押され、バリアフリーカーを用意したKENGOが待つ駐車場へと向かう。
当初、細田は自宅で一人暮らしをするつもりだったが、それを聞いた双葉は許すわけがなく、聡の屋敷で同居する事を提案をした。迷惑をかけたくないと断っていたが、それを聞いた黒木と聡も頷き、3対1の結果で共に暮らす事が決定したのだ。
一同は車に乗り込み、病院を後にする。聡の屋敷へと向かう道中、細田は今だに申し訳なさそうにしている。
細田
「本当にいいの?一人で何とか出来るのに…」
双葉
「大丈夫!私は細田さんと一緒に暮らしせる方が嬉しいから!それに聡ちゃんのお屋敷は凄く広いしね。四人でも生活しやすいと思うよ?」
細田
「貴方はまぁそう言うと思ってたけど…黒木さんに無理言ってるんじゃ…」
黒木
「俺も大丈夫です。家主の聡さんも歓迎してましたし、遠慮はしなくても良いと思います」
仲良さげに話す三人にKENGOも茶化す。
KENGO
「いいじゃないか、細田さん。彼等もそう言ってるんだしさ。ここは素直に聞いておくべきだよ」
細田
「そうでしょうか…」
KENGO
「しかしまぁ、あの立派な屋敷に四人で住むとなるなんて、まるで家族みたいだね。細田さんは母さんで、聡君は長男…黒木君と双葉ちゃんは次男と妹かな?」
双葉
「あはは、それいいねー」
細田
「何言ってるんですか社長…」
冗談を言い合う車内が微笑ましく、黒木も安心していられる。その時、彼のスマホにメッセージが届いた。高田からである。
高田健太
【おっす。今どこに居る?】
15:12
メッセージの内容から何やら急ぎのような気がする。黒木は直ぐに返信をする事にした。
黒木誠
【双葉さんと車で移動中。何かあった?】
15:14 既読
既読の文字は直ぐに付いたと思う間も無く、返信のメッセージが届く。
高田健太
【お前に会いたがっているお客さんが来店されたんだ。休みの日で悪いけど、会ってくれないか?】
15:15
黒木誠
【俺に会いたいお客さん?名前はわかる?】
15:16 既読
高田健太
【いや、わからない。とりま、会ってくれ。今からでも店に戻れそう?】
15:18
黒木
「……」
黒木は車窓から外を見る。まだ病院から出て、そこまで走り出していない。今からでも降りればリコリスに戻るのにそこまで時間はかからないだろう。後部座席から前のめりに体を出して、KENGOに話し掛ける。
黒木
「KENGOさん。すみませんがこの近くで降ろしてくれませんか?」
KENGO
「ええ?どうしたんだい?」
黒木
「職場に用が出来たので今から向かおうと思います」
黒木の発言に隣に座る双葉は首を横に傾げる。
双葉
「何かあったの?」
黒木
「大したことじゃないですよ。双葉さんは細田さんと一緒に屋敷に先に帰っててください」
KENGO
「ここで降ろすよりも、このまま君の職場まで送るよ。細田さん、構わないかな?」
細田
「はい、私は大丈夫です」
彼等の気遣いに嬉しそうに微笑みながらも、首を横に振る。
黒木
「気遣っていただいて嬉しいんですが、ここで大丈夫です。細田さんも病み上がりでしょうし、早く落ち着ける場所に居られる方が良いと思いますので」
KENGO
「そうかい?黒木君がそう言うのなら、仕方がないね」
そう言うとKENGOは道路の端に車を寄せハザードランプを点滅させて停車した。黒木は車から降りて、KENGOの方へと振り返り頭を深々と下げる。
黒木
「ありがとうございます。双葉さんと細田さんをよろしくお願いします」
KENGO
「うん。任せて」
双葉
「待って、黒木さん」
双葉も車から降りて、黒木の前に立つ。
黒木
「?どうかしましたか、双」
黒木が話してる最中に双葉はぎゅうっと黒木に強く抱きつく。相変わらず甘えん坊の彼女に、黒木は優しく微笑みそっと抱き返す。
双葉
「ついて行きたいけど、きっと邪魔になるだろうし……屋敷で待ってるよ」
黒木
「…はい。直ぐに終わらせてきますね」
二人は手を離し、双葉は再び後部座席へと乗り込む。ドアを黒木が閉めて、発進する車を見届けた。黒木はスマホを取り出してメッセージを淡々と入力する。
黒木誠
【今から向かう】
15:26
………
PM15:58 スーパーリコリス
30分の移動時間を費やし、黒木はリコリスまでやってきた。直前のメッセージではこんなやりとりが行われていた。
高田健太
【もう着きそう?】
15:50
黒木誠
【後、5分ぐらいかな】
15:52 既読
高田健太
【おけ。お客さんに店前へ居るように伝えてくる】
15:52
黒木誠
【確認だけど、俺の知ってる人?】
15:55 既読
高田健太
【見りゃわかる】
15:55
黒木が知っていて、自分に会いたがっているお客さん。一体どんな人間なのだろうか。
黒木の接客は愛想は良いものの、客から好かれるかと尋ねられると何とも言えないようなもの。これまでこれといって仲良くなった客も居ないので、その正体が気になって仕方がなかった。
高田のメッセージ通りなら、店の前にその人物はいる。黒木は店から出てくる人達も含めて店の周辺を見渡して探す。
?
