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Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
90/144

41話【感情ジェットコースター】


AM10:01 Sunna 休憩スペース


ジュリ

「……」


 今日は午後から都内のスタジオで撮影が行われる。ここ最近肌の傷も治ったジュリは、久々の仕事に準備を済ませ、Sunnaの休憩スペースのソファにて、仰向けで寝転びスマホを眺めている。


 彼女が見つめているのは先日撮った聡の屋敷での集合写真。双葉と再会が出来たあの日、自分を大切にしてくれる人達と集まって撮った一枚の写真。東京に上京してから荒んでいた自分が、まさかこんな写真を手にするとは夢にも思わなかっただろう。写真に映る大切な人達を見ていると、ニヤリと口角が上がる。


ジュリ

「…いいじゃん」


嬉しそうにボヤく彼女の元に誰かがやってくる。


フレン

「あっ、いたいた。おーい、ジュリちゃん」


ツインテールモデルこと、フレンだ。ジュリや春香の事を大切にしてくれる良き理解者。彼女の呼び声に反応してジュリはスマホをポケットに戻し、体を起こす。先程まで上がっていた口角も、今はムッとしている。


ジュリ

「…なんですか」


フレン

「リラックス中にごめんねー。ちょーっと、相談していい?」


ジュリ

「相談?」


フレンはジュリの隣に座り溜息をつく。


フレン

「いやあのさぁ、ハルちゃんの事なんだけども」


ジュリ

「春香先輩ですか?」


フレン

「そう。…最近無理してる感じ凄くない?」


フレンの言葉にジュリは鼻で笑う。まるで【今更気付いたのか】とでも言いたそうだ。


ジュリ

「いや、そりゃ無理してるでしょ。Sunnaのアイコンになるように頑張るなら、凡人の活躍じゃ不可能な話ですし」


フレン

「だよねー!?…いや、この間さ?廊下ですれ違ったんだけど…すっごい疲れてる顔しててさ?ちょっとヤバいんじゃないかなって思うんだよ」


フレン

「だからさ!今から一緒にハルちゃんのところへ元気付けに行かない?双葉大好き女子クラブ会員として仲間を大切にすべきじゃん?ね?ね?」


擦り寄ってくるフレンにウザさを感じながらも、呆れつつ微笑んだ。


ジュリ

「そんな会員なった覚えはありませんが、元気付けるのなら付き合ってあげますよ」


フレン

「流石はジュリちゃんだね!じゃ!早速会いに行こう!」


ノリノリに立ち上がり先に向かうフレンに、ジュリも溜息を吐くとゆっくりと立ち上がり、彼女へ付いていくのだった。



AM10:25 カフェスペース



 カフェスペースへとやってくる。多くの人々がこの場所で休憩する中、春香も隅の席で休憩をしていた。彼女は浮かない顔のまま、スマホをじっと見る。春香が見ていたのはつぶグラによるエゴサのタイムライン。



【双葉が居なくなってからSunnaはハルちゃんを押してるけど、結構ゴリ押してる感じがなぁ…可愛いし綺麗なんだけど、そこらが気に食わんわ】



【この間参加していたファッションショーのハルちゃん凄い綺麗だった!だけどどうしても双葉ちゃんと比べてしまうところがあるんだよね。双葉ちゃん復帰しないかなぁ_:(´ཀ`」 ∠):】



【双葉が退職したのは春香が社長と寝た事で、彼女が主権を握り追い出したからである。国宝であるパーフェクトモデルを退職に追い込んだ春香を許すな #KENGO見てるか #Sunnaの恥】



目に映る人々の不満の声。心無いコメントの数々に春香の瞳は虚になってゆく。


春香

(…もっと、頑張らないと。【パーフェクトモデル】に並ぶ、最高のモデルに私も…)


