7.5話【ファンタスティック⭐︎トーク】
12月某日の夜。粉雪が降り注ぐ中、Sunna事務所前にて厚着のコートを着た聡が、待ち合わせしていた細田の送迎車を見つけて全力で手を振る。
車は聡の前に止まり、彼を後部座席に乗せると再び走り出す。いつも聡とは現場で合流するのだが、今日は彼の車がメンテナンスに出して、持っていなかったのだ。
聡
「ありがとうねぇ明美ちゃん!もー!ホンット!!今日は凍えちゃう寒さね!」
細田
「事務所の中で待っててくれても良かったのに…」
聡
「日本一忙しいモデルちゃんの為に、1秒でも待たせるわけにはいかないの!ねー?双葉ちゃ…あら?」
後部座席に乗った聡は、先に隣に乗っていた双葉に気付く。彼女は顔を上げて、変装用の帽子を顔に被せて姿勢を楽にしたまま静かにじっとしている。
聡
「…あらまぁ、寝ちゃってる」
細田
「ここ数日移動ばかりの日が続いてまともに寝れてなくて疲れてるの。そっとしてあげて」
聡
「えー!?明美ちゃんも酷いわね!寝不足はお肌の敵なのよ?そんなにスケジュールをハードにしなくたって良いじゃない!」
細田
「代わりに1月には休みを多くするようにしたのよ。今頑張れば、来月は暫く楽になるわ」
聡
「ふーん?文句も言わず頑張ってて偉いわねぇ双葉ちゃんは。キスしちゃいたい♡」
細田
「それはやめて」
聡は起こさないようそっと、自身の脱いだコートの雪をしっかりと払って、彼女に毛布代わりにと掛けてあげる。
目的地はまだまだ遠く、運転を続ける。細田は安全運転を心掛けてしっかりと周囲に気を遣い、聡はスマホでファッション関連のニュース記事を見返していた。静かな時間だけが過ぎていく。
双葉
「…聡ちゃんって、何処までが【ファンタスティック】なの?」
顔に帽子を被せたままぴくりとも動かなかった双葉が、突然喋りだした。
聡
「んまっ、起きてたのね双葉ちゃん。アティシが何処までファンタスティックかですって?んー、そんなに知りたい?」
双葉
「…知りたい」
聡
「いいわ。双葉ちゃんだからこそ特別に教えてあげる。これはこの車内だけの極秘情報だから広めちゃダメよん?」
聡
「ずばり!アティシがする事全てがファンタスティック!例えば、双葉ちゃんをメイクしてる時はぁ〜?ファンタスティック⭐︎メイクアップ!」
【ファンタスティック】を発する瞬間の聡の声は、野太くなる程に力強く籠っている。
聡
「健康に気遣ってぇ〜?ちょ〜ヘルスィ〜な昼食を食べる時はぁ〜?ファンタスティック⭐︎ランチ!」
聡
「アティシが華麗に定時退社する時もぉ〜??ファンタスティック⭐︎退勤!!帰ってからの自由時間はぁ〜??ファンタスティック⭐︎フリータイム!!」
細田
「聡さん…ふざけてるの?」
その一言で聡に熱が入る。
聡
「ふざけてないわよ明美ちゃん!?アティシの心に宿る【ファンタスティック】は、尽きる事のないスペシャルな情熱に燃えているわ!!明美ちゃんもこの業界じゃあスペシャリストなんだから【ファンタスティック⭐︎明美】にするべきよ!?」
細田
「ちょ…くっ…笑わさないで聡さん。運転に集中出来ないから」
じわじわと来る笑いに細田は堪えている。
双葉
「…へー、聡ちゃんがする事全部ファンタスティックになるんだ……じゃあ、散歩する時は?」
聡
「ファンタスティック⭐︎ウォーキング」
双葉
「ブランド衣装の打ち合わせする時は?」
聡
「ファンタスティック⭐︎ミーティング!」
双葉
「一人焼肉は?」
聡
「ファンタスティック⭐︎一人焼肉!」
双葉
「…KENGO社長に物凄く怒られた時は?」
聡
「それはファンタスティック⭐︎土下座ね」
細田
「ちょ…本当に止めて二人とも…」
淡々と続くシュールなやりとりに細田は運転に全く集中が出来ない。
しかし、その質問を最後に会話が止まって再び静かになる。双葉は顔に帽子を被せたままぴくりとも動かずにいたので、また寝てしまったのだろう。
聡
「…あら?また寝ちゃったみたいね?…ふーっ、中々やるじゃない双葉ちゃん。ファンタスティックなアティシじゃなきゃ、このトークは成立しなかったわ」
細田
「…もう、私は貴方達についていけないわよ…」
寝ていたと思った双葉が眠そうに一言ボヤく。
双葉
「…私なら【パーフェクト土下座】かー…」
細田
「ン"ン"っ…!!」
今まで耐えれていた細田も、この一言には変な声を出してしまったのであった。