33.5話【証言】
PM14:58 雨 都内のカフェ
森山
「…お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
MARUKADOの新人記者【森山 由香】は今日、ある人物の取材の為にこのカフェにて待ち合わせをしていた。
泉
「よろしくお願いします」
やってきたのはベテランモデルの【泉 ルウ】
女優として活躍してファンも多く、今も人気の彼女だが今日は浮かない顔をしている。対面に座る前に泉は一度頭を下げた。
森山
「今日は貴重な休みの日にお越し頂きありがとうございます。テレビでの活躍も、いつも見ていますよ」
泉
「あははっ、ありがとうございます。……ハァ」
嬉しそうな反応を見せるも、直ぐに表情は曇り溜息を吐く。森山は静かに話す。
森山
「…泉さん。どうか気負わないでください。貴方が勇気を出して取材を受けてくれた事を、我々は感謝しています」
泉
「そんな…感謝されるようなものじゃないですよ。私がしてきた事は、あまりにも人間として醜いものです…」
森山
「それでも己の過ちを受け入れるのは苦しかったと思います。そして貴方の声は、彼女の救いにもなるはずです。…どうか、包み隠さず聞かせてください」
森山が事前に注文しておいたアイスコーヒーを、泉は口を付けて軽く飲む。
喉を潤し、目を閉じて深呼吸。落ち着いた泉は森山の目を見て一度頷くと話し出した。
泉
「…双葉は、この業界では誰もが認める【完璧の存在】でした。人々が【パーフェクトモデル】と呼ぶ理由が分かる程に…」
泉
「モデルとしての恵まれた才能は勿論、愛嬌の良い性格で人々を虜にして、彼女がスタジオに現れると、まるで全員と友達になったかのような居心地のいい空気を作りだしていました。特に、新人スタッフはあの殺伐とした空気を変えてくれる双葉に感謝していたと思います」
森山
「……」
森山は静かに相槌を打つ。
泉
「…ですが、全ての人間から愛されるというのはとても難しい話です。そう、私のようなこの業界に長くいるモデルからは特に…ね」
泉
「彼女の影響力はベテランモデルにとって脅威そのものでした。ここまで築き上げた自身のスタイルを軽々と超えられ、どれだけ足掻こうと、彼女の領域に達する事は出来ない…」
泉
「そして最も恐れていた事が起きた。世間が、人々が、【パーフェクトモデル】を基準にモデルを見るようになってしまったのです。どんなにファッションを着こなしても、どんなにランウェイを歩いても、彼等はこう言うのです。『【パーフェクトモデル】には敵わない』と」
泉
「…ここまで自分のプライドをズタズタにされて、黙っているモデルなんているわけがない。それもそうです、我々はプライドが高い職業ですから。後は…森山さんの想像している通りです」
森山
「彼女達の嫉妬や怒りが、双葉さんに向けられイジメに発展した…と…」
泉は再びコーヒーを口に含み、再び話を再開する。
泉
「初めは地味なものでした。片方の靴を隠すとか、態と撮影を遅らせるものとか…ですが、それを見て誰も止めないと分かれば、日に日にイジメの酷さは増していき…それに加担するモデルも増えていきました。その内の一人が…私です」
泉
「私も双葉が現れてから影響を受けた一人で、私が専門としている【フェミニン】の雑誌を飾る枠も、殆どが彼女に盗られてしまいました。今まで安定して好評だった私のコーデが、突然現れた双葉に全て持っていかれるのは……本当に悔しくて……」
泉
「ある雑誌の撮影で一緒に仕事をした時、ふとあの子が横切る時に足を引っ掛けたんです。そしたら顔から地面に倒れて……正直、その瞬間は気分が良かったんです」
泉
「でも、あの子は鼻血を流しながらも笑顔で」
『態とじゃないのは分かってるから大丈夫!』
泉
「…なんて言うんです。…態とって分かっているのに、あの様に言ってきたのには…とても腹が立ちました。何ニヤついてるんだ、その見下すような笑顔がムカつくんだって言いたくて言いたくて…歯をギリギリと食いしばって睨んでましたね」
泉
「そこから私は他のモデルの子と一緒に、双葉のイジメを続けてしまい……彼女が退職すると会見で知った時は、まるで宝くじでも当たったかの様に喜んでいました」
泉
「…だけど、彼女が居なくなり数ヶ月経って残ったものは、虚しさだけでした。日本中から称賛され、崇められた若き伝説を私達が潰してしまったんだと、漸く気付いたんです」
泉
「彼女はきっと、虐めている私達でさえも受け入れようとしていたんです。それを否定して拒み続けた私達に問題がある。虐めていた時は、子供のくせに出しゃばるなと思っていましたが…幼稚な思考だったのは私の方でした」
一通り話を終えて、森山はメモに纏めていく。
森山
「……現在も続く、彼女の存在しない悪評についてはどう考えていますか?」
泉
「残酷な話ですが…人々が双葉の復帰を望もうと、多くのモデルは双葉の復帰を望んでなんていません。先程も申した様に、我々の個性を彼女一人が、全て消してしまいますから」
森山
「【同調圧力】」
泉
「…?」
森山