フレン

「ハルちゃ〜ん!」


モヤモヤと考える春香の元へニコニコと手を振りながらフレンが駆け寄ってくる。その後ろにはジュリも姿を見せて、片手だけを軽く上げて挨拶をする。


ジュリ

「ども」


春香

「フレンさん、ジュリちゃん」


二人は春香の対面に座り、フレンは気さくに話しかける。


フレン

「やぁやぁ久しぶり。みんな忙しくて中々【双葉大好き女子クラブ】開催できないよねー」


春香

「アハハ、本当ですよね。よく集まって双葉さんの事を語っていたのが懐かしいなー」


ジュリ

「いや私会員じゃないですからね?」


フレン

「またまたー。なんだかんだ毎回参加してくれてるからジュリちゃんも立派な会員の一人だよ」


ジュリ

「まぁそんなことはどうでもいいんですよ。…調子はどうですか?」


ジュリの質問に春香は苦笑いを見せながら言葉を返す。


春香

「正直毎日忙しくて大変かな。双葉さんはこれよりももっと活動していたらしいから、本当に凄い人なんだなって実感したよ」


フレン

「無理はダメだよーハルちゃん。適度に気を抜かないと体壊すからね?」


春香

「ハハ…気を抜くわけにはいかないんです」


フレン

「…?」


春香は少し俯き、暗い表情を見せる。


春香

「手を抜いているようじゃ【パーフェクトモデル】の領域なんて辿り着けない…もっと…もっと頑張らないと…」


フレン

「…ハルちゃん?」


ぶつぶつと呟く彼女にフレンは不安そうに声を掛ける。ハッと我に返ると春香はいつもの明るい笑顔を見せた。


春香

「お気遣いありがとうございます!ジュリちゃんもこの後撮影があるんだよね?カッコよくキメてきてね!」


ジュリ

「…春香先輩」


春香

「?どうしたの?」


ジュリ

「貴方は一人じゃない。私達が付いている事を忘れないでくださいね?」


畏まって話すジュリ。春香は静かに頷く。


春香

「ありがとう。本当にヤバくなったら、存分に甘えさせてもらうから……今は大丈夫だよ」


フレン

「はぁ〜ん。ジュリちゃんも丸くなったねぇ〜。隊長として成長した姿を見るのは嬉しいよぉ〜」


ジュリ

「いやだから入ってませんってば」


「ジュリっぺー!!ここに居たんだ!!ヨスヨース!!」


突然、耳が痛くなる様な馬鹿でかい呼び声が聞こえてくる。


 ジュリは聞き覚えのある知能の低いこの声に、大きな溜息を吐いて嫌々と振り返る。


 そこには百点満点の笑顔でブンブンと手を振って此方に向かってくる二奈の姿が見えた。二奈の後ろには大人しくとも異様に存在感が出ている一馬もついてきている。


二奈

「オッハー!!」


二奈はジュリに飛び付く。だが、ジュリは直ぐに力強く引き離す。


ジュリ

「ウザい。離れて」


二奈

「アハハハハ!ガチトーンで草!」


フレン

「ニーナちゃん。それに一馬さんも。もしかしてジュリちゃんを迎えにきた感じですか?」


一馬

「ハイ。ジュリちゃん、内山マネージャーが探してマシタ。行きましょう」


ジュリ

「…分かった。じゃ、春香先輩、頑張ってください」


ジュリは立ち上がり一馬に付いていきその場を離れる。途中何度も腕に手を回そうとしてくる二奈を引き離す微笑ましい様子を、春香とフレンは見送るのであった。



………



 ダブル・アイの担当となった内山マネージャーは三人を車に乗せて、都内の撮影スタジオまで移動する。今回の仕事は他事務所のモデルと共に、最新コーデの特集を撮る内容だった。


 撮影スタジオに着き用意を済ませると撮影は始まる。他事務所のモデルが次々と小物に合わせてポーズを決めて最高の一枚を撮影していく。読者の層を一般人に向けた今回の撮影なだけに、テレビでも活躍している有名なモデルも多く見られた。


 しかしジュリからすれば、彼等は視聴者に媚びて自身のスタイルを押し殺し、無難な魅せ方をしているだけにしか見えなかった。一般向けの雑誌だろうと、双葉に教えられた【自分らしさ】を大切にする。


その想いを秘めて個性を抑えず、流王兄妹と共に撮影が始まる。



「おぉ…」



 三人の撮影は見る者を圧巻させる。ジュリのファストファッションは、ジャケットを肩に羽織って、足を大きく前に出して黒光りのヒールブーツを見せ付ける。一般の若者の参考コーデとして着用したはずが、彼女が魅せるスタイルはロックで格好良く魅せるのであった。


 流王兄妹もまた、長年のキャリアを持つだけにスタイルは美しく魅せ方を理解していた。通常の二人は個性的なファッションをメインに着熟すが、彼等の実力となれば、カジュアルファッションだろうと美しくキメるのである。