「!!いたー!!」
黒木よりも相手が先に黒木に気付いたようだ。その元気で明るい声は、黒木にとって懐かしい声である。
声がする方へと黒木は振り向く。そこには彼と同じ真っ黒で純粋な瞳に、サラサラとした黒の長髪の女性が嬉しそうに手を振って駆け寄って来る。
黒木
「…恵!」
恵
「お兄ちゃーん!!」
女性は黒木に勢いよく飛びつき抱き締める。馴れ馴れしくも黒木は、彼女の頭を撫でて優しく微笑んだ。
彼女の名は黒木 恵。黒木の妹であり19歳の現役大学生。実家暮らしで東京に行ってしまった黒木と再会するのは凡そ四年ぶりである。
恵は兄との再会が余程嬉しかったのか、抱き付いてる手は離さずニコニコとしている。店の出入り口前でのこの光景に、来店する人々からは【熱々な二人だな】と横目で見られていた。
流石にこのままでは良くないと黒木から手を離し、場所も出入り口前から少し離れるように移動して恵に話しかける。
黒木
「久しぶりだね、恵。東京まで来てどうしたんだ?」
恵
「どーした?じゃないでしょ!お兄ちゃんに会いに来たんだって!」
黒木
「俺に?」
恵
「だってお兄ちゃん東京に行ってから実家にぜんっぜん帰ってこないし!メッセージの回数も減っちゃったし!こんな可愛い妹を放っておいて都会生活満喫ですかコノヤロー!!」
黒木
「い、いや…そういうわけじゃ…」
恵
「とりあえず!今から行きたいところあるからついてきてよね!」
黒木
「今から?何処に?」
恵
「行けばわかる!レッツゴー!」
黒木
「あっ、ちょっ…」
黒木は妹に手を繋ぎ引っ張られ、リコリスを後にするのであった。
………
恵に連れてこられたのは都内のとあるスイーツ店。若者を中心に今大人気のこの店は、夕方でありながらも客で賑わっていた。
幸いなことに黒木達が訪れたタイミングで席は空き、無事店内へ。内装は言わば【バズる】であろう装飾デコレーションで飾られ彩り溢れている。恵が注文したのは、フルーツがカラフルに盛り付けられた大型のパフェ。黒木が普通に過ごしていれば、一生見ることがないスイーツだ。彼女は目を輝かし、パフェを様々な角度からスマホで撮影している。
恵
「東京に着いたらここに来たかったんだよね!あっちじゃあこんな映えるデザートなんてないし!あっ、お兄ちゃんちょっと避けて?」
そう言われ黒木はカメラに映らないように横に避ける。今やりたいことに夢中になる所は、昔から変わらない姿で微笑ましく見えた。
黒木
「元気そうで良かった。母さんや父さんも元気にしてる?」
黒木の質問に映える角度の撮影に集中しながら返す。
恵
「うん!元気だよ!伝言も預かってるんだ!『正月ぐらいは帰ってきなさい!』だって!」
黒木
「ハハ…今年は行けなかったもんな…来年は帰るよ。それよりも恵、大学はどうしたんだ?今日は平日だろ?」
恵
「今ね、夏休み中なんだ!私の大学、夏休み始まるのは遅いけど、変わりに9月末まであるんだよね!」
黒木
「そうなんだ。大学は楽しいか?」
恵
「うん!楽しい!高校と違って自由に教科選べるの、マジ神だよね〜。朝もグータラしていいし!」
何の変哲もない兄妹の会話が続いていく。一通り撮り終えて満足した彼女はスマホをバッグに戻し、漸く黒木の方へ顔を向けて質問をする。
恵
「お兄ちゃんこそ元気にしてた?まー元気にしてるよね?こんなに可愛い妹を放っておいて、都会ライフを満喫してるぐらいだし?」
黒木
(メッセージ送らなかったの根に持ってるな…)
黒木は昔を懐かしむような表情で言葉を返す。
黒木
