40.5話【毒】
PM20:19 聡の屋敷
聡
「双葉ちゃ〜ん♫今日はアティシからハッピーバースデーよぉん」
双葉
「わーお、聡ちゃん。誕生日じゃないけどありがとー♫」
聡はウキウキとソファに黒木と一緒に座る双葉に渡す。
それはRippleの最新スマートフォン【Ripple20 Pro X】だった。
双葉は嬉しそうに受け取ると直ぐに起動して、手慣れた動きで初期設定を進めていく。その様子を隣から黒木は見守った。渡し終えた聡は自室へと戻っていく。今からはファンタスティック⭐︎マイタイムらしい。まぁそんなの事は二人にはどうでも良いのである。
黒木
「これで今度からは連絡は取れそうですね」
双葉
「私は別にいらなかったんだけどね。聡ちゃんのスマホ借りたら解決だし?」
黒木
「それはそれで聡さんが困ると思うんですが…」
黒木は苦く笑う。
あっという間に設定を完了してホーム画面が映る。双葉は必要だと思うアプリをダウンロードしていくが、その中に【つぶグラ】はなかった。
黒木
「…?双葉さん、つぶグラを再開しないのですか?」
双葉
「ないないない。半年も動いてなかったアカウントが復活なんてしたら、お祭り騒ぎになっちゃうよ」
黒木
「活動はしなくとも、見るだけでもどうですか?情報収集はしやすくなると思いますが…」
双葉
「んー、それもアリだけど…極論言っちゃうと、見たくないんだよね」
黒木
「…?どういうことですか?」
双葉
「…そうだね。黒木さんは【そんな風に】使わないだろうしわからないよね。…ちょっと待ってね?」
そう言うと彼女はつぶグラをダウンロードしてログインをする。懐かしい双葉のアカウントが、黒木の前で展開される。双葉はつぶグラのDMを開いて黒木へと見せた。
そこに届いているメッセージは沢山の誹謗中傷のメッセージ。
【なんでお前がパーフェクトモデルって呼ばれてるかわからんわ。調子に乗るなよ】
【人気者になるのに何回お偉いさんと一緒に寝たんですか?^^】
【ガチでウザいんだわ。早よ人類の為に死んでくれ】
【キモイキモイキモイキモイキモイ】
送られてくるメッセージはどれもアイコンが画像の設定されていない初期アカウント。言わば捨て垢。彼等は好き放題に双葉の悪口を書き続けていた。
恐ろしいのはこれだけではない。双葉が活動を止めている今も尚、見ている最中に新しいDMが届き誹謗中傷を送ってきている。中には一日一日自分のスケジュールのメモ代わりとして送り続ける悪趣味な奴もいた。
この恐るべき光景に黒木も絶句して、呆然と見つめる事しか出来なかった。
黒木
「…酷い」
双葉
「あはは。久々に見たけど活動辞めてからは流石に送ってくる人も減ってるなぁ」
黒木
「へ、減ってる!?これでですか!?」
双葉
「うん。活動してる頃は毎日凄い量の悪口が届いていたよ?」
彼女はヘラヘラと笑いながら届いたDMをスクロールをしてチェックしていく。どのメッセージもあまりにも攻撃的なもので、黒木には見るに堪えない。
黒木
「あの…高田から聞いたことがあるんですが、知らない人からのメッセージを受信拒否出来るんですよね?…こんなに酷いのなら、止めるべきだと…」
双葉
「…まー、それが普通なんだろうけどさ。全部は拒否したくないんだ。…例えばそう、これとかね」
スクロールする画面を止めて黒木に見せると、誹謗中傷のメッセージ欄に埋もれながらも、そこには双葉を感謝するメッセージが存在していた。
【貴方の美しい姿を見ると頑張れます。復帰をいつまでも待っています】
【双葉さんに憧れていた娘がモデルデビューしました!双葉さんのおかげであの子も自分の道を歩み始めています!】
【何かあったんだろうけど僕はいつでも待っています!また元気な姿で戻ってきてください!】
双葉
「私を応援してくれる人達も切り離すのは嫌なんだ。私からみんなを裏切ったのに、この人達はまだ応援してくれてるんだね。あはは、嬉しいなぁ」
双葉は応援メッセージを見て嬉しそうに笑いながら話を続ける。
双葉
「私は応援してくれるファンが大好き。当時は応援メッセージ届けてくれたら、時間がある時に返信もしてたんだ。すっごく喜んでくれるんだよね。態々やり取りをスクショしてタイムラインに載せてる人もよく見たなぁ」
双葉
「だけど、返信が届くんだと大勢の人が知ると、悪ふざけで送ってくる人も日に日に増えていったんだよね。私が返すのはあくまで応援メッセージの人だけ」
双葉
「それを踏まえてどうでもいいメッセージをスルーしてるとさ、相手は構ってほしくて言葉がどんどん荒くなってくるの」
双葉
「で、反応しないと悟った人達が行き着く先はこの悪口。言っても相手にされないって分かったなら何を書こうと大丈夫だと思っちゃうんだよね。こっちはぜーんぶ目を通してるって言うのにさ」
双葉
「名声も捨てて、心に余裕が出来たから分かる。SNSは【毒】だって事を。毎日何処かで誰かが悪口を書いて、嘘や出鱈目を平気で広める。匿名が【保険】だと過信して、やりたいようにやるんだろうな。見て得するものなんて、つぶグラには殆ど残ってないよ」
双葉
「100の応援の言葉が届いても、1つの悪口が全てをぶち壊すんだ。匿名での悪口って言うのはさ、それ程の破壊力を宿してるのにコイツらは何も分かってない。見るのを辞めれば済む話だと分かっていても…どうしても応援の言葉も見たくて、戻ってきちゃうんだ。そんな私も正に【ネット中毒】って奴かな?」
黒木
「双葉さん…」
双葉
「つぶグラも黒木さんみたいな純白な心の人達だけが集まれば、もっと綺麗な目で見れるんだろうなー」
一通り見終えると、双葉はアプリを閉じて躊躇もなくつぶグラをアンインストールする。
すると、彼女のスマホに早速メッセージが届いている。聡からのようで、自分の変顔をドアップで撮影した画像を貼り付けていた。双葉は可笑しそうに笑う。
双葉
「アハハ。…まっ、今の私は知らない誰かと繋がるより、大切にしてくれる人達と繋がっていたいしね」
黒木
「…ごめんなさい、双葉さん。まさか双葉さんがつぶグラではそんな事になってるなんて思ってなくて…」
双葉
「あはは、そんなの仕方ないよ。黒木さんには分からない世界だろうから。…一応聞くけどさ、もしも私の悪口を言う人が目の前に現れたら、黒木さんはどうする?」
黒木
「絶対に止めます」
双葉
「凄く強そうな人だったら?」
黒木
「強さは問題じゃないです。相手を傷付ける行為をしている人を、俺が許せませんから。どんなにやられようと、絶対に止めてみせます」
双葉
「……やっぱり黒木さんは最高だなぁ」
そう言うと彼女は安心するように彼の肩に頭を乗せて寄り掛かるのであった。
ネットの世界は、一種の情報収集ツールであり、世界中の人々と交流が出来る素晴らしき現代の仮想空間。しかし、時にはそんな仮想空間から離れて、大切にしてくれる人達と過ごすのも大事なのである。真面目に生きて、楽しく過ごす毎日を、知らない人間に、悪口を言われる筋合いなどないのだから。
我々はネットではなく、現実に生きている
それを忘れることなかれ




