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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
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38話【幸せになろうよ】前編


 …朝。黒木はベッドの上で目を覚ます。横を見ると、此方を抱き締めて心地良く寝ている双葉の寝顔が見れる。


 幸せだ。彼女とこうして一緒に過ごせる日々に黒木は心が満たされ、幸せを噛み締める。社会人になって数年が経ったが初めて【今から会社に行くのが嫌だ】という感情が芽生えていた。我儘が通るなら、双葉とこうしてずっと居たい。


 だが、それが通らないのが現実である。自分が勝手に休んでしまっては、職場の人達に迷惑が掛かる。双葉が目を覚まさないようゆっくりと引き離し、重い体を起こしてベッドから降りた。



 寝室から出るとソファで力尽きた様に倒れて寝ている聡の姿があった。昨夜はKENGO社長にここまで送ってもらい、その後は聡が帰ってくるのも待っていたが、夜になっても帰ってこないのでその日は待つのを諦めて双葉と一緒に寝た。


 余程疲れていたのか、昨日着ていたフォーマルファッションを軽く崩しただけで、まだ着用したままだった。黒木は彼を起こさない様にしながらリコリスへ向かう支度を進める。


 一通り準備を済ませ、飾られている古時計に目を向ける。乗車する予定の電車までの時刻はまだ余裕があった。


黒木

「…よし」


黒木はキッチンに向かい冷蔵庫の中身を確認する。そして卵にベーコンを取り出し、キッチンに吊るしてあるエプロンを借りてフライパンも用意する。今から彼が作るのは【ベーコンエッグ】だ。


 一人暮らしで磨かれた腕前。慣れた手つきで調理を進めていく。途中ジュウジュウと焼ける音に聡を起こさないかと心配はしたが、泥の様に眠る彼は全く気付かない。


 完成した二人分のベーコンエッグをラップで巻いてテーブルに置く。エプロンを脱いで使用した食器を片付けると、黒木は寝ている聡に頭を下げて静かに屋敷を出て行った。ここに住ませてもらっている事へ、何か返したい気持ちがあっての行動だった。


 昨日、病院に向かう際に事前にルートを覚えていた黒木は難なく通勤をこなし、到着した駅から降りると見慣れた街の光景が広がる。たった二日離れていただけだというのに既に懐かしく思えた。ここまで来ると後はいつも通り。彼の決まった通勤ルートを歩いてリコリスへと向かう。



 歩き続けて数分。開店前のリコリスへと到着する。中に入ると、開店準備を進めている高田と店長と出会った。彼は礼儀よく立ち止まり、頭を下げて二人に挨拶をする。


黒木

「おはようございます」


高田

「!おう黒木!おはようさん!」


店長

「おはよう、黒木君」


元気に挨拶を返してくれる高田と、落ち着いた声で返してくれる店長。黒木も顔を上げて休憩室に向かう。彼の背中を作業する手を止めて二人は見送っていた。


高田

「店長。…なんかアイツ、雰囲気が変わったような気がしません?」


店長

「え?そうかなぁ。いつも通りに見えた気がするけど…」


高田

「うーん…なんて言ったらいいんでしょうかねぇ。なんつーか、こう、機嫌が良い…とかじゃなく、活き活きしてるというか…」


店長

「うーん?そう?」


彼等に噂をされながらも、黒木は休憩室に入る。すると


ジュリ

「…あっ」


黒木

「あっ」


部屋の中には作業エプロンを着たジュリが椅子に座ってスマホを触っていた。前の推し活を教えてもらって以降、久々の再会である。彼に再会出来たのが嬉しかったのか、ジュリはかニヤリと口角を上げた。