 Sunnaの新体制プロジェクト【ダブル・アイ】それはスタジオにいる人々に大きなインパクトを与え、好調な滑り出しであった。



 ダブル・アイとしての撮影は終わり、流王兄妹の二人はカメラマンと共に写りのチェックをしている。ジュリは写真の出来栄えは二人に任せるとして、自身は近くのパイプ椅子を持ってきて座り、次に撮影が始まっているモデルを眺めて研究をしていた。彼女の熱烈な視線の先は


カメラマン

「良いですね!あー良いですよそれ!凄い良いですねー!!」


姫川

「……」


姫川である。彼女の洗練された美しい数々のポーズは、担当のカメラマンから絶賛されている。


【ネクストモデル】


 自分より一歳だけ歳上の彼女は天才と呼ばれる実績を積み上げてきた。【パーフェクトモデル】の次に来るであろうと評価を受けている彼女を目の前で見るのは初めてである。


 歳も近く何か参考になるのではないかと、ジュリはじっと見つめ撮影を進めていく姫川を注視する。しかし、注意深く見てもまるで参考にはならなかった。


 次元が違う。今カメラマンが求めている一枚に瞬時に切り替わる。どの場面で、どの時に、どんな風に、姫川は全てを理解しているのだ。ほんの一瞬も隙を見せない、その姿はまるで双葉とそっくりである。完成された美の姿に、ジュリはただじっと見つめるしか出来なかった。


「何をそんなに熱心に見てるの?」


隣から声を掛けられる。顔を上げて振り返るとそこには腕を組んで堂々としている華城が立っていた。


 よりによって面倒な相手に目を付けられ、今にも大きな溜息を吐きたかったが、ジュリは我慢をして彼女らしくもない会釈をする。


 Sunna内の問題ならまだしも、外で問題を起こしてしまえば、本当にモデルのキャリアとして終わってしまうのを分かっていたからだ。



絶対に問題を起こすな



ジュリは自分自身に黙ったまま言い聞かせる。華城の質問に答えず、じっと姫川の方だけを見つめていると、華城もパイプ椅子を持ってきてジュリの隣に足を組んで座った。すでに撮影を終えて退屈していた華城もまた、撮影中の姫川を見つめながらもジュリに話し掛ける。


華城

「貴方のこと知ってるわ。ジュリちゃんよね。最近ロックファッション専門雑誌で話題になってるそうじゃない?」


ジュリ

「どうも」


華城

「ロックかー…私の専門外のファッション…ゴツい靴とか、テカテカのジャケットなんか、私は好きじゃないのよね」


一々(かん)に障る言い方に苛立ち、ジュリの足は少し(ゆす)り出す。一刻も早く、この糞みたいな会話を終わらせたく、次はジュリから話し掛ける。


ジュリ

「何の用ですか」


華城

「何の用?貴方と会話するのに用事がないと話しかけちゃダメなの?」


ジュリ

(ウッザ…)


ジュリ

「そういう意味じゃないですよ。貴方みたいなベテランモデルが、新人の私に話しかけてくるなんて、何かあったからじゃないんですか?」


華城

「…貴方の噂、こっちの耳にも入ってきてるのよ。【Sunnaの新人モデルが非常に問題児】だって」


ジュリ

「それがなんだって言うんですか?事務所内での問題なんで気にしないでもらえます?」


華城

「そうもいかないの。私の耳に入ってるって意味、わかる?貴方の問題行動は外部にも漏れてるって事なのよ?ここのスタッフも、貴方には何も言わないだけで本当はビビってるの。【気を悪くさせたら面倒な事になる】って」


ジュリ

(それはアンタも同じだろーが…)


ジュリは睨みつける横目で、華城の方を見る。


ジュリ

「忠告しにきたわけですか?ベテランの有難い言葉はしっかりと聴いとくべきですね。ありがとうございまーす」


華城は舐め腐ったジュリの態度を見て鼻で笑う。


華城

「違う。貴方にチャンスを与えにきたのよ」


ジュリ

「…ハァ?」



 二人がやり取りをする中、姫川の撮影も問題なく終わりスタッフに誘導される。渡されたタオルで額の汗を拭く最中、ジュリと華城が話しているのに気付いた。


姫川

(あれって確か…春香さんの後輩の…)


声を掛けようにも今は仕事中だ。プロ意識を常に忘れない彼女は、自分勝手な行動は許さずカメラマンと共にチェックに移る。


 撮影が終わった後も、お互いに顔を見合わせる事なく、目の前で機材のチェックや小物の配置に取り掛かるスタッフ達を見つめたまま二人の会話は続く。


ジュリ

「…言ってる意味がわからないんですけど」


華城

「そのままの意味よ。貴方は今、内部でも外部でも評判は最悪なの。美を惹き出す技術を持っていても、その問題が解決しない限り、近い将来干されてしまうわ」


華城

「Sunnaの社長さんは社員に甘いのも知ってる。だから今の貴方が多少やらかしても大目に見てくれてるでしょうけど…その社長さんにすら見放されたら、どうやって生きていくつもり?」