「一人の考えが、軈て周囲の人間にも影響を及ぼし、個人の考えを捨てて同一の考えに変わるもの。赤信号で一人が信号無視で歩いているのを見て【この人が無視するなら私も無視をしよう】と考えるような事です」
森山
「泉さん。同調圧力というのは、個性を捨てて一つの考えに執着する訳ですが…【パーフェクトモデル】という存在が、其々のモデルの個性を消失させてしまいこの様な負の連鎖を呼び起こしているのでは?」
森山
「虐めている時に、ふと、一瞬でも、事の原因である【パーフェクトモデル】ではなく【双葉】という人間として見る事さえ出来れば、冷静な判断が出来たのだと思います。現に、貴方が告発してくれたのは双葉さんが【パーフェクトモデル】を辞めたからではないでしょうか?」
泉
「…っ…そうかも…しれません…」
森山
「【パーフェクトモデル】…それは偉大なる敬意の愛称であり、呪いの言葉なのかもしれませんね。もしかすると…双葉さん自身がこの愛称に苦しんでいた可能性も…」
泉
「…後一つだけ、いいですか?」
森山
「勿論です。何でしょうか?」
泉
「一度だけ、たった一度だけなんですが…双葉がスタジオで休憩中に、現場のスタッフのファンの人達が集まって花束を彼女に渡したんです」
泉
「彼女が凄く喜んで受け取ってるのを見て、それが気に食わないからって私も含め他のモデルの子達で、彼女が見てない隙に置いてある花束を盗んで廊下でバラバラにしたんです」
泉
「その後、満足した私達の元に双葉が現れたのですが、いつも通りヘラヘラとするんだろうなって思ってたんです。…ですが、違いました」
『私の大切なファンを巻き込まないで』
泉
「いつも愛想の良い顔じゃなく、真顔で淡々と言われたあの言葉……今にも殺されるんじゃないかって背筋が凍りつきました。言葉で上手く表せないのですが…あれは、彼女の【本性】の一部だったのかも…」
泉の証言に森山はメモを書く手を止めて、顎に手を当てて考える。
森山
「…双葉さんのファンを大切にする姿は、神対応だと言われるものですね。交流会に会えなかった人達の元に態々出向いたり、自分の噂をしている通行人の前に突然出て来たり……それは【パーフェクトモデル】の一環だと考えていますが、泉さんの話を聞くと…どうもそれだけのものではない気がします」
森山
「ただ単に双葉さんがファンを大切にする思いが強いだけかもしれません。しかし、【本性】を曝け出してまで怒っていたとなると……ファンからしか得られない何か大切なものがあったから…?」
泉
「もうそれも何かがわからないことですけどね」
森山
「…そうですね。この件はまたコチラで調べてみるとします」
メモを書き終えて森山は頭を下げる。
森山
「ご協力、ありがとうございました。泉さんの勇気ある告発が、少しでも双葉さんのファンが報われる様、此方で善処致します。勿論、名前は伏せて…」
泉
「いえ、私の名前も公表してください」
森山
「…よろしいのですか?そんな事をしてしまっては、泉さんのイメージが悪くなり今後の仕事に影響も…」
泉
「私が唯一出来る彼女への謝罪の形は、これぐらいしかありませんから。自分がしてきた過ちを受け入れるのに、自分の仕事が減るなんて甘えは考えませんよ」
森山
「…わかりました」
………
取材を終えて泉は帰る。一人残った森山はメモを見直しながら斎藤に電話を繋げていた。
斎藤
『…そうか。泉は証言したんだな』
森山
「はい。彼女は双葉さんにしてきた事を心より反省していました。…世間は許すでしょうか?」
斎藤
『…酷い話だが、いじめ問題が発覚した際には炎上も避けられないだろうし、酷い場合だと個人情報も特定されて誹謗中傷を送られる毎日を過ごす可能性もある。芸能界で生きていくのは絶望的だろうし、普通の人間として生きるのも…難しい話だ』
斎藤
『そうなるのを分かっていて名前を伏せず告発したのは、双葉への反省と共に、再び姿を現して欲しい事を望んでいるからじゃないか?』
森山
「虐めている人間側の心変わりをさせる魅力…双葉さんの【完璧の存在】は、ただならぬ力ですね」
斎藤
『とにかく、無理を言って悪かったな森山。お前の取材内容が、上にも通るようにしておくから安心してくれ』
森山
「無理なんて言ってません。私も双葉さんの悪評問題について取り上げたかったので。それに…私にとって斎藤先輩の頼みは最優先ですから」
斎藤
『あのアホと違って融通が利くから助かるよ。引き続き、双葉の問題について証言してくれる協力者を探してくれ』
森山
「先輩。一つだけいいですか?」
斎藤
『…なんだ?』
森山
「いえ、私は入社する前に斎藤先輩の噂は、芸能人から嫌われるゲスい記者だと聞いていたのですが…今回の件といい、まるで双葉さんを助けようとしてるように見えるのですが…何かありましたか?」
斎藤
『……』
斎藤
『森山。お前は芸能人の【幸福な記事】と【不幸な記事】なら、何方を読みたい?』
森山
「幸福の記事です」
斎藤
『そういう事だ。じゃあな』
森山
「あっ…」
一方的に切られてしまった。
斎藤にも事情が出来たのだろう。森山は何かを察してこれ以上聞くのを止めて、今回の取材内容を纏め始めるのであった。