ジュリ

「お久しぶりです、黒木さん。趣味探しは順調ですか?」


黒木

「久しぶり、神田さん。趣味探しは……いや、それよりもどうしてここに?」


黒木の問い掛けにジュリは溜息を吐く。


ジュリ

「まー本業の方が調子悪くてですね…昨日からこっちにシフトを入れるようにしました。またスタートラインに戻った感じですね」


黒木

「そっか」


久々に再会したジュリは、体の至る所に絆創膏を貼り痛々しい姿になっている。これには無関心な黒木も気になるようで彼女を心配をする。


黒木

「傷だらけだけど…大丈夫?」


ジュリ

「ハハハッ。大丈夫じゃないからこうなってるんですよ。黒木さんにも心配されるなんて、いよいよヤバい感じなんだろうな、私」


彼女は乾いた笑いで適当に誤魔化す。あまり触れられたくないのか、話題を変えようと話を戻す。


ジュリ

「で?私の質問にも答えてくださいよ。趣味探しは順調なんですか?無いとは思いますけど…PP⭐︎STARにハマりました?」


黒木

「あぁ…その事についてなんだけどさ…」


ジュリ

「え?本当にハマったんですか?あれだけ双葉先輩一途だったのに?まー仕方ないですよね?相手は今話題の超人気アイドルモデルですし?私がオススメして間違いじゃ…」


黒木

「…双葉さんと再会したんだ」


ジュリ

「へーそうなんですか。それはそれはまぁ良………」


ジュリ

「……は?」


黒木

「双葉さんと再会を果たせたんだよ。それで…今は一緒に住んでる」


ジュリ

「……ハァ〜〜ッ!?!?」


衝撃発言の連発にジュリも驚きを隠せない。思わずスマホを机に置いて立ち上がった。


 しかし、キレ気味だった反応は直ぐにソワソワと落ち着きがなくなり、彼女はニヤニヤとしながら黒木の前まで詰め寄る。


ジュリ

「双葉先輩は元気でしたか!?いやまぁ元気なわけですから一緒に暮らしてるんですよね?!」


黒木

「いや……」


ジュリ

「つーかいつから一緒に住んでるわけですか!?何でもっと早く言ってくれないんですか?!あっ、もしかして私が色んな人にチクるとか考えてました!?私そんな酷い女じゃないんですけど!黒木さん酷いなー!」


黒木

「あの……」


ジュリ

「で、どっちから告白したんですか?やっぱり黒木さんですよね?あぁでも、黒木さん草食っぽいしそんな勇気もなさそうですよね?だからといって双葉先輩がガチめに告白する様子なんか浮かばないしー……あぁー!!もう!!最ッ高かよッ!!」


黒木

「……」


ジュリは、黒木の返しを全く聞かず一人で勝手に盛り上がって燥いでいる。部屋の中を歩き回り、時折ピョンピョンと跳ねて何度もガッツポーズをする。いつも怠そうに話す彼女が、こんなにも我を忘れて喜んでいるのはとても珍しい光景だった。


 しかし、黒木はそれが嬉しかった。初めて出会った頃に【お友達ごっこ】だと、自分達の関係を馬鹿にしていた彼女が、いつしか自分の事のように喜んでくれる(さま)は見ていて此方も気分が良くなる。


黒木

「神田さん。双葉さんの事で色々伝えるべきものがあるのだろうけど……先に言っておきたい事があるんだ」


ジュリ

「?」


黒木

「…神田さんが譲ってくれたPP⭐︎STARのチケット。あのチケットのおかげで、相手に自分の熱意を伝える意味が理解できたんだ」


黒木

「あの時に神田さんが譲ってくれてなかったら、きっと双葉さんと出逢えても、あの人は俺を信じてくれてなかったと思ってる。…ありがとう」


黒木が頭を下げると、ジュリは照れ臭そうに頭を掻き目を逸らす。


ジュリ

「…別に興味がなかったのは本当ですし?まー良かったんじゃないですか?えぇ、まぁ、はい。そーですね、まぁそういう気持ちがあるのなら有り難ーく受け取っておきますけど??」


黒木

(急に静かになったな…)


ジュリ

「てゆーか、勢いで喜んじゃいましたけど、結局元気にしてるんですか?双葉先輩は?」


睨むように此方を見てくる。いつも通りに戻ったようだ。


黒木

「病み上がりだからまだ元気はないかな。…だけど、これからは一緒に治していけたらいいなって思ってる」


ジュリ

「…へー…?」


黒木のコメントにジュリは顎に指を当てニヤついている。今日のジュリはとても表情豊かである。


黒木

「な、何?」


ジュリ

「いやぁ?急にカッコよくなったなぁって??前まではオロオロして、自分の気持ちも上手く伝えれないヘタレだったのに??彼女が出来た瞬間男らしくなったな〜っていうか??」