ジュリ

「……」


ジュリは黙る。【なんとかなるだろう】で毎日生きてる彼女にとって、将来の話は正直、耳が痛くなる話なのである。華城は腕を組み直し、話を続ける。


華城

「貴方は私が自分と同じ問題児だと思ってるでしょうけど、私はこの業界でも長いし実績もある。だから多少傲慢になっても、誰も私に逆らわない。キャリアが違うのよ、貴方とは」


ジュリ

「…早くその【チャンス】を聞かせてくれますか?この際だからハッキリ言います。貴方の喋り方、ガチでキツいですよ」


華城

「そうやって罵るのも心に余裕がないからじゃない?…フッ、まあいいわ」


ずっと前を向いていた華城の顔は、ジュリの方へと向けられる。


華城

「私、貴方のその態度買ってるのよ?今の若い子って、みんなナヨナヨしてて情けないったらありゃしない。上に登りたい欲もなけりゃ、怒られないように頑張ろうって事しか考えてない。モデルとしてのプライドが腐ってるのよ」


華城

「だけどアンタはそこらの若者(ざこ)とは違う。自分の意思に動き、自分のスタイルを貫いている。それは一人のモデルとしてとても重要な力。…さっきの撮影も見させてもらったけど、見事だったわ」


性悪の女から出るお褒めの言葉に体がピクリと反応する。その反応を横目で見ながら話は続く。


華城

「貴方のスタイルは万人受けするものじゃない。だけど、路線を曲げずに突き進むと言うのなら、【パーフェクトモデル】を超える存在だって夢の話じゃない」


華城

「Sunnaの社長さんは新体制で貴方達を押してるけど、アイコンとしては春香を押してるそうじゃない?結局【無難な子】を選ぶ辺り、貴方の魅力を理解してない証だと思わない?」


顔だけ向けていた華城は、体も向けてジュリに前のめりで問い掛ける。


華城

「…私の下に来なさい、ジュリ。貴方はこのまま問題児で終わるような子じゃないのを私は分かっている。私について来るなら、貴方がこの先問題起こそうと全部フォローしてあげる。グッド・スターの社長も協力するはずよ」


ジュリ

「…それが、チャンス?」


華城

「ええ。やりたいようにしながらキャリアも順調に積んで、問題もなく上に上がっていけるなんて最高だと思わない?」


ジュリ

「…ハッ、なるほどね」


ジュリは俯き口角を上げる。自分の提案に悪くないと思っているのだろう。


華城

「悪くないでしょう?」


ジュリ

「よーく分かったよ。確かにこれは【チャンス】だ」


ジュリはゆっくりと立ち上がる。





ジュリ

「アンタをブン殴るのに最高の【チャンス】だ」



ガァン!!


華城

「キャアッ!?」



 次の瞬間、ジュリは華城が座っているパイプ椅子を思いっきり蹴り飛ばして転ばせた。体制を崩して尻餅をつく華城の前に、ジュリは自身の座っていたパイプ椅子を畳み、片手で強く握って立ちはだかる。


スタッフ

「なんだなんだ?」


周りのスタッフも蹴り飛ばした音に騒つきだし、ジュリの方を見る。一気に現場は緊迫の空気に包まれる。しかし周りからの視線などジュリは気にしていなかった。思わぬ展開に華城が声を荒げて怒鳴る。


華城

「何するのよ!!」


ジュリは尻餅をついたまま立てない華城をゴミのように見下すような目で、手に持つ折り畳んだパイプ椅子を彼女へ向けた。


ジュリ

「おい。自分の言った言葉、もう忘れたのかよ?まだボケが始まる歳じゃねえだろ」


華城

「ハァ!?」


ジュリ

「…アンタ、春香先輩の事を【無難な子】だって言ったな?春香先輩はな、双葉先輩が居なくなってからずっと努力を続けてる人なんだ。Sunnaのアイコンに選ばれるのも私は分かる。今のSunnaで最も輝いている人は間違いなく春香先輩だよ」


ジュリ

「私はね、自分の事をどれだけ見下されようと、馬鹿にされようと、問題児と指摘されようと、どうだっていい。気が食わない奴を黙らせれば解決するからね」


ジュリ

「だけど、私が尊敬する人を馬鹿にする奴はそれだけじゃ収まらない。この【怒り】が尽きるまで、ギッタギタのボッコボコにするんだって決めてるから」


華城

「…!?正気なの!?アンタ、そんな事したら警察呼ばれるわよ!?」


バァン!!