「元気してるよ。…恵、覚えてる?四年前に俺が実家を出て行った時の事。あの時の恵は俺と一緒の部屋が嫌で、俺がリビングに居る時も怒ってただろ?それにお風呂も俺や父さんより先に…」
恵
「それ絶賛反抗期の頃の思い出だから!?っていうか、何で今その話!?」
黒木
「あ、あぁ。だから俺は恵とはあまり仲が良くないんだなって思ってて連絡を控えていたというか…」
恵
「いやいやいや!あの後はちょくちょくメッセージ送ってたでしょ!?【そっちは楽しい?(笑)】とか【今日何食べた?(笑)】とか!反抗期終えた後、反省して私なりに仲良くしようとしてたんだからね!?」
黒木
「そうだったんだ。…成る程、久々に再会して嬉しそうにしてくれてのも、つまりそういう…」
恵
「そういう事だよ!?…ハァー、なんていうか、天然で鈍感な所は変わらないね、お兄ちゃん」
黒木
「わ、悪い」
妹の思いに気付けず頭を掻き反省する黒木に、恵は可笑しそうに笑った。
恵
「でも、そんな相手の思いを優先してくれる優しさも残ってて、妹としては嬉しいよ。…で、本題に戻って…都会の生活はどうなの?」
黒木
「…そうだな。この四年間は色々とあったよ。メッセージも控えてて話せてなかったけど…聞いてくれるか?」
恵
「そんなの一々確認しなくたって全部聞くよ。時間はたっぷりあるんだからね!」
黒木
「…そっか。何処から話そうかな」
恵
「あっ、話すのならちゃんと面白く話してよね?」
黒木
「は、はは。わかったよ…じゃあ…」
それから黒木は恵に都会での暮らしについて話をする。
恵は知っている。黒木の会話の中身というのは感情が常に上下に揺さぶられずに一定に定まり、淡々と伝えたい事だけを話す兄だということを。本人は面白く感じたであろう内容ですら、黒木が話せば感情のないロボットが話してるようでつまらないのだ。
だが、久しぶりに出会った黒木は、手を動かしたり、表情を変えたりと楽しそうに話す。将来は都内で暮らしたいと思っている恵には、彼の話す都会暮らしの内容に惹き込まれるのであった。今の黒木の姿に、四年前の面影は一切なかった。
話し終えて黒木は一息付き、注文していたアイスコーヒーを口に含む。ふと恵の方を見ると、彼女は注文したパフェを食べながら嬉しそうに微笑んでいた。自分の話が面白かったのか、それともパフェが美味しくて口元が緩んでいるのか、黒木には分からない。
黒木
「…そのパフェ、美味しい?」
恵
「え?あぁ、そだね。パフェだもん。美味しいに決まってるじゃん。…って、そうじゃなくて」
恵
「…なーんかお兄ちゃん、変わったなーって」
黒木
「変わった?俺が?」
彼女はパフェを食べる手を止めて、テーブルに肘を乗せる。
恵
「私の知ってるお兄ちゃんって、いつも真顔だし話しかけても『ああ』とか『うん』とか感情がない返事ばっかり。必要以上に自分からも話し掛けてこないから、周りの人から【つまらない】なんて言われてたじゃん?」
恵
「あっ!つまらないって周りが思ってるだけで、私はそれがお兄ちゃんだって分かってたから別にいいんだよ!?まぁ、つまり何が言いたいかって言うとそれがお兄ちゃんのイメージなんだよ!…でも、久しぶりに再会したら、まるで別人みたいになったな…って」
黒木
「…そうなのかな?」
恵
「うん。自分の話を凄く嬉しそうに話してるの、初めて見たもん」
黒木
「…恵がそう言うのなら、そうなんだろうな。俺は変わったのかもしれない。……あぁ、そうだ。まだ言えてなかった事があるんだ」
【つまらない】自分を変えてくれた【特別な存在】
その【特別な存在】を、彼は話す。