黒木

「か、彼女…?」


ジュリ

「…え?違うんですか?」


黒木

「あ、うん…多分…彼女?お互いの愛を信じてる…から…いや、あれはそもそも告白だったのか…?そもそも俺の想いを伝えただけだし…」


ぶつぶつと考え出す黒木に面倒臭そうに呆れて、ジュリは大きな溜息を吐いた。


ジュリ

「ハァ〜…もう細かいことはどうでもいいじゃないですか。お互いの愛を知ったんでしょ?それはカップルですよ、はい、この話はおしまい」


黒木

「そ、そうだね」


ジュリ

「…とにかく、ここ最近ムカつく毎日が続いてましたが、ひっさびさに気分が良くなりましたよ。…良かったですね、黒木さん」


彼女は黒木に呆れながらも微笑んでくれる。彼も頷き、一つの提案を閃く。


黒木

「…そうだ。神田さん、もしも今日の仕事終わった後、時間があるなら双葉さんに会ってみるのはどうかな」


ジュリ

「…え?大丈夫ですか、それ」


黒木

「?」


ジュリ

「いや、だって双葉先輩のメンタル、今はヤバいからモデルを引退したんでしょ?黒木さん以外に会いたいなんて思ってるんですかね」


ジュリ

「…ぶっちゃけ、私とか一時期双葉先輩の事何も知らず、酷い事言ってましたしね。あの人はずっと笑顔でいてくれたけど、本当は傷ついてたんじゃないかなって…そんな奴に双葉先輩は会いたいと思います?」


そう言って彼女は目を逸らす。過去の自分の態度に後悔をしているのだ。その様子に、黒木は優しい言葉を掛ける。


黒木

「大丈夫だよ。もしも、神田さんが昔に言ったことを反省しているのなら、直接会って謝ればいいだけだ。双葉さんの優しさは嘘じゃない。神田さんが心から謝れば、絶対に受け入れてくれるよ」


ジュリ

「…ハッ。そういうのを信じて自信持って言えるから、双葉先輩に気に入られたんでしょうね。黒木さんって」


ジュリ

「…でも、おかげで少し気が楽になりました。黒木さんの言う通り、謝りたい事もあるし…お言葉に甘えて今夜は行かせてもらいます」


黒木

「きっと双葉さんも神田さんが来てくれたら喜んでくれるよ」


ジュリ

「どーだか…あっ、それならもう一人だけ誘いたい人がいるんですけど…大丈夫ですか?」


黒木

「誘いたい人?俺は大丈夫だけど…双葉さんも知ってる人なのかな」


ジュリ

「そーですね…双葉先輩はどう思ってるかわからないですけど、その人は今直ぐにでも双葉先輩に会いたいって思ってるので…ね?」


そう言ってジュリは机に置いていたスマホを回収して耳に当てた。


………


…とあるマンションの一室。カーテンも閉め切った暗い部屋で、ベッドの横に置かれたスマホの電話が鳴る。ベッドから眠そうに手を伸ばしてスマホを掴んで、ゆっくりと耳元に当てた。


 春香だ。昨日のファッションショーが無事に終わるも、家に着いたのが遅かったせいであまり眠れていないようである。寝起きの低い声で、彼女は電話を繋げる。


春香

「…もしもし…?」


ジュリ

『おはようございます、春香先輩。昨日はお疲れ様でした』


春香

「…!ジュリちゃん…?」


思わぬ電話相手に意識がハッキリと戻って体を起こす。彼女から早朝より電話がかかってくる事なんて珍しいからだ。何か大事な要件なのかもしれない。そんな可愛い後輩の為だと思い、眠気なんて気にしていられないのである。