華城

「ヒッ!!」


彼女は畳んだパイプ椅子で床を叩く。その重音からジュリから【脅し】ではない事が嫌でも分かる。あまりにも正気ではない彼女に華城も青褪め体が震えていた。


スタッフ

「お、おい!あれはやばくないか!?」


スタッフ2

「だ、誰か止めようよ!」


周りのスタッフも漸く事態が悪い方向へと向かっている事を察して慌てふためいている。ジュリは一歩前を踏み出して、華城の目の前に迫り堂々と立つ。


ジュリ

「サツに世話になろうとな。テメーみたいな屑を思う存分叩き潰せるなら、こっちは本望なんだよ」


ジュリ

「…遅かれ早かれ、私の人生は詰んでたんだ。大人しく親のロックバンドを引き継げば良かったのに…【完璧の存在】に憧れてモデルなんて道進んじゃってさ」


ジュリ

「もうどうでもいいわーなんて思って滅茶苦茶に生きてたのに…なんでこうも、私を大切にしてくれる人は、私を見捨てないんだろうね。バカみたいに甘い生活なんて、私には合わないっていうのに」


ジュリの脳裏に過る人々。



双葉…春香…高田……


そして、黒木。



ジュリ

「それに、アンタの顔面でも潰せば喜ぶ奴は多いと思うよ?…さっきアンタは私のプライドを買ってるって言ったな?ならテメーが私に従えよ。そうすりゃあ、その汚ねぇ(つら)も化け物にならずに済むからさ?」


華城

「…ふ、フフ…フフフッ!アハハハハハハッ!!」


ジュリ

「……」


突然華城は壊れたように高らかに笑う。パニックで慌ただしかった周囲も、この不気味な笑い声にピタリと体が硬直する。


 まるで化けの皮が剥がれたのように、此方を馬鹿にした笑みで華城は怒鳴る。


華城

「アンタ!頭お花畑なの!?なんで自己犠牲にしてまで他人を守るわけ!?アンタが必死になって何の見返りがあるの?それも友情だから?…ハァーッ、キッツイわ!!」


華城

「新人の分際でよくもまぁそんなにイキれるわね!?いいわ!教えてやるわよ!!アンタの尊敬する附子(ぶす)が、【パーフェクトモデル】と同じ道を歩もうとしてるのなら、必ず自分の事しか考えられないクズに変わるわよ!!アンタがどんだけ庇おうと、絶対に切り離されるわ!!」


華城

「だって双葉はそうしたんだもの!!アイツは自分の評価の為に人を必死に選んで、上には媚を売って、愛想の良い返事だけをする!!アイツの周辺にアンタみたいな【汚れ】はなかった!何故だかわかる?」


華城

「アンタみたいな絶対正義ガールは、綺麗な人を演じるのに【余計なお世話】だからよ!!クズにはクズがお似合いなのに…どっちも自己満要求の為に必死になるのって…ほんっとうに馬鹿よねぇ?!」


ジュリ

「……」



あぁ、こいつは本当に屑だ。


双葉先輩や春香先輩の心の悩みも知らない、こんな屑が、ここに居てはならない。


私が、終わらせてやる。


周囲(てめーら)の【怒り】も全部、私が背負って




コイツを仕留めてやる。



ジュリ

「…一度、やってみたかったんだわ」


華城

「…?」



ジュリは静かに言葉を放ち、パイプ椅子を両手でしっかりと握ると、ゆっくりと振り上げていく。



華城

「…え?嘘?マジでやる気なの…?冗談でしょ?」


ジュリ

「プロレスとかでパイプ椅子を体に叩きつけてるのってさ。アレって当たる寸前で痛くならないよう、両者のテクニックを駆使してるんだって」



ジュリが強く握るパイプ椅子は腕を大きく天井へと伸ばして、振り被る体勢へと変わる。



ジュリ

「だったらさぁ?遠慮なく全開に、頭に振り下ろせば、耳穴から脳味噌でも噴き出るんじゃないかって」


華城

「う、嘘でしょ!?やめなさい!!その腕を下ろし…ッ!!」


姫川

「…!?ジュリさん!!」


彼女の様子がおかしい事に姫川が遠くから気付いて、勇気を振り絞り走り出す。



だが、もう間に合わない。



ジュリ

「くたばれぇーっ!!!」


華城

「キャァアアアアアッ!!!」





 