黒木
「恵。双葉さんは今も好きなのかな?」
彼が何故双葉の話題を振るのか。それはメッセージをしている時に、時折【パーフェクトモデル】の話題が彼女から送られてきたからであった。物事へ興味を示した黒木は、妹が双葉が好きだった事を思い出して問い掛けるのである。
恵
「え!?双葉さん!?」
黒木の口から【双葉】というワードが出ると思わなかったのか、恵は目を輝かしガタッと立ち上がる。突然勢いよく立ち上がったもので、周りの視線が痛い。恵は直ぐに興奮を抑え、咳払いしながら座り直した。
恵
「ン、ンンッ!…好き好き!大好き!!ほら、これ見て!!」
そう言うと彼女はスマホを取り出して黒木に画面を見せつける。そこに映るのは双葉と恵のツーショット。それは街中でお互いに片割れのハートを片手で前に突き出して【両思い】を連想させる素敵な一枚。黒木は驚く。
黒木
「双葉さんに会った事あるんだ」
恵
「えへへー!羨ましいでしょー!?二年前、地元に食べ歩きロケにやってきてさー!収録終わった後、双葉さんは残ってくれて私達と交流してくれたんだよ!」
黒木
「そっか。流石だね、双葉さんは」
最高の一枚を自慢げに見せるのも止めて、恵は聞き直す。
恵
「それでそれで?双葉さんがどうしたの?もしかしてお兄ちゃんも推しになっちゃった?」
黒木
「推し……とは違う気がするけど、俺も双葉さんと東京で出逢ってさ」
黒木
「あの人を初めて見た時、いつも見ていた世界が変わったんだ。それで良いって満足していたはずの毎日が、双葉さんが映るだけで心から楽しいって思えるような…あの人の存在があったから、俺はここまで変われたんだ」
黒木
「…恵にそう思ってもらえる姿に変われたのも、双葉さんのおかげなんだよ。あの人に逢えて、俺も幸せだな」
恵
「…お兄ちゃん。めっちゃ双葉さんの事好きじゃん」
兄の曇り一つなく爽やかに話す様に、恵はジーンと感動していた。しかし、それと同時に恵は少しだけ残念そうな仕草も見せる。
恵
「でも…もう退職しちゃったよね。マスコミとかは双葉さんの裏の顔を好き勝手言ってるし…つぶグラでも、ファンの事を酷く言ってたなんて芸能アカウントがバズってたしさー」
恵
「双葉さんって、本当は私達のことも嫌いだったのかな…?あの人が見せていた輝きは【嘘】なんじゃないかな…って。ま、まぁ同じ人間なんだし?やっぱり裏表あるの分かってるよ?双葉さんのファンとしてそこも受け入れー…」
黒木
「恵」
恵
「…?」
黒木は真っ直ぐに純粋な瞳を揺らがず、自信に満ちた表情で恵に語りかける。
黒木
「あの人が見せた輝きは決して【嘘】じゃない。みんなの為に誰よりも輝こうと努力をした【本物】の姿だよ。誰にどう言われようと、自分を愛してくれるファンの一人一人を喜ばせたいという思いは、確かにそこにあったんだ」
黒木
「恵も、双葉さんの事が好きなら、どうか信じてあげてほしい。退職した双葉さんの心が救われるのはきっと、一人でも多くファンがあの人を愛する事だと思うから」
恵
「お兄ちゃん…」
彼の言葉に、恵は黒木が輝きに満ちて見えた。それはあの時出逢った【パーフェクトモデル】を思わせるような、誇り高き自信に満ちた煌めきである。ネットの有りもしない情報に、嫌気が差していた恵の心にも光が満ちていく。
恵
「…うん!そうだよね!私が双葉さんが好きなのは本当のことなんだ!ファンならその思いを捨てず、愛するべきだね!」
妹の明るい返事に黒木は深く頷いた。
そんな、楽しく話す二人の元に、突然女性が黒木の横へ馴れ馴れしく座り込んでくる。深く帽子を被り、サングラスを付ける長髪の綺麗な女性。