春香

「どうしたのジュリちゃん?何かあったの?」


ジュリ

『どうしたと思います?とびっきり嬉しい情報を用意出来ましたよ』


春香

「…?」


ジュリ

『双葉先輩が見つかったんです』


春香

「えっ!?ほんと…いだっ!!?」


彼女の言葉に驚いてベッドの上で立ち上がるも、天井に頭をぶつけてしまい痛そうに片手で抑えて疼くまる。


春香

「〜ッゥ!!」


ジュリ

『…大丈夫ですか春香先輩?今【ゴッ】て良い音が聞こえてきましたけど』


春香

「だ、大丈夫大丈夫!…ッ、そ、それよりその情報は本当なの!?」


ジュリ

『はい、本当です。春香先輩も会いたいですよね?』


春香

「勿論だよ!!直ぐ支度するから場所を教え…」


ジュリ

『落ち着いてください。向かうのは夕方以降になりますから。また集合場所と時刻が分かったら連絡するんで、今はゆっくり休んでてくださいよ』


春香

「わ、わかった。えっと…何か用意するものあるかな!?」


ジュリ

『そんなのは自分で考えてください。じゃっ』


春香

「えっ?あっ…うん!」


要件だけ伝えられ一方的に切られる。


春香

「〜〜ッゥ!!ヤッタァァアアア!!」


しかしそんなのはどうでもいい。春香の喜びの感情は爆発を起こし両腕を上げて、勢いよく立ち上がる。


春香

「いっだ!?」


…喜びのあまり、ベッドの上で立ち上がるのは禁止なのを忘れ、再び天井に頭をぶつけてしまったのであった。


………


 ジュリはスマホを耳から離して電話を終える。電話相手が誰だったかは気になるが、ジュリが態々呼び出す人だと考えれば、双葉と出会っても大丈夫な人なのだろうと黒木は考えた。


ジュリ

「来るみたいです。まぁ、黒木さんにとってお初の人ですけど、あっちも良い人なんで大丈夫ですよ」


黒木

「そっか」


高田

「成る程な……何か変だと思ったけど、そういう事なんだな?ハハーン??」


ジュリ

「げっ」


休憩室の扉が開くと、腕を組んだ高田がニヤつきながら部屋に入ってくる。彼は扉越しから盗み聞きしていたようだ。


黒木

「高田」


高田

「黒木くぅ〜ん?ちょ〜っと、そこに座ってくれる??」


黒木

「…え?」


高田

「まぁまぁ、座れって」


彼はニヤニヤとしながら黒木の肩を掴み無理やり座らせる。高田も肘を机に付けながら傲慢な態度で座った。側から見てるジュリからすると、もう嫌な予感しかしない。


高田

「覚えてるか黒木ィ?俺がお前と双葉ちゃんの関係になんてコメントしたか…?」


黒木

「ええと…羨ま…しい?」


高田

「違う違う。告白なんかしたらお前が何と言おうと、顔面ボッコボコにするぞ❤︎って言ったよな?」


そう言って彼はニコニコと怒りが籠ったグーを見せる。


ジュリ

「え?そんな事言ってたんですか高田さん?……大人気(おとなげ)ないですね…」


高田

「黙らっしゃい!!元から俺の推しと遊んでる事が気に食わなかったのに…!!告白ってお前…!お前という奴は…!!」


黒木

「た、高田…」


高田

「…このっ!!」


黒木

「…ッ!!」


グーの拳を振り上げ、殴られると思って黒木は覚悟して目を閉じる。


 しかし、彼の手は黒木の肩に乗せていた。ゆっくりと目を開けて高田の方を見ると、何と彼は俯いて涙を流しているのである。忘れてはならない。彼は黒木の大切な友人なのである。