 力強く、華城の頭をカチ割る、その思いだけが詰まった一撃になるはずだった。しかし、振り下ろそうとするパイプ椅子は全く動かない。


 ジュリは顔だけ振り返ると、彼女の後ろには一馬が立っていて、ジュリの両腕を強く握り止めていたのである。


間一髪。誰よりも先に異変に気付き駆け付けた彼が、ジュリの運命を変えたのだ。


一馬

「そこまでデス、ジュリちゃん。暴力は、ダメデス」


ジュリ

「…ッ…」


冷静に話す一馬の声にジュリも落ち着きを取り戻し、ゆっくりとパイプ椅子を下ろした。彼の言う通り、自分はどうなろうと構わないが他事務所のモデルに手を出せば、Sunna全体に迷惑が掛かる。


 一馬は冷静になったジュリに、ポンっと肩を優しく叩き、彼女の横を通り過ぎると華城に手を差し出して立たせ深々と頭を下げる。紳士的な対応だ。


一馬

「ジュリちゃんのご無礼な態度、大変失礼しまシタ。これも彼女の【パフォーマンス】の一環なので、どうかお許しくだサイ」


身の危険を回避した途端、湧き出す怒りに華城は罵倒する。


華城

「ふざっけんじゃないわよ!!こっちは死にかけたのよ!?頭を下げれば許されると思ってるわけ!?」


二奈

「まーまー落ち着いてよー!!ギャーギャー騒いでもシワが増えるだけですってばー!」


華城

「ハァ!?」


二奈も陽気に後からやってきて華城を煽る。一馬は顔を上げて華城の近くに寄ると、高い身長を前のめりにして下ろし、彼女の耳元で囁く。


一馬

「…双葉さんの嘘をばら撒いているのは、貴方なのは我々兄妹も把握していマス。この情報をKENGO社長が知れば、それこそ事務所問題に発展するのではありまセンか?」


華城

「…!?な、何言って…」


一馬

「証拠も揃ってマス。惚けても無駄デス。…ここはどうか、お互いの為にも穏便に…ネ?」


華城

「…ッ」


ジュリ

「…?」


コソコソと話す一馬の声はジュリには聞こえない。華城は少しの間ジュリを睨んでいたが、その場を逃げる様にメイクルームへと戻りだす。


華城

「最悪!!今ので衣装が汚れたわ!!誰か新しいのを用意して!!」


スタッフ

「は、はい!今すぐ!」


ジュリ

「……」


一馬の囁きで立ち去る華城を見送るジュリ。一体何が起きたのか彼女も理解が追いついておらず、その場で立ち尽くしていた。


二奈

「ジュリっぺ大丈夫!?もー!危険な事しちゃダメだってー!」


だが、そんなジュリにいつものバカ笑いで二奈が寄り付いてくると、ハッと我に返った。一馬もジュリの元へ戻ってきて彼女の前へと屈む。


一馬

「流石にアレは、やりすぎデス」


真顔で叱られるが、その声は優しかった。自分の暴走を正面から止めてくれたのは、彼が初めてだった。この叱りの言葉に、ジュリは目を逸らして俯いてしまう。


ジュリ

「……ごめん」


ごめん。その言葉が口から出ると、一馬は大きく頷いた。


一馬

「分かれば、OKデス」


スタッフ

「あ、あのー…」


そんな三人の元にスタッフが恐る恐ると近付いてきた。


スタッフ

「ダブル・アイの掲載される写真はOKが出ましたので……その……もうスタジオから〜……」


一馬

「そうデスか。帰る前に……皆様を怖がらせてしまった事、深くお詫び申し上げマス。ゴメンナサイ」


二奈

「ごめんなさい!」


ジュリ

「……」


凍りついていたスタジオに三人は深々と頭を下げる。数秒間は頭を下ろし続けて、一馬は二人より先に顔を上げて、二人の肩を叩く。


一馬

「では、我々は帰りまショウ。お疲れ様デシタ」


二奈

「お疲れっしたー♫」


ジュリ

「……した」


一馬に手を引っ張られ一同はスタジオから出て行く。問題児が居なくなった事でスタッフ達も安心した様で、撮影のセットの再開へと取り掛かりだす。


姫川

「…ジュリさん…」


スタッフからはジュリを批判する様な声が聞こえてくるが、その中で姫川だけが、三人が出て行った扉をじっと静かに見つめているのであった。



………



PM19:22 Sunna事務所 屋上テラス



 今回の問題を起こした件は、その後直ぐにKENGOの元へと届く。彼は迅速に関係者への謝罪の対応を実行した事で、事態の悪化は免れた。そして、ダブル・アイは社長の元へ呼び出され、二度とこの様な問題を起こさないようにと直接注意を受けるのであった。


