41.5話【誰かの為の傷】
AM0:11 聡の屋敷
寝室。ベッドで黒木と添い寝をする双葉は深夜に目を覚まし体を起こした。ふと、黒木の方を見ると彼は仕事で疲れ切っているのか、全く起きる気配がない。喉が渇いた彼女は彼を起こさないように、ゆっくりと慎重にベッドから降りて部屋を出る。
リビングは誰もいないのに灯りがついたままだった。恐らく聡が仕事から帰ってきているのだろう。双葉はキッチンへ向かい冷蔵庫を開けて飲み物を探す。そんな時、後ろの方から扉を閉じる音が聞こえ、思わず振り返った。
双葉
「あっ」
聡
「あっ」
双葉の視線の先には、スッピンの聡が上半身裸の姿でそこに立っていた。髪は濡れて、鍛え上げられた細マッチョの体からは湯気が出ている。その姿からさっきまで風呂に入っていたのが一目で分かった。
聡
「イヤ〜ン♡エッティ〜♡」
しかし、彼の素の反応は一瞬だけで、男でありながらも胸元を手で隠す素振りを見せておちゃらける。
双葉
「早く服着なよ。風邪引くよ?」
聡
「アッ、ハイ」
残念なことに先程起きたばかりの双葉はノリが悪く真面目に返される。聡はペコペコとしながらリビングのソファに置いてあるシャツの元へ歩みだした。
双葉
「…あっ」
その時、ソファに向かう最中に見せた彼の背中姿に、双葉は固まってしまう。
彼の肌を晒した背中には多くの切り傷の跡が残っていたのだ。スタコレの照明が落下してきた時、誰よりも早く自分の元へ駆けつけ庇った代償は、多くのガラスの破片が彼の背中をズタズタに切り裂いたのである。
双葉は知っている。聡は常に自身の美意識に繊細である事を。
皺一つのない綺麗な衣装を常時着こなし、髪やメイクのセットだけでも何時間も拘る。それが彼がファンタスティックと呼ぶ流儀なのだ。そんな己の美を汚すであろう痛々しい背中は、彼の体にあってはならないもの。そしてそれは双葉が招いた結果だと実感して、じっと見ていると次第に悲しくなってくる。
そんな背中を見つめられている事も知らず聡は、鼻歌を歌いながらシャツを手に取る。
次の瞬間、双葉が彼の背後から黙ったまま抱きついてくる。気配もなく突然抱きつかれて彼はビクッと驚いた。思わず手に取っていたシャツも落としてしまい慌てふためく。
聡
「イィヤァオゥ!?な、何々!?双葉ちゃん!?アティシのファンタスティック⭐︎ボディに見惚れたからってそんな乱暴にしちゃイヤよん!?それに貴方にはクロちゃんというハンサムボーイが…!!」
双葉
「ごめんね」
聡
「…?」
双葉の一言にオネエの態度を止め、一人の大人として耳を傾ける。
双葉
「その背中の傷…痛かったよね?見てて凄く伝わってくる。私があの時もっと冷静になれたら…こんなことにならなかったのに…」
聡
「…あぁ、そういうこと」
俯いているせいで表情は見えないが、きっと優しいこの子は今、悲しい顔をしてくれているのだろう。聡にはそれが分かり優しく彼女へ語りかける。
聡
「双葉ちゃんのせいじゃないわよ。あんなバカデカい照明器具が頭上から落ちてきたら、アティシだって足が竦んで身動き取れないわん。大事なのは、アレだけの大事故であっても死人が出なかった事じゃない?明美ちゃんも無事に目を覚ましたし、【終わり良ければ全て良し!】って、ワ・ケ⭐︎」
双葉
「でも……」
まだ躊躇う彼女の様子に、聡は溜息を吐く。
聡
「…双葉ちゃん。アティシの顔を見て?」
双葉
「…?」
そう言われ双葉は顔を上げて聡の方を見ると、彼は自信満々の横顔で此方を見て答える。
聡
「この背中の傷はね?決してアティシのファンタスティック⭐︎ワールドの妨げにはなってないのよ。何故だかわかる?」
聡
「それはね、双葉ちゃんという、みんなの希望の光を守った背中だからよ。この傷があったからこそ、今こうして双葉ちゃんは新たな道を歩みだそうとしてくれている。ファンタスティックに輝く貴方の日常の架け橋になれたのなら、こんな傷なんて痛くも痒くもないんだからっ」
双葉
「聡ちゃん…」
聡
「だからね双葉ちゃん。この背中は汚いものじゃない。名誉ある気高き傷なの。貴方は何も悪くない。…それだけは覚えておいて」
彼の善良な言葉に双葉は泣きそうになると、再び俯いて彼の背中へ顔を埋める。
双葉
「…ありがとう、聡ちゃん。…大好きだよ」
聡
「アティシもよ、双葉ちゃん。まっ、パーフェクトレディーにはパーフェクトボーイがお似合いだから、ファンタスティックなアティシは譲……」
また茶化すように話している聡の視線は、ふと寝室の方を見る。
黒木
「……」
そこには寝室の扉を開けて、口を開いたまま硬直して立っている黒木の姿が見えた。
上半身裸の大人
それを後ろから抱きつく双葉
黒木はこの光景に頭の中では【浮気現場】という文字が過り、どうすればいいのか分からず固まってしまったのである。
聡はせっかく風呂で流した汗を再び体から吹き出し、全力で首を横に振り否定する。
聡
「ノンノンノン違うのクロちゃん。これはその、決して今からファンタスティックな事が始まるとかじゃなくて」
黒木
「ファンタスティックな事…??」
フォローになっていない聡の言葉に、黒木の脳内は益々混乱していく。
顔を埋めていた双葉は黒木の方へゆっくりと向いて、悲しげに言う。
双葉
「ごめんね黒木さん…私、ファンタスティックにされちゃった…」
黒木
「…!そ、そんな…!」
聡
「チガーーーウ!!!クロちゃんそんなノリ知らないでしょ!!?」
青褪め絶望している黒木の誤解を解くのには、それ程時間はかからないのであった。