高田

「おめでとう…!おめでとう黒木ィ…!!本当に良かったなぁ…!!」


黒木

「た、高田…怒ってないのか…?」


高田

「馬鹿野郎!怒ってるよ!!でもな…!!お前と双葉ちゃんの友情を…親友の俺が否定するわけねーだろ!!」


黒木

「高田…」


ジュリ

「この人情緒不安定過ぎませんか?」


黒木

「は、はは…」


男の友情をつまらなそうに見ながら横からツッコむ。黒木は苦く笑いながらも、肩に乗せられた手をそっと下ろして握った。


黒木

「…なぁ、高田も双葉さんに会いに行かないか?」


ジュリ

「えっ」


高田

「はい?」


黒木の言葉に二人はピシャリと固まる。


黒木

「いつか紹介したいと思ってたんだ。俺が双葉さんの事を知るキッカケを生み出してくれた親友だって。高田は良い人だから、双葉さんも会ってくれると俺は信じてる」


高田

「い、いいのか黒木…?俺のような何の取り柄もない趣味に有金全部溶かす馬鹿間抜け一般モブ男性25歳が、この世の美の化身である女神様に会っても…?」


ジュリ

「言い方…」


黒木

「勿論。事前に俺から伝えておくから高田は安心してくれ」


高田

「黒木ィ…俺、お前の親友で本当に良かったわ…」


黒木

「俺もだよ、高田」


高田

「ウォオオオオオッ!!黒木ィィイ!!」


ジュリ

「うるさ…」


盛り上がる男達に店長が恐る恐ると申し訳なさそうに部屋へ入ってくる。


店長

「あ、あのー…そろそろ開店するから出てきてほしいんだけど…」


黒木

「あっ、すみません店長」


高田

「まっかせてくださいよぉ店長ォ!!…くぅ〜!!今日は何て最高の日なんだァ!!レディース!エーン!!ジェントルメーン!!!ウェルカムトゥリコリース!!!」


馬鹿でかい声を出しながら先に高田は出ていく。明らかにテンションがおかしくなった彼を三人はポカーンと見ていた。


店長

「…あれは…何?」


ジュリ

「馬鹿です」


………


 場所は変わって聡の住む屋敷。疲れ果ててソファで寝ている彼に、双葉が何度も頬をペチペチと叩いて起こそうとしている。


双葉

「起きてー」


「ん…❤︎後5分…❤︎」


双葉

「あはは、ダメだこりゃ」


全く起きない彼を放置して、双葉はテーブルに置かれたベーコンエッグを注目する。一緒に置かれているメモ用紙には黒木の字で【食べてください】と書いてある。


双葉

「…いただきます」


彼女は椅子を引いて座り、手を合わせると彼が作ったベーコンエッグを口にする。


 胡椒が少し多いのか、スパイスが効きすぎているも、黒木が自分達の為に作った料理だと分かっている以上、どの料理よりも美味しく食べられた。プロが作ったわけでもない彼の料理に、双葉の心は幸福で満たされていく。


双葉

「ふふっ…」


幸せを感じて彼女の口角は上がる。ふと、彼が言った言葉を思い出す。



『貴方の【愛】を、俺にください。そして』



『俺の【愛】を受け取ってください』



双葉

「んぅ〜…!」


双葉は食べ終えると、頬に両手を当て左右に体を揺らしながら、足もバタバタと動かして悶える。彼の告白の言葉が今になって更に効いてきているのだ。今の双葉は、生きてきた人生の中で最も【愛】を堪能していた。


 すると、テーブルに置かれていた聡のスマホが振動する。電話がかかってきたのである。双葉は彼のスマホだろうと気にする素振りも無く、直ぐに手に取り着信相手を確認する。



表示名は【クロちゃん】



それは最愛の相手【黒木】からである。そうとなれば、彼女が放置するわけがない。電話を繋げて直ぐ様耳に当てる。


双葉

「黒木さん?」


黒木

『あれ?双葉さん?起きてたんですか?…いや、それよりもこれは聡さんのスマホじゃ…あぁ、その前に…おはようございます』


双葉

「うん、おはよう」


彼の聞き慣れた声が電話越しから耳に伝わる。この声は今の双葉の心をとても安心させてくれる。


双葉

「黒木さんが居ないって気付いて起きちゃった。お仕事なのはわかるけど、やっぱり居ないと寂しいね」


黒木

『仕事が終わったら、どこにも寄らずに直ぐに帰ります…それまではどうか辛抱してくれますか?』


双葉

「あはは、冗談だよ冗談。流石に私でも黒木さんの事情と、この思いの区別は出来るって。…急がなくても大丈夫。また私の元に帰って来てくれるって、分かってるからさ」


黒木

『ハハ…勿論ですよ、双葉さん』


双葉は電話をしながら、聡用に置かれているベーコンエッグの方を見つめる。


双葉

「それで…どうしたの?朝から電話するぐらいだし、何かあった?」


黒木

『あぁ、はい。そうなんです。聞いてください双葉さん。今日神田さんと久々に再会して双葉さんの事をお話ししたんです。彼女は貴方の事をとても心配していたので…その報告にとても喜んでくれました』