 今回やらかしたのが、後々になって後悔し出したのか、ジュリはSunnaの屋上テラスのベンチで一人夕日をぼんやりと見つめていた。都会のビル群の隙間へと太陽は沈み、空は次第に暗くなって星が薄らと見えてきている。


ジュリ

「…なにしてんだろ、私」


ボーッと夕日を見つめて静かに呟く。


一馬

「今日はお疲れ様デシタ、ジュリちゃん」


そんな彼女の隣に一馬が突然現れて一緒に座る。ジュリは返事をする事なく、暫くは都会の夕日を見つめる。


沈黙が長く続いたが、ジュリの口は漸く開く。


ジュリ

「…面倒臭い女でしょ?私って」


一馬は首を横に振る。


一馬

「そんな事ありまセン。カッコ良かったデスよ」


ジュリ

「フォローどうも。…でも、あの後よーく考えたんだけどさ。今は私一人で仕事してるんじゃなくて、流王兄妹と一緒に行動してるんだよね」


ジュリ

「それって、やっぱりRyu-Oのブランドに傷付けたりした訳じゃん?…今まで滅茶苦茶にして後悔することはなかったんだけど、今回ばかりはマジに反省してるんだ。…本当にごめん」


彼女は一馬の方へと体を向けて頭を下げる。一馬は、頭を下げるジュリを見ることなく都会の方を見つめ続けている。


一馬

「大丈夫デス。ブランドの問題ではありまセン。…顔を上げてくだサイ。ジュリちゃん」


一馬の言葉にジュリは顔を上げ、再び彼と一緒に都会の方を見つめる。


一馬

「ジュリちゃんにはまだ、僕達が何故Sunnaに来たのか、話してませんデシたね」


ジュリ

「それはSunnaとRyu-Oの共同経営の為じゃ…」


一馬

「勿論それも含まれマスが…僕も二奈も、自らSunnaに所属を移りたいと志願したのデス」


ジュリ

「…?なんで?」


一馬

「それは貴方に憧れたカラ…ですよ。ジュリちゃん」


ジュリ

「…は?」


思わぬ言葉が出てきてジュリは呆気に取られた。一馬は話を続ける。


一馬

「僕達、流王兄妹は独特のある個性的ファッションで一躍有名になりましたが、時代が進むにつれその独自のスタイルは、人々に受け入れられなくなっていきまシタ」


一馬

「言うなれば人々の注目を集めるならば、万人受けするファッションの方が良いという事デスね。一部のマニアックな人間だけをターゲットにするだけじゃ、いつまでもこの業界に残るのは難しいものなのデス。世間の需要性がないカラ」


一馬

「僕も二奈もそれを理解して、Ryu-Oの経営発展の為にも独自性を捨てようと考えていまシタ。…そんな時、出逢ったんデス」


一馬

「そう、それはジュリちゃんが表紙を飾ったあのパンクロックのファッション誌。彼処に映る貴方は、世間に媚びず、誰よりも【自分らしさ】を披露していた。まるで人々の怒りを全身で表現したあの写真集には…とても痺れましたネ」


一馬

「現代において、周りに流されず独自を貫く貴方を見て僕達は救われたんデス。個性あるファッションでも、人々に影響を与えられるんだって。だから僕達は、そんな貴方に憧れて、今、ここに居る」