黒木
「あっ」
それは誰なのか。黒木には一発で分かると同時に、何故ここにいるのかと困惑している。逆に恵は、突然知らない女性が兄の隣に座ってきた事に呆然と口を開いたまま見ていた。
少し沈黙が続いたが、恵は空いたままの口を閉じて恐る恐る女性に問う。
恵
「あ、あのー…どちら様でしょうか」
女性はサングラスをずらし、その美しく輝く青い瞳を見せて答える。
双葉
「貴方の大好きな人だよ」
恵
「!!?!?ふ、双…ッ!!」
突然の推しの登場に、思わず悲鳴を上げそうになるも、双葉の手は恵の口を塞ぐ。
恵
「んう〜〜〜っ!!?」
双葉
「シーッ。…私がここにいるのは、トップシークレットだから…ね?」
双葉はウインクをキメる。超が付く程綺麗な顔に恵は只々圧倒されて何度も頷く。
興奮が収まり、ゆっくりと口を閉じられていた手を離される。ずっと横で見ていた黒木も双葉に話し掛けた。
黒木
「双葉さん。どうしてここに?」
双葉
「ごめんね黒木さん。やっぱりどうしても気になってさ、あの後リコリスに行ったんだ。そしたら高田さんに会えて、ここを教えてもらったの」
黒木
「成る程…」
恵
「ちょちょちょ!?ちょっと待ってください!?」
伝説のモデルと普通に会話する兄に恵は驚きの連鎖は続く。
恵
「ふ、双葉さんとお兄ちゃんって知り合いなんですか!?」
双葉
「?あー…知り合いっていうか…」
双葉は黒木の腕に手を回し寄り付いてピースをする。
双葉
「彼女♫」
恵
「ぎ、ギィイヤ…ッ!!?」
黒木・双葉
「シーッ」
絶叫しそうになった恵を今度は黒木と双葉の二人が、前のめりに体を出して恵の口を手で塞ぐ。二人の動きは動きは息がピッタリだ。
今度こそ落ち着いたのを確認して、塞いでいる口を再び離す。恵は目の前にいる双葉に目を輝かせて嬉しそうに黒木に向かって話す。
恵
「す、凄い凄い!!本物の双葉さんだ!!お兄ちゃん!何で黙ってたの!?」
黒木は申し訳なさそうに目を逸らす。
黒木
「まぁ、色々とあって…」
恵
「えっ、まさか双葉さんが退職した理由って、お兄ちゃんとカップルになったから…!?」
黒木
「いやいや、違…」
双葉
「そうだよー。こんなにハンサムな人と付き合うってなったら、モデルなんてやってる場合じゃないからね♫」
黒木
「話をややこしくしないでください双葉さん…」
双葉
「アハハ、ごめんごめん。…えーっと、恵ちゃんだよね?二年前【とんとん葛】の収録後のファンの人達と一緒にいた…」
恵
「!?私の事、覚えているんですか!?」
双葉
「うん、覚えてる。『片思いの写真を撮りたいで、親指立ててくれますか?!』って言ったでしょ?でも、私はファンのみんなが好きだから、二人で手をハートの形にして、両思いにしたんだよね?」
黒木
「さっきの写真…そんな風に頼んでたのか、恵」
恵
「あ、アハハ…」
双葉
「まぁ昔話は置いといて…恵ちゃん。私がファンに何も言わずに消えたのって…やっぱり怒ってる?」
双葉の質問に恵は全力で首を横に振る。
恵
「そんな!怒るわけないじゃないですか!っていうより謝らないといけないのは私の方です!双葉さんのファンだって言うのに、メディアの情報で勝手にアレコレ考えてしまってました!双葉さんはそんな人じゃないって分かってるのに…私はファンとして失格です!」
双葉
「ううん、恵ちゃんは悪くないよ。あんな風に消えたら、誰だって不快に思うもん。…でも、これだけは信じてほしい」
恵
「…?」
双葉は儚げに微笑みを見せ、そっと手を差し出し恵の手を優しく握った。