双葉

「ジュリちゃんが?…そうなんだ。一方的に裏切っちゃったのに、それでも心配してくれてたなんて……嬉しいなぁ」


黒木

『それでなんですが…神田さんと、ご友人が双葉さんに会いたいと言ってまして…大丈夫ですか?』


双葉

「ジュリちゃんの友人……きっと、春香ちゃんの事だね。そっか、あの子も……」


自分が信用していないだけで、思っていた以上に自分の事を気にしてくれる人間はいる。それを実感して双葉は静かに微笑む。


双葉

「…そうだね。一方的にお別れした事も謝らないといけないし…いいよ。私も二人を信じて迎え入れたい」


黒木

『ありがとうございます。…後なんですが…』


双葉

「…?」


黒木

『俺の友人も一人だけ連れて行きたいのですが…大丈夫ですか?』


双葉

「黒木さんの友人?」


黒木

『はい。双葉さんにとっては初対面な人なんで、無理を言ってるのは承知……え?あっ、ちょ…』


双葉

「?もしもし?」


ジュリ

『お久しぶりです双葉さん。この度はよくも勝手に消えてくれやがりましたね。コッチはめっちゃ心配したんですから』


双葉

「…!ジュリちゃん…!」


電話の声は黒木からジュリへと切り替わる。恐らく黒木は、彼女から盗られてしまったのだろう。


ジュリ

『色々と言いたいことがありますが、それは直接会うまで我慢します。それよりも、黒木さんの友人についてですが』


ジュリ

『バカで煩くてウザくて超面倒な男性なんですけど、黒木さんが貴方を失っていた時もずっと支え続けた、あの人にとっての【本物の親友さん】なんです。そんでもって、貴方の表裏なんてどうでも良いと思ってくれる【大切なファン】でもある』


ジュリ

『ガチのマジでウザいですけど、黒木さんの親友である以上、悪い人間じゃあありません。その人も心より貴方に会いたいと思っています。…我儘を聞いてくれますか?』


ジュリから他人を思う言葉が聞けるとは思ってもいなかった。この長い期間の間で、彼女もまた成長したのだろう。双葉は彼女の思いを受け入れて大きく頷いた。


双葉

「…わかった。黒木さんの親友さんだもんね。その人に来てもいいよって伝えておいて」


ジュリ

『了解です。じゃ、流石にサボりすぎて店長に怒られそうなんでそろそろ切ります。また後で会いましょう。……あぁ、それと最後にもう一つだけ』


双葉

「…?」


ジュリ

『…帰ってくるのをみんなが待ってましたよ、双葉先輩。…おかえりなさい』


電話は切れる。スマホをテーブルに置いて双葉は立ったまま胸に手を当てる。高まる鼓動に、体中に幸せが染み渡る。それは双葉の失いかけている心の光を、更に輝かしていく。


双葉

「…みんなが私の幸せを思ってくれてる」


双葉

「…私も、ずっとこのままじゃダメだよね」


 この輝きを無駄にはしたくない。双葉は聡用のベーコンエッグも直ぐに食べ終えて、まだ寝ている彼に思いっきりビンタをして叩き起こした。


バチィン!


強烈な良い音が屋敷内に響き渡る。


「ブヘェ!?な、何!?何々!?ドッキリ!?あらやだ!!今のアティシはファンタスティックじゃ…!!」


激痛に見舞われ彼は勿論飛び起きる。しかし、双葉は冷静だった。


双葉

「おはよう聡ちゃん。昨日はお疲れ様」


「双葉ちゃん!?ええっ!?なんでビンタしたの!?」


双葉

「【愛】のビンタ…かな…?」


「…あぁ、【愛】なら仕方ないわね…」


ヒリヒリと叩かれた頬を片手で抑えながら、聡はソファからゆっくりと立ち上がった。大きな欠伸をしていて、彼はまだ眠そうだ。


「いやでも本当に何で叩き起こしたのよ…。今のアティシはファンタスティック⭐︎ベリータイアードなの分かってちょーだいよぉん…」


双葉

「お願いがあるの、聡ちゃん」


「…?」


双葉の方に振り向くと、彼女の瞳はまるで無限の星空が広がるようにキラキラと青く輝いていた。


 それは【パーフェクトモデル】の頃に見せていた瞳と同じもの。この瞳で、彼女が聡に頼んでくることはたった一つだけだ。


聡は言葉でなく、その眼で理解して頷いたのだった。


「…久々のファンタスティック⭐︎ショーって訳ね?双葉ちゃん♫」


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