一馬はゆっくりとジュリの方へ顔を向ける。相変わらず真顔のままだが、ファッションへの情熱を強く持っていることが分かった。


一馬

「だから僕達は、そんな憧れの人をどんな時でも支えたい。貴方がどれだけ世間から否定されても、僕達は永遠に貴方の味方である事を、忘れないでくだサイ。ジュリちゃん」


ジュリ

「……アンタら兄妹は変な人なんだね」


一馬

「よく言われマス」


彼の口角はほんの少しだけ上がり微笑みを見せた。珍しい微笑み姿にジュリも笑い返す。


ジュリ

「…まー、私を支えるって言ってくれる人間ぐらいは、私も信用しなくちゃあいけないね。…サンキュー、一馬さん。これからもよろしく」


一馬

「ハイ。よろしくデス」


ジュリが差し出すグーに、一馬もグーの手を出してタッチをする。ジュリは彼等に心を開く事を決めたのだ。


 一馬の励ましもあって、重かった肩も軽くなりジュリは大きく溜息を吐いて全身の力が抜けていく。足をぐーんと伸ばして、すっかりと暗くなった空を見上げた。


ジュリ

「しっかしまぁ、私に憧れるとかマジで可笑しくてウケるわー。何がまぁこんな地雷女に惹きつけられる所があるんだか…」


星を見つめるジュリに、一馬も膝に手を乗せて、共に星を見つめる。


一馬

「いえ、そんな事ありまセン。ジュリちゃんは可愛くて最高にクールデス。上から下まで、魅力がタップリと詰まっていマス」


ジュリ

「ハハっ。何それ。そこまで来たら憧れじゃなく告白じゃね?」


一馬

「ハイ。告白デス」


ジュリ

「……」


ジュリ

「…は?」


キョトンとした表情をするジュリに、一馬は膝に乗せていた手を差し出して、彼女の両手を握りしっかりと目を合わせる。




一馬

「つまりデスが、貴方が好きなのデス。ジュリちゃん。僕のパートナーになってくれまセンか?」


ジュリ

「………ハァァアアァアアアアッ!!?」


何の前触れも無く、突然の告白にジュリは大きな声で驚く。彼は真顔のまま淡々と愛のメッセージを彼女へ伝えていく。


一馬

「あの写真を見た時、痺れる程貴方に感動しただけでなく、その美しい姿に僕は一目惚れをしてしまったのデス。僕の生涯のパートナーには、この人しか居ないと確信しまシタ」


一馬

「本当は直ぐにでも、貴方に告白しようと考えていましたが、僕にはそんな勇気がありませんでシタ。しかし、グータッチが出来た今なら、この愛を貴方に伝えれると思ったのデス」


一馬

「どうか、僕と付き合っていただけまセンか?ジュリちゃん」


ジュリ

「ハァ〜〜ッ!?ハァァアアアッ!!?」


一向に状況が理解が出来ないジュリは、唯只管に大きな声を上げる。しかし、彼女の顔はみるみると赤く変わっていくのに、脳は告白をされたのだと勝手に理解していたのである。


そして、強く握る手を振り払って立ち上がったジュリは、一馬に向けて吠えた。


ジュリ

「ば、ば、バァーーーーカ!!!!」


まるで逃げる様に早足でその場から立ち去る。置いてかれてしまった一馬は、追い掛ける事も出来ず、フラれたのだと思いその場で落ち込んでしまった。


 そんな情けない兄を嘲笑うかの様に、二奈が物陰から飛び出てきて彼の隣に座る。


二奈

「アハハハハ!!カッコ悪ゥー!!」


一馬

「二奈…いつから居たのデスか」


二奈

「初めから!!いやー!それにしても、にーには分かってないなぁ!乙女って言うのはね、もっと雰囲気が良い感じで、最強に映える場所で告白されたいもんなんだよ!事務所の屋上って…そりゃナイワー!!」


ゲラゲラと腹を抱えて笑う二奈に一馬は、優しく頭を撫でる。


一馬

「成る程…雰囲気が良くて映える場所…今度はそこで挑戦して見せマスよ、妹」


二奈

「アハハハハ!!諦めて無くてワロタァ!!」



………



 顔を真っ赤にして息を切らしながら事務所の休憩スペースまで戻ってきたジュリ。誰もいないことを確認すると、ソファに飛び込み羞恥心が抑え切れず足をバタつかせる。


ジュリ

「あぁもう何なんだよあの人はっ!!クソっ!!クソっ!!」


バタバタと揺らしていた足は次第に止まり、感じた事のないこの胸の高鳴りにドキドキしている。


ジュリ

「…何で私なんかを選ぶんだよ…バカ」


「あらっ?ジュリちゃんじゃなーい。おっ疲れちゃ〜ん♫撮影どうだ…ダァーーッ!!!?」



気さくに声を掛けてきた聡に、体を起こして容赦無くジュリはお得意のドロップキックをかます。



今日の彼女の蹴りは、いつも以上に威力が増していた。そしてこの乙女の感情に蹴り飛ばされる聡は、只々不憫なだけであった。


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