双葉
「私を愛してくれたファンのみんなを、私は今でも愛してる。みんなの前にはもう出てこないかもしれないけど……その思いは絶対に消えないから」
恵
「双葉…さん…」
いつもの太陽のように明るい姿を見せてくれる【パーフェクトモデル】とは違い、一人の大人の女性としての優美の輝きを見せる。掛ける言葉も失い、恵は彼女に唯見惚れる。モデルとして、ファンとして、其々を尊重するこの光景に、黒木も安心して見守れるのであった。
店を出て夕日が沈む街中。三人はその後も会話が弾みすっかり仲も良くなっていた。それもそのはず、黒木と違いとても明るく元気な子であるが、彼の妹となれば本質は彼と同じで相性がとても良かったのである。
外に出てからは手を繋いで歩いたり、スマホでツーショットを撮ったり、サインをバッグやカバーに強請ったりと、妹は双葉に過剰に要求するが、双葉は嫌がる事なく全て応えてくれる。すっかり義妹のポジションを確保したのだ。
しかし、時間は有限である。恵はそろそろ事前に予約したホテルへ帰らなければならない。都内の駅前まで到着すると、別れが惜しい恵は双葉にハグを交わす。
恵
「うぅー…せっかく双葉さんと仲良くなれたのに〜…双葉さんに会えるの知ってたら、もっと長く東京に泊まってたよ〜…」
双葉
「私の声が聴きたくなったら黒木さんに連絡して?黒木さんのずっと隣にいるから、いつでもOKだよ!」
黒木
「ハハ…恵、この後はどうするんだ?」
ハグしていた手を離し、恵は黒木の方を見て話す。
恵
「明日はつぶグラの友達とキャット・ランドで満喫するんだ。で、そのまま実家に帰るって感じ」
黒木
「そっか。母さん達にもよろしく言っておいてくれ。明日は楽しんでくるんだぞ」
恵
「うん!……じゃ、そろそろ行くね。流石に今から電車乗らないとチェックインが怪しいから……またね」
恵は二人に頭を下げ、手を軽く振ると背中を向けて駅へと歩き出す。しかし、数歩歩いた所で彼女は振り返り、二人に呼び掛ける。
恵
「お兄ちゃん!双葉さんを大事にしてよね!?双葉さん!頼りない兄だけど、これからもよろしくお願いします!」
黒木
「うん、勿論だよ」
双葉
「またねー恵ちゃん!寂しくなったらまたおいで!」
恵
「はい!さよーならー!」
恵は此方に手を振りながら駅のホームへと走っていった。
恵の背中を見送る二人。横に立つ双葉は黒木に寄り添い語りかける。
双葉
「素敵な妹さんだね。すっごく良い子だった。…仲悪くは見えなかったよ?」
黒木
「ハハ、そうですね。俺の思い違いだったみたいです。…自慢の妹ですよ、あの子は」
双葉
「……」
黒木
「…?双葉さん?」
双葉が表情は少し暗いのに気付き、咄嗟に声を掛ける。
双葉
「…あっ、ごめんごめん。いやさ、二人を見てたら…これが【本当の家族】なんだなーって…」
黒木
「……」
黒木を愛しても、それは本当の家族ではない。
ずっと家族の愛を受けられず、孤独に生きてきた彼女にとって、本当の家族を目の当たりにするのは、それは正直良い気分にはならないのである。だが、今は自分を愛してくれる人間がいる。我儘な自分の思いに呆れて、双葉は苦く笑った。
双葉
「ごめんね。私、また変な事言っちゃったね」
気遣う双葉に黒木は、首を横に振り、そして彼女の手を繋いで正面から話す。
黒木
「双葉さん」
双葉
「…?どうしたの?」
黒木
「…キャット・シー。俺達も行きましょう」
双葉
「…えっ?」
彼からの意外な提案に、双葉もキョトンとした顔で黒木を見つめるのであった。




